南魔大陸の大冒険-1-
遅れました。
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あれからハンター協会から来た調査団が、無秩序区の迷宮の爆発した原因を調べる為に労力を費やしたが、結果は何も見つからなかったそうな。
白々しくハンター協会の人に尋ねてみたのだが、魔大陸での迷宮最下層の到達は未だ達成されていないらしい。唯一最下層到達が行われたのは、ローロイズの外れに出現した小規模迷宮で、迷宮核を取り除いても特に何も起こらなかったらしい。
巨大な魔力を内包した迷宮核は、高額取引買収された。買い取った奴はもちろんアラド公国のブレンド商会。裏には必ずセバスが居て、一体その核を何に利用するのかは定かでは無いにしろ、どうせ恐ろしい何かが研究製造されている筈だ。
そんな事を考えながら、俺は休暇の残りを過ごしていたのであった。
無秩序区には、迷宮を目当てとしたハンターが入らなくなり、それに伴ってハンター協会も撤退。唯一残されているのは高速竜車専用の道と働き手の誰もいなくなったゴーストタウンのみとなった。
だがしかし、悪い事ばかりではなく。
『神の怒り』と呼ばれる爆発を俺の目の前で見ていた小汚い男。そいつが中心となって無秩序区に再び人の住む場所を取り戻そうという運動が起こった。
再び秩序を取り戻したのだ。
今まで流れて来るハンター達の乞食ばかりしていた浮浪者達も、汗水流しながら畑仕事やその他職種に従事した。そしてこの区には格言が生まれるのである。
"秩序を乱せば、法王の怒りに触れる"
と行った具合に。
俺は以前の曇天の空の様な目の色ではなく、良い汗を流し希望に満ちあふれた晴れ空の様な彼等の目を見て溜息をつく。
内心複雑なんだ。
結果オーライ?
だがしかし、夜な夜な涙が濡れているのは何故だろう。
そう、こんな筈じゃなかったんだよ。
ってか格言が何故固有名詞なんだ。
誰が神じゃなく法王ってバラした。ってかあの爆発を起こしたのは、俺じゃない。断じて俺じゃない。竜の嘔吐物。
彼だよ彼。
隣で我武者らに食べ物を腹に詰め込みながら、味わうという言葉を知らない男。
俺の溜息は、いつ止むのだろうか……。
ハンター協会への報告書には、何の前触れも無く地震が起きて、爆発したと言いくるめておいた。報告書を読んだ協会職員のあの訝しがる目を見たか。コレは絶対セバスに何か言い含められているだろう。
これは、戻ったら怖いかもしれない。俺はもうしばらくというより、ほとぼりが冷めるまで、魔大陸に居続けようと思う。
「ぉぇぇぇ! ぉぇぇぇ!」
「旦那! 竜車前は飯は控えた方が良いと言ったんだ」
「う〜んむにゃむにゃ」
次の場所へと向かう高速竜車内は、未だ騒がしい。ゲロ野郎とそれを懐抱する狼人は放っておいて、この状況を作り出した一番の立役者、いや原因である人物。俺の膝を枕として使っているルビーの綺麗な鼻を摘んだ。
……これで許しといてやるか。
何気なく髪を撫でてみた。赤く綺麗なウェーブの髪は、絡み付く事無く水の様にほどけていく。俺の天然パーマとは大違いだな。
「……臭っ……」
充満したこの臭いは、断じて俺の匂いじゃない。
この神父服は特別製だからな。
俺達の竜車は相変わらずの騒がしさ。後方の別の竜車が、嘔吐物を回避して走る。
無秩序区を後にした俺達は、さらに南へ向かう。
南魔大陸にある自然国ナチュラヴィアだ。
バンドの故郷と呼ばれる場所で、広大な自然と共に、魔族獣人族が多く生きる国である。人種は北に比べてまだ少ないのであるが、特に虐げられてる背景は無いと聞く。
自衛の手段が無いルビーを連れて行くべきかとも思ったが、休暇を延長した俺について行くと言って聞かなかった。勝手に旅立ってもついて来るだろう。その方が危険である。
そして魔素恒常という能力が、どんな事を引き起こすかも判らん。
邪神勢はもちろん、この能力を知った奴らはここぞとばかりに彼女を狙うだろう。この間の迷宮にて、彼女の魔素恒常の真価を目の当たりにしたからな。
傍に置いて置く方が吉。
いや、もしかするとこの女の不運は俺しか受け止めら無いのではないかとさえ、思ってしまう。
全人類よ。
責任を持ってこの女を預かろう。
もちろん、自然国の観光も忘れない。
観光資金はどうするんだ。着服するのか?
幸いな事に、TKGは手に入れた金銀財宝を俺達と山分けする事を望んでいた。「俺達はアンタらのお陰で命を拾った様なもんだ。これくらい安いもんさ」という温玉の一言に残りも頷いて、パーティで半分にした。
それでもかなりの量だっだ。可哀想なルビーに適当な服を買い与え、エヴァンには大量の食事。あとは今後に備えてある。
俺が使った額は、なんとゼロ。そう言えば、このゲームを始めてからと言う物、旅の初めからお金というお金をまともに使ったためしがなかった。いや、移動費やら宿のお金としては使うよ。
だが、自分個人として欲しい物にお金を費やした事がほぼほぼ無い。
クロスと服と聖書は貰い物だし。旅立ってそうだ、パーティのお金は全てセバスが管理していた訳で。
そろそろ俺も自分の為にお金を使う時が来たのかもしれない。かといって、何か欲しい物があるのかと言われれば、特に無い。
まぁいい。俺は思考を放棄した。
高速竜車から見える、悠々たる大自然。そこには金に換えられない価値があると信じている。今欲しい物が無くても、自然国で購買意欲をそそられるかもしれないからな。
高速竜車は高く登った陽射しの下をぐんぐんと進んで行く。途中並走する馬の様な魔物を見た。だがしかし、走竜種のスピードには到底叶わないようで、どんどん距離を引き離して行った。
高速竜車用に敷かれた道のすぐ隣は、等間隔に置かれた自動魔素充填式の簡易結界が等間隔で置かれている。魔物の出現を少なくするため、そして結界の間をすり抜けて移動して行く魔物の領域を邪魔しない様にだ。
道路から十メートルでもそれると、そこには大きな樹海が広がっている。空から見なければ規模が判らないが、青々と茂った森の奥は見えない。
北と違って、豊潤たる大森林が形成され。世界指定保護区とされている。かなり前から、景色が緑一色になった時点で、ここはもう既に『自然国ナチュラビア』の領域なのである。
この樹海には、様々な生態系が存在していて。希少種や特殊な進化を行った魔物達が存在しているらしい。未だ見つかっていない新種の可能性だってある。
様々な可能性が眠るこの大森林は、密猟者や資源を欲した欲深き者など、敵も多そうなのだが、実際の所、その数は極少数でしかないとの事。
「そりゃ、昼間に樹海の浅瀬に入り込む奴は居るさ。だが、夜になれば魔物達が蠢き出す。地を治める獣人族や魔族以外は出て来れないだろうな」
樹海は人を飲み込む。いや、いつでも口を開いて待っているのだ。
迷宮の様にね。
「俺達も含めた巨大な生態系の前には、侵入者なんてただの餌だよ。俺だって小さい頃、トロールに追いかけられたりしたんだ」
バンドが昔の思い出を笑いながら語って行く。
「日の登っている内はまだマシさ。だが、夜は専門の案内人を連れて行かないと、必ず迷う。そして夜の闇に喰われちまうぞ〜!」
「ちょ、ちょっとそう言うの止めてよ!」
バンドに脅かされたルビーが、俺の腕にしがみついて来る。それを見ながら、してやったりとこの狼人はくつくつと笑う。
「だがこの竜車があれば安全だ! 昼間は基本的にデカいのは出ないからな!」
「よ、夜はどうなるの……?」
怖いけど続きが気になる子供の様な顔をしながら、ルビーが聞く。
「オーク! ゴブリン! トロール! 糞魔狼にベアーだ! 奴らは狡猾で夜行性だ! 特に馬の旅路で夜は絶対に出歩くな。トロールは馬が"だ〜い好き"だからな〜〜!!」
「絶対夜は宿からでちゃダメね!!」
狼人であるバンドが、ふざけで怖い顔をすると洒落にならないくらいの表情になるのだが、気付いているのだろうか。孤児院の子供達が見たら確実に絶叫と号泣の嵐が巻き起こるぞ。
彼は、だが。と前置きをして語り出す。
「ナチュラヴィアは"統べる大樹"の下に作られているから汚い魔物達は寄って来ない。そして、なにより森の支配者であるルーラー・ホッドシーク・リューシーが治めているからな!」
彼の威光が大森林に安寧の日々を約束しているという事であった。
「リューシー……?」
聞き覚えのある名前に、俺は首を傾げる。
「森の王族を知ってるのか、クボ?」
独特のイントネーションで俺の名前を呼ぶ狼人に、女神聖祭で出会った黄金の獣人女性の事を思い出し伝える。
「ルーシー・リューシー……長く伸びた金髪が美しかった」
「ちょっと! 誰よその女!?」
性別について一言も発していないのだが、どうして女性はこうもセンサーの様な物が発達しているのだろうか。少しでも臭うとピーピーガーガー。
「麗しのルーシー様を知っているのか! 彼女の美貌はとても獣人とは言えなくて……それでいて、獣人特有の逞しさと……」
「なら別人だ。俺が知ってるのは戦乙女と呼ばれていたからな」
軽くトリップしていたバンドが狭い竜車の中で転ぶ。
軋む竜車、打ち付けた鼻っ柱を摩りながら告げる。
「それもそれで合ってるよ。ルーシー様は、腕も立つ」
「だからだれよ!」
うるさいこの女は放っておいて、話を続けようとした所で長い事放置していたメッセンジャーに連絡が入る。久々に見た様な気がするこのフォルム。
『お、これ。通じてるのか? 流石ブレンド商会。へんぴなもん作ってんな!』
ピッと言う音と共に、見覚えのある顔がモニターに映し出される。それは最強のリトルビット族、北魔大陸の自由都市を統べるゴーギャン・ストロンドだった。
『相変わらずうざったい毛だな』
『あ? それがお前の素か? 現職法王さんよ』
罵り合いが挨拶代わりとなる。
『ほっとけ』
『右手の事まだ根に持ってんのかよ! マジでそっくりだなお前!』
苦笑いするゴーギャンの後ろから知っている女性の声が聞こえて来る。バンドも知っているのか、身を乗り出してメッセンジャーのモニターを覗く。
『何してるのゴーギャン。ってゴッドファーザー!? またあなたはへんてこな機械を買ったの!?』
『時代に乗り遅れるなよルーシー。今はハイテクの時代だぜ!』
夫婦漫才を繰り広げながら、モニターの端っこにルーシー・リューシーが映った。バンドが思わず「ルーシー様あああ!」と口走ったのだが、
『あらそこの狼人族は……誰だったかしら?』
『盛大に素っ転びやがったぞ!』
一頻りの談笑を終えた後、ゴーギャンが真剣な顔になって話を始める。
『無秩序区は散々だったな。怒りの法王さんよ。お前さんが俺の所にいつまで経っても来ないから、一足先にナチュラヴィアに来ちまったよ。お前も向かってるんだろう? 統べる大樹の元に。少しばっかり大切な話があるから、ついたら真っ先に王澍の広間を尋ねてくれ』
『……休暇中だぞ』
不満に満ちた顔で俺は呟いたのだが、ゴーギャンは皮肉を込めた笑顔でこう告げた。
『あ〜。とんでもなく長い休暇だな。聖王都の連中もカンカンだって話だぜ?』
『……何が言いたいんだ』
『こっちで一仕事準備してある。なに、すぐ終わる事だよ。それが終わったら観光でも何でもしても良い。教団への業務申告は俺からしておくぞ? かなり面倒くさい長期滞在だってな』
『すぐ行こう。待ってろ』
俺は喰い気味に二つ返事で了承した。
『よしきた。じゃ、最高の持て成しを期待してな!』
『え、何。クボヤマ来るわけ? なら色々と準備しておかなくちゃね』
その返答に満足したのか、ゴーギャンはニコっと黄ばんだ歯を見せつけて笑うと、そう告げてメッセンジャーを切った。
ルーシーの色々と準備しておくという一言。
これは、期待しても良いのだろうか。
自然国の王族のおもてなしに!
俺の頭には、想像もつかない程のおもてなしの事しかなかった。
「く、クボ! あんたは一体何者なんだ!?」
「ちょっと! さっきの金髪は誰よ!? 言いなさいよ本当の事!」
目が血走った狼人と一体何に怒っているのか判らないぽんぽこぴー女が、二人して俺の肩を掴み揺すって来る。
ギチギチと軋む竜車内。
壊れたら弁償費用とか絡むから止してほしいのだが。
「おいちょっとエヴァン。コイツらを落ち着かせるのを……」
「……横揺れが……増して…」
ダム決壊。足下に色んな物が混ざった液体が零れ落ちる。
「ぎゃああああ!」
「ちょっとおおおおおお!!」
足に飛沫をもろに浴びて、騒ぎ出す二人の矛先はもちろん俺。
エヴァンだったら第二陣をまき散らしそうな程、ぐわんぐわんと肩を揺さぶられる。
「うるせええええええ!!」
最近、怒りを押さえきれなくなって来ている気がするな。そして怒りと共に身体も反応して輝き出す。青空の下、あまり目立つ事は無いが、竜車のキャビンを突き抜けて聖なる光が上がる光景。
連結された竜車の前方に乗るTKG達には、この光景が一体どのようにして見えているだろうか。
怒っている最中も、俺は冷静に物事を客観視している訳で。いつの間にか、いつだか二分化された思考が俺の中で冷静な部分と獰猛な部分に別れているみたいだな。そう錯覚する。
騒がしい馬車の中で俺達は気付かない。
この振動によって竜車を繋いでいたキャビンの金具が、不幸にもポロンポロンと音を立てて道端に転がって行くのを。
そして、たまたま一番後ろの竜車に乗った事で、それは誰にも気付かれる事無く、動力を失い、方向も失い、独立し車輪だけになったキャビンは、簡易結界装置の間を通ってコロコロと樹海を目指している事に。
設定としてこの世界の神は、みんな天然パーマなんです。笑




