南魔大陸の大冒険-4-
ティラスティオールの背中に飛び乗る様に俺とエヴァンは駆け出した。俺達は刃物を持っていない。故に人体的特徴を捉えたこの魔族へ攻撃する際は、首を圧し折って一瞬で決めると、お互い同意したのだが。
「——何だコイツら!?」
「——羽虫か! いや、人族だ!」
トロールよりも図体のデカいコイツらの首を圧し折る事は困難極まりない。俺達はあっさりと掴まってしまったのである。俺達はそれぞれ足をもたれ、ルビーの様に逆さ吊りになってギョロ目の目の前に出される。
金色の瞳が、いかにも闇の中で生活するのに長けた魔族だという事を表現している。黄ばんだ歯をむき出しにして、嘔吐物を半年熟成させた様な口臭を漂わせながら、ティラスティオール達は喜ぶ。
「——人間の男が二人!」
「——今日は運がいい!」
「……——あいつがいないと締まりが悪い」
「——呼び戻せ!」
ここで三体になられたら不味い。察したエヴァンが竜魔法を全開に解き放って敵の束縛から逃れようと暴れ出す。素手でのリーチは短いが、腹筋によって身体を押し上げ、足を掴んでいた巨大な腕にしがみついた。
そしてあろう事か、汚そうなティラスティオールの手に喰らいついたのである。
「——いてぇっ!」
虫に噛まれた様に一体が手を揺さぶる。巨大な遠心力が働いて、しがみついて居たエヴァンは耐えきれず、巣穴のあった大きな木の幹に打ち付けられた。
「——ゥゴッ!?」
打ち付けられた事により、肺から全ての空気を吐き出した様なうめき声を上げて、彼は気を失った様にズルズルと倒れ込んだ。
「エヴァン!」
そして彼等の標的は俺へと移る。
「——よくもやってくれたな! かせぇ!」
エヴァンに噛まれた方は怒り心頭と言う風に、顔を真っ赤にさせながらもう一体から俺を毟り取ると、八つ当たりを打つけるかの様に地面に向かってフルスイングした。俺の意識はそこで暗転する。
「本当に良かったの? 今の貴方だったらさっきの一撃くらい無傷なの」
俺はプライベートエリアに立っていた。白い空間の一角(例えであって、どこがこの空間の端っこか等到底判らない)に絨毯やお洒落なタンス、椅子と机が設置されている。
これは俺が買い与えた物だな。俺はテーブルの上に置かれたビスケットを一つ口に含んだ。空かさずクロスたそが"タイムブレイクティー"を淹れてくれる。
「良いんだ。今の俺は"法王"じゃなく"ただの旅人"。制限掛けたくらいがリアリティがあってロマン溢れている」
「……クボがそれでいいなら。私達は何も言わないの」
全てお見通しだと言う口調で、フォルが俺の顔を窺って来る。俺はばつが悪くなって目を背ける。
「目で、語りかけるなよ」
「何も言ってないの〜」
そんなフォルとのやり取りを見ながら、クロスがくすくすと笑っていた。はぁ、ふわふわした茶髪とその笑顔、優しい保母さんみたいな感じだ。クレアとフォルの世話をしている状況を想像すると、少し笑いが出た。
「もう! クレアちゃんはともかく私は貴方達の世界で言う女子高校生くらいの歳なの! 馬鹿にしない!」
「女子高生は"なのなの"言わないの」
「マスター! わ、わたしもそれはあんまりです〜!」
二人のモン○ッチ達は、ピヨピヨ言いながら俺の回りをクルクル回っている。
「あ、クボ。そろそろ起きないとまずいの。損傷回復とクーリングタイムも終了してるからすぐ起きれるの」
俺を通じて、フォルトゥナは外を見る事が出来る。まぁ、クレアは俺の目を構成する核でもあるし、クロスも基本的に外に居るので皆一様に外の情報を得る事が出来るのだがな。
一家団欒もそこそこに、俺もそろそろ起きよう。その前にティラスティオールから脱出する策を練らなければならないのだが、もう時間が無いようだ。それは起きてから考える事にしようかな。
「……クボ」
戻る直前。フォルに呼び止められた。
「あんまり気にしちゃダメなの」
俺はフォルに無言で笑顔を送り、精神空間から復帰した。
「クボ! クボ起きて!!」
視界が戻って早々、隣から肩を押される様な衝撃を感じて、振り向いた。そこには全裸で手足を縛られて座るルビーが居た。剥き出しの胸が近い。俺の視線に気付いたのか、彼女は身体をもじもじとさせる。
「ちょっと! あんまり見ないで!」
「なんつーかもう。見慣れた様な、見慣れてない様な……」
回りを見回すと、一面壁に覆われている様だった。いや、違う。これはティラスティオール達が準備していた大きな鍋だ。そして俺達は、その鍋の中に縛られていた。
歌が聞こえて来る。
「——今夜は肉だ〜」
「——シチュ〜だシチュ〜」
「——男は不味いが女は美味い!」
「——ちっこい狼逃したが〜」
「——しらねぇ獣は〜」
「——腹を下して下痢塗れ!」
下品な歌に、下品な笑い声。ルビーと違う方向を見ると、同じ様に全裸で未だ気絶しているエヴァンが居た。コイツも剥かれたのか。
自分の身体を見る。
やっぱり身ぐるみ全て剥がされていた。
「ちょっとは隠しなさいよ……!」
「無理だ。慣れろ」
「無理言わないでよ! 慣れろなんていうけど……」
ルビーは俺のブツを見ながら、ごくりと喉を鳴らした。
「意外ともっさりしてるのね」
「お前と正反対だな」
よくわからん反応と共に、俺も溜息を付く。ってか、おいモン○ッチ共! お前ら一応この状況になるまで見てたんだろ! なんで教えないんだ!
(ただの旅人でしょ〜〜〜?)
フォルの声が、頭の中で反響する。
「ちょっと、このままだと。私達本当にシチューにされちゃうわよ?」
一々気にしちゃいられないのをやっと理解したのか、珍しくルビーが話を進める。ま、視線は確り丘の上を見ちゃ居るんですがね。これが本当の役得だ馬鹿野郎。
「そうだな。ひとっ風呂どころか、茹で蛸だ。……バンドは?」
「逃げたのかも」
俺達の旅の仲間を一人思い出す。臆病だが、誰よりも正義感を持ち優しい奴である筈の銀狼人のバンド。敢え無く捉えられてしまった俺とエヴァンよりも先に、陽動として先陣を切ってくれた、そして成功させたバンド。
彼は、無事なのだろうか。
「——すまねぇ、逃しちまったぁ!」
どしどしと音を響かせながら、戻って来たティラスティオールの一体の発言に、俺は胸を安堵した。バンドは逃げ切ったのだと。
「——なに。人族二人、新しく手に入ったぜぇ!」
「——よし、お前の松明で火をつけろ」
「——今夜はシチューだ」
一体がバンドを追いかける時に持って行った松明の火を、鍋の下に準備されている古木の枝に移す。パチパチと燃え広がる音と共に、ほんのりとした暖かさをケツに感じた。
「ちょっと、火がついちゃったわよ!」
手足に食込む縄を切るものが無いか、ルビーが焦りながら回りをキョロキョロと見渡す。残念ながら、そんなものは無い。お前の胸がぷるんぷるん揺れているだけだ。あ、今視線が俺の下腹部をチラ見した。
「待て、考えろ、こういう時はエヴァンを——ッ!?」
上を見上げる。下ではない。断じてエヴァンのブツがとんでもない代物だったとかそんなものじゃない。野菜が丸ごと雪崩の様に押し寄せて来て、水飛沫が顔に掛かった。
「ほ、本格的な料理だな」
「馬鹿! そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
「こら、足をばたつかせるな!」
モロだぞモロ。俺はルビーの暴れる足をカニばさみする。今音を立てたら不味い。逃げ出そうとしている所がバレてしまう。
「ちょっと汚いものくっ付けないでよ——」
「——なんだぁ!?」
一体が、騒がしい鍋の中を覗き込む。蛇に睨まれた蛙の様に、ルビーの身体が硬直した。視線だけは俺を向いて。彼女の冷や汗が、野菜が沢山浮いた鍋の中に溶け込んでいる。
「——なぁ、女は俺が喰っていいか?」
「——何言ってんだ。俺が見つけたんだぞ」
「——巣穴を見つけたのは俺だぞ」
三体が喧嘩をし出す。
ルビーの取り合いだ。
これで時間が稼げると思っていたのだが、もう遅い。尻が大分熱くなって来た。そろそろ風呂の温度では無くなって来ているのかもしれない。
「ねぇ、どうせ死んでしまうなら、悔いは残したく無いわよね?」
「どうした急に」
覚悟を決めたのだろうか。ルビーが壁の様な鍋の内側をぼーっと見つめながら呟いた。下半身がモゾモゾと動いている。まさか……。
「小さい頃の話だけど、私、お風呂に入る時どうしても——」
「話は判った。良く理解した。だけど待て。待つんだ。お前の家がそう言う習慣があるとしても俺は否定しない。それはアレだ、身体がリラックスしてるからだ。実に理に適ってるな。よし、ここまで良いな? 一先ず過去の話は一端置いといて、今、リラックスするべきでは無いと思う。乙女の尊厳だって崩壊している状況で、お前が油断してどうするんだ?」
少しでも時間を稼ぐ様に、俺は言葉を繋ぐ。つなぎ目が途切れたら、俺は小水風呂というとんでも体験をする事になってしまう。
「もう無いわよ。そんなもの」
「ッ……」
儚そうに空を見上げるルビーが、とんでもなく哀れに見えた。そして、一人芝居の中に入っているかと思える仕草で空を見上げるのだが、星空一つ見えない闇なんだけど。そこがまた、どうしようもない程の哀愁を漂わせている。
「——俺だって、悔いは残ってるさ。だけどな、それでも世界は廻ってるし、誰か一人欠けた所で歯車なんて変わらないんだよ」
「……」
真っ赤な瞳が、俺を見つめている。
迷宮の中でも少し触れた所だった気がする。
「でも、そこで諦めて。ふてくされるよりも、出来る所に目を向ければ良い。例え怖くてもな、それこそ世界は止まらないから。——逃げてると、取り残されて行く気がするんだ」
一体誰に向かって放しているのか判らなかった。ピースが全部揃っていないと、物語が終わらない。最初からやり直せると言ったゲームの様な世界ではないのだ。
救えない物は救えない。
助からない物は助からない。
でもそれを可能な力が存在していたりする。どちらかしか選べない状況で、また別の第三の選択を示してくれる世界がある。
「——そんな世界で諦めるなんて、申し訳が立たないからな」
主に自分に。
そう言い聞かせて奮い立つのである。
「ごめん、ぁ……聞いてなかった」
「おい! 余計な出汁を加えるな!!」
ティラスティオールさん。美味しいシチューにとんでもない物が混入しましたよ。奴らは未だに言い争いをしている。
もうダメだ。
別の意味で心が折れかけた時、夜の闇を切り裂く遠吠えが木霊した。
『ウォォォ—————ン!!!』
全裸回でした。
『これが本当の役得だ馬鹿野郎』←純粋なる男思考回路の役得である。
ティラスティオールとは、巨大なトロールという意味をもじってマス。




