追う者、追われる者
帰って来た場所は、真っ白なプライベートエリア。俺一人しかいない空間ではなく、そこには生活感を漂わせる家財道具があって、せっせと家事をこなすクロスと一人ジェンガをして遊ぶクレアが居る。
「ただいまなの! みんな!」
そして俺の隣には、満面の笑顔を見せるフォル。この空間を見ると、悩みなんて一発で吹き飛んでしまう様な感覚がした。
「ただいま」
そう告げた俺にわああとジェンガをぶちまけながら抱きついて来るクレアと、安心そうに僅かに微笑み返すクロス。
さて、実に名残惜しいが、俺には向かうべき場所が他にある。
「フォル、今すぐゴーギャン達の元へ向かうぞ、天門だ」
「判ったなの!」
そうして開かれた天門に俺は飛び込んだ。とりあえず、彼等に再び詫びて置かなければならない。
今までナメプしてごめんなさいとな。
ーーー
一方時は遡って。
ゴーギャンらは、居なくなってしまったクボヤマの事は一端置いといて、エヴァンやバンドと共に連れ去られてしまったルビーを救出すべく動き出していた。
「む? これは……彼女が身につけていた衣服なんじゃないか?」
バンドの鼻が、ルビーの匂いだ。と彼女の痕跡らしき物を発見して、それを拾い上げながら半熟が呟いた。
「確かに、こんな森の奥深くに靴が落ちてるなんておかしい話でもあるが、そう断言するにはいささか情報が少な過ぎるとは思わんのか?」
他にも何か無いかと辺りを見渡しながら、温玉が言う。
ここは南魔大陸の大森林の中。獣人族であるバンドとルーシーの助けを借りて、ゴーギャン達は、ダークエルフを追って道無き道を最短距離で突っ切っている最中だった。
「酷いな、靴がぼろぼろじゃないか。それだけ過酷な道を歩かされていたんだ。まぁ痕跡を残したとしても、目指す場所が同じなら一緒だぜ」
ぼろぼろになった靴を見ながら、ゴーギャンが呟いた。
獣人族の偵察隊が知らせてくれたのである。ダークエルフは南の方へ進路を取り、迷宮都市を目指していると。
「だが、一部の獣人族が動物の声を聞いて動きを予測できる様に、ダークエルフも木々の声を聞ける。私達の動きも一目瞭然、相手に筒抜けになっているのよ」
その辺になっていた果実を捥ぎ、齧り付きながら言う。
「流石姫様……可憐だ。ん? この先からも匂いがしないかエヴァン」
惚れ惚れとした視線をルーシーに送りながら、バンドの鼻は再び僅かな痕跡を嗅ぎ取った。同じ様に嗅覚を強化させているエヴァンも同様の匂いを感じ取ったらしい。
「嗅ぎ分けはできないが、混ざってるな。ルビーの足の裏の匂い。意外と独特なんだよなあいつ……」
辟易しながら呟いて、彼等は匂いのある方向へと赴いた。
そこにあった物は、
「もう一足の靴だ。ご丁寧に確り靴ひもを解いて脱いでると来た。こりゃ確実に動物に襲われて乱雑に剥がれた物じゃなく、何かの意思の元に脱いだ証拠じゃないか?」
「ふむふむ! さすが親方、良い考察だね!」
拾い上げながら上機嫌に言う温玉をのせる様に煮卵がおだてる。褒めても何もで音ぇぞ。と温玉は煮卵の背中を叩いた。
元々体格の小さかった煮卵は豪腕によっていとも容易く吹っ飛んで行き、近くの茂みに頭から突き刺さってしまった。
「……あのさあのさ。今、そう言うのいいから。マジで……」
「おい、遊んでないで急ぐぞ。どうやら奴さん、同じルートで行くつもりらしいな!」
せかすゴーギャンの後に続いて再び最短ルートの進路に戻った彼等であるのだが、再び痕跡を発見するのである。
「おい、こりゃなんだ?」と温玉。
「上着だ」と半熟。
更に進んで行くと、何かが転倒した様な草が押しつぶされた茂みに、ポツンと何も入っていない革袋が置かれていた。
「そのルビーって女、馬鹿なんじゃねぇの?」
そして程なくして見つかった脱ぎ捨てられたズボンに、ゴーギャンは口を歪ませながら呟いた。
「女戦士である私から見ても、流石にプライドって物があるわよ……」
ルーシーも頭を抑えながら首を横に振って呟いている。
「ねぇねぇ、親方。コレってもしかして?」
「俺に振るなバカ」
そんな彼等に変わって半熟が言った。
「これでシャツまで捨ててあったら、あの女。痴女確定だな」
全員が溜息をついた。
その中をエヴァンは一人だけ冷静に分析している。
「多分だが、連行されている途中で無い頭を振り絞って閃いたんだろうな。もっと要所要所で痕跡を残すもんだが、あの靴が落ちている場所から等間隔に落とされている。本人はバレない様にやってるつもりが、ゴミ同然に馬にや人に踏まれてるじゃないか。そして見ろこの革袋。特別な物は入ってなかったと思うが、中身物色されて放り捨てられてるじゃないか。もはや馬鹿通り越して可哀想だぜ」
ただし、どうでも良い事を。
彼女だって必死に考えていたんだと思う。そして痕跡を残す方法がコレだけしかなかったんだと思う。
「とりあえず。この道を進めば迷宮都市だ。なんだか奴さんの足は少し遅くなってるみたいだぜ。これなら急げば迷宮内に入られて見失うよりも先に何処かで追いつけるかもな」
落ちている箇所は、少し散らばっていて。何かと争った形跡がある。ゴーギャンは空気を一変させる様に言うと、再び統制と立て直して先へと進み始めた。
ーーー
一方その頃。
ルビーを連れて森を移動中であるケラウノは、激怒していた。
「一体なんなんだ! 何故こうも邪魔ばかり!」
いつにも増して遭遇する魔物を蹴散らしながら、ダークエルフ達は迷宮都市への最短ルートを取り進んで行く。だが、最短ルートである筈なのに、思う様に先へ進む事ができなかった。
森を移動し始めてから、ことあるごとにハプニングが連続して隊列を襲ったからである。
「森の木々達は我らの呼び掛けにも答えないし、ましてや我らの足を奪った!」
思い返す度に悪態をついてしまう。
歩かせていたルビーが疲れを見せ始めたので、それを口実に自分の馬に乗せてやると、森に慣れている筈のダークエルフの馬が、顔を出している木々の根に躓き転び始めた。
得体の知れない何かに怯える様に、馬は先へと進まなくなった。まるで、森を怖がっている様だった。
「見知っている道の筈だ。何故こうも行く手を遮る物があるのだ!」
強襲する魔物達然り、獣人達が利用していたはずである獣道は深い茂みによって閉ざされていた。それどころか、謎のぬかるみまでいつの間にか出現している始末。
思った様に先に進めないのである。
「ねぇちょっと、どうするのよ。私に戦闘能力は求めないでよね。切り札みたいな物なんでしょ? しっかり守りなさいよ」
魔物に向かって弓を引き続けるケラウノに向かって、ルビーは髪を弄りながらまるで他人事の様に呟いた。
「そしてこの女は、何故こんなに破廉恥な格好をしているのだ」
「混乱に乗じて脱げたちゃったのよ」
もう慣れた。と言う風に、何処か儚げな視線でルビーは空を見上げて呟いた。ケラウノはその様子に頬を染め、ふとももをチラ見しながらうんざりとする。
(……クボヤマ達はきっと私を追って来ているはず。あの英雄よ? 今の彼は擦れていて少し情けない印象だったけど、いつだって私を助けてくれた彼ならば、きっと私の残したメッセージに気付いてくれるはず……)
馬に乗る途中で何かできる事は無いかと、無い頭を振り絞って考えた結果。等間隔で自分の痕跡を残す事を閃いた。幸いダークエルフ達はハプニングの連続で、混乱に乗じて衣類を脱ぎ捨てて来る事に成功した。
(まぁ、別に"コイツら"に見られて減るもんじゃないもの……)
彼女の羞恥心は、メーターを振り切った所まで成長している様だった。
「呆けてないで避けろ!」
戦いの余波によって弾かれた誰かの剣がルビーに向かって差し迫る。ケラウノは敏感に察知して、自分の剣を抜きながらそのまま弾き弾道を逸らした。
(……ほ、本当に来てくれるのかしら。彼等)
羞恥心だけ強くなったとしても、心の根底は変わらない。不安と期待が行ったり来たりする状況で、股ぐらがヒュンとチン寒現象の様な感覚に落ち入り、もじもじと尻込みしてしまった。
一見裸ワイシャツの様な姿に見えなくもないルビーのこの状況を煮卵が目撃していたならば、「ねぇねぇそれどんなご褒美? どんなご褒美?」とワクワクしながら叫んでいただろう。
だが、古くを生きるケラウノにはそう言う甲乙着け難い趣向は存在しない。
「なんだ、恐怖で催したか?」
「んなわけないに決まってるでしょ」
「致し方ない。全員隊列を組み直せ! これより目的地まで少数精鋭で向かう。ノトークス、お前が隊列をまとめ、この魔物共を陽動迎撃しろ!」
ケラウノの一声で、ノトークスと呼ばれる短髪のダークエルフが声を張り上げ陽動の為の隊列を組み直す。そしてケラウノはお互いのバランスを考慮して戦力を分配させると、新たに三人程連れてルビーの手を引き戦いの最中から遁走した。
「ちょっと! 誰が催したのよ。催してるのはアンタの頭じゃないの? まるでお祭りみたいだわ」
「心配するな。ダークエルフは気遣いも一流だ。サレエレ、彼女について行って護衛を頼む」
「……はい」
サレエレと呼ばれるダークエルフの美しい女性が、やや間を空けてから返事をすると、ルビーを案内する様に森の茂みの奥へと連れて行った。
信頼するクボヤマ、絶賛現実逃避中の頃の話でした。




