強襲
「くそ! 何故奴らが森から抜け出しているんだ!!」
目の前の惨状に、顔を歪ませながらケラウノが叫ぶ。
「散開しろ! 森の中という地の利を利用して対応しろ!!」
ルビー・スカーレットが目を覚ました。それと共に再び迷宮都市の大迷宮を目指し隊列を進めようとした最中、地を揺るがす豪快な足音が森の奥から鳴り響いたのである。
ティラスティオール。
トロールが更に凶悪になって知性を宿した魔族である。
遥か昔の戦いでも手を焼いた一族は、この南魔大陸の大森林の奥深くにある"薄暗闇の森"に封印したはずだった。
邪神の影響を受け、ある意味長い寿命を手に入れた彼等も、ダークエルフには及ばない。このまま閉鎖された森でじわじわと朽ちて行くのを待っていれば良かった。
「……あいつらか」
ルビーの手を引いて退却するケラウノは、あの時逃がした二人の人間と獣人の姿を思い出して口を歪ませていた。
今まで完全に閉鎖していた森から地力で脱出する手段は到底無い。僅かに漏れでたティラスティオールはまだ生きている事も予測できたが、この無尽蔵に広い樹海の中では脅威になり得ない。
それに、上に立つ物が居なければ、あの魔族は自我が強い。
(邪神が復活したのは感づいていたが、これは急いで大迷宮に行かねば)
手元には切り札がある。
美しい髪色を持つこの女。
ダークエルフの強大な呪いの結界を破る力を持つこの女が居れば、遥か昔も潰す事が出来ずに封印するしか手立ての無かった大迷宮を完全に消し去る事が出来る。
(すべてが終われば……この女は私が貰い受けよう)
人間との混血。
ダークエルフの中ではかなり禁忌とされている事実である。
だが、世界を廻る魔素を管理できる能力があれば。
ダークエルフの血筋にその力が備われば……。
ケラウノも、ダークエルフもまた。
害悪とされる邪神勢をどうにかする為に動いているのだった。
この力さえあれば、忌々しい人間共と再び手を取り合う必要も無い。世界を管理するのは我々だけで十分だと、ケラウノは心に決めていたのである。
「ちょ、ちょっと! どうなってるのよ! なんで彼奴らが!」
ルビーは目が覚めてから何が何だかわからないと言った風にケラウノに手を引かれながら周りをキョロキョロと眺めていた。
ティラスティオールは彼女にとっても恐怖の対象である。
顔を見るだけで食べられそうになったのを思い出し、同時に色々と女性としての大切な部分をクボヤマに見られていた事を思い出し顔を赤くしていた。
「なんだ! また催したのか! 仕様がない奴だ!」
「違うわよ! 馬鹿じゃないのあんた!?」
大股で豪快に走り距離を詰めてくるティラスティオール。
そしてその巨体で跳ねた。
人間が持つには骨が折れる程の錆びれた大剣を、まるでナイフを扱うかの様に片手に持ち、振り下ろす。
「くそっ! これだから魔族は厄介なのだ!」
ケラウノは握っていた手を放し、即座に弓を構え射る。
鋭い軌道でケラウノの矢は喉笛に噛み付いた。
「サレエレ! その女を任せた! 安全域に非難させるんだ!」
空中で絶命してその勢いのまま転がって来るティラスティオールを踏みつけたケラウノは、腰につけていた剣を抜くと後を追って来たティラスティオールに向かって行った。
「ちょっと! この女は嫌よ!」
ルビーは抗議の声を上げるが、戦うケラウノには届いていなかった。
「さぁ、こちらへ」
後ろを振り返ると、口は笑っているが目は笑っていないサレエレが手を差し伸べていた。この喧騒の中で、妙に落ち着いた雰囲気を持っているこの女が、ルビーにはとても不気味に映る。
「嫌よ、覚えてるんだから。あんたと一緒に居るくらいなら、一人で何とかする方がマシよ!」
ルビーはサレエレの手を叩いて拒絶すると、パンツに薄手のシャツを羽織った無防備な姿で森の奥へと駆け出して行った。
「クフッ……フフフ……エルダーウッド。私、助けようと思ったのにあの女が勝手にどこかに行っちゃったわ? どうやって殺されるのが見に行かなきゃ……いや、キャー森の中は危険が一杯よーおいかけなきゃー」
サレエレはそう小さく呟くと、ゆっくりとルビーが走り去って行った方向へと向かって行くのである。
「サレエレ!! どこに行った!? くそっ、次から次に厄介だ!」
ティラスティオールを仕留めたケラウノはサレエレとルビーを探すが見つからなかった。魔族は次々襲って来る。流石に分が悪いと、そのまま木の上に軽快に登ると、下で足踏みする魔族を尻目に、ケラウノも森の奥へと駆け出して行く。
---
「——女ぁっ! はうぁっおんなぁあああ!!」
「いやああキモイキモイ!!」
ルビーは森の中を一目散に逃げ回っていた。クボヤマからすれば特に見慣れた下着姿であったのだが、その他からすればそうも行かない。
案の定。
ルビーを一目見たティラスティオールは、鼻息を荒げながら武器をほっぽり出して追っかけて来るのである。手はわきわきと何かを揉みしだかんばかりに動いている。
そんな様子を目の当たりにしたルビーは、青い顔をして必死に逃げ回っていた。
(なんで毎回こんな目に!)
自分の不幸を目の当たりにして、少し心が折れそうだった。でも汚い魔族に身体を蹂躙されるのはもっと嫌だった。現実の時間とログイン時間はかなり相違がある。強制ログアウトしてもキャラ自体は残って食い荒らされてリスポーンするだけなので、精神的にショックを味わう事は少ないが……。
(そんなことになればキャラデリ不可避だわ!)
リアルスキンモードをプレイするプレイヤーは、大体強制ログアウトは好まない。そして、ルビーの心の奥にとある懸念もあった。
(ログアウトして安全な場所に行ったとしても、実質この冒険からはリタイアよね)
クボヤマが再び自分を旅に同行させてくれるのか、少しだけ不安だった。かなり迷惑を掛けていると自分でも思っているのだ。
彼は守る為に私を同行させたのだと、薄々感づいていた。
黎明期の、まだリアルスキンが浸透してなかった頃から興味がわいて、実際に会ってみたら想像していた英雄とは遠くかけ離れたオッサンだった。
でも、彼はいつでも駆けつけてくれた。何とかしてくれた。
(ここでリタイアするなんて、絶対に嫌!)
何よりもクボヤマと離れたくなかったのだった。実際には、クボヤマは邪神は邪神で放っておいて自由に旅したかっただけなのだが、この女はまだ気付いていない。
逃げ出したクボヤマを再び、戦いの中へと突き落とした事に。
それによってクボヤマが現在トラウマ爆発でにっちもさっちもいかない状況になっている事をこの女は全く知らない。
姉の管理下に無いと尽く身内に不幸を振りまく女。それがルビー・スカーレットと言う物なのだった。そして現在、一人で逃げている彼女はその不幸を背負ってくれる人は、肩代わりしてくれる人はいない。
「——やっと追いつめたぁ……女ぁうへえへへ」
走り疲れたルビーは気を盾にして構える。そんなルビーを捕まえて嬲る妄想をしながらティラスティオールの一体はゆっくりと、ゆっくりと近づいて行く。
「こ、来ないで!」
状況は更に悪くなる。声を聞きつけたティラスティオールが集まって来たのだった。かなりの数が囲って食べるか嬲るかで言い争いを行っている。これはしめたと思ったルビーだったが、意外な事に言い争いはすぐに纏まった。
「——先にいたぶればいい!」
「——なら追いつめた俺が一番だ! もう待てねぇ! そっからはお前らで考えろ!」
「嘘でしょ! もっと言い争いなさいよ!」
汚い顔で笑いながらエリーはじわじわと囲われて行く。
そして、一体のティラスティオールが涎を撒き散らしながらルビーへと手を伸ばした。
「ッッ!!」
少しモチベーションが上がるメッセージを頂きました。
やる気向上しています。リメイク版の方も、書き溜めはちょこちょこやってまして。後は今月片付けないと行けない仕事をやっちまって……と。
ツイッター相互フォロー募集中です。
絡みに飢えています……。
@tera_father




