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現実は逃げても追って来る

 酒場の入り口を潜る。カランカランと、入り口に着けられた鐘の音を耳にした客達が一斉に入り口を注目した。その視線を受け流す様に、俺は飄々とカウンターの前まで足を運んだ。


「おっさん。ビールを貰えないか? 別に冷えてなくても良い。むしろ、冷えてない方が俺は好きだからな」


 これが通の飲み方って奴だ。そんな事を思わせるセリフを吐きながら、俺は銅貨をカウンターの上に置いた。


「……」


 沈黙を持って返答する酒場のマスターである。


「ねぇ、ちょっと。どうして無視するんだ? 俺は客だぞ。ビールだビール。アレだよあれ、日本式じゃ喉越しに趣を置いてるが本来は芳醇な……」


 ビールに対する蘊蓄を語り出そうとした時、面倒くさい気配を感じたのか、酒場のマスターが一言で一刀両断する。


「ウチにそんな物はない」


 そうですか。

 じゃー何があるんだと言う事で、このマスターのおすすめする酒を窺おうとした時、酒場の中で爆笑が巻き起こる。


「ブハハハ! ビールって何だそりゃ!」

「エールの間違いじゃねーのか? どこの田舎もんだアイツ!」


 口の回りに濃い髭を蓄えた、屈強な男二人組が小馬鹿にした様に声を上げたのを皮切りに、酒場に居た酔っぱらい共が同調する様に俺を馬鹿にし出す。


 たぶん身長から舐められているんだろう。この船に乗る乗客ほとんどは、魔大陸の迷宮都市へと向かうハンター達。つまるところ、戦う、狩る事しか頭に無い荒くれ者達なのである。


 もちろん商人ものせられているのだが、無駄な衝突を避ける為に完全に別けられていたりする。俺もそっちで乗っておけば良かったな。


 後悔してももう遅いのだが、こういった手合いは大抵身体に恵まれている。それこそローロイズのある大陸からレベルの高い魔大陸へとクラスを上げるので、そこそこ熟練したハンター達なのである。


「……エールをくれ」

「銅貨三枚だ」


 無視するに限る。酔っぱらいに絡むとろくな事が無いからな。俺は人類最大の酔っぱらい、ゲロ聖母マリアの事を考えながらカウンターに銅貨を三枚置いた。


 ってか、エールもビールも変わらんだろう。この世界に酒に詳しいリアルスキンプレイヤーが現れる事を期待しよう。


 そのままカウンターに背中を預け、酒場を見渡してみる。先ほど俺を小馬鹿にした男二人組は、その他大勢とテーブルで腕相撲を行っていた。その筋肉を見せびらかしたい訳だ。


 俺だって、脱げば凄いんだぞ。

 別に悔しく何か無い。筋肉は量じゃない、質なのである。


 歓声が上がった。どうやらまた一人、二人組の内一人が腕相撲で相手を負かしたらしい。ガッツポーズを取る横で、悔しそうな顔をするこれまた強そうな男がもう一人にお金を渡していた。


 なるほど、賭け腕相撲か。

 船内に娯楽施設と言えば酒場くらいしかない。魔大陸に着くまでまだしばらく時間がかかる。各自各々時間を潰しているのだが、荒くれ者達はなかなか寝付かない物だ。


 賭け事と言う物は男を引き付ける。賭けというよりも、勝負事と言った方が正しいのかもしれないな。


 参加方式は、銀貨一枚。少し割高かもしれないが、最終的な勝者が賭け金全て総取りの様だった。参加人数が増えれば増える程、金の規模も大きく膨れ上がり、それに釣られた荒くれ者が更に集まって行く。


(上手い事考えたな。元締めは損金無しだから遊び感覚でも小遣い感覚でも出来るじゃないか)


 そんな俺の視線を感じたのか。一番最初に小馬鹿にして来た一人が、話しかけて来る。


「よぉ田舎者の兄ちゃん。何ならあんたも一口どうだい?」

「……遠慮しておくよ」


 面倒事は起こさない事に限る。

 だが、酒場に包まれた賭け腕相撲の雰囲気が、俺を掴んで話さない。


「おいおい! せっかくの祭りに水を挿す気か?」

「魔大陸目指してんだろ? てめぇみたいな腰抜け、さっさと死んじまうぞ!」

「違いねぇ!!!」


 ガハハハと、再び笑い声が響くのである。そんな中、再び金の音がなり、赤い髪ウェーブが掛かった髪が印象的な美女が来店した。


 まさに男達の視線は彼女に釘付けだろう。それもそのはず、今まで野郎オンリーだったこの酒場に、紅一点。女が姿を現したから。しかも美しいときた。


 ローブを身に纏っていて、全体的なイメージは掴み辛いが、絶対に何を着ても似合う。俺の好みを言うとすれば、タイトなドレス、もしくはスーツかな。


 これを待っていた!

 あんな汗臭い野郎達は放っておいて、カウンターでエールを注文する美女の目の前に銅貨を三枚滑り込ませた。


「なにかしら?」

「俺の驕りだよ」


 ラブロマンスへと洒落込むセリフ。今まで押し殺して来た俺のリビドーは、欲望は、留まる事を知らなかったりする。今だったら余裕で自伝を書けるね。法王失格。


「あら、ありがとう。なら、遠慮なく頂いておくわ」


 そしてここから俺のトークスキルが炸裂する訳であるが、思わぬ邪魔が入る。俺の彼女の間に、太い腕が割り込んで来る。


「酒はそいつの驕りでかまわねぇが、こっちで俺らと話さねーか? そんな腰抜けよりもずっと興奮する話が聞けるぜ? へっへっへ」


 鼻の下を伸ばしながら、俺を小馬鹿にした男は強引に彼女の肩を抱くと、無理矢理引っ張って行く様にして酒場の奥へと歩き出す。


「おい、ちょっと待てよ。せめて俺が奢った酒を飲み切るまで俺のターンだろ」


 そう言う問題じゃない。とエリーやマリア辺りからツッコミが来そうなセリフなのであるが、今ここにあいつ等は居ない。


「ハッ! 聞いたか今の! 腰抜けでさらにドケチだとよ!」


 俺の言った意味は、機会は平等にあるべきだと主張下に過ぎないのである。お前等信仰心薄過ぎだろ。あ、もちろん自分の事は棚に上げてますよ。


 それにしてもこの男。声がデカい。


 一羽の鳥が鳴くと、釣られて回りの鳥達がさえずる様に馬鹿にした笑い声が次から次に聞こえて来る。注目を浴びて気を良くした男は、さらに調子に乗りだした。


「酒だって? 一杯くらい俺がくれてやるよ!!」


 そう言いながら持っていたエールの入ったジョッキを、俺の頭に叩き付け蹴り飛ばした。ジョッキが粉々に割れる音と、俺の頭を打ち付けた打撃音が同時に響き、蹴り飛ばされてカウンターの椅子を壊しながら転げる音が痛々しく響く。この状況を見て悲鳴を上げる様な物は居ない。


 皆一様にして同じ反応を示す。

 そう、やられた物に対する馬鹿笑い。

 一種の見せ物の様に感じているのだろう。


「ここは腰抜けが来る様な場所じゃねぇ。失せな」


 捨て台詞と共に唾を吐きかけられた。


「おい兄ちゃん。今日は散々だったな。ガドル兄弟に目を付けられたら、魔大陸に着くまで毎日甚振られるぞ。さっさと自分の部屋に戻った方が良い」


 流石にこの状況に同乗してくれた人がいた。人と言っていいのか判らないが、狼の顔面を持った男の人が、俺の腕を掴んで起こそうとしてくれる。


「バンド! 放っておけ! お前また、しつけられてぇのか!?」

「グドルの旦那、流石に物を壊しちゃいけませんぜ。酒場に迷惑がかかっちまう」


 あの男。グドルと言うのか。

 ガドル兄弟とか言ってたな、兄と弟どっちだ?


 俺は至って冷静だった。まぁこの程度で痛みを感じないからな。

 そして、ちょっとの事では揺らがない精神力を持ち合わせている。


「何だと? マスターが迷惑だとでも言ったのか!?」

「だけどよ! 限度って物があるだろう!」


 因に、酒場のマスターは一切口を開いていない。まるで酒場と言う物はこうである。という風に事態のあるがままの行く末を見守っている様だった。


 プロ根性もそこまでいけば天晴だな。


「回りの皆もおかしいぜ! 何故この状況で笑っていられるんだよ! 酔っぱらい!!」

「うるせぇ!!!!」

「キャゥンッ!」


 バンドと呼ばれる狼人も俺と同様。殴られ蹴られ、エールを頭から引っ被りながら俺の隣へ蹴り飛ばされる。バンドはエールを滴らせながら項垂れる。


「いつもこうだ……。あいつらは気に喰わない事があるとすぐ手を出す。人種なんて、獣人族よりも野蛮じゃないか……」

「……」

「あんたは悔しくないのかよ」

「全然。だって、あいつらの方が弱いからな」

「……は?」


 主に心がな。

 俺はその点、バンドの方が強い心を持っていると感じているよ。


 手を出せば面倒事が押し寄せる。何らかの法則の様な物を、俺は今までの経験則からヒシヒシと感じているのだ。


「久々の休暇なんだ。魔大陸に着くまでの辛抱さ」


 休暇前、セバスとの約束を守り通さねばならないのだ。


 一つ、面倒事を起こさない。

 二つ、面倒事に首を突っ込まない。

 三つ、面倒事を引き寄せない。


 三つ目。何だよこれ。

 俺の意思関係ないだろ。


 そう言う訳で、たった今あったばかりの俺の為に立ち上がってくれたバンドには悪いが、ここは心を無にして嵐が通り過ぎるのを待つのみである。


「ちくしょう……ちくしょう……」

「腰抜けと負け犬! お似合いだぜ! 水遊びでもしてろ!!」


 ここまで来るとその悪口が芸術の様に思えて来るな。一体どういう思考回路と教育を受けていればそんな言葉が出て来るのだろうか。


 自分で買った分のエールは、零さない様にしていたので無事だった。それを飲みながらぼーっとくだらない事を考えていると、グドルの腕を振り切って、赤髪の女が此方に向かって歩いて来た。


「……貴方は本当にそれで良いのかしら?」


 しゃがみ込み、顔を近づけて小声で話しかけて来る。よく見れば、髪の他に瞳も赤く染まってるんだな。その瞳は爛々と輝いているようで魅力的だった。


「どういう意味?」

「そのままの意味よ。助けを求めている人が居るわ。貴方はそれで良いの?」


 何を言ってるんだこの女。


「誰も俺に求めてないんだけど?」


 そう言うと、彼女は鼻で笑った。その鼻息が俺の顔にかかる。それほどまでに接近しているのだが、一度疑惑を持った俺の心は、女性特有の甘い香りを楽しむ余裕さえ失っていた。


「あら、本当に腰抜けになったみたいね。興ざめだわ」


 その女は立ち上がり振り返ると、訝しげそうに此方に視線を向けてイライラを募らせていたグドルに向かって言い放った。


「この人、貴方達馬鹿の相手をしてると、馬鹿が移るから関わらない方が良いって言ってるわ」


 この女、躊躇無くダイナマイトの導火線に火をつけやがった。イライラを募らせていたグドルは、爆発した様に熱り立つ。


「言ってくれるじゃねぇかこの腰抜けぇええ!!!」


 そして女があえて複数形で貴方達と表した事による連鎖爆発が巻き起こる。グドルの怒りに引っ張られる様に、酒場の酔っぱらい共が、拳を振り上げて俺に向かって駆け出して来た。


「ひぃいい!」


 バンドが地を這う様に隅っこに逃げて行く。


「これで……どうかしら?」


 女は振り返ってニコやかに微笑むと、スッと爆心地から安全圏へと逃れた。つまるところ、カウンターの奥に居るマスターの隣である。


 どうかしら。じゃねぇよ!!!

 俺は取り囲まれ、押さえつけられ、屈強な酔っぱらい達に飲み込まれて行く。






 クボヤマは、セバスの約束を守り通す事が出来るのか!?




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