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クボヤマの人格

 色あせた空間にただ一つだけ置かれた壊れ掛けの椅子。少し体重をかけてしまえば、自重で折れて怪我をしてしまうだろう。だが、そんな事は関係無いとばかりに、俺はその椅子に座り項垂れている。


 今居る場所は、もう一つの精神空間。

 ここにフォル達はいない。


 本当に一人になりたい時、良くここに来る。

 いや、違うな。


 俺の心の中に、元から用意されていた空間だったのかもしれない。締め付けられる様な重圧によって出来た偶然の産物ではなく、ずっと昔から用意されていた自分自身の自然な部分の様に感じた。


 懐かしさ?

 胸を締め付ける様な感傷が淡い色になって世界を作る。


 自己との対話の真っ最中とでも言ったら聞こえは良いのかもしれないが、コレはただの現実逃避である。


 俺は弱い。

 何一つ満足にこなす事の出来ない器用貧乏の中でもマイナーグレード。


「どうしてこうなったんだろうな」


 自分自身に語りかける様に独り言を呟く。

 返って来る言葉は無かった。


「何故、戦わない……力があるのに……か」


 ゴーギャンとバンドの言葉が響く。

 だが、彼等が思ってる程、俺は強くも何ともないのだ。


『おーおー、ふさぎ込んでるな。クボヤマ』

「……その声は」


 この空間に急に響く声。顔を上げると、その声の持ち主が居た。

 鍛冶神と呼ばれる神、ヴァルカンが燃える様な天パな髪を揺らして目の前に浮かんでいた。


『また来るか? エラ・レリック』


 不適な笑みを浮かべながら、手招きをするヴァルカン。


「……いや、止めておくよ」


 今の俺に、神の国へ行く資格は無い。人を救う事で崇められるのが神ならば、大切な人を何度も取りこぼして来た俺が、向かう視覚なんて無い。


『ふーん。勘違いも甚だしい野郎だな。良いから来い!』

「おい! やめろ!」


 俺の意思を読んだのだろうか。ヴァルカンはそう言って、俺の腕を掴むと急上昇した。天の国と言うに相応しい、ロケットなんか目じゃないくらいのスピードで俺はヴァルカンと共に、精神世界から遥か上位の神の国へ強制連行された。




 再び来た。雄大な自然が広がる景色。大空にはスカイホエールと呼ばれる空飛ぶ鯨の群れ、そして大地にはエンシャントヒュージと呼ばれる巨大な象が気ままに歩いている。


 他に生き物は居るのだろうか?


「もちろん居るぜ。まぁ、この草原はアウロ——じゃない、姉さんの庭みたいなもんだからコイツらしかいないけどな」


 そう言って巨大な象を撫でるヴァルカン。気持ち良さそうに声を上げる象の迫力に、自分の悩みがちっぽけな物だと錯覚した。


 いやいや、ダメだ。

 こうやって流されて来たから、こんな結果になったんだ。

 いつだってそうだ。


「こりゃ相当きてんな!」

「心を読むな」

「はは、ココじゃ筒抜けだから諦めるんだな」

「もう気はすんだか? とっとの元の場所に返せ。一人で落ち着いて悩ませろ」


 本心からそう告げた俺を見ながら、ヴァルカンが真剣な顔になる。


「一人で悩んで解決するのか?」

「……」


 こういうのは時が解決するって言うのが相場で決まってるんだ。


「それは時間を置いて見なかった事にしてるだけだろ。根本的な解決になってねぇよ……親父殺した時みたいにな?」

「勝手に覗くな!!!!!!!!!!!」


 ケラケラと笑いながら告げるヴァルカンが、俺の心の逆鱗を気安く撫でる。古い友人もしくは一部の親戚しか知らない様な事実を覗かれて、俺はカッとなって殴り掛かってしまった。


「俺は鍛冶神だぞ。最上位クラスの技巧神だ……てめぇ、誰に向かって手を挙げたかわかってんのか?」

「うるさい! 黙れ! かってに人のプライバシー侵害しやがって! 放っとけって言ってるだろが、もうなんなんだよお前!」


聖火バラ!」

「いきなり必殺技かよ神火メギド!」


 鍛冶神の炎の性質を併せ持つ炎は、いとも簡単にマジモンの神の炎に飲み込まれて逆に俺を襲う。そのまま神火に飲み込まれて地に伏してしまう。


 どうせなら、このまま燃え尽きても構わない。


「ココじゃ生と死なんて概念は無い。あとあれだ。放っとけねーんだよ。可愛い妹が泣いてんだ——おっと、遅かったな!」


 一変して、優しい目で俺を見下ろすヴァルカンが、何者かの来訪に気付いた様に上を見上げて手を振っている。


 倒れながら空を見渡すと、真っ白なスカイホエールが雄叫びを上げながら此方に向かって降下して来た。


 乗っていたのは、女神アウロラと。

 目を真っ赤に腫らして涙を溜める運命の女神-フォルトゥナ-だった。


「やりすぎよヴァルカン」

「手加減したってば」


 桃色の髪の毛を揺らしながら息をつくアウロラ。そして、白いスカイホエールから勢い良く飛び降りだフォルは、有無を言わさず上体だけ起き上がらせた俺に抱きついて来る。


 俺を包んでいた神の火はいつの間にか消えていた。だが感触は残っている。さっきはカッとしていて気付かなかったが、ヴァルカンの炎はどの炎よりも暖かく包み込んでくれていた。


「クボ!!! ばかばか!!! みんな心配してるんだからね!!!」


 想像以上の力で抱きしめられる。

 だが、俺は抱きしめ返すかどうか未だに悩む。

 これ、規制引っ掛かんないよね?


「ちょっと待っててねクボ」


 フォルはそう言うと、ヴァルカンの方へ向かって行った。


「お前を困らせていた悪い神父は俺が退治してやったぞ〜可愛い妹ポグッ!」


 顔を気持ち悪いくらい柔らかくした様なニヤケ面を浮かべながら、フォルを抱きしめようとしたヴァルカンは、股間を抑えながら沈んだ。物理的な痛みは存在するのね。


「クボをいじめないで! お兄ちゃんでも許さないんだからね!」


 そう言うと、再び俺の方を振り向いて。駆け出して来て包容の続きである。アウロラは「あらあらまぁまぁ」とは微笑ましい様子で俺達を見ている。


 もはやヴァルカンは視界に入っていない。

 哀れ也。


「ぐぞおお、お兄さんは認めないぞおおお」

「ヴァルカン。あなた今めちゃくちゃかっこ悪いわよ」


 そうだな。悶絶しながら言うと余計哀れに聞こえて来る。


「フォル、少し退いてなさい」


 アウロラが俺に方に来て言った。フォルも名残惜しそうにしていたが、恐らく最高神である姉の言う事は聞いて、離れて行った。


「人に懺悔は付き物です。今一度、聖書を良く諳んじていた頃の貴方の様に、全てを語り明かしてくれませんか? この世界に来ての不安や出来事などではなく、全てです」


 その言葉を聞いて、昔の俺ならば全てを洗いざらい話して懺悔していただろう。だが、彼女の言葉には現実の俺の過去も含まれている。


「……すいません。どうしても、言えないです」


 コレばっかりは、言えなかった。

 トラウマと言っても良い。


 思い出す度に吐き気と涙が押し寄せて来るのである。要するに気持ちのコントロールが出来ない過去だ。未だ現実と向き合えていないからこそ、今の俺が居るのもそうだ。


 そして今判った。

 それを乗り越えていないからこそ、俺はいつも重要な場面で躓いてしまうのではないだろうかと。


 いや、前から判っていたんだと思う。

 俺がどうしてこんなにも人の死に対して、拒絶心というか、晒したくもない感情を晒して、突拍子もない行動に走ってしまう原因。


 この葛藤も判ってるんだろ。神様達。


「思い出す度に涙が出てしまうのです。感情を押し殺せなくなってしまうのです」


 それこそ、その二ヶ月の間。

 身につけていた物が触れなくなる。聞いていた音楽が聞けなくなる。思い出す要因になる物が、全て怖くなってしまう。


「長い闘病期間でしたね……」


 確信につく部分をアウロラが告げる。

 やめろ、やめてくれ。


「でも、貴方が思っている程、貴方が全て悪い訳ではありません」

「そうだぞファザコン野郎」

「ヴァルカン、貴方は黙ってなさい」

「すいません」


 思い出してしまう。

 自分ではどうする事も出来ずに、記憶の片隅に閉じ込めてしまった記憶が、






———




 次、懺悔回。


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