神様への直談判
お題:どうあがいても魚
水辺を通りかかった人影を見て、慌てて魚は飛び跳ねました。ぴよん、ぴよん、一生懸命おびれを動かして水を跳ね上げ、通りかかった人影に気づいてもらおうと必死です。甲斐あって、人影は見事水辺で立ち止まりました。どうして魚がこんなに一生懸命だったのかって、その人影は神様だったからです。
「神様! ねえ神様! ちょっとボクの話を聞いておくれよ!」
神様は快く頷き、どうしたのかい、と魚へ尋ねました。そのことに魚は気を良くして、またぴよん、と水を跳ね上げます。
「ボクは今、魚の生を送っているんだ! それはもちろん、神様の采配だってことも知っているんだよ! それでね、相談があるんだ!」
相談とはなんだい? と神様は首を傾げます。ほうら、言ってご覧なさい、と。
魚は、いい加減おびれを動かすことに疲れて、普通にぷかりと水面へ浮かぶことにしました。きょろりきょろりと神様を見つめて、ぱくぱくと口を動かします。
「ねえ、ボク、覚えているんだ。ボク、今はこの通り、小さな川魚なんだけれども、この前はもっと大きな魚だったよね?」
おや、と神様は少し目を見開きました。けれどそれは、ほんの些細な反応でした。自分の前の姿、いわゆる前世での姿を覚えているということは、ままあることだったのです。それは、魚だろうが、カマキリだろうが、たんぽぽだろうが変わりません。ある一定数はいるものなのでした。そして目の前の魚が、その一定数なのだというだけの話なのでした。
「でもね、神様。ボク、その前の前の姿も覚えているんだよ」
おや、と今度こそ神様は、しっかりと目を見開きました。前世の姿を覚えているものはままあれど、そのまた前世まで覚えているものは、そうそういるものではないのです。
「前の前の姿では、ボクは海を泳ぐちっぽけな魚だったね? 何匹も何匹も一緒に群れを作って、来る日も来る日も海を泳いでいたよ。それでね神様、それだけじゃないんだ。ボク、その前の前の前の姿だって覚えているんだ! そして、その姿もまた、魚だったよね?」
神様は、そのとおりだよ、と頷きました。しっかりと覚えているのなら、わざわざ誤魔化すことでもないのです。魚は、ぴよん、とおびれを跳ねました。
「神様! ボクが言いたいのは、一体どうしてボクは、何度生まれ変わっても魚にしかなれないんだ! ってことなんだよ!」
ぴよん、ぴよん、小さなおびれを一生懸命に動かして、魚は神様へ問いかけます。神様は、ううん、と唸りました。なんたって、それは魚が覚えていないことでしたから。
神様が悩んだ様子を見て、魚はなおも激しくおびれを動かします。ぴよんぴよんぴよん、おびれを何度も跳ね上げて、水をぱしゃぱしゃと波打たせました。その内の一滴が、神様に届くほどでした。
「ねえ、教えてよ神様! これじゃあボク納得出来ないんだ! 何度生まれ変わってもどうやっても魚! 水の中は飽きてしまったんだよ! 理由を教えておくれよ!」
魚に懇願されて、神様はついに折れました。分かった、理由を教えてあげよう、と神様がいうと、魚は急におとなしくなって、じいっと神様の答えを待っていました。
それはね、と神様は言います。お前が前の前の、そのまたずうーっと前の姿の時に、ボクは魚が大好きなんです、何度生まれ変わっても魚にしてください、と頼んだからだよ、と。
「ええーっ!」
と魚は驚きました。またぴよんっ、と水を跳ね上げます。
「そんなあ。自分で言ったことだったなんて。その時のボクは一体何を考えていたんだろう! ねえ神様。自分で言ったことなら仕方ないかもしれない。でもボク、本当に、水には飽きてしまったんだよ!」
その本気で後悔している様子を見て、神様は一つ提案をしました。それなら、あの言葉はなかったことにしてあげよう。次に生まれ変わりたい姿は何かあるかい?
その問に、魚は元気よく跳ね上がって答えます。
「なんと言っても、鳥がいいな! ボク、この先何度生まれ変わっても鳥になりたい!」