迷宮都市
俺一人の移動であれば天門で済むのだが、これは空間系の魔術ではなく、あくまで神の力の一端を利用しているに過ぎない。
フォルやアウロラ、ヴァルカンが言うには、この時点で既に俺は半神の域へと到達しているらしい。ただ、聖体がボロボロな人の身故に、成り切れてない不完全な存在なんだと言う。
聖体……というのは、聖骸の事である。
要するに一回死なないと神へ昇華するのは不可能。
ゲームプレイヤーである俺は、死ぬ事が無い。
エリック神父なんかは、このまま老衰を迎えるならば問答無用で女神アウロラからの導きがある筈だ。
あの人が死ぬかわからないけどもね。
後、神になれるから死ねと言われて死ぬ奴はいない。
それこそ無粋と言うもんだ。
でもな、あの運営だ。
捕食ペナルティと称して、レベル、ステータス半減、才能消滅まで実装している始末。ある状況で死亡したらアカウントデリートとか普通にありそうで怖いのである。
ロールプレイではないが、一人の法王としてある程度の道を歩み、共に戦って来た仲間が居る状況でそれは堪え難い。
家庭用ゲーム機だとしたらコントローラー投げるレベルを越えている。
キーボードクラッシュするレベルを越えている。
さて、無駄に話しが間延びしてしまったが、獣人であるリューシーとバンドの案内に従って大森林をそのまま南下し、俺達は迷宮都市へとやって来た。
ここまで来るのに長かった。
竜車を使えばあっという間についてしまうというのに、一体どこで歯車は狂ってしまったというのだろうか。
迷宮都市には入り口という入り口は無い。
幾つもの建物が迷宮を中心に連なって大きな都市を築き上げている。
魔石やら、マジックアイテムやら、数々のお宝が眠ると言われている迷宮都市は今もなお成長を続けているのだという。
そんな場所だから一攫千金を夢見た様々な奴らが集まり多種多様な街並を。
門が無いという事は、そこでは完全に自己責任なのである。
「あ! ちょっと返してよ! 私のハンカチ!」
早速ルビーは僅かな私物の中からポケットに入れていたハンカチをひったくられる。
「くれてやれよそんなボロ切れ」
「嫌よ! 私のよ!」
端から聞いていて、この言い草は酷いと思う人がいるかと思うが、大森林を越えて迷宮都市に来るにあたって、何も無いと思ったか?
あの、ルビー・スカーレットがだぞ。
こ綺麗にしてもすぐ燃えるか、千切れるか、汚れるか。端から見てて、本当に不幸な女だった。ハンカチだって汚れを払ったり汗を拭いたりすれば一瞬で汚くなる。
「新しいの買ってやるから、迷宮に入る前に色々を準備しなきゃ行けない物だってあるしな」
「だったらキヌヤね! あんたの権限を使って最高級の物にしてよね!」
法王の権限なんて、有って無い様な物。特に、金銭関係にしてみれば、セバスの財布のヒモはトコトン固い。
安全を求めて腕にしがみつくルビーを尻目にポツリと呟いた。
「経費で落ちるかな……」
そんな様子を見たゴーギャンが声にならない笑い声を上げて、腹を抱えていた。よーし、それ以上笑うなら、この女をお前に押し付けるぞ。
「確か、ハザードから連絡が来る筈なんだけどな」
俺達は一旦宿を取ると、各自別行動となった。エヴァンとTKGのメンバーは森で集めた適当な素材を売りに、リューシーとゴーギャンはそれぞれ自分の顔がきく種族の集まりから情報を集めに。
バンドは、
「俺は戦うのは苦手なんだよ……今日くらいそっとしてくれよ」
と部屋に籠っている。
俺もルビーを連れて束の間の休息へと赴いた。ハザードから【逸れ馬のモツ煮亭】と呼ばれる小料理屋で待っているとメッセージを貰っていたので腹ごなしを兼ねてたずねてみる。
「この魔道具の事?」
「お前は使えないからさわるなよ、壊れる」
通信用の魔導機器を操作するが、うんとも寸とも言わない。
「ってかあんた、これ既読付けたのはいつよ?」
えーっと……。
確か竜車にのる前にハザードとビデオ通話した後の事だから。
「覚えてないけどめっちゃ前だわ」
「ねぇ、流石に私でも森を彷徨ってどれくらい時間が経ってるか理解できるわよ」
俺の方に乳を乗せて呟くルビーは心無しか良い匂いがしていた。宿代なら宿泊費でるだろうと奮発してそこそこ高級な宿にしたら何とシャンプーとリンス、ボディソープまでついてる風呂があったんだった。
畜生、俺もひとっ風呂浴びておけば良かった。
「……電話掛けてみたら?」
彼女の吐息が耳をぞわぞわさせた時。
轟音が響いて店の窓が全て弾け飛んだ。
「なんだ!?」
ルビーを庇いながら店の奥へと非難する。
声が聞こえて来た。
「兄貴ぃ! ここがあのハザードがよく使ってる店らしいですぜぇ!」
「そうかでかした! 客は男と女のカップルが一人か、女はこっちだ、男は潰せ!」
モヒカンにトゲトゲがついた肩パット装備したいかにもチンピラ風情の連中が外からこちらを窺っていた。
「ひえええ、ハザードさん確かに金払いはいいんだけど毎回毎回なんでこうも新しい敵ばっかり作って来るのぉぉぉ」
店主はカウンターの中で頭を抱えてうずくまっている。
「カッ、カップル!? ねぇ、あんたたち、今私達をカップルと言ったわね!」
コイツは何を言ってるんだ。
さては馬鹿か。
でもあれだ。
しょっちゅうゴタゴタに巻込まれてる気がするけど、それもそれは楽しくないかと言われれば、嘘になるしな。
さっさと無視してハザードに電話しようと、手に持った魔道具を見ると。
液晶の部分に大きなガラスの破片が突き刺さってショートしていた。
プシューと煙を上げる様な音がして、ボンッ。
俺の通信用魔導機器-マギフォン-は粉々に。
「ちょっと、お、怒らないでよ?」
もう自重しないと決めた。
どんな時だって全力だ。
「ちょっとあんた達! 早く謝りなさい! 謝りなさいってば!」
「あ、何言ってんだこの女。たかが魔道具一個くらい、迷宮潜ってりゃでんだよ!」
俺の雰囲気を察したルビーが必死になっているが、もう遅いのだ。そうか、初めて会った時も俺はブチ切れたんだっけ。
「自動治癒・運命操作」
死んでも死なないぞ。
どんなに辛い目にあおうが、生かしといてやる。
「よし死ね。これはマギフォンの恨みだ! 神聖なる奔流!」
「魔紋! 暗黒の深淵!!」
全力で撃った光の奔流は、チンピラ共かき消す前に直前に展開された闇の中に吸収されて行く。全てを飲み込む様に拡大する闇の壁。だが、そんな物で俺の光は掻き消えない。
漏らした光がチンピラ共に擦る。
思わず舌打ちしたが、事の発端である男が来たので後は任せるとする。
「邪魔すんなよ」
「町を消し飛ばす気か? 暗黒の深淵でも抑えきれない程だ……」
半袖のシャツとズボンから赤黒い紋様が身体中に浮き出ている。俺は全く季節感が無いのだが、迷宮都市のある南魔大陸の南部は暖かいのだ。
ビキニアーマーを身に纏った女戦士がいたのを思い出した。戦闘タイプ、獣よりの獣人の女性で剥き出しの肌は体毛で覆われていた。
それが無ければしなやかかつ大胆な着こなしでとてもそそるのだが、生憎俺にはケモナー属性は無い。暑いからそういう格好になるんだろうな。
光の奔流を打ち切ると、ハザードの正面に広がった闇はそれを包み込む様に渦を巻いて収縮して行く。
魔紋の行使で逆立っていたハザードの髪は、赤黒い紋様が薄れて行くと共に元の落ち着きを取り戻した。負担が大きかったのか、口をモゴモゴとさせ、チンピラ共に溜まった血を吐きかけると言う。
「失せろ、次は俺に掛かって来い。上手く消してやるから」
縮み上がったチンピラ達は、股間を液体で染めながらバタバタと敗走していった。
「おっかないな」
「鏡を見ろよ、神父」
「俺は生き返らせるつもりだったけどな?」
「レッドナンバーを生かしておく価値もない。いっそ脳が恐怖を伝達する前に消滅させた方がそいつらの為だ」
そう言うハザードは相変わらず無表情だった。
危険な奴だよ本当。
レッドナンバーとは処刑級の犯罪を犯したプレイヤーの事である。犯罪歴があれば投獄、釈放されたとしても罪を償うまではステータスの名前表示が黄色になる。
更に罪を重ねるとレッドカード退場-アカBAN-と言う形で対処がとられる。早急に対処がとられるかというと違って来て。
RIOの中に組織された犯罪を取り締まる集団が捕まえるまではドントタッチ。犯罪者は権限で縛れと言う声もあるが、この世には犯罪よりエグい事だって一杯ある。
まぁそこまでいくと神の鉄槌が文字通り振り下ろされるんだが……未だそこまで世界を掻き乱す要因になってるのはあのロッソくらい。
そしてロッソには邪神がついている。
神の鉄槌すら届かない所に居るんだな……としみじみ思うわけだった。
「さて、時間が無い。女は宿に置いて来るべきだ」
ハザードはそう言いながら俺の袖を掴んで熱気に包まれる迷宮都市の街道を真っ直ぐ中央に向かって走って行く。
「ちょっと待ちなさいよぉ!」
後ろでルビーの声がした。




