女神聖祭 Battle of Crusaders -9-
轟音と共に押し寄せる黒雲。
頭の中に浮かぶのはあの糞ガキの姿だった。
「待機していてください」
ニヤニヤと誤摩化してはいたが、実際の所エリック神父の負ったダメージは大きい。法定聖圏すら未だ復旧できてないのが何よりの証拠でもあるしな。様々なお膳立てや目に見えない思惑、動きがあったとしても、実際動くのは特務枢機卿である俺の役目なのである。
消滅して影だけ残されたアクシールが居た場所を一瞥して、ジュード=アラフも来るべき本丸へと視線を動かした。
「あ、クボヤマさん。これをお持ちください。貴方には翼が無いので空中戦は不向きでしょう? 応用力は私以上ですし、無事空のハネムーンでもして来たらどうでしょうか?」
そう言って投げ渡されたのはクロスたそ。
あれ、前に渡されたクロスは?
「あれは分割した片方ですよ。ほら、オースカーディナルを持ってたじゃないですか。ほっぽり出して操を立てるだなんて、私は許しませんからね?」
「……私、ゲイじゃないので」
「クロスはれっきとしたレディーですよ?」
うっそーん。
目が丸になるとはこの事である。散々オッサンだ何だ捲し立てて来たオースカーディナルなんだが、まさか。
うむ。過去の事は置いておこう。
健気に頑張ってくれていたオースカーディナルさん。
本当にありがとうございました。
俺は今まで助けてくれた君を忘れず、本懐と共に新たな道を歩むつもりです。ってかアレだよ。オースカーディナルって特務枢機卿を象徴する物だから、新たに作り直してもう一度北の聖門に丁重に安置しておこう。
俺みたいな立場の人間が、再び生まれないとも言い切れないからな。いや、確実に後追いで目指す奴が出て来ると思う。
……応用か。
一先ず胸ポケットにずっと忍ばせていたクロスを手に取る。瓜二つのそれは、近づけるとスッと一体化した。同時に、懐かしい感覚が蘇る。
上空を見上げていたジュード=アラフが、突如背中から空色の翼を生やしたかと思うと、大きな槍を掲げて飛び立った。よくわからない現象を目の前にして俺はエリック神父に説明を仰ぐ。
「あれは?」
「ミカエルの翼です。第一枢機卿の持つミカエルは、顕現させその力を振るう事が出来るのです。まぁ、三位一体化には至らないので人の身では持って数分でしょう……彼も本気だと言う事ですね」
なるほど。
判りやすい説明、ありがとうございました。
「イメージは掴めました」
それだけ言って、俺も特設席から跳び出した。このくらいの高所なら落下しても屁でもないが、格好悪過ぎるよな。
クロスたそに念じる。
やっとこさ認められたし。今日は空の新婚旅行にでも洒落込もうかね。
イメージするのは翼。それもクロスたそのイメージ、純白の。
形が変わって行く。前までは武器としてしか利用して来なかった物だったが、たった今ジュードの翼を目視して羽ばたき方をトレースした。
魔力でクロスを浮遊させる事はずっと行って来た。自分の魔力がしみ込んだ物だったからな。だが、自分の身体ごと浮かせるなんて考えもしなかった。
クロスや聖書以外の物は石ころ、砂粒すら動かせなかったから。
よくよく考えてみると、三位一体を行って俺の身体は聖核によって構成されている。言わば魔力がしみ込んだ身体。いや、魔力その物が人の形を形成しているのだ。
飛べない筈が無い。
(聖核の所有者がオースカーディナルから変わってクロスの所有を認めたの。おかえり、クロスちゃん)
(は、初めまして! クレアでしゅ!!! ふぇぇ、また噛みまみたぁぁ……)
(クボ、彼女の名前はどうするのなの?)
クロスに決まってんだろ!
そう思った瞬間、クロスが俺の手に吸い込まれた。そして背中から薄ら黄金を帯びた純白の翼が、出現する。武器化の時とは違って、無機質な形ではなく、サラサラとした質の良い羽の手触りが心地よかった。
(……やっと、名前を呼んでもらえました)
透き通る様な綺麗な声が、頭に響く。
待たせて、ごめん。
(あの時、エリック様から貴方に手渡された時から、運命を感じておりました)
俺もだよ。何たって、俺達には運命の女神が微笑んでくれてるからな。
(私のお陰なの! うふふ! あ、クボ。急がないとジュードと魔王の戦闘が始まってしまうかもなの)
こうしちゃ居られなかった。次は精神空間でゆっくりお話でもしよう。そう考えながら俺は飛翔する為に翼を羽ばたかせる。
(時の停止を確認したの。現在完全な状態で身体を構成できているの、よって無効化に成功したの)
さながら、エリック神父はいつだかくれたイヤリングを強化した様な物だな。回りを見回すと、会場の端っこにある国旗を掲げていたポールの天辺に奴がいた。
DUOだ。
「俺も交ぜろ!」
(ごめんなさいねぇ。彼、こうなると何言っても聞かないんです)
「……飛べますか?」
「問題ない」
そう言いながら、彼は空中をまるで道がそこにあるかの様に歩き出した。
どうなってんだよ。
「ふん。俺は王だ。出来ない事等無い!」
(限定的時止めの応用です。クラ○ト・ワークの様な物ですね)
「……」
DUOが台無しだとばかりに額を押さえた。ク○フト・ワークがなんだか判らないが、とにかく空中を移動できる事は確かなようだ。問題ないな、逆に助かる。
(魔王に時止めは効かないから注意してね。奇跡の子も何となく効いてないみたいだし。DUO、そろそろ貴方も覚悟を決めた方がいいんじゃないですか?)
「し、しかし。悪魔と吸血鬼は違う……」
何やら話し込んでいる彼等は無視をして、俺はジュードの元へと急上昇して行く。
上昇するにつれて、黒色曇天が大きくなって行く。普通の人ならば、不安を容赦なくかき立てられる様な色なのだが、俺の頭の中には糞ガキにやられた記憶しか無い。エリック神父もやられていた記憶しか無い。
要するに、仕返しする気持ち一色なのだ。無意味に絶望を煽っても無駄だぞ魔王。今度こそ、こてんぱんにしてやる。
「来たか。特務枢機卿殿」
ジュードに追いついた。空色の翼をはためかせて、槍を持つ彼の視線はさらに上空に浮き立つ黒雲を見据えている。
「ミカエルは後どれくらい持つんですか?」
「問題ない。早期決着をつけるのみだ」
そう言う意味じゃねぇよ。
何だ、コイツもすっとこどっこいか?
「魔王は狡猾で強大だ。そして奴はひと欠片を残して全ての欠片を集めていると推測できます」
そう、災禍の他に何かを隠し持っている。
そんな予感がする。
「ハローハロー。まったく面倒くさい事を仕出かしてくれたな? 糞神父」
おちゃらけながらも見下した様な声が響く。
そして無数の稲妻と共に魔王サタンが姿を表した。
稲妻は断じて登場演出なんかでは無く、一発一発が轟音と共に俺達に向かって飛来する。すでに戦いは始まっているのである。俺は聖域にて逸らし、ジュードは槍で薙ぎ払って行く。
(全く、始祖ヴァンパイアのままじゃ絶対的壁が存在すると何度言ったら……)
DUOは黒こげになって浮いていた。厳密に言うと、サマエルが空間を固定してその場に浮かせているのである。台無しだ!
「よし、御託は良いからさっさと死ね———闇の深淵」
なんだこの魔王。偉くご立腹だな。
空中から出現した無数の黒い腕が俺達を包み込もうとする。俺は純白の翼をはためかせてそれを弾く。ジュードも槍をぶん回して腕を切り落として行く。
(ああん! ちょっと! 何よこれ! 締め付けるぅ! すっごい締め付けるわぁ〜!)
……台無しだ。
「ひゅ〜やる様になったじゃん? どったのそれ。あとそこの変態と雑魚。てめぇらには昔の好だ、邪魔しなければ生かしといてやるよ」
口笛をひと吹き。以前は苦しめられていた技を物ともしなかった俺に向かって小馬鹿にした様な称賛を上げる魔王。
「じゃ、復習と洒落込もうか。オラオラオラ!!」
腕を振るうと、以前と同じ様に膨大な稲妻が押し寄せる。最早狙いが俺だけな時点で、この魔王がどれだけ怒っているのか察しが付く。
面倒くさがりが人から言われて行動した時って、何故か常に怒りながら行動に移すよね。それと一緒。「もう、判ったやりゃいーんだろうが、宿題!」見たいな感じがこの魔王からヒシヒシと伝わって来る。
「オラオラオラ——おろッ!?」
夢中で稲妻を打ち続けている所悪いが、全部逸らしながら俺は本体目がけて神聖なる奔流を放つ。ギリギリで身体を反らし回避する魔王。だが、左腕を消し飛ばす事に成功した。
「この前と違って、私は飛んでるんですよ? 制空権はありませんよ糞ガキ、ちゃんと復習するなら同じ状況を用意しろボケ」
「私もいるぞ」
追撃とばかりに容赦なく槍を突き刺すジュード。想像とは裏腹に、いとも容易く腹に突き刺さる槍。呆然と事態を受け止める魔王は、自分にダメージが通る事が理解できていない様子だった。
無くなった左腕と、穴があいた土手っ腹を見て、ポツリポツリと喋り出す。
「ないないないない。俺は魔王だぜ? こんな事ある訳ないだろ」
そう言いながら手をかざし、小さなブラックホールの様な物を呼び出すと、その中へと腕を突っ込んで中から何かを引っ張り出した。
魔物の腕だった。それも、至る所に齧られた痕があり、血が滴って骨も見えていた。それの肉の一部を噛みちぎると、穴のあいた土手っ腹に突っ込んだ。
ぐちゅぐちゅと音を立てながら、穴を生肉で埋めて行く。狂気として思えない現象に、ジュードも俺も顔をしかめている。
あらかた詰め終えると、残った腕の突き出した骨の部分を消滅した自分の腕に突き刺した。グチョッという不気味で軽快な音を立てて、歪な魔王の形が出来る。
「ふぅ。落ち着いた。これでいい。俺は傷を負ってない。どこに傷がある? 無いだろ。だから傷を負ってないんだ」
この間を使ってさっさと消滅させておけば良かった。独り言を呟きながら狂気じみた行動を起こす魔王から目が離れなかったのだ。
そして改めて此方に向き直った魔王。目が合う。そして再び視線を目から傷口に移した瞬間、俺は目を疑った。
「……傷が、無い?」
あれだけ歪で記憶からなかなか消える事の無いであろう身体が、攻撃を受ける以前の魔王へと元に戻っていた。
「お巫山戯はこれまでだ。マジで俺、神父アレルギーだわ。絶望に悶え苦しみながら死んで逝けや」
表面に出ていた怒りが、見えなくなっていた。
だが、確実に魔王は怒っている。
アレはマジの奴だ。
どうやら、今までは互いに肩ならしの様な物だったらしく、ここからが本番という訳だな。
『おおっとクボヤマ神父が、特設席から跳び出した!?』
ワアアアアアア!!!!
『このままでは落下して————つ、翼が生えたああああ!?!?』
ワアアアアアア!!!
『白と青のコントラスト!! 対するは黒一色! 自称魔大陸の王! 魔王の名の冠する、魔王サタン! アクシール選手に代わって乱入だああああ!!!!』
ワアアアアアアアア!!!!
一部、ハイレベルな人種(と、魔力感知に長けた人々)を除いて民衆は大いにわき上がるのである。




