無秩序区の迷宮、第三層
エヴァンが壊してしまったカンテラの代わりに、ダンジョンゴブリンの巣窟で拾った木の棒に彼等の身につけていたボロ切れを巻き付け、簡単なトーチを自作して持ち歩いている。
火を保つ為の油は、壊れてしまったカンテラの物をしみ込ませて使っていて、火種はそのまま燃え続けていたゴブリンから移した。
今の所迷宮に光源が存在しない以上、明かりの代わりになる物は必須アイテムなのである。俺の精神空間は、基本的に真っ白で明るいのでランプ等の明かりを必要としない。
こんな事になるなら、資金をケチらずに大量に用意しておけば良かった。基本的に、ハザードのディメンションの様に無制限化したアイテムボックスとしても利用できるんだ。
家具とか紅茶とか買ってる場合ではなかったのだがな。
「空間拡張? なんだそれは!」
「無属性魔術なら、私も使えるのかしら?」
魔法入門に書かれている内容は、魔力の練度を上げる様な訓練内容等であり、そう言った魔術の類いは書かれていないのである。
例によって魔術の魔の字も知らない様なノータリン共に、一から説明する体力を俺は持ち合わせていなかった。
「あまり深く考えなくても今まで上手く行って来たからな。魔力入門を読んでから魔力の使い方の基礎は何となく判ったが、魔法と魔術の線引きが未だわけわからん」
「私もさっぱりよ」
基本的にイメージが一番重要であったりする。俺も魔術については神から褒められる程に才能がないので、詳しい内容は判らないがな。
「魔素恒常ってレアスキルな匂いがするのに。私は何故未だに魔術が使えないの?」
武術家というカテゴライズであるとするならば、魔力が無くてもどうにかなる事を俺は知っている。修行を積む事によって一つの道が示され、闘気という魔力と良く似た不思議な力を扱える様になるからだ。
かの剣鬼は、鬼の様な強烈な闘気を振るっていたしな。
エヴァン後藤は魔術師だ。それで何故素手での戦闘を行うんだと理解に苦しむが、俺も人の事を言えたもんじゃないので口を噤むのである。
「リアルスキンは自分が思う様に行かないからな。武道家を夢見た所で、俺は段を貰える程才能が無かったんだ」
まるで癇癪を起こした竜の様に力任せに戦う彼には、武術の才能が無いんだと。それは現実でもそうで、学生時代は一応空手部の門を叩いたらしいが、万年白帯と言われて居たらしい。
「物を食べる時もそうだが、思考より先に身体が動くんだよなぁ〜」
そうひとりごちる彼の目は、どこか遠くを見つめていた。思い出を回想しているのだろうか、リアルスキンのソロプレイヤーは俺の知らない所で一体どんなドラマを繰り広げているんだろうな。
「マジックボルト! マジックボルト!」
そして隣では、スキル名を唱えながら杖を降り続けるノーパン女の姿があった。「前は無詠唱でも出来たのに!」と泣き言を言いながら、彼女は無意味に杖を降り続ける。
「言っただろ。魔素恒常は魔法、魔術を行使する事が出来なくなる代わりに、変換・増幅・消費など魔力として活用する事しか出来ない魔素をそのままの状態にしておく能力だって」
「だからそれはどういう意味なのよ」
彼女はそう言いながら、もっと判りやすくしろと表情で訴えて来る。これ以上判りやすい説明は無いと思うけどな。
「魔法、魔術は使えないって言ってるじゃん」
この言葉を、俺は何度言ったのだろうか。それでも彼女は諦める事無く、自分が唯一知っている魔術を唱え続ける。精密鑑定と同レベルの技術である『神の眼差し』。それはこれ以上情報は無いと言っている事と同義である。
「迷宮を出たら図書館か何処かで調べるから待ってろ」
会話をぶった切りながら、俺達は迷宮第三層を進んで行く。図書館で調べると言っても、基本的に魔大陸に存在する図書館は金貨一枚を預かり証代わりに使っている可能性がある。
支給金以外のお金は銅貨くらいしか持ち合わせていない俺達は、果たして図書館へと辿り着けるのだろうか。
お金がいらない場所もあるけど、それは魔法都市。
わざわざ魔大陸から引き返すなんて選択肢は、俺には無い。
第三層へと突入したが、特に魔物が変わる事も無く、迷宮の構造が変わる事も無く、なんら二層と変わらない状況が続いている。あえて違う事を上げるとしたら、浮浪者の遺体がほぼ無くなって、白骨化したハンターらしき遺体が転がっている事である。
ほとんどの迷宮は、最大深層が把握されていない。と、言うか迷宮の構造すらあまり判明していないので、良くあるRPGゲームの迷宮の様な、最深層にはボスが居て倒す事によって攻略達成なのか、コアと言う物が存在していてそれを破壊する事によって攻略達成なのか。
イマイチ全容が掴めていないのだ。お宝が出るから人は迷宮へと誘われる。基本的に攻略を考えている人はいないのかも知れない。
「そもそも、攻略されてる場所って基本的にお宝なんてあるわけないでしょ」
地図通りに進むと一つの小部屋へと辿り着いた。拠点化されている訳でもなく、ただただ意味の無い小部屋としてぽっかりとした空間がそこには広がっている。
一体誰が何の為にこの小部屋を準備したのだろうか。ルビーが言っている通り、基本的に地図に乗っている場所は人が訪れた事を示していて、お宝が眠っていたとしても、既に回収されてしまっている。
たまたま魔物の住処として利用されている小部屋もある訳だが、新しくお宝が配置されていたりする訳じゃない。
「なら、道が途絶えてる場所を積極的に狙うしかないな!」
急にテンションを上げたエヴァン。確かに、お宝目当てで攻略するとしたら攻略されていない場所を重点的に探って行くしか無い。人の欲望によってこの地図は埋め尽くされている訳である。
「そうね! 迷宮と言えばお宝よ! 一攫千金のお宝を見つけて大金持ちよ!」
捕らぬ狸の皮算用にならなければいいんだが。たまに出現する魔物をエヴァンが蹴散らして、三層は既に最短ルートと言う物が一応地図に載っているのだが、あえて地図の途切れを目指して進み続ける。
「確り地図は記しておけよ? もし何かあった時、逃げ道を確保しておく事が大事だからな」
今から先は、地図に記載されていない道である。エスケープルートだけは確りしとかなければならない。天門も使えるが、それは無粋だ。ロマンが無い。本当にどうしようもない危険が無ければ俺は使わないだろう。
「わかってるわよ」
一々うるさい。と呟きながら、現在何もする事が無いルビーは、自分に出来る事をするべくペンを片手に地図と睨めっこしている。写真機とかあればいいんだけどな、ってかある筈だろう。
女神聖祭の時は何を使って何を放送して何で映していた。こうなる事が予想できたなら、俺はド○えもんの便利道具を持ち込んでいた筈。
しかし、今から取りに帰れる筈も無く。俺からすれば時代遅れだが、雰囲気感のある紙とペン一つで迷宮へと挑まなければならない。
「エヴァン、ルビー。ここからは迂闊に前に進むなよ」
緊張無く道を進む二人に俺は釘を刺す。マジでここから先は罠の撤去どころか、位置すら記されていない未踏の地な訳だ。
エヴァンが踏んだ床の一つがカチッと音を立てた。
そのまま何かの射出音が響いて、俺の胸に矢が刺さった。
「……こうなるからな」
「す、すまん大丈夫か!?」
「きゃー!? 思いっきり心臓部じゃないの!」
焦り騒ぐノータリン共に、俺は身を以て教えるのである。
「ドアがあるぞ」
エヴァンはそう言って開けた。だから迂闊に開けるなよと言いたい所だったが、幸いにして中に魔物は存在せず、奥の台座に安置されている箱があるのみだった。
「こ、これはなにかしら!?」
「絶対宝箱だろ!!」
テンションの上がった二人に、俺の言葉は通じない。故に、何も言わないのである。コイツらは一度死んだ方が返って教訓として受け取ってくれるのではないかと、もはや俺の心は矛盾する様に荒みきっていた。
「空かないわね! お宝よお宝ぐへへへへ」
「これ、丈夫かな? 力ずくで開けても中身壊れないかな?」
財宝の魔力とは、恐ろしい。目の色を変えながら「マジックボルトマジックボルト」と意味の無い呪文を唱えるノーパンと。同じ様に力ずくてこじ開けようとしている脳筋が居る。
この先の展開が容易に想像つく。
「竜魔法!」
「やっておしまい!」
竜の如き力を振るう事の出来る魔法を使用し、圧倒的にブーストされたエヴァンの膂力によって、頑丈に施錠された鉄の箱は、拉げる様にしてその口を開いたのである。
『バーカ』
一体誰が何の為にこんな物を仕込んだというのか。迷宮が作られた時代に生きた古代の人は、実にユーモラス。
箱の中にはそう記された石盤のみである。そして数秒後、ピシピシと亀裂が走り中に仕組まれて居たであろう魔力がボボボンと爆発した。爆竹の様な爆発の仕方である、これは俺達をおちょくる為だけに設置されたかの様だった。
そしてそれと同時に、この小部屋の床が消えた。
「きゃあああああ!!」
「うおおおおおお!!」
馬鹿二人が正気に戻った時は既に、俺達三人はどこまでも深い闇の中へと落下している。
「ちょっ! 火がっ! スカートに!」
この女は本当に運が悪い。箱を開ける際、エヴァンの代わりにルビーがトーチを持ったのだが、落下の表紙に手を離してしまい、スカートに燃え移ったのである。
キヌヤの衣類は上質で、良く燃える。それこそ耐火のエンチャントすらしていない服なので、それが仇になった。
風を切って落下して行く最中、下から吹き上げる様にして風が拭いているのと同義なので、火傷を我慢して規模が小さいうちに火を握りつぶそうと試みたルビーの努力は、無駄になっている。
「ひぇぇ! なんなのよ!」
この女、ノーパンなのである。テレビで映しては行けない部分が丸見えの状態で、彼女は落下する。そして光源は燃える火によって十分。
「ぶばああああああああ」
エヴァンが鼻血を吹き出した。
いや、口からも血が出ている。
しかも白目向いてるぞ! マジかコイツ!
「スカートかせ!」
「クボっ!」
俺はクロスを翼の状態にして落下の体勢を立て直すと、ほぼ全部と言っていい程燃えて灰になろうとしていたスカートをプライベートエリアへと放り込んだ。
(わっ! こ、これはなんですかマスター!?)
(スカートだよ。不幸にも燃えた。鎮火しといてくれ)
(クボの目を通して見ていたんだけど、彼女、凄く不運なの……)
(これでは、洗濯しても意味ないですね)
嫁達から同情する声が聞こえて来る。
いやホント、同情するよ。
「あ、ありがと……ん? きゃあああああ!!!」
下半身すっぽんぽんの状態にようやく気がついたルビー。自由落下につき、体勢の安定は取れない。どこをどう押さえていいのかわからず、顔を紅潮どころか真っ青にしながら、落下して行く。
毛は、薄かった。
モロ。




