無属性の極み
「————七星圏」
賢人の紋様を半身に浮かべながら、ハザードは呟いた。
四大元素を司る賢人の杖。
そして夢幻の二極属性を司る杖。
それらが六芒星の陣形を象る中心で、ハザードは言葉を紡ぎながら一本の見た事無い杖を掲げる。
学園都市にある魔法学校の闇の迷宮にいたユニーク悪魔、"テロ"の持っていた爆発属性を封じ込めた杖が一瞬頭を過ったが、記憶と違う。
「————一発くらいぶん殴らせろ」
カコン、と音からして軽い素材で作られた杖が魔法陣の中心を穿つ。
四大元素と二極元素を使った魔法陣。
「……一つ元素が増してる?」
いつぞやベヒモス戦で披露した《夢幻封陣》とは違う。
彼は《七星圏》と呟いていた。
「古くから道を違えた戦友は、同じ道を歩く友に殴られてでも道を正される。良くある話しだ?」
「うん、まぁそうだな。漫画の世界では良くある事だよな」
俺は悟った。
コイツはとんでもない勘違いをしているのではないかと。
「どうしてこうなった?」
迷宮都市の奥深くで、俺は頭を抱えるのである。
-暫し遡って-
ハザードに腕を掴まれ迷宮都市をその中心へ、中心へと無理矢理連れて行かれる最中、腕を振り払うながら。
「ちょっと、ちょっと待て! 時間が無いとかじゃなくて説明しろ!」
そう叫ぶと、ハザードは信じられないという表情をした。
「今後に及んで、まだ説明だのなんだの求めるのか?」
全てを見通した瞳をしていた。
彼は言う。
「神父、貴様は何気なくこの魔大陸に来たのかもしれんが……」
それは俺が目を背けて来た事。
「他の奴らは違う」
魔大陸以外でもそうだ。
巷では迷宮アップデートだと言われている各地での迷宮出現も、この世界の人々から言えば世界が浸食される一歩手前の状況だ。
幸いにして、プレイヤー陣の変態達が、技術の粋を費やし魔物が巣くう迷宮すらも、ただのお宝の山にしてしまった。
プレイヤー、ハンター達からすれば、迷宮はお宝の山であるが、世界に住む人々からすれば、危険極まりない代物であると言うのに。
「迷宮都市では俺の召喚獣が目を光らせている」
だから、俺達が連絡も無しに店に訪れた時、ハザードも遅れながらもやって来たというわけか。そんな事を思っていると、ハザードが自分の服を捲った。
「急いで戻る途中、影魔法の使い手に奇襲を受けた」
腹に巻かれた包帯がどす黒く滲んでいた。
吐血の正体はこれだったのか。
自動治癒をすると、ハザードは若干落ち着きを取り戻した。
しかし、影魔法の使い手と言えば、いつもロッソの近くに居たミストしかいない。
と、言う事は。
「ロッソは……邪神は……」
「貴様が来る前からとっくにな」
言葉が出なかった。
大森林での騒動、もしかしたらロッソ達には筒抜けだった可能性も。
「だったら最初からそう言ってくれれば」
その一言がハザードの逆鱗というか、よろしくない所に触れたらしかった。
「現職法王が邪神が復活した状況で魔大陸入りすれば、誰だって討伐に来たんだと思うだろう。それは一般の民衆じゃない、大陸の国を治める上層部の話しだ」
止めの一言と共に、魔法陣が浮かぶ。
「セバスの言いつけを守らなかったお前が悪い」
治癒された事によって再び力を取り戻したハザードは無属性魔術の一つの極みでもある転移魔法陣を展開させるのだった。
そして、場面は戻る——。
「これは俺の苦労の分」
ハザードの杖によるインファイト。努力の塊であるハザードは魔術の才も然ることながら、剣と杖を扱う自分独自の接近戦闘技術まで確立させている。
「そう言うのはいいから話しを聞けよ!」
杖が来たかと思えば、剣先が服を霞める。
ステージが違う戦いは、文字通り次元が違う事により成り立たない。
レベルの差と言う物は戦闘力に大きく関わって来る事は、二三郎の弟子である藤十郎に稽古を付けてやった時に既に周知の事実であると思っていたのだが……。
「くっそ!」
おかしい。
俺には聖域という不可侵領域の様な物がある。法定聖圏という、邪神の欠片のほぼ九割九分を取り込んだ魔王でさえ、侵入する事の許されない領域の個人バージョン。
空間を支配する制空権があるというのに、ハザードの攻撃な何故こうも読み辛いのだろうか。
「呆けている間に、俺は自身を練磨していただけだ」
「おがっ」
圏の陰に隠れていた軽そうな杖が俺のアゴを打ち付ける。
見た目に反して、急所に当たったとはいえ、その衝撃はかなりの物だった。
久しぶりの痛み。
膝をついた俺は、アゴを抑えながらハザードを見る。
「何が起こったのかわからない。そんな様子だな……?」
そう、もうナメプはしちゃいない。
俺の身体は基本的な物理攻撃は無効化するし、魔素魔力を利用した魔術も纏っている聖域が弾く様になっている。
「一体その杖は何なんだ?」
剣での斬り傷は文字通り一瞬で治って無意味だった。
俺の問いにハザードは答える。
「境地だ。俺が不覚にも傷を負った影の使い手。奴も一つの境地に至っている」
更に言葉を紡ぐ。
「リアルスキンプレイヤーのみ許された一つの極み」
ハザード曰く。
ノーマルプレイヤーの行き着く先は、亜種、上位属性の魔導師。職業は千差万別あるのだが、そこで打ち止めらしい。所詮魔術スキルとはテンプレートの様な物に過ぎず、補助を受けて活用している時点で枠組みからは抜けられないと。
しかし、リアルスキンプレイヤーは違う。魔力の循環から、扱い方から、一から学ぶ必要性が出て来る。もう一つの身体は、この世界に馴染むのだが、どう馴染ませるかは己次第。
そして、才能無し。
運営からボーナスすら与えられなかったハザードは、いつだって自分の力で道を切り開いて来た。
「いいか? あれよあれよと他人に人生を決められる奴もいれば、血の滲む様な千の、いや万の努力を経ない限りその運命を切り開けない奴も居る」
自分には不死身の身体なんて無いし、仲間だと慕ってくれる人も、アドバイスしてくれる人も余り居なかった。そう告げているかの様だった。
余り語られる事も自ら語る事も無いが。
ハザードは元々大手攻略ギルドのノーマルプレイヤーだった。
様々な属性武器を扱う器用貧乏な剣士。
それが第一印象だった。
彼が意識していたのはユウジン。
刀一本で渡り歩くユウジンに対抗する様に、ハザードは様々な武器を手に取った。
だがそれでも届かなかった。
当時、リアルスキンモードを語る人は誰もいなかった。
信憑性の欠片も無い、そんな世界に。
ハザードは全てを捨てて来た訳だ。
"リアルスキン移行の為の手続き"すらなく。
初めてログインした俺と同じ様に、お金も力も知識も無い状況で。
「確かに神父、貴様が黎明期の第一人者かもしれんな。だが俺も同じ時期を神父と共に歩んできた」
いや、彼は俺みたいな色んな人に助けられて右往左往した生き方ではない。
流れのままに法王になってしまった俺とは違い、ハザードは本当に己の力一つで今まで渡り歩いて来た。
「極めた物は根源を操る。————すなわち"法"だ」
息を詰まらせている俺に、ハザードは容赦ない攻撃を浴びせる。
「今まで戦った髄は、全てここにある!!」
《七星圏》が理解で来た。
四元の先、六元、彼が操って来た基本属性はそれだけじゃない。もう一つの物。
属性適正を持たないハザードは杖によって属性をコントロール術を身につけて来た。だが、唯一使用できる魔術、魔導を彼は持っていた。
賢人の紋様が輝いている。
害悪は全く感じない、豊かな叡智だ。
「無限魔法。限りが無いから無限? いいや、無に限るんだ、俺の場合」
聖域が強制的に削られて行く。
危険な思考の持ち主だが、それは限りなく自己練磨のための是。
闇に巣くう悪魔大王ですら破綻していると思わせる程。
だが、その根底は羨む程の光を持っている。
付け入る隙はなく、友として認めさせた。
「お手上げだな……」
一体全体どういう訳かわからんが、ハザードの攻撃は俺に通る。
聖核に直接ダメージを与えている様だった。
(クボも知っておいた方がいいの、人の技術は神をも凌駕する)
フォルトゥナが頭に直接語りかけて来る。
深く理解した。
これだけ力を持っているのに何も出来ない俺は自分自身に嘆いていた。
こんな力なければいいのにと、法王である立場を捨てたいと。
ハザードは身を持って俺に教えてくれた。
そんなのくだらない。
(お姉ちゃんも言ってたでしょ? そんなくだらない事考えてるくらいならもっと出来る事をひたすらやれって、とにかく動き出せって)
「……ハザード」
「ああ可能性は無限大だ。最初に貴様がそれを見せた。そして俺もそれを証明してみせたぞ?」
ここは迷宮都市の大迷宮内部。
感覚からして、相当深い場所だろう。
奈落の底みたいな所から、俺は友の助けを借りてようやく本当に立ち上がる事が出来そうだった。
「停滞してる暇は無いぞ、最初の貴様はもっと自由だった筈だ」
ただし、差し伸べられた手は荒々しく俺の顔面を捉えるのだ。
勘違いしているのは、クボヤマだったと。
やっと迷宮都市に入り、大迷宮の中へとやって来ました。(強制的に)
大森林のクボヤマの痴態は、MINEを通じてクボヤマ抜きのトークで共有されていそうですね。
アウロラ「ほらみて! 流石セバスチャン! 煮こごりも良かったけど、今度は最新式のマギフォンよ!」
ヴァルカン「それ、こっちで使えんのかよ」
アウロラ「アンタ鍛冶神でしょ、それくらい何とかしなさいよ?」
ヴァルカン「ええ、無茶言うなよ」
アウロラ「取り急ぎエリックと繋ぎなさい!」
ヴァルカン「こっちに呼べばいいだろ?」
アウロラ「こっちに来る大前提として、肉体の超越があるのよ?」
ヴァルカン「もう十分大往生だと思うけどなぁあああ!!」
@tera_father
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