南魔大陸の大冒険-6-
何処をどう進んだのかは、既に判らない。樹海の中でも更に深い位置。ダークエルフの住まう深森の中枢である。日は差し込まない、だが、一定間隔で精巧に作られた街灯の様な物が設置されていて、森の自然を神秘的に照らしている。
俺達は、幾つも枝分かれした川を繋ぐ細い石造りの橋を何本か渡り、トンネルの様に曲線を描いた木々の間を通り、ダークエルフの王の元へ連れられて行った。ここまでで目に入った物は、極めて文化的で清潔かつ精巧に作られていて、捉えられた最初のイメージとは裏腹に、木々と共に暮らすエルフという者達に感心を覚える様だった。
鍛冶の国といい、この森といい。特殊な人種は"一貫性"と言うある種、独特な美しさを持っている様に思えた。鍛冶の国と言えば、区画整理された街並を覆う技術の塊だった様な気がする。鍛冶神の神殿も、遠き時代のドワーフが建てたと言うが、その神殿は巨大な柱が黄金比とも言える様なバランスで配置されていて、荘厳で美しかった。
このダークエルフの森も、暗い奥深くだと言う事を忘れてしまうくらい、自然と調和した完璧とも言える程の美しさだった。人が多く住まう俺達の大陸に居たエルフとはまた違った印象である。エルフ達は美しい髪に美しい造形をしているが、何よりも褐色に皆銀髪だと言う事が、普通のエルフよりも神秘さを増していた。
「見学ではない。王の御前だ、王だけを見ろ。人族」
そう、捉えられている事を忘れてしまう程に。ある種惑わしの呪いよりも強烈な魔力を放つ様に思える。そんな俺の思考を戻したのは、俺達の言葉を話したダークエルフだった。
「あの時は気が動転していてダメだったが。交渉は俺がする、任せてくれ」
後ろに居たバンドがこっそり耳打ちする。
後ろ手を縛られ拘束されてはいるものの、歩く事は出来る。バンドは大理石の様な光沢を持つ綺麗な石で作られた床を二歩前に出て、跪く。
「ヴァスィラス エンミスヴェン カムエ ティポタ マス」
「良い、彼等にも伝わる様に言え。銀の子よ」
長く綺麗な銀の髪を全て後ろでまとめ、複雑に編み込み左肩から前に流した髪型をしている王が、顎をしゃくりながら言う。人族であれば凄く放漫に映る仕草も、ダークエルフの王となれば、それは均整の取れた仕草で美しく思える。
俺みたいに傷だらけの顔身体とは違って、褐色ながらに淡い光を放つかの様な肌である。日焼けによる物ではないんだろうな。
「光栄です。まず、私達が木々を狙って来た訳ではない事を証明致します。荷物をご覧になれば判ると思いますが、私は旅の者達を統べる大樹の元へ導く為に森へと入りました」
「何故、銀の一族が人族の案内をしている?」
「元は旅の道すがらだったのですが、不運な事に、私達を乗せていた竜車が壊れてしまったのです。樹海に投げ出された彼等を案内できるのは、獣人である私のみ」
「何故、ここへ来た?」
「……ティラスティオールに追われました」
痛み入る様な声で、バンドが呟いた。ティラスティオールと言う言葉に、回りに居たダークエルフ達がざわめいている。
「それは本当か? ケラウノ」
「確かに、彼等が言っている事は本当でございます」
俺達をここまで連れて来た奴。ケラウノと呼ばれたダークエルフが手をかざすと、鎧を付けたダークエルフ達がデカい三つの首を持ち出して来た。ティラスティオールの首だった。ルビーとバンドがグロテスクな状況に顔をしかめる。
「彼等を追って、彼等が開けた穴を通って来ようとしていた所を仕留めました」
「……開けた穴?」
王の目つきが変わる。
これはよろしくない状況かもしれない。
既にルビーの能力の一部がこのケラウノと呼ばれるエルフにはバレている可能性があった。
「この者達の中に、我々の古くからの結界をも破れる力を持つ者が居るのです。それが、この女性です」
そう言って、ケラウノがルビーを示す。王の目の色が少し変わるのが判る。だが、一瞬だ、本の一瞬だが俺の目は間違いなくそれを捉えた。
「ほう、銀の一族とは昔から関わりがあった。だが、それも先々代までの関係。銀の子、お前が人の地へと足を運んだのを我は知っている」
「……ですが」
「我らが最も憎むべきを知っているのでは無いか?」
突きつけられた言葉の剣。
バンドは何も言い返す事が出来なかった。
「だが、恩もある。銀の子よ、お前だけは元の場所へ送り届けよう。くれぐれも、次は自分の誇りを損じるな」
誇りとは一体なんなのか。ダークエルフに取って、守るべき物とは自尊心、そしてその象徴であるこの深森なのだろう。王の言葉によって、俺達は背中に剣を突きつけられ、そのまま牢獄へと連れて行かれそうになる。
「人族にして、珍しい才覚を持つこの女は残しておけ」
当然の如く、俺達に反論の予知は無い。
俺とエヴァンは、反旗を翻す機会を虎視眈々と窺っているのだが、長い年月を重ねているダークエルフ相手に、その隙は見つからなかった。
「おい、余計な真似をするな人族。お前らのお陰で獣人が一人死んでも良いのか? 戦火の火種になりかねないと理解しろ。逃げ道は無い」
エヴァンが苦い顔をした。
この状況では大人しく従う方が良い。
俺はエヴァンに目配せする。エヴァンも渋々納得した様に溢れ出していたその膨大な魔力を押さえ込んだ。
「よい判断だ」
そう言ったケラウノの顔からは、見下す様な視線。
いや、完全に人族を見下している。
未だによくわからない、どうしてこんなにも溝が深いんだろうか。南魔大陸にも人族は進出している筈なのだが。
「まってくれ!」
ダークエルフの兵達に連れて行かれるさなか、声が上がる。
バンドだった。
「俺も一緒に連れて行ってくれ」
覚悟を決めた目だった。俺とエヴァンは口を開こうとしたが、その強い意志に押されて、一言も発する事が出来なかった。そしてそのままルビーを残して牢獄にぶち込まれてしまった。
彼等が牢獄に連れて行かれた頃、そのままこの場に残った王とケラウノは、ルビーを前にして二人話していた。話す彼等の表情を見ながら、ルビーは不安によって心を押しつぶされそうになりながらも、なんとか隙をついてこの場を逃げ出す方法が無いか考える。
「遠き日の事を思い出していた。多種族との境界線を断ち切るべく、我も動かねばならん」
玉座から見渡せるその深い深い森へと目を向けながら、王は浸る様に語る。
「良い機会だと思いませんか。オフェロス様」
「父で良い」
いつ頃だろうかと考える。自然と共に静かに過ごしていたエルフ達が、戦乱の世に相見えたのはと。
それは、邪神の軍勢を前にして、我々人種と呼ばれる知恵を持つ集団が立ち上がったときの事である。息子であるケラウノは、当時まだ生まれていなかった。アウロラと呼ばれる少女の元に、立ち上がった英雄達の事を思い出す。
「彼女は美しかった……」
蔓延る邪神の軍勢を前にして、希望の光となった彼女の姿。
「現世とは関わりを持たぬと言われる竜を従え、その汚れ無き純粋なる意志の元に集められた我らは、英雄と呼ばれた。幾つもの多大なる尊い命が失われたが、結果的に我らは勝利を手にした」
だが、と言葉を区切ってオフェロスは続ける。
「彼女が取り戻した世界を、どんどん奴らが汚して行くではないか! 北の大陸を見ろ、元は我らの他にも根強く残っていた種族が居た筈だ。獣の民達も、時の流れに従って、徐々に人の形へと近づいて行った。銀狼の子を見ろ、美しい毛並みは受け継いでいるが、もはや人族の治める大陸に毒されている。欲望が邪悪を生む。そして、邪神の力は完全には消えていない」
王の言葉に従う様に、魔力を込められた木々達がざわめく。脈打つ様に根が伸び、蔓が這い、葉が歪な形へと成長を遂げる。
「父上、それ以上は……」
「すまない。だが、ティラスティオール達が薄暗闇の森を抜け出したのも、元を言えば人族のせいだろう。彼女の力を受け付いた法王は何をしていた。エリックめ……」
王の目には嫉妬が宿っていた。長い長い年月をかけて、嫉妬の芽は深い森の奥で育まれている様だった。
「だからこそ、我らだけで事が起こる前に片付けてしまうべきです」
「算段はあるのか?」
王の問いに、ケラウノはルビーを指差して答える。
「我々の呪いすら及ばさぬ、魔力を打ち消す力を持っていると思われます。彼女を使えば、例え邪神であろうとも……」
「ちょっと待ちなさいよ。アンタらの勝手に私を巻込まないで」
断片的にだが、彼等の言ってる事が理解できたルビーは、居ても立っても居られなかった。
「黙れ小娘!」
ケラウノが白銀に光るエルフの鍛えた剣先を首元につける。切先で薄皮一枚を切りながら、ルビーの顎を持ち上げる。抵抗も虚しく、人の危機感と言う物が抗う術を持たぬ様に付き従う。
「黙って我々に付き従えば良い……黙って……」
エルフとて、そこまで残忍になりきれる事は無い。元を正せば、清純なる森の守り手である彼等が、心の邪悪を許す筈等無いのである。逆らう様な燃える瞳を前にして、ケラウノはその剣先を降ろす。
「我々が終止符を打つ。王の意思だ。これは王の意思なのだ」
「……わかったわよ。ただし、条件があるわ」
ルビーの中で何か感じる物があったのか。とある交換条件と共に、彼女は己の中で答えを決めた。
『ルビーが新たなクエストを受注しました』
うーん。。。
投稿が、遅れてしまい申し訳ないです。ボロボロっすわぁ。
完結させていずれしっかり全編書き換えします。




