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南魔大陸の大冒険-7-

 牢獄はそこまで小汚い物ではなかった。それがエルフらしいと言えばらしいのだが、改めて鉄格子の内側から限られた外の景色を見ていると、何だか落ち着かない。バンドとエヴァンと共に、入った牢は少し窮屈だった。


「いや〜あんな奴ら。精々するぜ!」


 壁に背中を預けながら伸びをしたバンドが、重く苦しい空気を返る為に少し大きめの声で言った。牢番のダークエルフの一人が、舌打ちしながら此方を睨むが、何のそのと言った風にバンドは口笛を吹いている。


「……良かったのか」

「ああ、一人だけ生き存えるよりマシさ」


 エヴァンの問いに、昔を思い出しているかの様な顔をしてバンドが返す。その表情は思いのほかスッキリしていた。昔何かあったのだろうか。


 とにかく、牢番が監視している限り、牢から逃げだす算段を立てる訳にもいかず、スッキリした表情をするバンドを放っておいて、俺はひたすら悶々とした時間を過ごした。


「この手かせ、魔力が封じてある。鉄格子を破る事も出来ん」


 エヴァンが付けられた手かせを見せながら、こっそり状況を伝えてくれる。それを察してか、獣人族に伝わる民謡を高らかに歌い出したバンド。その騒音に紛れて俺達は話し合う。


「脱走劇で良くあるのは、穴を掘るとか……?」

「石造りならまだ良かったんだが、あいつら、牢の作りまで不思議な鉱石を使ってるみたいだ。固いぞ」


 こんこんと壁を叩きながらエヴァンが否定する。備え付けてあるトイレから無理矢理逃げる手法も考えたが、どう考えても人が通れる隙間は無い。と、言うか。ボットン式なのか、なんか凄い魔力で綺麗にしているのかよくわからないトイレである。


 もちろん、牢番からは丸見え。プライバシーのへったくれも無いのであるが、同種族以外には手厳しそうな印象だったので、こんな物だろうと無理矢理自分を納得させた。


 力を解放する時なのだろうか。

 セバスの約束を破るべきなのだろう。


 否応無く押し寄せるこの状況で、俺の頭の中は深い思考の渦に囚われて行く。このまま行けば、間違いなくバンドは死ぬ。だが、ここで無理矢理にでも力を使えば、獣人とダークエルフ達に溝が生まれてしまうのでは……と右往左往していた。


 ロマンだなんだ言っといて、いざ目の前で諸共だと言ってくれたバンドに示しだって付かない。言わば、今世紀最大の恥である。


《一人くらい……仕方ないんじゃないか?》

《どうせリアルスキンモードで俺達は死なないんだからな?》


 誰だ!?

 突然頭の中に響いた声に、俺はキョロキョロと辺りを見回す。


「どうした?」

「いや……何でも無い」


 いかんいかん。あまりにも考えを廻らせ過ぎた。

 良くない事を想像するより良い事を想像しないとな。


 にっちもさっちもいかない状況が続いていたが、向こうで何かを話していた牢番が、突然こちらへ来ると牢の鍵を開け始めた。


「運が良かったな。出ろ」


 何人かの兵に囲まれて、俺達は再び歩かされる。

 来た道を戻り、謁見の間だったと思われる扉の横の細い坂道になった通路を登って行くと、いつしか地面は石造りの固い床ではなく、苔や草が茂った土に変わる。細い木のトンネルになった薄暗い一本道を連れられて、そのまま少し開けた場所に辿り着いた。


 後ろを振り向くと、トンネルの入り口以外、密集した木々がまるで要塞の城壁の様な形を形成していた。天然の代物なのか、それともこれがダークエルフの技術なのだろうか。


 呆気にとられていると、馬に乗った数人の騎兵が開けた空間にやって来る。

 先頭にはケラウノが居た。


「お前らの罪は、ルビー・スカーレットによって助けられた」


 短くそう告げて、連れて行け。と騎兵達に指示を出す。

 俺は思わず声を上げた。


「まってくれ! 彼女はどうなったんだ?」

「ふん、実に優秀で勇敢で美しい女性だ。お前らには勿体無い」


 鼻を鳴らしながらケラウノは告げる。


「彼女は我らと大義を成す。交換条件としてお前らの命を助けてやれと言っていた。女性に助けられるなんて、男の名折れだな……さっさと歩け!」


 俺は愕然とした。

 彼女に限ってそんな事は無いだろう。


 あのルビー・スカーレットだぞ。

 自分が助かる道が残されておきながら、安易に交換条件として俺達を助けるなんて頭を使った真似が出来る分けないだろ。


 エヴァンとバンドは、命が助かった事と彼女が自ら危険を省みない交渉を行った事に大して、何とも言えない表情をしていた。


 しばらく歩くと、背の高い木々が立ち並ぶ場所へとやって来た。

 相変わらず太陽は見えない。


 さっきのトンネルを抜けた後の木が城壁を成していた物とそっくり。いや、むしろ上位互換の様な城塞と言っていい程の木の砦の如く。幹の太い大樹が密集して牢を作っている。


「アスファーリヤ!」


 ダークエルフの兵士の一人が、小さな穴からその砦の中を見回すと合図を送る。

 それに合わせてケラウノが馬に乗ったまま二〜三歩前に出る。


「アリケオス カーストロゥ イヤ エアニヒト」


 ダークエルフ語で、呪文の様に何かを口ずさむと。地震と地鳴りが起きて、地中に埋まっていた大樹の根が隆起した。そして地下トンネルの様に、真っ暗な暗闇が俺達を呼ぶ様に口を開けている。


「行け。命は見逃す。だがそれから先は関係無い」


 剣を背中を突き立てられ、俺達は歩くしか、前に進むしか道は残されていない。松明一つ渡される事無く、俺達は深森より更に暗い闇の中へと足を運ぶのである。


「精々死なない事だな」

「お前らも、ルビーの力を何か当てにしているようだが、覚悟しとけよ。お前らが思っているよりも彼女の運——」

「——さっさと行け!!」


 ケラウノの言葉と共に、強い地鳴りと共に隆起した根は元の地面に戻って行く。帰り道は完全に閉ざされた。

 元より、帰り道だとは思っていないがな。


「おい、このままだと俺達埋まるんじゃないか?」

「かもしれねぇ……急げ!」


 エヴァンにバンドが同調する。地鳴りは鳴り止まない、上からミシミシという音を立ててぽろぽろと土が降って来る状況。これはどう考えても生き埋めコースだったのかもしれない。


 幸い深い地中へと誘われた訳ではなく、これは城壁の様に連なった木々を通る為に用意された通路だと言う事で、通路の先には明かりが見えた。それでも太陽の光が差し込んだ物ではなく、灰色の薄暗い、闇よりマシだと言う程度の物である。


 だが、今の俺達からすればそれは僅かな希望の光。

 俺はクロスを浮かせて光らせる。

 通路で転ぶ事が無い様に。


「「「だあああああ!!!!」」」


 間一髪だった。

 俺らが出たと同時に木の根が別れて作られた通路は全て元に戻った。


 薄暗い森の中、ダークエルフの街灯の様な人工的な明かりは存在しない。そんな中で俺達は生い茂る木を背にして一息つく。


 ——ドス——ドス——


 先ほどの地鳴りとは違う。二足歩行の何かが此方へ向かって来る様な歩行音が辺りに響く。それもかなり巨大な足音である。


「……魔物か?」


 怪訝な表情をしたエヴァンが呟いた。


「……あいつらハメやがった。ダークエルフめ、気高さの欠片も無いぞ。ここは閉ざされた森——薄暗闇の森だ」


 恐怖に身を包んだバンドが、震える声でそう言った。

 薄暗い森の木の影から顔を出したのは、トロールの様な巨大な顔だった。


 そう、ティラスティオールである。


「——音がしてみれば。久しぶりの飯がいた」


 物々しい声が響く。声の低音部分が間延びした様な声。三大テノールが、歌ではなくそのテンションで喋りましたと言うくらいのクドい声。だが、美しさの欠片もそこには存在しない。


 無意識の内に構えるのであるが、ティラスティオールは片手に持っていた斧を振り下ろす事は無い。大きく息を吸って、宙に向かって雄叫びを上げた。


「——オオオオオオオオオオ!!!」

「——我らが一族よ! 狩りだ! 久々の飯だ!!」


 向き直ってぎょろっとした目で此方を窺うティラスティオール。

 そいつの後ろの方で巨体が駆ける様な間隔を空けた足音がする。

 それはどんどん増えて行き、広範囲からこの場に向かって移動して来ている。


「ひいいい、もう終わりだぁ! 食べられるぅ!」

「おい、さっきまでの勇敢さは何処に言ったんだ!」


 俺の腕にしがみついて来るバンドの尻を蹴ると「キャウン!」と悲鳴を上げた。諸共だと言った強い意志は何処へ言ったんだ。いまいち締まりの悪い状況ではあるが、そうも言ってられない。


「囲まれては面倒だ! 走って逃げ道を探しながら応戦するしか無い!」


 そう言ってエヴァンが駆け出した。

 こういう時は一番勇敢な男だと思う。


「——木の隙間をチョロチョロと」

「——おい! そっちに逃げたぞ! 明かりをもってこい!」


 機動力がまるで違う。トロールよりも素早い動きをするティラスティオール達であるが、小バエがハエたたきからひらりひらりと避ける様に、時には木を盾にして、降って来る巨大な斧や剣を避けながら、蛇行する様に森を駆け抜けて行く。


「バンド! 出口はどっちだ!」

「それどころじゃねぇし、そもそも知らねぇ!」


 銀狼化して、四足歩行特有の機動力を活かして、ぐんぐん距離を離して行くバンドである。せこい。


「なるほどな!」


 それを真似して、エヴァンも両手両足を使って大きな木々の根や枝を飛び越えて行く。足の力ではなく全身の力を推進力にしているので、速度が飛躍的に増している。


「ちょっとは人らしくやれよ!」


 俺に四足歩行はとてもじゃないが出来ないのでクロスを翼状態にして飛行する。あっという間にエヴァンを抜き去って行く。


「デッドレースじゃねーんだから! 助け合えよ!」


 前方で銀狼化して真っ先に逃げ出したバンドが、木々を縫いながらアクロバティック高速飛行状態に突入した俺を見ながら吠える。出足は疾風の如く逃げる為に動かされている状況でだ。


「お前が言うなよ!」


 もう少しでバンドに追いつきそうな状況で彼の目の前にティラスティオールの一体が現れ、掴み掛かった。


「——逃さないぞ飯いいい!」

「ひええええ!!」

「ゴッドファーザーアタック!!」


 バンドの目の前に現れたという事は、当然俺の目の前にも現れたという事である。

 実際回避不可能だった。


 仕方が無いので覚悟を決めて腕をクロスさせ、翼を収納し少し回転を加えて貫通力を増した状態で突っ込む。


「——うぼああああああああ!!!」

「汚えええええ!!!」


 ティラスティオールの背中から血や内臓と共に俺が突き抜け跳び出した。顔中に脂肪や血飛沫が付着する。口元がモゴモゴすると思ったら何だか良く判らないまるっこい臓器だった。


 再び翼を出して飛行するが、純白の翼に、血まみれの黒い神父服。フライングヒューマノイドさながらの状況を見て後ろからおって来ているエヴァンが笑いながら叫ぶ。


「ハっ! どっちかというとミサイルだな!!」


 エヴァンはバンド同様に、腹を突き破られ立ったまま絶命したティラスティオールの股を四足歩行でくぐり抜ける。魔力の補給ついでだったのだろうか、それともかなりお腹が減っていたんだろうか、彼は零れ落ちそうな臓物を摑み取って食べていた。


 横ばいに襲って来た錆びれた剣と斧の二連撃を手足の跳躍によってアクション映画の様に回転しながら身を翻して躱すと言った。


「魔力補給も済んだし、ギア上げるぞ!」


 彼の胃の中で魔族であるティラスティオールの魔力を含んだ臓物が消化吸収される。そして限りない高純度でそれは自分の魔力へと変換され蓄積する間もなく消費される。


 オールステータス魔力依存という竜魔法が、彼に力をもたらすのである。もはや、彼は走るのではなく、跳躍を繰り返して俺とバンドのスピードに迫って来ていた。


「腹下しても知らないからな」

「人族が魔族を喰うなんて聞いた事ねぇ!」


 あの手この手でティラスティオールを蹴散らしながら、俺達は進んで行くのだが。終わりは来る。もっと広い筈の森だが、真っ直ぐ進んでいた訳ではない。


 最初の城壁の様に生い茂った木々の所で俺達は行き詰まった。

 ティラスティオールを閉じ込めているダークエルフの木々達だ。


 慌てて進路を横に取ったが、既に回り込まれていた。

 逆方向もダメだ。

 来た道を引き返すこともままならない。


 少し開けている場所にティラスティオール達がどんどん終結して行く。その顔は醜い表情をしていて、まるで追いつめてどう料理してやろうかと邪悪な笑みを浮かべていた。


「——小さいのが手こずらせやがって」

「——久しぶりの飯だぁ!」

「……三人をこの人数でどうやって分けるんだ?」


 あの三体の前例に沿って、俺は揺さぶりをかけてみる。


「——俺が見つけたんだ! 俺が人族の男を喰う!」

「——俺が追いつめたんだ! 俺も一体丸ごと喰う!」

「——ふざけるなよ! 俺も追いかけただろ!」


 小突き合いが、小競り合いへ、そして本格的な喧嘩まで発展しようとした時、一体のティラスティオールが余計な事を言う。


「——喧嘩はよせ! 煮込めば良い。シチューにしてグツグツになるまで煮込んで溶かせば、みんな一緒に味わえる……ウエヘヘヘヘ!!」


 最高にうまい料理を思いついたと言う風に、笑うティラスティオールなのだが、その笑い方は邪悪その物だった。そしてコイツらの料理はシチューしか無いのか。誰が社会的な種族だと言ったんだ。


「——その通りだ! 縄を掛けろ! 飯の準備だ!」


 そう叫び、一体のティラスティオールが俺達に迫って来た。そして、乱暴に俺達を摑み取ろうとした瞬間。


「グルアアアッッ!!」

「——ホグェッ!」


 巨大な雌獅子がティラスティオールの身体にのしかかった。仰向けに倒されたティラスティオールの喉元に噛み付いて唸りを上げ激しい勢いで首元を喰いちぎった。


 その一瞬の惨劇に、ティラスティオール達が武器を構えて此方を窺った。それもそのはず、ティラスティオールと同じくらいの獅子が上から降って来て容易く一体を葬ったのである。


 狩る側だった今までに無い危機感を抱くのである。


「グルルルル!!」


 雌獅子は、周囲を威嚇する様に牙を向け唸りを上げている。一体の勇敢なティラスティオールが、その状況でも動き出して獅子に武器を振り上げた。


 だが、再び巨大な乱入者によって、戦況は掻き乱される。


「——ぬうう、スプリガン。何で貴様がここに」

「てめぇらは木の皮でも喰って過ごしてろ」


 武器を振り上げたティラスティオールの頭上から、降って来たのは大剣を担いだ魔族だった。そのまま落下の勢いに合わせて、ティラスティオールのただデカいだけのお粗末な武器ごとその身体をまっ二つに切り裂いたのである。


 立ち上がって此方を向く。

 その姿を俺は一度見た事があった。


 女神聖祭にて殴り合った仲。

 リトルビットとスプリガンの混合種。

 ゴーギャン・ストロンド。


「ゴーギャン! 何故ここに?」

「てめぇがいつまで経っても来ないからだろうがアホ」


 なら、もしかするとこの巨大な雌獅子は……


「久しぶりねゴッドファーザー」

「この声、ルーシー様ぁ!」


 バンドが先に情けない声で叫んだ。

 そして、一息つく事もままならない間で、再び上空から声が聞こえて来る。


「ーー、ーーー、ーーー、木枯らし!」

「うおおおお! 落下ペナルティ痛ぇ!」

「てかてか! 半熟一人だけ風魔法クッションにしたでしょ!」


 一貫の終わりかと思った所で、希望の光が俺達を照らし出したかの様だった。

 戦闘員大量補充につき、絶賛旅人支援職まっただ中な俺は、実力を遺憾なく発揮できる。


聖なる領域セントレギオン!」





 クボヤマ、さりげなく酷過ぎ。笑



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