悲観的なロボット考察シリーズ RAIFE (Robots & Artificial Intelligence For Existence)
悲観的なロボット考察シリーズ RAIFE 02
第二九六回人型稼動筐体開発会議における議題の一つ、ロボットは人型をしていなくてはいけないのか? について各研究者らが喧喧諤諤の議論を繰り返していた。
人型の定義として、頭部と胴体の独立構造体に、一対の腕部、脚部を有し、その末端にはそれぞれ五本ないし三本以上の指節を保持する掌を装備することが求められている。
この際、腕部、脚部の長短や可動域、可動方向などは考慮に入れず、いわゆる獣脚式、鳥脚式をも含めて二足歩行方式を前提とすれば人型として認められた。しかしながら、これらは一般ユーザーらにあまりいい印象を与えることはない。
なぜなら、相応の合理性を有していたとしても、自ずと長腕、鳥脚のロボットなどは異形とみえるため、二足歩行はしているものの、人間の代替体としては認知できない危うさが付きまとう。
古来より人類が夢を見てきた人型ロボット、すなわちアンドロイドの実現には、常にロボットはそのバランスを含め、人体構成に限りなく近い比率で制作されるべきで、一見すれば人間と見まごう動きで、その機動性、運動性能も人に近いものでなければ世間にロボットは受け入れられないだろうとし、会派所属の研究者は一様に高次の人型稼動筐体の開発に余念がなかった。
ここはとあるロボット研究所。博士と助手は“より人間らしいロボット”の開発に邁進すべく今日も研究所に引きこもっていた。
「ダメだ、歩く速度が速すぎる。それに踏み台昇降時の上半身と下半身のバランスが不自然だ、そのうえ関節が逆になって転倒を防ぐなど言語道断だ」
「しかしながらこの動力性能ではスピードを殺すとかえってエネルギーを食います。重心移動にしても可能な限り上体の姿勢変化は少ないということは高性能なジャイロを使用しているからですし、人体ならば転倒あるいは転倒を避けられたとしても関節を痛めるトラブルに対応できるのは人型筐体ならではと……」
「おいおい、我々は、人間の社会に適応できるロボットを開発しようとしているのだぞ? プログラム次第でいかようにもアレンジできるAIならばそれでも構わんが、少なからず人間の予測範囲外の行動や反応は周囲の混乱を招く。稼動筐体としての機械的機能はより人間に近ものでなくてはならん」
「なるほど、では動力、運動系機能をデチューンして出力を抑えましょう。センサー系統も前方部の物理光学センサーのみとし、感度も一般成人男子並みとすれば、自然な認識、自然な反応、あるいは見落とすなどといった人間らしい動作が得られます」
「問題は重さだな。これではラバーソールを装備したとて日本家屋の畳を痛めてしまうぞ。それに日本家屋とは基本的に靴を脱いであがるものだ」
「なるほど、畳に対応した人型ロボットというわけですね」
「正座もできなくてはならんな」
「では臀部と膝、足裏及び甲の部分にはふんわりパッドを装着しましょう。内骨格は素材密度を減らし軽量化に努めると同時に、可変式フレームでより美しい着座姿勢が取れるよう工夫します」
こうして二年に及ぶ改良の末、より人間に近い動作や仕草を実現できる、人型稼動筐体が完成し、今次より機械製品としての検査を行うことになった。
検査は百三十項目にも及ぶ耐久テストを含む製品評価実験で、これもまた世の中にロボットという存在が迎合されるために必要なものであった。
「所長、転倒により肩部関節ユニットが破損、上腕フレームが破断しました」
「転倒状況は?」
「時速十キロの全速走行つまづき検査です。応力バランサーにより前方転倒回避運動を行った結果、半身をひねり落下ポイントを背部に見定めたようですが間に合わず、右肩部から落下し、超荷重がかかった模様です。すばらしい遅的反応であります。ロボットとは思えません」
「なるほど、それはすばらしい」
「あとは光学認識検査で、数字の読み間違えが二十一パーセント、聴覚ユニット検査における聞き間違いと聞き漏らしが合わせて三十二パーセント、嗅覚系はガスなど有毒物質の嗅ぎ分け率が八十九パーセントと好成績の人間らしさです」
「ふむ、ロボットは間違えを犯さないという不文律はもはや伝説となったな」
「ええ、さらに我々の新着想ガジェットである、ふんわり正座機能の四時間耐久試験にご注目ください」
「四時間も正座させ続けたのか?」
「ええ、人間ならば当然足が痺れて立ち上がれないでしょう。見てください健気なあの美しい正座姿を。……では立ち上がらせます」
「ああっ!」
なんと正座ロボットはバランスを崩し畳に前のめりになって倒れてしまい、立ち上がることができなくなってしまっている。しかも上半身だけを動かして下半身はまるで自由が利かないといった無様な姿で、畳の上を這っている。
「こっ、これは。いったいどういうことだ。まさかAI制御で半身機能停止プログラムを組んだだけとか言うのではあるまいな?」
「いえいえ、まさかご冗談を。これは彼に実装した可変フレームが正座姿勢により変形し、その内側に沿って這わされている油圧ラインを圧迫したために、動力油圧が行き届かず一時的な脚部可動不良を起こしているのです」
「ふっ、はは! いや、実に、実にすばらしい。なんとも芸術的に人間的だ」
博士と助手はともに手を取り、自身らの研究の結実を目の当たりにし、そして抱き合った。




