おはようコール。
『起きたー?』
「起きた起きた」
『声が寝てる』
「うっせー。起きたって。もう切るから」
『二度寝禁止だからね?』
「分かったから」
何か言ってる気がするけど、無視。
俺は電話を切る。
かばんは重い。日差しは強い。だらだら歩いて、まだ学校までの道のりを半分くらいしか進んでいない。
そう、俺は、朝に弱い。
部活の朝練なんて行ったことないし。遅刻しない方が珍しい俺。
見かねて、俺の学校の女子生徒会長が言った。
「おはようコールしてあげよっか?」
そうして、一年。もうすぐ卒業だというのに、まだ止めることができていない「おはようコール」。
残念ながら、俺は生徒会長が好きなわけじゃない。生徒会長の方も俺を嫌ってて、ちゃんと別に彼氏がいる。
なのに、二人とも止めることが出来ない「おはようコール」。
電話がかかってきて、当たり前。かけて当たり前。
好き同士じゃないのに、当たり前。複雑な、この関係。
『おはよー』
「……どーも」
『ねぇ、起きた?』
「起きた」
『ほんとに?』
「起きた。お・き・た」
『二度寝禁止。今なら朝練間に合うよ?』
「遠慮します」
ぷちん、と切る。
そう、いつもこれだけ。三十秒くらいの、この電話。
『おはよー』
「おはよう」
『……あれ? なんかいつもと声違う』
「起きてました、今日は」
『うっそ、珍しー』
「そりゃどーも」
『なんかあったの? てか、逆に、寝たの?』
「ちゃんと寝た」
『びっくりだわ。朝練は?』
「行かない」
『そこは譲らないんだ』
今日は、向こうから切った。いつもとは違う、新鮮なこの感じ。
『おはよう』
「どーも」
『あれ? 今日も起きてたの?』
「まあ」
『おお、すごい』
「今日は、もう出るから」
『え? てことは……』
「行ってくるわ、朝練」
『……すごい進歩』
「やれば出来る子なんで」
切る。
なんか、何でか分からない。いつもと同じ電話に、変化をつけたくて。
いつしか、行きたくもない朝練に行って。眠いのに起きていた。
理由を聞かれても知らない。
ただ、正直にいえば。
何か違う言葉を言ってほしいってのも……無くはないかもな。
今日は、電話がない。
不思議だった。
いつもの時間に、電話がない。
何電話待ってんだ、俺。
そうも思ったけど、放っておけなかった。
気が付いたら、携帯を耳まで持っていってた。
「……もしもし」
『……え? ……あ』
「電話……ないから……かけた。ごめん」
『あああああああ! しまった、寝坊したっ!』
「え、……会長寝坊すか」
『思いっきり寝過してる! 最悪、どうしよっ!』
俺は、電話を切らなかった。
んで、笑ってた。
「大丈夫、俺いっつもこの時間でギリ間に合うから」
『あんたと一緒にしないでくれるー?』
くすくす笑う声。
「猛ダッシュしたら、ギリ着くから」
『……ちょっと、今何て言った?』
「え、だから猛ダッシュしたらギリ間に合う……」
『……私、あんたよりはるかに足遅いよね?』
沈黙。
そして。
俺はぶっ、と吹き出した。
「頑張れ、会長」
電話を、切る。
それから、「おはようコール」は自然消滅した。
でも、新しく始まったことがある。
俺の、叶うことのない初恋らしい。