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乙女の尊厳と怒りの同情

 タイトルはわざと矛盾させてまーす。



「やっぱりここはうめぇ!!」


 自由都市リトルディアの港から、下船した人の流れに導かれるまま港町への大通りへ。いつしかその潮流は港町へ買い物に繰り出して来た人々の流れと混ざり合い、混沌とした様子となる。


 日本で言うならば、基本的に列を作り歩いてしまう習慣が根付いてしまっているのだ。それはリアルスキンプレイヤーが多く滞在している向こうの大陸でも遺憾なく発揮されているので、こう言った混沌とした人々の流れには今だ慣れない所が在る。


 ひょいひょいと慣れた足取りで、人から魔族から獣人族から様々な種族が往来する大通りを進んで行くバンドの後に続いて、大通りから垂直に伸びる『港町食べ物横丁』と書かれた看板を潜ってゆく。


 そして無数にある飲食店の中でも、更に路地裏の様な細い道の先に、バンドの舌を唸らせる料理を出す店が存在する。


「はふっばふっはふっ」


 と、ドッグフードを食べる犬の様な効果音を出しながら(ナイフとフォークを確り使用しているので犬食いでは無い)、恐らくこの辺の近海で獲れたのだろう巨大なロブスターの様な魔物の料理を食す。


 いや、これは貪ると言った表現が正しい。


 俺は狼人種が海産物をナイフとフォークを使い貪り食う状況を目の当たりにして、どうつっこんだら良いのか判らず戸惑いながらも、ようやくやってきた自分の料理を口に運んだ瞬間。


 そんな事は綺麗さっぱり頭の中から消えてしまったのである。


「やっぱり赤身系より青物だよ青物!」


 店の中の水槽に入っていた綺麗な縞模様が美しい鯖の様な魚をチョイスすると「どうするんだい?」と『うおまさ』の店主が聞いて来たので、今日のおすすめをお願いした。


 ネコ科獣人族の店主が、運んで来た料理。

 一目で分かる、鯖の味噌焼きである。


「こ、この香りは西京味噌か?!」


 鼻をくすぐる芳醇て香ばしい匂い。

 思わず店主に叫んでしまった。


「お、お客さんよく知ってるね。これはウチの店で修行してた男が作った最強味噌って奴さ。ウチののれんも分けたし、今頃リトルディアの自由区で店でもやってるんじゃないかい?」


 是非行こう、自由区。

 たしかゴーギャン・ストロンドもそこに居るって聞いた気がする。道すがら、寄って行くのも良いかもしれない。


 港町だからこそ、新鮮な魚を味わう事が出来るのだが、この店主は実に良い腕をしている。最早、イヌ科がネコ科の店の常連であったり、ネコ科の店の名前が『うおまさ』であったり、のれんに魚を咥えた猫の絵が書いてあったりした事はどうでも良くなっていた。


「な? この店。穴場だろ?」

「久々に美味いと思える店に出会ったよ」


 ケンとミキの料理と肩を並べる程だ。

 満足したのか、腹を摩りながら歩くバンドと共に、路地を曲がって大通りの方へ向かっていると、反対側から聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ちょっと! 放しなさいよ!」


 赤いウェーブの掛かった髪をダイナミックに揺らしながら、どこぞの顔見知りが顔面傷だらけの蛇面の男二人組と一悶着を起こしていた。


「こんな所に居るんだろ? 姉ちゃんも物好きだなぁ、ほら一緒に楽しもうぜ」

「キモっ! 私には大事な用があるの! いいから放しなさい!」


 だらしのない顔をしながら、口元からぴゅろぴゅろと長い舌を出し入れする蛇面の男に全身の鳥肌が立つ様な寒気を覚えながらも、彼女は必死に掴まれた腕を引き剥がそうとする。


「お、おいアレ……昨日のねーちゃんじゃねぇか……?」


 不安そうな顔をして、バンドが俺の顔色を窺って来る。


「……自業自得だろう」


 彼女はリアルスキンモードプレイヤーだ。

 放っておいても死ぬ様な事は無い。


 踵を返して別の道を迂回しようと身体を反転させた時、バンドが俺の肩を掴む。そして爪を立てる。


「アンタ。どうしてなんだ」

「助ける理由が無いだろ。アイツなら放っといても大丈夫だよ」


 我ながらかなり冷たい声色だったと思う。バンドの中の正義感を刺激したのだろうか、肩口に更に爪が食込む事で返事が返って来た。


「だからって、目の前で女性が……!! しかも、知らねぇ仲じゃねぇだろ!!」

「放してって言ってるでしょ!」


 バンドが声を張り上げたと同時に、赤髪ウェーブもイライラが頂点に達したのか、ローブを身に纏いながらもそこそこ自己主張の強い胸を揺らしながら、蛇面の男の頬に思いっきりビンタを炸裂させる。


「ッッッ————このアマッ!」


 蛇面は、掴んでいた腕を乱暴に壁に向かってぶん投げた。例え胸の遠心力をビンタの攻撃力に上乗せしたとしても、男と女の膂力の違いは歴然だろう。しかも、彼女はの外見は魔術師。パワー型じゃない。


「きゃっ! 痛ッ!」


 背中から壁に衝突し、苦痛の表情を浮かべる赤髪ウェーブ。その状況を見て、居ても立っても居られなくなったバンド。


「あーもうっ! 俺は勝手にやってるからな! おい! そこの二人、女相手に何つまんねぇことしてやがんだ!」


 俺がただじゃおかねぇからな。と言いかけた所で、引っ叩かれた方の蛇面の首がグリンと動き、血走った目でバンドを睨み上げた。


「キャゥン……この人が、ただじゃおかねぇからなって言ってました」


 それで良いのか、犬っころ。


「何者だてめぇ! 俺様がどこの誰だか判ってんのか?」

「知ってるよ」


 立った今男二人で寄ってたかって嫌がる女に無理矢理する下衆だって事が判ったからこういえるな。


「下衆だろ」


 もうめんどくせーよ。

 いい加減にしろよ。


 魔大陸へ目指す途中、俺に押し迫る度重なるストレスが俺の中の何処かで弾け飛んだ。フォルもクレアもクロスもいつまでガールズトークに花を咲かせるつもりだ。ちょっとは相手してくれても良いと思うぞ。


 嫁達から除け者にされて。

 船の中では酷い目にあって。


 魔大陸で知り合った奴からせっかくいい店教えてもらって。

 気分よく魔大陸観光でもと思った矢先に、これだ。


「デカい口叩いてんじゃねーぞ。お? 震えてんじゃねーか。口だけか?」


 蛇面が懐からナイフを取り出して脅しを掛けて来る。自分でも気付かなかった。俺の身体はプルプルと小刻みに震えていた。そして爆発した時を知っているバンドは、ゾッとした表情で、数歩後ずさった。


「決めたぜ。刻んでやる! 二度とここを歩けねぇ様にしてやっからよ!」


 威勢良く、蛇面はナイフを振り上げて此方へ飛びかかって来た。


「一遍死ね! 怒りの聖十字セイントクロス!」


 俺は怒りに任せて聖域を展開し、運命の祝福を蛇面に施す。蛇面は、光り輝くオーラに包まれて居ると思うだろう。そして相手の急な変化に驚愕して動きを止めた。そして人間大の聖十字を蛇面にみまってやる。


「ひ、ひいいいいいっっ!?」


 迫って来る光り輝く巨大な十字架に、蛇面は座り込んで顔を手で覆った。そして、聖なる十字架によって燃やし尽くされる。


「…………ぽ……」


 迫る攻撃は運命の祝福による運命改変にて、無かった事にされる。だが、確かに燃やし尽くされる感覚は刻まれていた様だ。魂の抜けた様な声を出して真っ白に燃え尽き力なく座り込む蛇面。


「はぁ〜! スッキリした!」


 俺は背伸びをしながらバンドの方を向き直った。そういえば、もう一人の男は俺が光を放った瞬間一目散に逃げ出して行ったのである。


「あんた、恐ろしいな……」


 口元をひくつかせながら、バンドは呟いた。


 よし、魔大陸観光だ。

 絶賛ストライキ中の嫁達に何かプレゼントでも買って宥めよう。


「おいクボ、彼女はいいのか?」


 バンドに言われて振り返ると、未だ座り込んだままの赤髪ウェーブが、助けを求める様な視線を向けて此方を見つめていた。


「こ、腰が抜けた……」


 小心者もここまで……とバンドが小さく呟いていた気がする。いや、お前もカテゴライズするならば同じだからな。彼の威厳を考えた結果、ブーメラン発言に対して余計な事をするのは止めておいた。


「仕方ないな。ほら手を貸して」

「今はダメ!」


 何なんだコイツは!

 人がせっかく起き上がる為に力を貸してあげようと手を差し伸べたのに、顔を赤くして俯きながら首をブンブンと振って拒絶しやがる。


「ん、この匂い?」


 今度は口元では無く、鼻をひくつかせながら首を傾げるバンド。それに気付いた赤髪は「言わないで!」と焦り出す。


 俺に慈悲は無い。早く起きてくれないと、魔大陸観光に洒落込めないからだ。彼女の両脇を抱えると、彼女の身体が急に震え出した。


「くっ、ぅぅううううう〜〜〜〜」


 ショワアアアアア。何とも表現しがたい音が流れるのである。「あちゃ〜……」とバンドは頬を指でかいていた。


 洗濯確定。

 はい、お疲れ様でした。


 乙女の尊厳、魔大陸にて散る。

 俺は怒りすら通り越して、もはや同情しか湧かなかった。











 一番ついてないのは誰だと思います?笑





フォル「クボ! また勝手に居なくなるからもうしらないの!」

クロス「せっかくのハネムーンなのですが、貴方はまた手放すのですね……」

クレア「ふぇぇ! み、みなさんおちついてくだしゃ、さい!」


 プチ引退から久しぶりに十数日振りにログインしたクボヤマに待ち受けていた一幕であった。

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