-幕間-王子は初めて愛に気付く
深森に戻ってみれば、あっけらかんとした様子だった。エルダーウッドと呼ばれる悪魔の脅威に晒されていた我々と比べて、ダークエルフの住まう森は実に平和そうに見える。
実際にそうだった。
外界からの敵意を断っていれば、そこで完結していれば脅威にはさらされない。外敵を惑わす強大な呪いが深森の周囲には張り巡らされているのだから。
美しき彫り物で装飾されたダークエルフの森の街並。
あの時、もしも助けが間に合わなければ。
脳裏に朽ち果てて行く深森の情景が浮かんだ。
セピア色の世界で、死に絶えた我らダークエルフが、嘆いているのが見えた。
嘆いているのが。
戻って来たダークエルフは十指にも充たない。
命を絶たれてしまった同胞は、サレエレの様に故郷に埋葬される事さえ無かった。
あの津波の様な土流に巻込まれてしまったのだろう。
抱きかかえたサレエレの表情は、微笑んでいる様に見えた。
心に救う悪しき心を浄化してもらえたからなのか。
それ共、嫉妬の心の思うまま、我をいたぶる事が出来たからだろうか。
聞く事は叶わない。
森との意識が途絶えていた数日を経て、父オフェロスは息を引き取った。
元より、普通のダークエルフよりも更に長い時を生きた父だった。
加護が無くなれば後は木々と同じ様に朽ち果てるのみ。
あまりにも多い数の同胞の死は、ケラウノの心を強く打った。
残ったダークエルフを纏め上げる程の器が俺にあるのだろうか。
今日も、サレエレと父を埋葬した場所へと赴く。
数日しか経っていない筈なのに、どこか時を遠く感じる。
徐々に取り戻して来たダークエルフの力を使う。
遥か、遥か昔、ダークエルフよりも長き時を続けて来た木々の意識へ、飛び込んで行く。
そして、知った。
父親の焦れた人。
サレエレの本心。
それに気付いたとき、ケラウノは初めて大粒の涙を流した。
これは悲しみだった。
もう一つ気付いた。
悲しみすら、初めての感情であるという事に。
今まで生きて来たのは何だったのか。
慢心と誇りのみ。
「我は、それ以外知らなかった」
ぽつり、と言葉が出た。
心の強さ、気高さとは一体どういう事なのか。
血がたぎる。
王族の血筋が、このまま朽ち果てて行く事を拒絶している様だった。
心の嘆きはこれくらいにして、再び立ち上がらなければならない。
これから自分が守るべき物は、誇りではなく残るダークエルフ達だ。
墓石に欠けてあるサレエレのナイフを腰に縛り付ける。
父の、王の剣を背負う。
「我らは森を出て迷宮都市へ向かう。一族総出で準備をしろ!」
肉体と言う物は精神が統べる。
ケラウノは戦いを経て確実に力を増していた。
そして、王としてのあるべき姿を再び追い求める。
誰かに導かれるわけでもなく、自分の選択によって。
愛してくれた者の意志を継ぐため。
愛した者の意志を守るため。




