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クボヤマの人格2

 ギルドのプライベートルームで刀を研いでいたユウジンの後ろから、セバスが声を掛けた。


「なんか様か? セバス」


 ユウジンは振り返る事もせず、砥石に刀を行ったり来たりさせながら反応する。


「クボヤマ様の事なんですが、魔大陸でもめ事を起こしてから消息不明になってしまっていまして……何か知りませんか?」

「何があったのか説明してくれ」


 クボヤマというワードに研ぐ手を止めたユウジンが、刀に付着した汚れを拭いながら振り返って聞いた。


「魔大陸に居るゴーギャン・ストロンド様からの情報なのですが、何とも観光中にやはり騒動に巻込まれたらしく……」

「あの筋肉ダルマか! ってかクボ巻込まれたっていうか自分から突っ込んで行ったんじゃないの? 難儀だな」


 貴方も十分筋肉ダルマですよ。と前置きして、セバスは言う。


「ゴーギャン様が言うには、彼は全く戦わずに女神聖祭での失態について自虐した後、ゴーギャン様の一言で天門を使い何処かへ消え去ってしまったそうなんです」

「なんて言ったんだそいつは?」


 セバスは一度溜めを作ると、


「てめーで汚したケツくらいテメーでふけ。だそうです」


 その言葉に、ユウジンは豪快に笑った。


「そいつは酷い事言ったもんだ。あいつはずっと自分のケツを他人に拭いてもらってた甘ちゃんだよ。だから拭い方も知らないんだ。お前も判るだろ?」

「……ええ、まあ」


 彼の騒動を思い出して、セバスは首を縦に振る。


「行き詰まると突拍子もない行動に出るからこっちがヒヤヒヤするんだが、周りに恵まれてる。あいつは親に似てお節介だからな、自然と周りが返してくれるんだよ」


 研がれた刀の刃を確かめながらユウジンは続ける。


「で、クボは何をやったんだって?」

「……サポートだけに徹して戦わなかったそうです。いまいち理解できませんが、これはどういう事なのでしょうか?」


 そう言ったセバスに、ユウジンはまた笑う。


「ハッハッハ! 多分アレだな。プチ引退後もそうだが、少しナイーブになってるのかもしれない。そう言う時はそっとしておけばなんとか本人が折り合いをつけて戻って来るんだが、この世界はその時間さえも与えてくれないんだ。必ず、何かを中心にして物語が起こる」

「はぁ……? 一応、ギルマスの消息が判らないのは一大事なので、クボヤマ様を一番知るユウジン様にご助力を頂きたかったのですが…」


 ナイーブですか……。とセバスは一人でその単語の意味に思考を働かし始める。


「突拍子もない行動と言えば、エリー様が首を跳ねられた時もそうですが、ジュード様が殺されてしまった件とも何らかの関連性があるんでしょうか?」


 その一言に、ユウジンはため息をついて答えた。


「そうだな。あいつは現実リアルで大切な人を亡くしてる」

「……詳しく教えてもらう事は可能でしょうか?」


 ユウジンは少し考えると、セバスならば信頼がおけるだろうと口を開いた。


「あいつは自分自身を人殺しだと思ってるよ。それも潜在意識の中でな」


 人殺し。その言葉を聞いたセバスは息を呑んだ。


「……クボヤマ様がですか?」


 一人の神父として頂点へと上り詰めたお方だというのに。と考えながら尋ねる。第一、リアルスキャンは本人の記憶もスキャンするので、それがまかり通るならば神父なんかになれるはずが無い。


「まぁ、それは仕方なかった事だ。だが、当の本人にとっては自殺する選択に行き着く程の出来事になるくらいだったんだがな」

「そんな事が……でもリアルスキャンでは……」

「記憶のコピーだろ? なんであいつが神父なんだろうな。とも思うが、俺はなるべくしてなったのかもしれないと思うぜ? ……もうちょっと研いだ方が良いなコレ」


 切れ味に満足しなかったのが、愛刀を再び研磨する作業に戻りながらユウジンは続ける。


「あいつは甘ちゃんだ。胸に秘めておく事も、背負う事もどうすればいいか判らない野郎だ。でも大切な部分は確り理解している。そうやって足掻いた結果、記憶の片隅に大事に蓋をしてしまってあるんじゃないか?」


 その言葉を聞いて、セバスは気付いた。


「ああ、だからですか……。それでも断片的に漏れたそれが、他人の。いや、仲間の死と言う物に対して敏感になっている訳ですね。ある種のトラウマと言っても良いでしょう。その結果、自分でもよくわからない選択肢を選んでしまうという訳ですね」

「そこまでは知らん」


 ビシッと断言したつもりだったが、ユウジンには一蹴されてしまったセバスである。


「まぁ、ここへ来て結構な騒動に巻込まれたし、結果的に誰が何をして来たかすら判らない混乱状態のまま、本人は法王になっちまったからな」

「あの戦いの勝者は、一体誰だったのでしょうか。魔王の侵略を防いだ点で言えばクボヤマ様でもありますが、実質迷宮は出現し、魔物の凶暴化にも悩まされていますからね。ですが、迷宮の価値は人から見れば宝の山。文明の躍進にも繋がります。確かに、当事者だったクボヤマ様から見れば、混乱してしまうのも否めませんね」


 そう言って、女神聖祭を思い出すセバス。

 結論、一つの都市崩壊までに至った聖王国を丸っと復元させて、尚且つ新しいインフラ設備に投資できるくらい、主催側としての成果は申し分無かった訳で。


 だが、内情を知る物としては結果的に退けただけで、根本的な状況は解決しておらず、そのまま邪神として魔王が新たに力を得て、迷宮を各地に出現させた。


 その一方で、迷宮の出現は人々の夢へと至ってしまった。もちろん情報統制だったり、デメリットを極力減らす為の政策を行った上での物であるが。


「当然生きているエリー様の件ならば、少し衝撃的な事件だったというだけで済ませられるかもしれませんが、ジュード様はもう二度と帰って来ない。本当の意味でこの世界から無くなってしまわれた……それが重なってしまっているのですね」


 そう考えると、セバスは何とも言えない気持ちになった。


「それでも世界は廻っているからな」

「……途方に暮れてしまいますね」


 その時を決して忘れる事はできない。

 例え風化して記憶の中から薄らいでしまう事はあるかもしれないが、刻々と進んで行く世界に置き去りにされる感覚を想像すると、身震いした。不器用故に背負う事も胸に秘める事もできない事の恐ろしさ。


「にしても……戦わない。か」


 ユウジンはいつの間にか砥石をしまって打ち粉をポンポンと刀身に打ち付けながら呟いた。

 そして手入れ作業を終えると、立ち上がった。


「あいつ、逃げやがったな。今回はまた違うひねくれ方してやがる」


 完璧に手入れされた愛刀-天道てんとう-を数回振って、よしと満足げにセバスを見ると言った。


「そろそろあいつにケツの拭き方でも教えてやらないとな」











ーーー



「見たのか……」


 そう呟くと。アウロラ、フォルトゥナ、ヴァルカンの三人は何とも言えない表情をした。これが俺の思い出す事のできない記憶の一部分なのである。


 俺は結局生き存えた。


「笑えるだろ? 親が死んで、自殺まで考える馬鹿な野郎だ」


 そう独り言の様に呟くと、アウロラは無言で抱きしめてくれた。

 その包容には、あらゆる物事を赦し、救ってくれる様な暖かさと心地よさが入り交じっているのだが、俺は震える声で否定する。


「……やめてください。貴方が例え赦しても、自分自身が許す事ができないのです」


 我が侭だという事は理解している。

 5年経っても、どうする事もできない。


「何故、そこまで自分自身を縛り付けるんですか?」

「情けない話ですが、それを胸に秘める事も、それを背負う事も私にはできません。私の心は決して強くないのです。ですが、それを忘れるという事も絶対にできません」


 故に、どうしたら良いのか判らず。

 俺はその時の記憶を、心の片隅に小さく小さくしまい込んでしまった。


 そうしていないと、日常生活に支障が出てしまう程に、心の中の劇物の様になってしまったのだ。心にしまっていても、日常の様々な要因がそのしまってある部分に突き刺さって来る。


 例えば、当時カーステレオで流していた曲が聞けなくなったり。街角でその曲が流れる度に身体が反応して躓きそうになる。


 幸い、この世界にはそう言った要因が無かったんだが、人の死に関わってしまう事で、大きく自分自身が揺さぶられてしまった。


「同じ…なんです。自分の事ばかりに目が言って、結局同じ事を繰り返してるんです」


 女神様なら判っているだろう。

 過去があるから今がある。だが、


「今の私には過去の私をとてもじゃありませんが、許す事ができません」


 そして、再び繰り返した。

 色んな舞台で踊らされる内に、確と倒すべき敵を見定めて戦った。


 でも結果的に自己満の世界だったじゃないか。

 そしてそれが原因でまた、死なせてしまった。


「クボ……震えてる」


 フォルがおどおどとした様子で呟いた。

 気付かないうちに俺は震えていた。


 もうこんな所まで来ていたのか。

 最期の選択だった、渦中からの逃亡。


 ユウジンが聞いたらぶん殴られるだろうな。

 全く情けない決断をしてしまったと思うと同時に、心の中には焦りと不安が渦巻いていてどうしようもない。


「おい、過去をどういうするより、今のお前が——」

「ヴァルカン。黙ってなさい」


 イライラした顔で何か言いかけたヴァルカンをアウロラが制止する。


「だけどなッ——」

「ヴァルカン」


 食い下がったヴァルカンに対して、アウロラは振り返ると物々しい雰囲気で凄んだ。全てを包容する様な暖かい空間が、一瞬で冷えきった空気に一変する。


「ならば、これは神の助言です」


 アウロラがこちらを向くと、再び後光と共に暖かい空気が流れ込んで来る。


「過去、現在、未来。全てを大切にしなければ、後悔と言う物は必然的に生まれて来る物です。それは人として当たり前の事で、誰しもが思うこと。自らを戒め続けるなんて誰にもできない事なのですよ?」


 そう言って優しく微笑んでくれた。

 でも、


「でももだってもありません。重荷になるならば放り投げなさい。それが今と未来を束縛し続けるならば、必要はありません」


 それは判っていた。

 そして気付く。


 コレも俺の独りよがりであるという事に。


「貴方はできるだけ此方の世界に現実での事を持ち込む事を嫌っていますね。それも一つの"逃げ道"なのでしょうが、本当にそれでいいのでしょうか?」


 女神の問いに、俺は押し黙った。

 思えば、最初から逃げ道ばかり探して生きて来た。


 結局の所捨てる事もできずに大切にするという事もできずに、ただひたすら自分の中にしまい込んで、挙げ句の果てに自分の目にも見えない様にして来た物だ。


 全部逃げてるじゃないか。

 過去が過去がと言っておきながら、それに向き合おうとしなかったのは結局の所自分自身であり。


 プチ引退時に気に病む必要の無い、気にするなと言ってくれた友達の言葉に御託を並べて逃げ続けてるだけじゃないか。


 一番最低なのは誰だ。

 自分だ。


「うるせぇ……そんな事最初から判ってるっつってんだろ……」


 俺は俯きながら、いつの間にか頭の中に存在したもう一人の自分に対して震える声で呟いた。


「ならどうしたら良い! 全て終わってしまった状況で! 俺に何ができるんだ!! もう、なにもでぎないだろ……」

「そんな事ないの!!」


 上手く言葉を発音できないくらい涙と嗚咽が溢れ出る。そんな中、構わず俺を抱きしめる存在が居る、運命の女神フォルトゥナだ。


「クボは私を生んでくれた! 私に息吹を与えてくれたの! 嫌な過去ばっかり見てるけど、ちゃんと良い事も沢山あったの! ……ね、ちゃんと私を見て」


 フォルも泣いていた。

 涙に震える瞳が、ジッと俺の目を見据えている。






 そうか……選択は逃げ道だけじゃなかったんだな。






 俺の目はどうやら節穴だったらしい。

 悩むべき事は、過去をどうするべきかではない。

 今をどうあるべきかである。


「その通りです。守るべき物はまだまだ他にも沢山ありますよ。過去から逃げる道を探すのではなく。今大切な物を守るべき道を選びなさい」


 アウロラがそんな俺達を見て微笑みながら言った。


「貴方のお父様も、貴方の中の父親像を最期まで貫き守り通したのですからね」


 ヴァルカンもいつもの変な笑い顔に戻ってにやけている。


「俺の感想だけ酷くない? まぁいいや、そろそろ時間みたいだぜ」


 彼がそう言うと、俺の身体が徐々に透け始めていた。


「さすが半神へと成り代わろうとしている器ね。ここに居る時間の記録も大幅更新よ。もう貴方も早く私達の所へいらっしゃいな」


 何やら不穏な言葉を発しながら女神アウロラが最期に言った。





「これは神の試練です。無事に自分を乗り越えなさい。——今度は何も失わずにね」











ヴァルカン「にしても、良かったのか? あいつ、また邪神と戦う事になるんじゃないか? 余計に物事をかき混ぜなくても」


アウロラ「何言ってんのよ。あーいう手合いには自分がどうとかこうとか思う暇すら与えないくらい仕事を与えてしまえば、なんだかんだ上手い具合に行くのよ。暇があるとすぐ自問自答して自虐して行く性質なんだから」


ヴァルカン「えっと、つまり?」


アウロラ「有能な人材は、頭がいいからそう言う事に落ち入りやすい。無事一皮むけるまでは上の存在である私達が舵取りしてあげなきゃね!……ふふふ、無事に神化すれば、彼の師であるエリックの性質もこの世界のシステム的に繰り上がり的に私の隣に…」


ヴァルカン「……さいでっか(負けるな社畜。頑張れ社畜)」


フォルトゥナ「(クボ、私が精一杯サポートするの!)」




 胸に秘める-表に出せないが、内に確り持つ事だと思ってくだされば良いです。

 背負う-それが自分の咎だと覚悟を持って生きて行く感じだと思ってくれれば良いです。

 同じ様な意味ですがニュアンスが私の中で少し違っています。

 矛盾している様に思えるが、それはクボヤマの我が侭なのである。

 作者はウー○ーワールドの特定の曲が今でも聞けません。


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