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ロッソvsエヴァン1

「幼竜咆哮!」


 バンドを捉えた赤黒いドロドロとした液体を、エヴァンが衝撃波で吹き飛ばす。


「イテテ……。もう少し優しくしてくれたって良いだろ?」

「贅沢言ってる場合か!」


 頭や腰を抑えながら逃げ戻って来るバンドに呆れた様子を見せながらも、エヴァンは冷静に周りを見渡した。


 危険だとは耳にしていたが……。

 まさかラスボスが出て来るなんて。


「その服を身につけていた女性は?」


 何が来ても対処できる様に構えながら目の前に立つロッソに聞く。


「ぁん? ってか誰だお前。あの女のお友達ぃ?」

「そうだと言ったら?」


 ロッソはニヤッと笑いながら言い放った。


「ぎゃっはぁ! 見たまんまだけどぉっ?」

「てめぇえええええええ!!!!」


 小馬鹿にした様子に激昂したバンドが何の考えも為しに突っ込んで行く。そしてそれを取り囲む様に赤黒いドロドロが蠢きだす。その触手は、まるで新しい餌が来た事を喜ぶ様にしているのを見て取れた。


「——竜魔法ドラゴンマジック!」


 青白く発光したエヴァンがバンドの前に一瞬で躍り出て鼻っ面を蹴り飛ばした。エヴァンに掴み掛かった触手を気合いで撥ね除けると、気絶したバンドを抱えて再び入り口の方まで舞い戻る。


「へぇ、賢明な判断だなぁ?」

「…………」


 エヴァンは倉庫の外にバンドを寝かせると、再び中に戻って来た。無言の沈黙が、不穏な空気を生む。


「ここまで胸くそ悪いのは久しぶりだな」


 呟いたその一言と共に、ボッとその場から消えた。そして、触手も何もかもを置き去りにしてロッソの真横に一瞬で移動する。


 既に右手は振りかぶられている。


「あれ? お前にとって俺はラスボスみたいなもんなんだけどぉ?」

「安心しとけ、ジャイアントキリングなら得意だ……ッ!?」


 全てを喰らい尽くす竜の一撃は、空を切った。


 久々の本気。仕留めた筈だったのに。

 違和感がエヴァンを襲う。


「馬鹿ですかぁって言ってんの。その辺のエリアボスと俺を同等に考えるってのが根本的に間違ってるんじゃねーの?」


 ロッソは余裕の表情で自身が掌握した赤黒いドロドロの中から姿を表した。

 間近に見ていたエヴァンは冷や汗をかく。


「……すまんなバンド、もしかしたら巻き込んでしまうかもしれん」

「あぁ?」


 一言。バンドの方を向いてそう呟くと。


「悪いな、おれからすれば、その辺の奴らって全部雑魚なんだ」


 エヴァンは自身の身体に貯蔵された魔力を解き放った。


 迷宮都市へ来て腹に詰めまくった対象の食物は魔力に変換され溜められている。そしてバンドに乗ってまでそれを温存して来た。


 竜魔法の強みとは全ステータスが魔力依存。

 そしてエヴァン特有の体質が合わさると。






 ほんの数分だが、

 頂点、——最強を約束してくれる。






---

「む、いかんぞ」

「……ガイヤ」


 カメラを抱えて跳び出そうとした妖艶なドレスの女性は、着流しと刀を身につけた短髪の男に窘められ、頬を膨らませる。


「む〜! でも我が子! じゃが我が子!」

「これじゃどっちが子供かわかんねーよ……」


 女性の名前はガイヤ。

 元はローロイズの護国竜である。


「でもアレでは身体が崩壊してしまうぞ」


 眩く発光しながら高速で動き回り、ロッソに攻撃を当てて行くエヴァンの姿を見ると、心配でどうにかなってしまいそうだった。


「プレイヤーは不死身だ。流石にこの概念だけは崩れないし、揺るがない」

「それは理解しておるんだが、やっぱり我が子のこうした姿を見るとな……[rec]」


 いつのまにかビデオを回し始めたガイヤを見ながら、ユウジンはもう何度目かの溜息をついた。


「それにしても、邪気ガンガン削ってるぞ、すげーな……」

「元々竜とも喰い喰われるかの世界で戦って来た手合い。いや、天敵と言った方が判りやすいかもしれぬ。竜種も抗う為に知恵を振り絞ったのがもうとうに昔の話しであろう」


 ユウジンは気になる一言を聞く。


「神様とは違うのか? 天敵ってか宿敵って」

「天敵と宿敵の違いもわからぬか。まぁ、まさに天の敵であると共に、邪神側も宿敵として見定めておろうな」

「あれ、竜種立ち入る隙がない様に思えるけど?」

「たぶんじゃが、主らの概念でいくと、三界という言葉がある。それと同じ様に天界を統べるのが神じゃとしたら下界と呼ばれる"ここ"を統べるものが竜であり。更に下の階層に悪魔が居るというだけの事」


 そこに力関係の隔たりは存在しないという。

 然ることながら、時代は進み混沌として。

 いつの日だろうか、邪というイレギュラーを抱えたまま世界は廻っている。


「当然ながら三竦みなんて存在しない。誰がどうなろうと世界の在り方は変わらん。崩壊しても崩壊せずともそれが世界であり、我らが生きる場所」

「誰がどうなっても何も問題ないとか殺伐としてるなこの世界」

「……ユウジン、お前にもあるであろう?」


 何をだ。とユウジンは返す前に自分で気付いた。


「……まぁ無いと言えば嘘になるな」

「人の身はその得体の知れない力を多く孕む。だからほら、我もこんな状況に」


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ———!!!


「それは親バカなだけだろ。でもなんかその話しを聞いたらアレだな、介入する気分じゃなくなったわ……ピンチヒッターで行くか、うん」

「差し詰め、負けそうになる重要な部分で重要なヒントだけを残して消えて行く謎の覆面キャラであるな?」

「いいや、ギルマスのアホ面を録画してネットに上げて爆笑する委員会だ」

「お、恐ろしい事を考える。むー、でもいいなぁいいなぁ、そっちの世界か言ってみたい欲求も無いと言えば嘘になる。果たして我が生きている内に世界水準はどの体のまで上がるんだろうか、世界が何度か廻らないと無理なんだろうか?」

「お前らが高度AIだとしたら、天晴だよ。むしろ邪神ってのがおっそろしいわ。そう言う技術がここで革新されたら逆輸入してくる可能世もなきにしもあらずってことだよな……」


 ユウジンはそれを想像してゴクリとつばを飲んだ。


 現段階でそれに一番詳しそうな奴は、同じパーティに居たあのガリ勉魔女しか居ない。龍峰学園の中でも完全学区ってきもい奴らの巣窟に居る奴らだ。


 後で聞いとこう。

 不穏な想像は頭を振って吹き飛ばす。


 あんまり余計な手出しは止めとく様にセバスに言っておいた方が良いかもしれない。何やらMINEのトークによると、女子高生二人がヒロインの座がどうとかこうとか余計な事を気にしてる様だし。


「ユウジン、今度から我の事は超監督と呼べ。もしくは超絶カメラマン」

「はは、悶絶-自分の息子の様子に-カメラマンの間違いだろ」


 別の所で関係無い物語は進む。

 ——世界は止まらない。





---




「ッチ! めんっどくせぇなぁ!」

「どうしたさっきまでにあっさり避けないのか!」


 超スピードで肉薄し、連撃を浴びせて来るエヴァン。

 ロッソはイライラしながらも、それをなんとか受けきっていた。


 魔王サタン十八番の雷撃-倉庫内バージョン-も圧倒的なスピードで動き回るエヴァンを追う事が出来ない。


 正面から来たかと思ったら、次の瞬間には後ろ、右、左。

 瞬きする暇なんて無い程。


(それでも余裕か畜生)


 エヴァンは心の中で悪態をつく。こいつのイライラは決して翻弄されているからではなく、あくまで目の前の小バエが鬱陶しい。そんなレベルであると。


 対して、エヴァンは後が無い。

 全解放、魔素魔力が生命の源になっているこの世界で全ての魔素を解放する事はまず無い。


 リミッターと言う物が存在して、ある程度で気を失う様に出来ているのだ。だが、エヴァンの能力が限界を突破して蓄えておける分、そのリミッターまでぶっ壊れてしまっている様な物。


 もし、魔素が無くなったらどうなるのか。

 一抹の不安が頭を過る。


(くっそ、ダメだ……考えるな!)


 ほんの一瞬だった。

 一瞬動きに惑いが生じた瞬間をロッソは逃さない。


「けっひ! 握ったぞ、心臓ぉ」






 ————ドクン。

 動きが止まってしまった。






「……は?」

「てめぇが人間である限り、俺に勝つ事は不可能だ(・・・・)







 身体が動かなくなった。

 まるで根っこの部分を何かに掴まれた様な気持ち悪い感覚がする。


「何を……しやがった……」


 ロッソは脳裏に焼き付く様な気味の悪いにやけ面をしながら、















「ざぁんねん、教えませぇん——深淵アビスへ落ちろぉ」














 ロッソは右手を握る。

 その瞬間、エヴァンの視界も黒く染まる。



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