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北魔大陸の港町へ

「……どういう状況なのよ? ってか臭っ」


 釣王は、鼻を摘み今世紀最大のしかめっ面をしながら、俺に状況説明を求めた。


「見て判らないのか?」

「判る訳無いでしょう」


 即答される。

 改めて自分の状況に着いて冷静になって考えてみよう。


 全身は嘔吐物まみれ。そして肩に抱えた赤髪ウェーブの女も、所々衣服に嘔吐物を付着させながら、シクシクと泣を入れていた。


「ふぇぇ。なんで、どうして。私がこんな目に……」


 なんじゃこりゃ。


「いや、俺はただ、コイツに説教をしたくて。釣王に説教部屋を借りようと思ってここへ来たんだよ」

「……大体察しはつくわよ」


 呆れた様に釣王はため息をつく。俺から滴り落ちる嘔吐物を気にしながらも、嘔吐物にまみれた赤髪ウェーブをとりあえず椅子に座らせた釣王の心は素晴らしく寛大だと思う。


「彼女がクボに向かってゲロを吐いたんでしょう?」

「やや正解」

「どこも合ってないわよっ!!!」


 泣きながらツッコミを入れる赤髪ウェーブ。一体コイツの何がそうさせるのか。冷静になって考えてみる。釣王の視線も同じ様な目つきだった。考えている事は一緒。


「その視線やめなさいよっ!」


 埒が明かないと理解した釣王の「とりあえずシャワーでも浴びて来たら」の一言で、俺達は一度シャワーを浴びる事にした。




「なんで貴方は同じ服を着てるのよ……汚くないのかしら?」


 俺は先にシャワーを浴び終えて、釣王と共に赤髪ウェーブを待っていた。そして、ほかほかと湯気を上げながら、上機嫌に入室して来た彼女に開口一番言われたセリフである。


「これ一着しか持ってないんだよ。ちゃんと洗濯したから問題ない」


 そう言い返すと、汚い物を見る様な目つきでやや後ろに下がる赤髪ウェーブ。俺の神父服は一張羅だし自動サイズ調整に自動修復付きなんだ。一応洗濯したけど繊維にしみ込んだ嘔吐物なんて放っておけば勝手に消えるんだよ。


 まぁ気分の問題で洗濯はしたけど。

 大体な、誰のせいだと思ってるんだ。


 思い返すとむしゃくしゃして来たのである。


「お前こそ、あと二回くらい洗濯した方が良いじゃないか? 俺の服は特別製だけど、キヌヤのノーエンチャント装備だったら質がいい分汚れとか匂いがこびりついたら目立つぞ」

「捨てたわよ!」


 涙を流しながら叫ぶ赤髪ウェーブ。それほどまでに大切にしていた服だったのか。そんな物を酒場に着て来る方が悪い。諦めろ。


「漫才はいいから、話してよ」


 釣王に言われて、俺達は事の顛末を話した。面倒事を起こさぬ為に、誓いを立てている事。そして、この女に挑発されて見事面倒事を巻き起こしてしまった事。


 ともかく、騒動を起こしてしまったのだ。


「正直すまんかった」

「気にしてないわ。それより、今度ご飯いかない?」

「嫌だ」


 あえて即答しよう。


 こいつと飯を食べに行ったらどうなるのか簡単に予想がつく。魚魚魚デザートに魚を食べて口直しに魚が出るに決まっている。酒場前に料理を頂いたが、魚以外のラインナップが出ていた事に仰天したくらいだ。


 むぅ。と口と同時にヘソも曲げてしまった釣王だった。

 さて、魔大陸まで一睡してればたどり着くだろう。乗船した際の船内アナウンスによれば、魔大陸の港に着いたら目覚まし用の汽笛がなるらしい。


 もし寝坊したとしても乗客確認を確りしている釣王の運営する旅客兼貿易商船だ。どこにも問題は無い、後は寝て待つのみだ。あの酒場には、もう二度と立ち寄れないだろうしな……。


「それより」


 と前置きをして、釣王が赤髪ウェーブを指差して言う。


「彼女は誰?」

「さぁ? 今日初めて会ったばかりだけど……?」


 いきなり指を指された事に、きょとんと首を傾げる赤髪ウェーブ。

 いやお前のその反応は全体的に間違っているぞ。


「……また、知らないウチに……エリーちゃんにメッセージ送っておかなきゃ」


 そして釣王、お前は何故。イビルクラーケンよろしく、邪神の波動を受けた魔物の様な凶悪な威圧感を全面に押し出しているんだ。あと、絶対メッセージするなよ。


「ふんっ、私の名前は———」

「あれっ? 釣王。いつの間にリアルスキンモードにしたんだ?」

「ついこの間よ」


 何か言おうとした赤髪ウェーブを遮って、俺は釣王がリアルスキンモードに変わっている事に気がついた。前までは磯臭さと生臭さが付くから絶対にしないわと宣言していた釣王も、遂にリアルスキン勢の仲間入りと来た。


「規模が大きくなり過ぎて、ノーマルプレイじゃ管理できなくなったのよ」


 そして、コイツもあのローロイズの行商隊の人と一緒で、ある程度財を築き上げてからの転向。何の不自由も無くこの世界に溶け込んだ一人だと言う訳だ。


 別に悔しくないもんね。

 初めの頃の魔法三つ覚えるのに金貨一枚という大枚叩いて結局才能が無くあまりそれを活かし切れていない状況だった時を思い出した。


 メリンダさん、元気にしてるだろうか。

 っていうか生きてるのかな。


「ふーん。でもそんなに塩臭くないな」


 俺は何気ない仕草で釣王の髪を嗅いでみた。

 ほんのり良い匂いがする。


 磯臭さの欠片もない、まさに女の子の匂いって感じ。


「ちょ、ちょっと! いきなりそう言うのはダメよ」

「でもめっちゃ気にしてたからね。どこかに消臭剤でも開発してる——」


「ちょっと! 無視しないでよ!」


 おっと、すっかり赤髪ウェーブの存在を忘れてしまっていた。


「もういい! 魔大陸に着いたら待っててよねっ! またねっ!」


 改めて名前を尋ねようとしたら、プンプンと頬を膨らませながらも、本当に怒っているのかと思しきセリフをまき散らしながら、乱暴にドアを閉めて出て行ってしまった。


 待ち合わせ場所すら告げずにだ。お前、今のセリフから俺はどうやってお前を待っていれば良いんだ。


 また、厄介な人物と知り合ってしまった。これまでの経験より、旅先で知り合う手合いは、基本的に何かしらの騒動を抱えている事が多かったりする。


 しかも、今回は彼女が台風の目であり、人工的に作り出すという質の悪さ。せっかくの休暇が全て台無しになってしまいそうな予感がする。


 俺は決断した。

 よし、逃げよう。


 ここで、俺は選択を一つ見誤った事をさとる。どうせならプンプンしながら出て行った彼女の後を追う様に、俺も自分の部屋へと戻って行けば良かったのである。


「あ、そう言えばね? スピードチューナとクロマグロの類似性を調べてみたらね? ある一つの可能性に行き着いたのよ———」


 は、始まってしまった。


 そして俺はこのまま、彼女のマグロ談議について、魔大陸へたどり着いた汽笛がなるまでずっと聞き役に徹せられる事になる。約8時間くらいな。
















「マグロ……クロマグロ…ゲロマグロ…メジマグロ…ゲロマグロ……」


 汽笛がなり、北魔大陸の自由都市リトルディアにある港町へと無事入港を果たした。長旅ご苦労様でしたと言わんばかりに、ハンター達を載せたタコ部屋からは、背伸びをしながら降りて来る人々が沢山居る。


 同時に、馬車や竜車を積載できるかなり大きなスペースを準備された商業専用の搬入口からは、荷車を牽引する走竜種や馬達が乗組員達によって誘導されていた。


 明らかに、荷物を運ぶ駄獣や竜種達、そして荷物の数と比べて商人の数が少なかったりするのだが、商業以外の俺達が使う通路からちらほらと出て来る商人達を目にすると、経費の節約に余念がないのだな。と深く納得させられる。


 ワラワラと下船して行く緑客達に混ざって、俺は白目を剥きながらフラフラと続いて行く。さながら、船旅に酔い完全にやつれてしまった人の様に思えるが、これは在れだ、あまりにも長い時間、マグロとスピードチューナーの類似点とその可能性について話し込まれた結果である。


 船内ではゲロに塗れ、聞きたくもない話を延々を聞かされた結果。ゲロマグロという意味不明ワードが俺の頭の中で形成されHPとMPを同時消費しながら呪文の様に口ずさむ。ステータスはオールマインドだけど。


「ん? よぉ兄ちゃん。また会ったな」


 赤髪ウェーブも、この人ごみならば俺を見つける事は困難な筈だろう。だが念には念を入れて、そそくさと人々に紛れて移動しようと思ったその時。隣から声をかけられる。


「バンドか? お前、生きてたのか」

「そりゃないぜ、勝手に殺すなよ」


 嘔吐物塗れの渦中、彼も余波を受けてダウンしたとばかり思っていたのだが、全然そんな事は無かったようだ。酒場では気付かなかったが、彼の体毛は光を浴びて銀色に輝いていた。


「それよか、カッコいい毛並みだな」

「ああ、親から貰った自慢の毛だよ」


 彼は犬歯を剥き出しにしてクククと笑う。


「そう言えば、酒場では迷惑かけたな。飯でも奢ってやるから一緒にどうだ?」

「お、良いのか? 気前が良いな兄ちゃん!」

「クボだ。クボで良い」


 彼には俺の名前は若干発音し辛いようで、普通では"ク→ボ"なのだが、どうしても"ク↑ボ↓"と言うイントネーションになってしまう様だった。


「いいづれぇな!」

「もうなんでも良いよ」


 俺達は、美味い飯が食べれる店を探して、人でごった返す港町を進んで行く。なんだか人の良さそうな奴とも知り合えたし、天気も良いので良い休暇になりそうな予感がした。












「ちょっと待ちなさいよアンタ!! ちょっと!! ねぇってば!! 待ってってば!! お願い!! 置いて行かないで!! ねぇ〜〜〜!!!」




釣王「椅子は捨てておいて」


釣王「ええ、そうね。魔海峡付近に投げ捨てて構わないわ。汚物だし」


釣王「あと絨毯も酒場の壁も設備も全部作り替えて頂戴」


釣王「請求先は福音の女神で」




 あえて言っておこう。ボコボコにされて、他人の嘔吐物に塗れて、面倒事の渦中に引き摺り込まれて、やっと休めると思ったら永遠と女の子の話を聞かされる。


 果たして良い休暇になっているのだろうか?


 (クボヤマの感覚は、完全に麻痺している)



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