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森を統べる悪魔

悪魔降臨(デモンズオース)


 サレエレは禁忌を呟いた。

 嫉妬の心の黒いモヤモヤが、確りとした形を作る。


 エルダーウッドが身体に入り込んで来るのがわかった。

 思えば、種を守る為に変化を受け入れないダークエルフは、こう言った邪悪な脅威から自らの種族を守る為でもあったのかもしれない。


 走馬灯の様に意識が駆け巡り。

 心の中の嫉妬が膨れ上がった。


《憎い憎い憎い憎い!!!》


 そして溢れ出した闇の魔力の渦がサレエレを包み込む。


「……なんて事を」


 変わって行く同じ地に生きた者を見据えながら、ルーシーはそっと涙を流した。それを振り払うと、大きな金色の獅子の姿へと変貌して行く。


 悪魔降臨を行った者はその自我まで、記憶まで奪われる。

 そして地力で地上に顕現できる程の力を持った悪魔は、その力を百パーセント近い純度で再び地に降り立つのだ。

 闇が晴れても消えない肉体を持って。


 流石に全力を持ってして挑まねば勝てぬだろう。


「グオオオオオオオオオ!!!」


 自らを奮い立たせる為の遠吠え。

 出来るなら、一人で戦いたかった。


 それが獣人族である。

 仲間の危険には同行するが、その逆は許さない。


(最も彼は言っても聞かないと思うのだけど)


「なんじゃこりゃ! どうなってんだルーシー!」


 ティラスティオールの死体をぶん回しながら、血に塗れたゴーギャンが森の中からドスドスと走って来る。スプリガンの特性を併せ持つ希少種リトルビットの彼は、ティラスティオールと戦う為に身体を大きくさせていた。


 そんなゴーギャンも見上げる程、獅子に変貌したルーシーの身体は大きい。


「デモンズオース……一足遅かったみたい」


 ルーシーの言葉を聞いたゴーギャンは目の色を変える。


「おいおい、ダークエルフが悪魔の力を借りる!? マジでどーなってんだこりゃ!! しかも、とんでもねぇ悪魔を降ろしちまったみたいだな」


 目の前で渦巻く邪悪な魔力の流れ。


 人ではなく、ダークエルフの身体を寄り代にした悪魔の力は更に強大な物へと膨れ上がって行く。そして、その中には"女神聖祭"の時に一度だけ見た、邪神の欠片と同じ力が宿っていた。


「邪神の相手は"アイツ"の専売特許だろうが!」

「ゴーギャン、あの女の子は?」

「ああ、嬢ちゃんならあの三馬鹿に見てもらってるよ。アレでもこの戦いについて来れるくらいの腕は持ってるからな」


 煮卵、温玉、半熟の三人は、ルビーの不運の巻き添えを位ながらも安全圏へ逃がす為に奔走している。


「おい! これはいったいどういうことなのだ!」

「めんどくせぇのが着やがった……」


 戦いで木々がなぎ倒され、少し開けた森の中にケラウノもやって来る。そして、ゴーギャンとルーシーを見ながら舌打ちした。


「北の王と南の王族が、何故ここに居る」


 返事を聞くつもりも無いようで、浮かび上がった黒い物体を見ながら。


「……サレエレ? 君なのか?」


 唖然として呟くと、激昂した。


「貴様ら!!! サレエレをどうした!!! 悪魔と手を組んだのか獣人の王族ルーシー・リューシー! 北の魔族ゴーギャン・ストロンド!」


 その様子にルーシーが溜息を尽きながら言い返す。


「愚弄するか? 我らが森に生きる仲間を売るとでも? 我らの誇り高き血筋、ダークエルフでさえも認めていると聞くが? オフェロスの子よ」


 獅子に睨まれて、ケラウノも一瞬おののく。だが、ケラウノも王の血を引くもの、それだけで戦意を喪失する事は無い。唾を飲み、一度心を落ち着けるとルーシーに聞いた。


「赤髪の女は、近くに居なかったか?」

「ああ、それなら——」

「グルルルルッ!」


 気軽に口を開いたゴーギャンを、一唸りでルーシーは黙らせる。「おー、こわっ」ゴーギャンは肩をすくめて首を振った。


「貴方、人族の女をどうするの? ダークエルフが持っていても一つもいい事は無い筈よ?」


 乙女の敵だとも言わんばかりの視線で、ケラウノを射抜く。


「うぐ、それは教えられん。だが、邪神が復活した今、我々も動かねばならん。人に手を貸すくらい、いいではないか?」


 かつてもそうした様に。とケラウノは締めくくり再び黒い闇の物体を見上げる。


「何を言ってるの? そう言う事じゃないわよ。この引きこもり!」

「我を愚弄したな! 混血が進み獣化出来る種族も少なくなった獣人族に言われたくないわ!」

「何よ!」

「何だと!」


 言い争いに発展した。

 んなこと争っている場合ではない。


「おいおいおい、言い争ってる場合じゃないぞ。奴さん、そろそろお出ましみたいだぞ」


 ゴーギャンの一言で口喧嘩は一旦ストップした。

 そして、三人で上を見上げる。


 渦巻く魔力の奔流が徐々に収束を迎え、ゆっくりになって行く。

 空気が震える。


 ドクンドクンと、お互いの心音が聞こえている様だった。

 だが、一つだけ違う音が聞こえる。


 頭上から。

 地上に肉体を得た悪魔が、余りの嬉しさに身を震わせている様な音。


「すまん、悪魔を取り逃がした!」


 エヴァンもルーシーの近くに立つ。

 ルーシーは「仕方ない」とばかりに首を動かした。


『ふははははははははは!!! 素晴らしい、素晴らしいですよ!!!』


 女性の声が聞こえる。

 サレエレの声と良く似ていて、ケラウノは反応してしまう。

 それをルーシーに宥められる。


 纏っていた魔力の奔流が消え去った。

 闇の空にはメイド服を身に纏ったサレエレが居た。


「この矮小な悪魔めがアアアアッ!!!!!!!」


 同胞に限りなくそっくりな悪魔。単純に降臨したベースがサレエレだったからにすぎないのだが、ダークエルフのケラウノからすればそれは埃を汚され、とても許すに値しない行いだった。


 素早く弓を引く、そして魔力を込めた矢を放つ。

 そして、木々に飛び乗り空に浮かぶ悪魔に肉薄し、腰に付けていた短剣を抜き飛びかかる。


「行く手を阻め」


 悪魔が手をかざすと、木々から蔓が伸びてケラウノを捉えようとする。


「いいや阻むな!」


 王者の貫禄か、森の木々を一睨みすると蔓が一瞬止まる。


「お前たちの主は誰だ?」


 それを無理矢理従える様に悪魔は言葉を紡いだ。足を絡めとられたケラウノは、そのまま大きく投げられて森の木に背中を強く打ち付けた。


「くふふ、ダークエルフの王族よりも私に従うのか……蠢け闇の森よ!」


 まるで力に酔いしれる様に、ダークエルフの女性と契約を結び降臨したエルダーウッドは腕をかざして森を操る。


 手を一振りする度にざわざわと木々が音を立てて蠢いて、長く眠っていたエント達が招集に赴く様に腰を上げ移動して来る足音が響き渡る。


「ケラウノ!」


 リューシーは人の姿をとると、全身を激しい痛みで動けなくなったケラウノの元へ向かう。


「……元より、ダークエルフの力は弱まっていた。我の願いも最早聞いてくれぬか、ぐっ」


 木の声が届かない状況の一旦はルビーにあるのだが、それは止めの様な物だった。元より、通じ合っていたエント達とすら長らく会話を交わしていない。


 それだけダークエルフの力は弱まっていたのだし、今回もやっと声を聞き届けたかと思ったが、あっけなく目の前の悪魔に従ってしまった木々達だった。


 古木の悪魔であるエルダーウッドは木々を騙すなんて朝飯前。そしてダークエルフの力ともどうかしてしまえば、自分が新たなダークエルフの王族だと偽る事なんて雑作もないのである。


「エントがくれば厄介だ、早めに決着を付けなければならん」


 ケラウノは立ち上がる。もしかすれば救えるかもと思っていた同胞の命。だが、アレは最早別物になってしまっている。


 心苦しいが、同胞のためだ。

 ざわざわと蠢く森の周囲からは同胞達の悲痛な叫び声が聞こえる。


 戦っている。

 今まで手を貸してくれていた森の木々達と。


「覚悟は決めた」


 前を向く。リューシーも再び獣の姿に変化し、ゴーギャンも戦闘態勢をとって大剣を抜いて構えている。


 エヴァンは残された少ない魔力で、一撃に望みを託すべく魔力を練っていた。状況から察して、あのエネルギーの奔流しか今の自分に出来る術は無いと悟ったからだ。


「まだ楯突くのだな? 私降臨の手向けにしてやろう」


 エルダーウッドがそう言うと、木の蔓、葉っぱ、枝、根が土を巻き上げて一つの大きな波の如く彼等に襲いかかる。


 三人の王と一人の竜は樹海の津波に立ち向かって行った。





フォル「クボ! 燕尾服の悪魔が女の子に降臨してなんだかんだメタモルフォーゼした後、メイド服の女性の悪魔になっちゃったの!」

クボ「どうしてそうなった?」



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