狂い
「隠れろ!」
エヴァンが叫ぶ。同時にバンドとルーシーの獣耳も何かを感じ取った様に忙しなく動いていた。——何かが来る。
「ああもう、嫌な匂いが一杯だぁ」
「こっちの影に隠れるわよ!」
基本的に頼りないバンドに溜息をついたルーシーは皆を木の陰に誘導する。エヴァンが何かを感じ取った方向を注視しながら息をひそめていると、巨大な足音共に邪悪な森の住人達が隊列を組んで行動している姿が現れた。
「ありえねぇ……」
ゴーギャンが呟く。
とんでもない数だった。そして、彼等は滅多に纏まろうとはしない。多少の秩序を持つとは言え、魔族の中でも我が強い彼等が隊列を組み森の中を行進するなんて。
餌があれば群がる。利害が一致すれば少数だが一緒に行動する。
森を良く知るルーシーもそう教えられて来た。
ざっと数えるだけで百以上。
森の奥深くに封印されたティラスティオールの集団の足音は、恐ろしい程に大地を揺るがしている。
「さっさとしろウスノロ! 貴様らはトロールと一緒か!? 違うだろう! 頭があるなら使え! 文句を言った奴から一人ずつ殺して行くからな!」
罵倒が上がる。ティラスティオール達のデカい口が歪むが、彼等は文句一つ言わずに男の声に従って前進している。それが、この男の実力を示している物なのか。
戦いに敏感なゴーギャンは、一目見ただけでそれを感じ取っていた。
「誰が貴様らを解放した! 邪神様に決まってるだろう! さっさと進め! この先に貴様らを閉じ込めた仇がいる! ダークエルフは美味いぞ?」
上質な革製の背広に帽子をかぶった貴族の様な雰囲気をかもし出すちょび髭の男は、杖を振り回してフワフワと宙に浮かびながら最後尾を行く。
その手には黒い炎をメラメラとあげる珠を持って。
「あの方向は……まずいかもしれないぞ」
険しい顔つきを見せながらエヴァン。
「そうかもだ。だが、最大のチャンスだ。危険だが距離を保って後を追う。奴らがダークエルフ達とかち合ったら、その混乱に紛れて嬢ちゃんを回収しよう」
だが、ゴーギャンはそれを好機と捉えたようで、ニヤリと口を動かしながらその集団の後を追って行く。
「ねぇねぇ、助けに行った時はあんまり考えてなかったけど、あの巨人の魔物さ、本当はかなりヤバい奴? ヤバイ系? 親方はどう思うのさ?」
「見ただけでわかるだろうが。腕相撲しても勝てる見込みが無い」
「慎重差二倍くらいありそうだからな」
これまで流れでついて来ていた半リアル勢の三人は、ややついて来た事に後悔を覚えながらも前に進むのである。
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<樹海の泉の畔>
憎い。ケラウノ様が気にしているこの赤毛の女が憎い。
本来なら、ケラウノ様の傍に仕える役目は私のはずだった。
それが私の役目。
ダークエルフの中でも私は女でありながら戦う力を持っていた。
だからケラウノ様の傍にいる事を許された。
この女が現れてから。
どうしようもなく不安になった。
戦えない女よりも、私の方が優れている。
傍にいる資格は私が持っているはずなのに。
ケラウノ様は彼女を傍に起きたがるのだ。
私は与えられた役目をこなしていた。
なのに何故?
全てはこの女が来てからだ。
ドクン……。
ケラウノ様の傍に眠るあの女を見ると何かが脈打つ音が聞こえる。
そしてけたたましくなる足音と共に頭に声が響く。
——私の声が聞こえますか?
「ッ!?」
思わず身じろぐ私に、同胞のダークエルフが声をかける。
「どうした?」
「いえ、何でもないわ……」
ケラウノ様は私を見ようともしなかった。
——貴方の気持ちはよくわかりますよ。
(私の心の中に語りかけて来るのは誰!?)
——私はエルダーウッドっと申します。お見知り置きを。
エルダーウッド。その名前を聞いて私はやっと森の木々達と通じ合えたのか。そう錯覚した。深森に住まう種族である私達は森と共に生きて来て、通じ合う事が出来る。
ケラウノが強行軍を出してからと言う物、全く持って森との意思疎通が出来なくなってしまっていた。それがここへ来て安心へと変わる。
(木々の中でも貴方はまだ若そうな声をしているわ。よろしくエルダーウッド、久しぶりの疏通にケラウノ様も安心すると思うわ)
——それは行けません。私はまだ若い。そう、若いのです。故にある特定の心を持った者としか意思疎通が出来ないのです。申し訳ありません。
エルダーウッドを自称する声は、少し悲しそうにため息をついた。特定の心とは一体なんなのだろうか。気になりはしたが、それよりも大切な事がある。意思疎通できる者が一人でも入れば問題は無かった。
(問題ないわ。木々と連絡を取ってもらえる? 私達を追う者がまだいるのかと、このまま真っ直ぐ行っても問題が無いのかをね)
——かしこまりました。
そう言って、エルダーウッドは少し時間を置くと話し始めた。
——薄暗闇の森から、大変な脅威が迫って来ているみたいですね。真っ直ぐこの泉に向かって直進しています。
(それは大変。はやくケラウノ様に知らせなきゃ)
——お待ちくださいダークエルフ様! 今それをしてしまうと、私と意思疎通が出来なくなってしまいます! ……疏通が取れる特定の心というのは、嫉妬の心なのですから。
(嫉妬……?)
声の主は「そう、嫉妬です」と言った。確かに、あの赤毛の女は視界に入れるだけでも憎い。私だけの居場所を奪った。
だが、憎いや嫌悪の感情はダークエルフは元々外界に対して持つ一般的な感情である。外と内と完全に切り離す事で私達は一つの役割を担って来た種族なのだ。
……嫉妬?
有り得ない。
寿命が長い私達が、特定の誰かに対してそんな気持ちを持つはずは無い。例えば、私がケラウノ様の傍にずっといても、それをやっかみするダークエルフは居ない。それが私の役割と場所だったからだ。
——可哀想に、呪われた力を持つ女に貴方も狂わされてしまったんでしょう。
(ダークエルフは完全に調和のとれた種族。一人の人間に狂わされるなんて有り得ない。そう、ありえない)
——思い返してください。その女が来てから、貴方の心はどうでしょうか?
(…………あわよくば、この手で殺してやりたいくらい)
ケラウノ様が庇護しているから、私も中々手が出せなかった。首を絞めてしまった時は、失敗したと思った。同時にあの時、ひと思いにやってしまえればと。
——だったら、闇の魔族を利用してやればいいのです。優れたダークエルフでも、守りきる事は難しいでしょう。その女に恐怖を埋め込む事も、あわよくば殺す頃も可能では?
(……………………。)
熟考に耽っていた私に、ケラウノ様から指示を貰った同胞が語りかけて来る。
「サレエレ。そろそろ時間だと。動けるか?」
私は立ち上がると迷わずケラウノ様の元に向かう。ケラウノ様は気を失って眠っている女を心配そうに眺め、赤いウェーブの掛かった髪をサラサラと手で遊ばせていた。
「ケラウノ様、もう行くのですか?」
「そうだ。余り長いも出来ないからな」
私は初めて同胞を裏切る言葉を吐いた。
「彼女も疲れておいでです。同胞にもまだ疲れが見えています。動き出すのか彼女の目が完全に覚めてからでも遅くないと思います」
そう言うと、ケラウノ様は「それもそうか。人族の女は弱いものだ」と言って私の案を受け入れた。
ケラウノ様は明らかにこの女を基準に物事を考えている。
この女が来てから私達は狂いだした。
居なくなってしまえば、元に戻って再び同胞は木々の意志を聞く事が出来る。
(そうでしょ? エルダーウッド。全てはダークエルフ、ケラウノ様のため)
——仰せの通りです。
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南魔大陸のどこかの土地である。大森林の形成する樹海ばかりではなく、岩肌剥き出しの荒れた地形も存在するのである。
縦に伸びる大きな岩が六本。
そしてその中心に地面を削って描かれた六芒星模様の陣形に魔力が灯る。
漆黒にドクロ。嘆き叫ぶ様な人間の剥製。
中央から禍々しくデザインされたドアが浮上し、そこから赤と黒でコントラストされた髪を揺らした男が現れる。
「てめぇと同質化するのは癪にさわるが、便利だわこれ」
赤髪のロッソは、限りなく邪神に近い存在となった魔王サタンと共に、南魔大陸へとやって来ていた。
神父との戦いで彼が使う天門と言う物を覚えていた。彼に出来て俺に出来ない言われなねぇ。と、ロッソは限定的な仕様があるものの同じ様な転移門を使用する事に成功したのである。
(まぁ、制御できなかったら死ぬけどな)
「それはてめぇがやれよ」
吐き捨てる様に言った魔王にこんな言葉遣いが出来るのはこのロッソと言う男だけ。
「……戦いの場所は? もちろんあそこだよなぁ!」
端から見れば独り言で盛り上がっている危険な奴だと思われているだろうが、この男はそんな事は気にしない。
「まぁ、かわいいかわいい妹が無駄に掻き乱してるだろうからなぁ。俺はこのまま決戦の場所で準備させてもらうぜぇ」
そう言いながら彼は迷宮都市に向かって歩き出した。
(お仲間はどうしたんだ? ほら、影の原始を扱う奴)
「ああ、先行させてるぜ。敵さん邪魔な奴が多いからな。一人でも削っておきたいんだとよ。全くマメなやつだぜぇ、ネクラだけどなぁ」
うおおおお、色々諸々忘れとる気がする。
あ、ツイッター始めました。@tera_father
追記。
ダークエルフは完全に調和のとれた完全な種族。
=頑固引きニートだと思っていただけれおk。




