現実逃避も、計画的に
バンドに案内してもらって、出来るだけ人目につかない裏路地を移動して宿屋に向かった。彼が表現しては行けない匂いを発する衣類を洗濯し、俺は洗濯物が乾くまで泣きじゃくるルビー・スカーレットを宥める役割を担っていた。
「……ふぐ、ひっく……ぇぅっ……ひっぐ、ぉぇっ……」
赤髪ウェーブの名前は、ルビー・スカーレット。リアルスキンプレイヤーの日本人である。さながら外国人であるかの様な出で立ちに赤毛であるが、顔立ちは元からこうなんだとか。
英語圏でルビースカーレットなんて名前を付けたら、中二病だなんて言われ兼ねないだろうな。この世界でだからこそ、付けれるキャラクターネームだろう。
御歳二十三歳。
なんと、俺と同級生なのであった。
御歳二十三歳。
ゲームの世界で嘔吐物塗れになり、あげく漏らす。
口にすると、更に泣き出しそうなので心の中に閉まっておこう。涙ながらに彼女は語る。たまに嗚咽を鳴らしながら、彼女は聞いてもいないのに自分の事をペラペラと語り出すのである。
こっちからすれば、嗚咽の度に嘔吐しないかどうか心配で、神経張りつめている訳で、彼女を宥めつつ、話を聞きつつ、エチケット麻袋を構えると言った行動を同時に行う事は、些か普通の人間には出来ない事じゃないか?
と、自分の置かれている状況に疑問を感じる程、どうでも良い事なのである。
「せっかく……財産捨ててまでリアルスキンプレイヤーになったのに……なんなのよこれぇ……」
知らんがな。
以前までの俺ならば、神父として話しを聞き、改善策を一緒に考えていたかもしれん。だが、今の俺は完全なる休暇中の身。オフシーズンなんだ。この世界を観光メインでプレイしたいんだよ。
「なんでちゃんと手順を踏んで切り替えなかったんだ」
「ゲームだから何とかなるって思ったんだもん」
語尾にもんを付けるな二十三歳。
初めの頃にもユウジンがモードチェンジを果たしたが、基本的あの時の様な要領なのである。基本的な財産は、友達である俺が預かっていたが、ネトゲの世界はパクリパクられが存在するので、始まりの街にある『預け屋さん』と呼ばれる貸し倉庫を借りて行わなければならない。
そうしないと基本的にアイテムは消える。キャラデリと同じ様な物だからな。ステータスという概念が存在しない訳で、せっかく上げたレベルすら無かった事になってしまうので、注意が必要なのである。
ただ、そう言ったプレイヤーには魔術入門であったり、素材等は換金された状態で、それぞれ今までプレイして来た内容に準じてのサポートが預け屋さんからある筈なのだが……。
彼女の様に行き当たりばったりで切り替えを行ってしまうと、所謂"市民プレイヤー"と言う俺の初期段階の様な状態に陥ってしまうのである。
ちゃんと判っている人は、馬車に乗せてもらった時の商人プレイヤーみたいに、人脈であったり、運営以外からの助力を貰える様な状態で切り替えを行っている。信用度が大事だからね。
因にハンターが切り替えをしてもハンターランクと過去の実績は引き継がれる。そうなると、前の実力との矛盾が生まれて来る訳なのだが、スキルとは技術サポートの様な物で、基本的にプレイヤースキルを上手く使わない限り上を目指す事は難しい訳で、圧倒的レベルなんていうギルドJOKERのデブみたいな事は考えない方が良い。
デブはギルドというデカい母体を築き上げてから、切り替え。ギルドにて形成したよくわからん人脈を駆使して商会を立ち上げたそうな。リアルスキンにした本人は糞ガリな訳だが、回りからは敬称としてデブと呼ばれている。
彼女は持ち前の魔法スキルやハンターランクすら失った訳である。
悲惨だ。
こう言った被害に対して、運営はありのままの姿勢を保っている。まぁ公式HPに切り替え概要は確り書かれてるし、リアルスキンの世界は基本的に自己責任だ。
「頼れる人は居なかったのか?」
「……姉くらいよ」
落ち着きを取り戻したのか。彼女は宿屋のベッドの上で体操座りをしている。表情は未だ暗い。俺は椅子に座ってタイムブレイクティーを啜りながら、話を聞いてあげていた。
「お金借りたら良いじゃないか」
「借りたし、お下がりの装備も貰ったわよ」
彼女は現在、リトルディアの港町にも出店していたキヌヤで購入した(俺が)衣類を身に纏っていた。キヌヤの服は高い。俺もあまりお金を持っていないんだが、最終手段である。教団の経費で落としておいた。
哀れな子羊に衣類をプレゼントして上げたって大義名分が通るかな。財政管理の方は基本的に第一枢機卿一波な訳だし。
「装備貰ったんだったら、魔術入門書でも買えば良かったのに。ノーマルプレイで魔術師だったなら、切り替え時の才能もそれに準じた物を得れる筈だ」
言い忘れていたが、初期設定にもあった才能と言う物である。俺は色々あってハザードと同じ"才能無し"の烙印を押される様になったが、切り替えプレイヤーにはノーマル時代のスキルに従って、才能が与えられるのだ。
ちなみに、初めからリアルスキン勢には、リアルスキャンにて思考と記憶を分析され、何かしら与えられる。
よってハザードの才能無しとは才能が本当に無い。という訳でなく、彼が体現している万能性による才能無しという結果だった訳だ。
俺は本当に無い。
「まだその時は魔術が使えなくなってるって知らなかったのよ」
話を進めるにつれて、落ち込んでいた顔色や態度が、次第につんけんした元の彼女に戻って行く。だが、未だ体操座りだ。膝に押しつぶされた胸がはみ出している。
「ん? そう言えば君、キヌヤのブランド物を着てたな」
確信をつかれたのだろうか。一瞬ドキッとした表情をした後に、彼女は赤面しながらこう言った。
「……キヌヤで服を買い漁っちゃったのよ」
「洗濯物終わったぞ〜。……何だこの雰囲気?」
ノックしてから、入るぞ"ク↑ボ↓"と独特のイントネーションで部屋に入って来たバンドが、俺達の様子を見て首を傾げた。
一人は借りた金をブランド品を買いあさったブランド中毒者であり、そしてその事実に今気付かされて赤面しながら頭を抱え。俺も俺で、もうコイツどうしたらいいのか判らないが故に頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。
因に、根本的なリアルスキンモードに切り替えた理由は、「貴方達の話を聞いて、面白そうだったから」らしい。何やら、俺達のファンサイトが勝手に作られそして俺の動向を探っているというのだ。
トトカルチョスレの存在も耳にした。
もうパート113らしい。
恐ろしい世界だ。その状況で何故運営の公式HPを見ていない。ゲーマー特有の自分の興味ない事にしか動かない状況を改めて思い知った。
彼女は姉から(厳密に言えば姉の彼氏の焔魔導士)から、俺の行動情報を横流ししてもらい、譲ってもらった装備をローブ以外全部売りさばいて、俺の後を追って来たらしかった。道理で装備貰ったと聞いたのにローブしか無い訳だ。
「やっぱり、第一印象命よね?」
ようやく耳にした酒場での一幕。その理由。俺がちゃんと話に聞いた人物なのか試したかったのだと。
「その結果。装備を売っても絶対に売らなかったキヌヤのブランド服を捨てた訳だ?」
「ふぐぅっ」
まぁ第一印象が大切だと言っている割には、君の第一印象は嘔吐物劇場を巻き起こした大戦犯であり、それよりも強烈なインパクトを先ほど俺に刻んだ訳だが、指摘するとまた泣き出しそうなの止めておこう。
「ねぇお願い。私も混ぜてよ、アンタの旅に」
「旅っていうか、ただの休暇なんだけど」
「何でも良いのよ。休暇中だけでもいい。私にはもうアンタしかいないの」
「面倒事を起こさないならな」
別に加わるのは構わん。今回の休暇は旅も含めて魔大陸観光なのだから。旅は道連れ、この世界を共感できる仲間が居る事に越したことは無い。
「やった!」
小さくガッツポーズを決める彼女の胸がプルんと揺れた。俺の回りにはここまで膨よかな人がいない。居たとしてもボンテージに身を包みトゲトゲしている訳だ。普通の服装であるから思わず目が言ってしまうのだが、その度に頭の中でぎゃーぎゃー乳談議を繰り広げる絶賛ストライキ中のモン○ッチ達。
こういう時だけ、凄くうるさいのだ。溜息が出そうになるが、最近構ってもらえなかっただけあって、少し嬉しい俺が居る。
「そう言えばクボ、言い忘れていたけどこの宿港町でもかなりぼったくる宿だって言ってなかったっけ?」
バンドがいきなり爆弾発言を投げつけて来る。
「おい! どうしてそれを早く言わない!」
「いやいや、何度も言ったけどよ。どこでも良いから一番近くの宿屋に連れて行けって血相変えて言って来ただろう? 洗濯する代わりに俺の分も持ってくれるって言ってたしな!」
そうだった。
俺は頭を抱えて床に倒れ込んだ。
状況が状況だった訳で、小便臭い彼女を抱えて大通りまで出る訳にも行かず、裏路地を使って一番近い宿屋を探してもらったんだった。
「洗濯物が乾いたらすぐ出るぞ!」
この女の洗濯物がある程度乾くまでの時間、俺は終始この宿屋の主人に交渉を持ちかけていた。何故一泊銀貨五枚なんだ。このレベルだったら割と小綺麗にしているので、銀貨1枚くらいが妥当だろと。
だがしかし、客層を見て納得した。値段を高く設定しているのは、比較的穴場にあるこの宿を利用する客層が、あまり表向きの仕事をしていなさそうな人ばっかりだったからである。
面倒事の予感しかし無いので、俺は生乾きの衣類を精神空間に詰め込んで、三人分の銀貨十五枚を支払って、この格好で外に出るのは嫌だとごねるルビーを引っ張ってバンド共にそそくさと宿屋を後にした。
そんなもんどっかの呉服屋の試着室借りて着替えれば良いだろ。
ここには本当に面倒事の予感しかしないのである。
そして、俺は完全に軍資金を失った。
セバスに貰ったお小遣いは金貨一枚(約100万ゴルド)。それを銀貨に替え、使いやすい銅貨や魔大陸の紙幣に換金していたのに、これでは観光するどころじゃなくなってしまった。
一番の理由は、ルビーの衣類をキヌヤで立て替えた事である。一応教団に戻れば帰って来ると思うんだが、仕事をほっぽり出して休暇だって行って来てるんだぞ、戻れる分けないだろ。
前途多難な魔大陸での旅路が、スタートする。
設定復活してたりします。
滅多に触れないゲーム設定的な部分にも触れる機会がありそうですね。
これにて三章の導入部分はおしまいです。
次から、神父(法王)が遂にクエストします。
セクハラ被害なんて、ネトゲの世界では頻繁にあります。運営もチャットや会話でのセクハラに対して警告なんて一々やっていられませんからね。一般のモラルとして、相互監視の一環として、PKに対する処罰と同じ様な対策を講じては居ますが、人目につかない場所なんて絶対に在る訳で、常にスパコン頭脳がゲームの中を見ているって訳でもありませんからね。ご都合主義かもしれませんが、もしかしたらヤってる人も居るのかもしれませんね。この世界の住人と結婚して子供すら作っているリアルセカンドライフを楽しむ人達だっているかもしれませんし。規制がどうのこうのという部分に突きましては主人公は知る由もないのです。まぁ、この物語はR-15指定ですから、暴力的表現も、一部下ネタ的表現も、お下劣ネタ的表現も逆の範疇でしか在りません。基本的に恋愛要素よりも冒険要素を多く持って行こうと思うので、ご期待されている方には申し訳ございません。ノーマルプレイは、そう言ったセクシャル系に関しては通報窓口が用意されていますよ。リアルスキンも町中でそう言う事が在れば「痴漢です!」と叫べば誰かしら正義感を持った方が助けに来てくれるかもしれませんしね。そう言った自己防衛も含めてのリアルスキンでもあります。かなり前に感想にて質問を頂いていたトイレはどうなってるの?なのですが、もちろんトイレはありますよ。夢の中で小便したら寝小便してしまった、という方も居ると思いますが、そこはほら、最新技術でどうたらこうたらって事にしておいてください也。
プレイヤー層の求めている物が、VRMMORPGで、リアルな縛りが面倒で在るならば、ノーマルプレイをお勧めします。セカンドライフプレイで、リアルさの可能性の限界を求めているのであれば、間違いなくリアルスキンをお勧めします。
邪神アップデートにつきまして、最初の大陸の要所要所に迷宮が出現しています。レベル分けもされていたり、ノーマルプレイヤーもレベル上げがし易い環境が整って来ていますね。そんな中でも、最難関とされているのが、迷宮都市な訳です。ノーマルプレイヤーの垣根も結構リアルスキンプレイヤーと変わらない立ち位置まで取っ払われてはいますが、ハンター協会からのハンターランクで行ける迷宮は限られています。迷宮都市は特Aランク指定ダンジョンというカテゴライズに別れていますので、平均ハンターランクがA級のフルパーティでなければ魔大陸へ行ったとしても、迷宮都市へ行けません。魔大陸オンリーでは、釣王のお陰で比較的楽に行ける様になっています。




