竜の天敵。獅子は吠える
エルダーウッドは獰猛な魔物を相手にする様に、掛けて来るエヴァンを引き付けながら手のひらに凝縮された闇魔法の波動をそのまま放出する。
彼は元々闇の森の木に潜む悪魔だった。
階級は下の方である。
だが、闇の森に封印されていた邪神の欠片の一旦に触れ、強大な魔力を得た。邪神の欠片を回収したのは闇の中の王の一人、この世に顕現する力を自分で兼ね備える悪魔サタン。
今世の邪神の欠片には悪魔の要素も含まれている。
運が良かった。
それが無ければ、ただの木に潜む下級悪魔であるエルダーウッドは、ダークエルフの呪いでジワジワと消滅に至るしか無かったのだから。
「ーーギャオッ!」
幼竜の魔力が衝撃派となって、闇の波動をかき消した。
「小癪ですな。人の身体を持った小さな竜種」
お互いが魔素の塊、大きな魔力の渦を持つ。
竜と悪魔、共に純粋な魔素体である。
ただ、違う事を上げるなら現世に実態を持つか持たないか。
闇の世界で生きる悪魔は、実態を持たない故に陽の光によって力を削がれてしまう。
渇望する、嫉妬する。
自分たち程の強大な魔力をその身に宿しておきながら、実態を持つ竜種に。
「驕りですな。今は闇夜の中、少し力は劣ろうとも、今の私であれば幼竜なんぞ片手でも捻り殺せる」
ピラミッドの頂点に立ち、外敵の居ない竜種。
「そんな物、現世での話ですな」
暗黒界、幽界、天界。そして悪魔界。魔術では無く、根本にある魔素をそのまま扱う力を持つ悪魔。法は術の上位に立つ。
「天敵と言う言葉を教鞭してあげましょう」
そう言ったエルダーウッドの周りには、無数の黒い渦を巻いた玉が浮かぶ。ひとつひとつに、浸食し消滅させる闇の力を凝縮させてある。時空が歪む様だった。
それを見ても果敢に突っ込んで来る小さな竜種。
「世間知らずが」
エルダーウッドはそう一言呟いた。
世間知らずが、とこの悪魔は言った。
エヴァンはそれを鼻で笑った。
(今日もついてるぜ)
コイツは俺を侮っている。
戦いという命を削る状況化で、相手を侮るなんてもってのほか。不死身の肉体を持っているならまだしも、相手は実体のない悪魔。
付け入る隙はいくらでもある。
そして、魔力の質から幼竜だと勘違いしたエルダーウッド。
エヴァンの地力はそんな物じゃない。
竜魔法を持つ前から、ハンターランクB指定の大型モンスターを全てソロ討伐。という実績を持っていたエヴァンは、純粋に強かった。
対一、対多数の戦闘経験を持つエヴァンは戦いに大いに慣れている。本能のままに戦う顕現したばかりの悪魔と違い。
戦い生き残る術を持っているのだった。
「喰らえば消し飛びますな」
エルダーウッドの渦巻く闇の玉が飛んで来る。
様々な角度をつけて飛来する玉を両手両足と持ち前の柔軟性を駆使して交わして行く。
(まずは、遠距離攻撃をどうにかしないとな)
食い物に関しての頭は良くない-主に食べる事優先になる為-が戦闘に関しては、悩めるクボヤマにもズバズバ物を言える程である。
(咆哮だけじゃ、少し厳しいか)
自分が持っている遠距離攻撃は、幼竜咆哮のみ。
基本的な戦略は全ステータスがINT依存になった攻撃力で物理ダメージを狙う、ただそれだけ。
単純であるが、玉を全て躱して肉薄する位しか今の自分には出来ないと自覚もしている。そしてそれが可能である事も、さっきの玉を躱した事で読み取れた。
「小癪な!」
森の木を飛び跳ね、狙いを絞られない様に縦横無尽に駆け巡りながら、徐々にエルダーウッドに距離を詰めて行く。
所詮下級悪魔だったか。
一抹の慢心がエヴァンの心の中に生まれた途端。
「ま、誘導だったんですがね」
不意に、目の前に闇の玉が浮かび上がる。
エルダーウッドはにやりと笑う。
「チッ」
舌打ちしたエヴァン。このままでは顔面からぶつかりに行ってしまう。球の威力は森の木々を当たった先から粉々にしているので察しはつく。
一か八かの掛けに出た。
———バクンッ!
「な!?」
「ぐおっ」
闇の魔力の塊を食べたのである。
エルダーウッドは驚愕の表情を浮かべた。
腹の中がよじれそうだ。
だが、闇属性でもそれは魔力の塊である。
竜には無い。
魔性胃袋の能力が無理矢理闇の魔術を変換し、貯蔵して行く。
苦痛は一瞬で終わった。
同時に、勝利が確定した瞬間である。
「中々、珍しい味だったぞ……うっぷ」
大抵物は美味しく食べれるエヴァンの馬鹿舌も、闇の魔力は余り美味しくなかったのか、"珍しい味"という評価を与えたのだった。結論、糞不味い。
そしてエヴァンは吐き気を催した。
あの時と一緒だった。
「オエエエエエエエエエ!!!!!!!!」
閃光が、口から迸る。
受け付けなかった魔力の一部が吐き出されるのと同時に。
今まで溜めていた分まで一気に吐き出されて、そのエネルギーの奔流がエルダーウッドに直撃した。
「……腹減った。やべぇ、俺の餌」
エルダーウッドが消滅してしまったら、俺の飢えが満たされないとばかりに、エヴァンは空腹で振らつく足を動かして抉られた森の咆哮へと向かう。
「……恐ろしい人間だ」
負けたが、流石は悪魔。
その生命力は大分削り取られた物の、何とか存在自体は残っていた。
「そして、私を食べようと言うのですか?」
悪魔を食べるだなんて聞いた事が無かった。
人を誑かせて共食いさせる遊びは存在する。
目の前の男に改めて恐怖する。
一瞬垣間見えた僅かな慢心、その心の隙を付いて致命傷を与えたかに思えたが、目の前の男は、消滅の波動が詰め込まれた魔力の塊を喰らいやがった。
逆に、自分が心を飲み込まれてしまった様だった。
竜でも人間である限り、悪魔は負ける事は無い。
固い心を持つ高潔な人間が居る事もあるが、人とは基本的に欲望に塗れている物だった。
この男にはそれが無い。
心を感じ取る。
《腹減った腹減った腹減った腹減った飯飯飯飯肉肉肉肉野菜肉果物》
……バランス良く食事をしなければ、身体を悪くするというのに。
コイツは、食べる為だけに戦っている。
獣の様な男だった。
「くそ、せめて顕現する寄り代があれば……」
相性が根本的に不味かった。
魔素体である悪魔の前に、まさか魔素を喰らう事の出来る者が現れるだなんて。
戦いのステージにすら立てていなかったのである。
嘆いても遅い、邪神の欠片の一部は出来れば取って置きたかった。
これだけの嫉妬の塊を自分に使ってしまうなんて勿体無い。
あの女に、植え付けて、もっと寄り代として洗脳してやりたかった。
「……仕方ないですな」
これを使ったとしても、勝てるかわからないが。
そんな時、頭に声が聞こえて来た。
『——エルダーウッド
契約を交わしましょう?』
ニヤリ。
とエルダーウッドは口を歪ませた。
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<サレエレとルーシー>
「引いてはくれないのよね?」
そう言ったサレエレの顔は痛みに酷く歪んでいた。洗礼された戦う力を持つダークエルフでも、獣人の王族の持つポテンシャルには歯が立たなかった。
金獅子の戦乙姫とも呼ばれるルーシー・リューシーは、その身を大きな獅子に変化させる事無く、木の上から待ち構え、様子をうかがっていたサレエレを仕留めたのである。
「ダークエルフ、何故森から出る」
言葉には重みがあった。
サレエレは唇を噛み締める。
「貴様らが勝手な事を言うから、我らが獣人の一族が魔大陸の大森林の手が及ばぬ部分を管理していたのは知っているのか?」
サレエレは返さない。
それでもなお、ルーシーは続ける。
「放蕩していたとはいえ、唯一の繋がりを持った銀の一族を薄暗闇の森に捨て置くとはどういう事だ」
「それは王命よ」
やっと口を開いたサレエレ。
「元より、貴方たち獣人族は人と関わり過ぎた。毒されている。欲望は邪悪を生むわ。あの銀の子は人の大陸に行っていたそうじゃない? 貴方たちと同じで毛並みは受け継いでいるけれど、私には十分に汚らわし——」
「グルルルルッッ」
ルーシーは殺気を込めて喉を鳴らす。
それに恐怖を抱いたルーシーは再び口を噤む。
「時は過ぎて行くのよ」
ルーシーは小さく本音を打つけた。一応関わりのあったダークエルフ達も、元を辿れば一つの森に生きる仲間である。
その瞳には悲壮の色を映して。
「ケラウノ様は、人の血を混ぜようとしている。でも……もうずっとずっと私が生まれる前から続いている風習を他の同胞が許す事は無い」
時は過ぎて行くが、ダークエルフはずっとそうして来た。
外界との繋がりを極限まで削ってこの森の根本を管理して来た。
本能は、守ろうとしていたのか。
それとも、本能の更に奥底に燻っていた何かだったのか。
ルーシーはサレエレに残る邪悪な匂いを感じ取る。
「遅かったのよね」
「ダークエルフは変わるか滅ぶ、……だって私がそうだもの」
サレエレの中に芽生えた嫉妬の火種は、自分自身を滅ぼす事に作用した。
きっとこの火種はダークエルフ全体に燃え広がる。
「不思議よ、例え滅びてもケラウノ様があの女と結ばれない事に凄く安心するの。ダークエルフがあるべき姿を持って朽ちて行く姿だって、誇らしいわ?」
今度はルーシーが唇を噛み締める。
「もう少し、大人になりなさいよ。貴方たちは」
「今だからわかる、オフェロス様もずっと同じ。今の私とずっと同じだったわ」
じゃあね。とサレエレは言った。
同性と壁の無い会話が出来て多少はスッキリしたのかもしれない。
「——エルダーウッド、
契約を交わしましょう?
私の嫉妬の心が欲しいのよね?
愛おしいのよね?
その全てを受け取りなさい。
ダークエルフの全てをね。
悪魔降臨」
サレエレは禁忌を呟いた。
精進します。
@tera_father
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