南魔大陸の大冒険-3-
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一部描写変更
「——殺せ!」
「——殺せ!」
「——殺せ!」
↓
「——煮て!」
「——焼いて!」
「——喰っちまえ!」
に、しました。
完全に日は落ちた。樹海は月明かりさえ通さない闇と静寂に包まれた。唯一の明かりは、シチュー鍋をコトコト煮込む炎と低い木に吊り下げたカンテラのみ。バンドのシチューが予想外の美味しさで、俺達は樹海のまっただ中に居るという事をすっかり忘れていた。
「兎肉のシチューと味が似てる。コレは一体何の肉だ?」
「なかなか良い舌もってんじゃねーの。大正解、フォレストラビットだ。ただし、この森の兎肉は質が違うぜ?」
早速おかわりを言い出したエヴァンの器に、多めにシチューを盛りながら、バンドが嬉しそうに言う。始まりの街、そこの教会で俺は孤児達に毎日の様に兎肉のシチューを作ってやっていた事がある。
だが、草原で穫れる兎の肉よりも深みがあり、柔らかい。大いなる自然の恵みをふんだんに取り込んだフォレストラビットの肉は、シンプルなシチューという煮込み料理にとてもマッチしていた。
最初は嫌そうにしていたルビーも、空腹に負けて一口食べてから。このシチューを気に入ったようで、その小さい口にスプーンを何度も往復させていた。
「さ、早く食べて夜を明かそう。夜が深まると本当に危険だからな」
「……そうだな」
辺りを見渡すと、他に明かりは見当たらなかった。当たり前であるのだが、月明かりさえ覗かない樹海のまっただ中に居る状況はなかなか無いので不安を掻き立てられる。
昼間は大自然の恵みがこれでもかと言う程、満足させてくれたのだが。南魔大陸の大森林は、百八十度姿を変え、次は俺達を飲み込もうと手招きしている様に思えた。
俺達は焚き火もカンテラの明かりも消して、カーバンクルの巣穴へと潜り込んだ。バンドが持っていた布を枯れ草の上に敷き、即席のベッドを作る。無論、一番ふかふかしている位置にはルビーが寝息を立てている。
その隣には何故か俺。
役得だって?
そんな馬鹿な。
たまに飛んで来る肘と膝に怯える夜を過ごしているんだぞ。
(役得じゃないか、クボ)
(黙れ変われ)
(……遠慮しておく)
バンドの危機感がそう告げたのだろうか。片目を開けて現在進行形でヘッドロックを喰らいそうになっている俺の姿を見て、バンドは口を噤んで瞳を閉じた。
だが、突如として重く響く地鳴りが巻き起こる。一度閉じられたバンドの目は何か危険を感じたのだろうか。カッと見開きキョロキョロと音の出所を窺っている様だった。
重く響く音は、どんどん近づいて来る。
それも、一つじゃない。
「なんの音だ」
当然の如く身を起こしたエヴァン。
「……夜は色んな魔物が蠢き出す。だが、カーバンクルの巣穴ならば安全だ。森の妖精に手出しできないからな」
そういって、バンドは木の根の隙間から外を窺う。一緒に覗いた俺の目には夜の闇以外何も見えないのだが、夜目が効く狼人の目には一体何が映っているのだろうか。
「ティ……ティラスティオールの集団だ……」
喉の奥から、口に出したくない事を捻り出す様に、小さい声でバンドが呟いた。巨大な足音は、カーバンクルの巣穴の前の、俺達が夕食を摂っていた場所辺りにて鳴り止む。
「ティラスティオール……? それは魔物か?」
「シッ! 声を出すな。魔力を出すな。そうか…旦那達はこの大陸が初めてだったな」
ポロッと口を開いたエヴァンを、バンドが凄い形相で止める。そして、ピンと耳を外に向け緊張の糸を保ったまま、言葉を続ける。
「魔族だ。トロールよりも大きく、力も強く、凶悪で、頭も回る。奴らはトロールの様な姿をして、社会を築く。武器を扱い、時には罠も利用する」
元々大森林の中でも奥深くの薄暗闇の森と呼ばれる、地を治める獣人族や魔族すら、誰も近づかない区域に生息しているそうだ。薄暗闇の森は、深森地区を治めるダークエルフ達によって、入り口を固く閉ざされていた筈だと彼は言っていた。
「俺が小さい頃から、おとぎ話として聞かされていた……初めて見る。だが、黒のエルフ達が塞いでいた筈じゃ……」
恐怖心からか。この世の終わりだと言う顔をしたバンドは、独り言を呟き呆然としていた。
「——おい。なにか匂わねぇか?」
「——ここだ。ここに火を焚いた後がある。この大きさは獣人か?」
「——それとも、俺達を閉じ込めた糞野郎共か?」
外から、大きな声が響いて来る。
呆然とするバンド。それを黙って見つめる俺達の隙をついて、声に目を覚ましたルビーが、寝ぼけながら外の様子を窺いに行く。
俺は慌てて彼女を引き止める。
モゴモゴと口元を動かしているが、バンドの説明からとんでもなく不味い奴らが外に居るのは判っているだろう。それを「新聞は間に合ってます」とかそんな調子で出て行かれたら、この女は無理矢理契約されてしまう。
そして、俺は穴の入り口から見てしまった。
「——シチューだ。この美味そうな匂い。兎肉のシチューだ!」
「——美味そうだ。腹が減ったぞ。剣や鎧は喰えねぇからな」
「——まだこの辺りに入るんじゃねーのか? 探すか?」
重そうな鎧を要所に身に付け、象の様な巨大な身体と灰色の皮膚を持ったトロルと良く似た生き物の姿。ダンジョンで目にしたトロルよりも一回り大きく、筋肉質な身体をしている。要するに寸胴ではなく関節がしっかり締まり、トロルよりも更に人間に近づいた様な容姿だった。
だがその顔はトロルを更に凶悪にした様な、そんな顔だった。しっかり言葉を話す所とその内容を耳にすると、知性が宿っているのがよくわかる。
俺達が居た大陸にはあまり魔族と言う物を見かけなかった。邪将も魔族の一種なのかもしれない。俺の中では悪魔の分類だと思うが。
ティラスティオール。たった三体で目の前に座っているのだが、見つかってしまえばひとたまりも無いだろうな。
「——おい、飯つくれよ」
「——なんで俺がつくんねーといけねーんだ!」
一体のティラスティオールが、もう一体を殴った。
性格は凶暴っと。
衝撃音がもの凄い。そして尻餅をついたお陰で地震が起こった様に足下が震えた。その揺れと目の前の恐ろしさに、ルビーが「ピっ」と可愛くて小さな悲鳴を上げた。
我に返ったバンドが、エヴァンも交じって入り口から窺っていた俺達を、信じられないと言う表情で見ていた。
(馬鹿野郎! 見つかったら殺されるに決まってる!)
ごもっともだ。
慌てて奥へと引き下がろうとした時。
運悪く、ティラスティオールの内一体が、音を耳にしていた。
「——なんだぁこの穴」
「——カーバンクルの古巣じゃねぇか」
「——獣がまた使ってるかもしれねぇ、手ぇ突っ込んでみろ」
巨大で太い手が、穴の中へと侵入して来る。俺達は息をひそめかつ俊敏な忌み嫌われる黒い虫に酷似した動きで巣穴の奥へと逃げる。
どこが魔結晶で安全な空間になるだ!
思いっきり気付かれてるし、中を荒らされてんじゃねーか!
悪態をついた時思い出した。
魔結晶を持ったのはどこのどいつだ。
魔力を秘めた宝石や迷宮核ですら魔素化させる、あのルビー・スカーレットじゃないか。って事は、時間差で魔結晶が割れていたのは、魔素恒常によって魔素化した結果だったという事。何の加護も働いちゃいないこの空間で、俺達はバンドが言うに最悪の生物と遭遇したのであった。
「——なんだぁこりゃ」
ティラスティオールは、バンドが敷いていた布を掴み勢い良く持ち去る。そしてそれを皆で見ながら会話する。
「——大物がいた……いや違う、布か?」
「——こりゃ見た事あるぞ」
「——俺もだ!」
短い言葉で、意思疎通する。
「——エルフの綺麗な布でもねぇ」
「——だが獣人の使う毛皮でもねぇ」
「——人種だ、人族だ。俺はまだ喰った事ねぇッッ!!!」
我先に、と。彼等は三体揃って巣穴の入り口に押し寄せる。巨大なギョロ目が中を覗く。枯れ草の中に慌てて隠れた俺達を手探りで探る様に、巨大な手のひらが巣穴を叩き、中の物をぶちまけて行く。
バンドの尻尾が危うく掴まれる所だった。エヴァンが伏せている場所のすぐ隣が押しつぶされた。一番奥の根っこの隙間に無理矢理押し入った俺の方まで指先が届きそうだった。
巨大な手がしらみつぶしに巣穴を探って行く。そして、一番掴まっては行けない人物の細い足が、巨大な手に掴まれた。山盛りの枯れ草の中に飛び込んでいたルビーは、身体中に付いた枯れ草をまき散らしながら、ジタバタと暴れ叫びながら外へと引きずり出された。
「やだ! やめて! 潰れちゃう!」
逆さ吊りにされて捲れてしまったスカートを気にする余裕なんて無い。小さな身体が、ティラスティオールの大きな顔に付いた巨大なギョロ目の前に持って行かれる。
「……お……美味しくないわよ?」
三体の巨大な顔に囲まれれば、そりゃ暴れるどころじゃなくなってしまう。涙目になりながらも、ルビーは交渉しようとしている。馬鹿なんだか、頭がいいんだか。だが彼女は不運だ。
「——人族は嘘つきだ! 服を毟れ!」
「——火にかけろ! この雌はとても美味そうだ!」
「——それよりも、茹でてスープにした方が味が出るんじゃないか?」
美味しそうだと言うのは、断じて比喩表現では無い。
「——シチューだ」
「——俺も今そう思ったんだ真似するなよ」
「——そう怒るな。シチューだったら皆で分けれる」
三体仲良く邪悪な笑いを響かせながら、ルビーの服は全て毟られ、彼女は縄にかけられた。そして彼等は意気揚々と歌い出す。
「——薄暗闇の森の奥〜」
「——食べれる物は木の根と皮だ〜」
「——それもこれも誰のせいだ!?」
「——人族!」
「——獣人!」
「——森人族!」
「——獣人よりも柔らかく〜」
「——森人よりも身が多い〜」
「——食事を邪魔する奴は!?」
「——煮て!」
「——焼いて!」
「——喰っちまえ!」
邪悪な歌を聴きながら、ルビーは素っ裸で、顔を恐怖により真っ青にしていた。これはいかんともし難い状況である。リアルスキンモードは、喰われたら喰われた感覚がそのまま伝わる。一番最初にキラータイガーに喰われかけた時の様に、そしてベヒモスにやられた時の様に。
(このままじゃ、ルビーが美味しく頂かれてしまうぞ)
(助けなくてはな、俺が特攻するか?)
(だ、旦那ぁ。そいつは止めておいた方が良い!)
(トロルくらい単騎で倒せる)
(三体も居るんだ。エヴァン、止めておけ)
(じゃ、どーするんだ?)
(コイツらがルビーを食べている隙に奇襲を……)
(クボォッ! それじゃ嬢ちゃんが死んでるぜ!)
(せめて、一体ずつになれば俺と神父で片を付ける)
(と、なると……残りの一体か……)
(こ、こっちを見つめないでくれよぉっ!)
彼女をそんな目にあわせるのは酷だ。俺達は意気揚々と食事の準備をするティラスティオール達を横目に、巣穴の中で救出作戦を練る。
そして先ず一番手に、銀狼化したバンドが巣穴から勢い良く跳び出して、ティラスティオール達の目の前を横切って駆け抜けて行く。
「——おい、まだいやがった!」
「——狼だ! 銀色の狼だ!」
「——捕まえて鍋の具にしてやろう」
そう言って一体のティラスティオールが、銀色の狼を追ってドスドスと足音を響かせながら駆け出して行った。
まず一体。
俺とエヴァンは、追って行った一体を見ながら、世間話をするティラスティオール達の後ろから、奇襲した。
お色気担当。大活躍中です。早くこのシーンの挿絵が見たいです。




