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女神聖祭 Battle of Crusaders -4-

「いやーッ! 久々に負けたって感じがするぜッ!」


 腹筋用のトレーニングベンチに座り、ゴーギャン・ストロンドは白濁色の飲み物にてゴクゴクと喉を潤しながら吸収性の高そうな布で汗を拭う。


 場所は戻って、再びゴーギャンの控え室に呼ばれていた。例によってルーシー・リューシーも甲斐甲斐しく彼にスポーツドリンクの様な物を供給している。


 何なんだろうな、あの液体。

 プロテインを混ぜたスポーツドリンクなのだろうか?


(粉タイプのポ○リ?)


「ん? これか? コレは身体に必要なエネルギーを簡単に補給できる最新式の飲み物『アーミープロテインドリンク』だぜ。セントウカンパニーが独自に育てているパワービーンズの粉末から出来てるらしいぜ」


 要するに豆の粉。


 スポーツドリンク以外にも、彼の足下には様々な食べ物が乗っかった皿が用意されている。先ほどの戦いで消耗してしまったエネルギーを補給する様に、彼はそのアーミープロテインドリンクをガブ飲みし、いかにもカロリーの多そうな食べ物を馬鹿食いしている。


 科学都市ジャーマインか。興味がわいた。

 ウチが開発しているであろう魔道具よりも最新鋭の技術が向こうに隠されているのかもしれないな。




 話がそれたが、ここへ呼ばれた理由はゴーギャンから重要な話があると聞かされていたからだった。


「ここなら、特殊マットで音の振動が外部に漏れない。そしてルーシーも居るからな。外への気配探知だった獣人の感覚程頼れる物は無いぞ?」


「追加で。話の内容も何やらきな臭いですし結界でも張っておきましょうか」


 俺は聖域クレリアを発動する。

 全てを浄化させる程の清い力がこの部屋を覆う。


「ほう」

「こ、これは……凄いわね。戦いの前の気配以上だわ……」


 眉を潜めるゴーギャンと、何か納得のいかない様な表情を浮かべるルーシー。


「大方予想はついていますよ。邪神教関連でしょう?」


 ニコリと微笑む。

 その俺の表情を見て、ゴーギャンも口の端をニヤリを動かした。
















ーーー


 ハザードは額から冷や汗を垂れ流していた。


(些か相性が悪過ぎるよな。友よ)

(全くだ)


 お前と同化したお陰だけどな。と、ハザードは付け加える。


 二回戦で打つかった相手は、神父の対抗馬として充てがわれているジュード=アラフという人物である。


 前情報は何も無かった分、一回戦の様子を思い出して頭を整理する。

 神聖魔法を振るう至って普通の神官の様な戦い方だった。


(だが、神聖魔法にあそこまでの破壊力を持たせる事は、並大抵の実力じゃ不可能だぞ?)

(判ってる。問題はアイツがRSMP(リアルスキンモードプレイヤー)なのかどうかだ。未だ一言も発してないからな。気味の悪い奴だ)

(お前も大概だな…)


 賢人の紋様が魔人の紋様へと変質してしまった事が、ここへ着て裏目となっている。賢人としての資質も備えつつ、魂核レベルで同化した悪魔大王ディーテの力も備えている。


 それ故に神聖魔法が弱点なのだった。

 一撃一撃が身を削る様な攻撃と化す。


「ディメンション・炭坑族ドワーフつい


 賢鳥リージュアに乗って制空権を取りつつ、上から質量攻撃へと移る。悪魔の力を使った攻撃は、無意味だった。


 こういう手合いには無属性の質量攻撃を高所から叩き付けるに限る。いや、普通は全てがそれで終わってしまう程の脅威であるのがだ、一つ段階を超えた物はそれすら容易く凌駕して来るのである。


 いつだかのイベントにて闘技場をついや石柱だらけにした様に、埋め尽くす程の質量を打つける。宛ら、神の雷の様に思える。







「人々の祈りは、神へと届くのか? ———それは、是」






 枢機卿会議の時から今の今まで無口を貫いていたジュード=アラフが、初めて口を開いた。






「私の祈りは届いたようだ」






 ———彼は立っていた。


 雨霰の様に降り注いだ質量兵器の中で、彼は一歩たりとも動く事無く、ただ立っていたのである。


 そして、その瞳には十字架が深く輝いていた。





(友よ。一体あれは何者だ?)

(こっちのセリフだ)


 おかしい。

 狙いを定めだ筈だった。


 賢鳥リージュアからの投擲は、もう何度も繰り返している分、狙いを外す事は滅多に無い。そして、例え相手が回避して外したとしても、回避先を予測し逃げ場を無くす程の質量を叩き付けたのに。




 相手は一歩も動いていない。




「奇跡か?」


 思わず口から零れてしまった言葉だった。


「———それは是。貴方は確かに私を狙っていた。だが、当たらなかった」


 ハザードが口を開くのを判っていたかの様に、独特の喋り方で告げるジュード=アラフ。



 悠然とした仕草で、彼が胸から取り出したのは一冊の聖書。ボロボロになったその聖書は、彼の手の中でパラパラとページを勝手に捲り続ける。


「神の奇跡に前には、いかなる現象もその副産物と化す」


 彼は続ける。


「過ぎたる物に、罪と罰を———」


 その瞬間、闘技場を埋め尽くしていた石柱と槌は、まるで長い年月に晒され、風化した様にぼろぼろと朽ち果てて消えて行った。


 広々と綺麗になった闘技場の中心に立つジュード=アラフは上空に居るハザードを見上げる。


 その十字架の刻まれた瞳がハザードを射抜いた瞬間、ハザードの中でドクンと心を見通されている様な感覚に落ち入った。


(属性的に賢鳥リージュアじゃ不味そうだ)

(どうするんだ? 魔紋も仕えんぞ?)


「こうするんだ。召喚サモン白像アドロイ


 よくわからんが、神聖的な属性を持つ相手だ。無属性のままではマズいだろうという訳で、自分の持つ手札の中でも一番聖属性っぽい物を召喚する。


 遥か昔を生きる巨象を倒し得た仲間だった。


 神父の話によれば、太古の巨象エンシャントヒュージ・レッサーは太古の神次代を悠々と生きた動物だったそうだ。嘘くさいが神の国と呼ばれる場所に行って帰って来た神父が行ってるんだからそうなんだろうな。


(神時代を生きる物の召喚物ならば対抗できる筈だ)

(こんなの持ってたんだな。でも、出してどうするんだ?)

(数で有利になってる。そして———)


「占眼発動」


 占い師対神官の戦いが今、始まる。


「一介の占い師に、その召喚チカラは過ぎてるのでは? ———それは、否。賢人であるが故か。だが、私も神官であるが故、神と共にある。———それは、是」


 巨大な白象の突進を身体を一歩動かす事によって難なく躱す。その様子に白象アドロイは悔しそうな咆哮を上げる。


 惜しいな。とハザードはその様子を見て歯噛みする。だが戦術は間違って居なかった。白象アドロイでなければ、ジュード=アラフはその場を一歩たりとも動いたりしなかったであろう。


 同じ属性同士が干渉し合うと言う推論が正解した様だった。


(ほら、早くしないとあの白象の保有魔力が無くなって消えちまうぞ)

(何も出来ない奴が口を出すな)

(口だけは出せるんだから、出してるんだろう?)


 実際、ディーテが言うのは至極真っ当な事だ。占眼を使うと、その他に魔力を使用できなくなる。故に召喚の際、多めに魔力を明け渡して、それを消費してもらう事で対策している訳だが。


 この方法は、召喚魔術の域を超えて少し無理矢理行っている様な物だから。保有してもらってる召喚魔力を消費し尽くしてもらう程、長く持つ訳でもなかった。


「アドロイ! そのまま体当たりを続けろ!」


 白象を避ける事に手を尽くしているジュード=アラフを占眼で見据える。そして先を読み、確実に勝てる一手を打つのみだった。














「——————?」















 気付けば両膝を突いて呆然としていた。


(何が起きた?)

(友よ、今すぐその先を見通す目を閉じろ!!!!)


 心の中でディーテが叫ぶ。

 だが、いつの間にか白象アドロイは消えており、眼前にはジュード=アラフが立っていた。


「先を見通すとは、神の如き力? ———それは、否」


「それは、似て非なるものであって。人の境地であり、本質は全く別の物なようだ」


「人でいてその努力、全く持って素晴らしき」


「だが魔に落ちてしまった事、由々しくはあるが、それもまた人」


 俺は一体、何を見たのか。

 ハザードは心の中で反芻する。


 相棒ディーテの声はもう聞こえなくなっていた。

 聞こえるのは目の前に立つジュード=アラフの言葉のみ。










「神の目は等しく我らを見つめているのか? ———それは、否」











(ハザード!!!! 我が友よ!!!!)


 ディーテの声が、心に響く。ギリギリの所で魂から切り離されかけていたハザードの意識が再び元に戻った。


 賢人としての思考力が僅かコンマ数秒で、今の状況を整理する。

 これは敗北確定である。魔人としての力も押さえ込まれている状況なのだ。


 だったら話は早い。

 俺には仲間が居る。

 ゴッドファーザーと呼ばれる逝かれた神父が居る。


 自分のやるべき事を見いだしたハザードは、魂を振るい上がらせて占眼の解放を全開にした。魔人としての力が押さえつけられている状況で、運良くそれは、一瞬ではあるが魔人としての力を得て変質した魔眼へと切り替わる。人の領域を超えて先を見据えるだけではなく、万物の動きを見据えるに至った。


「届かない光は必ずある。そこに光を伝えるのが我らの役目。貴方の業は幾重にも重なっているようだ。珍しい。今一度清算するべきであろう——」









「———神の名の下に」







 まるで物語をそらんじる様だった。さらさらと読み上げ祈るジュード=アラフの姿は、まるで懺悔を聞く神父様の様。


 ハザードは、目の前に立つ一人の神父に仲間である神父とはまた違った部類の強さの本質を感じる。切り替わった魔眼が、彼の瞳の奥深くで笑う翼を持ち盾を槍を掲げた天然パーマの男を捉える。


 そして、そのまま天から振り下ろされた雷によって消滅した。




ーーー
















 ハザードの敗北は、ギルド内でも多くの波紋を呼ぶだろう。

 特に俺の中で。


 安定して勝ち星を上げて来た筈のハザードがあっさりと負けてしまった光景を、ゴーギャンの控え室で三人で見ていたのだ。


 試合後のモニターに映るジュード=アラフの余裕の顔を見て息を呑む。


「様々な魔術を杖で操って、お陰に古代魔法の域に差し掛かってる時空魔法の一つまで戦闘に仕えるレベルの手合いが、一介の神父に負けるなんて初耳だわ」

「いや、俺は知ってるぞ。立った今敗北した彼が賢人だと世界に認められている事をな……」


 どうやら息を呑んで見守っていたのは俺だけじゃなかったらしい。ルーシーもゴーギャンにも、ハザードの実力は海を越えて伝わっていたらしく……いや、一回戦で無双してた姿を見ていたからかな。


 二人揃ってこの結末に愕然とした何かを感じている様だった。


「どうやら、相性が悪かった様ですね」

「相性だ? そんなもんねぇだろ?」


 ポロッと出た一言に、ゴーギャンが茶々を入れて来る。


「彼は以前私を救う為に冥界でベヒモスと対峙した時、悪魔降臨デモンズオースを使用して悪魔大王ディーテと魂核レベルで融合したんですよ」



「「はあああああああ!?!!??」」



 耳を劈く様な高い声と低い声である。

 オクターブユニゾンを果たしていそうだ。


「ふぅ、落ち着いた。なるほどな。魔属性も身体に宿していた分、相性が最悪になった形だったんだな」

「ええ、下手に賢人の力も半分混ざってますから。表裏一体の属性にも関わらず、魔人としての攻撃性が発揮されなかったのも原因でしょう」

「クレイジーだわ! やっぱり人間ってクレイジーよ!! ってかゴッドファーザー! 貴方の回りには逝かれた野郎共いないの!?」

「ハハハ、そんなことありませんよ」


 メス共も立派に逝かれてますよ。

 ええ、まったく。


「でも、あくまでイベント。死ぬ訳ではありませんから」

「それもそうだ。賢人の彼も大健闘したって事にしておこう」


 そう言う事だ。

 確かに彼の敗北にはびっくりしたが、よくよく考えてみれば。今日一日デスペナルティを喰らうのみで、此方の戦力にはそれほど影響は無いと見た。


「……問題は、敵と味方の判別が未だついてないこの状況でしょう」

「俺達は魔大陸側のもんだから、てめぇらの状況は全く判らんぞ。こっちの状況はあらかた伝えたしな」

「私も立場が色々ありますので」

「そりゃ難儀だな」


 お互いため息をつく。ゴーギャンの溜息は呆れていた様にも見えるが、実際俺だって呆れたいよ。


「どちらにせよ。敵は中にも外にも居ます。ジュード=アラフ。彼が自分の本業を確り理解している真人間である事を願うばかりですよ」












クボヤマ「本物っぽいのがでた。遂に」





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