壁とヒルダ
お題:残念な壁
壁の仕事とは何かしら、とヒルダは自分へ問いかけます。ヒルダお得意の自問自答です。すぐに答えは返ってきます。――壁の仕事といったらもちろん、家の中を風や雨や雪や動物から守ることよ。
ではやはり、目の前の壁はその仕事を果たせていないのだわ、とヒルダは確信しました。目の前にあるのは、大きな、けれど粗末な小屋の、南側の壁でした。この小屋にはめったに使わない斧や、鉈や、鋸がしまわれています。目の前の壁はそれらを風や雨や雪や動物から守らねばなりませんのに、どうにもそれを果たせるようには見えません。なんたって、ヒルダがあらあらと思ってしまうほど、目の前の壁は穴だらけでした。
そういえば、とヒルダは自分へ問いかけます。以前に、使用人の男がこの小屋のこの壁について、話していたのを聞いたことがあったわね? と。そうよそうよそうだったわ、とすぐに答えが返ってきます。
「こいつは本当に残念だよなあ」
と、酒に焼けたガラガラ声で、使用人の男は言ったのでした。
「なまじ柱は生きているからぶち壊すこともできねぇ。こいつを壊すとしたら相当に骨が折れるからな。ああ、残念だよなあ。いっそズタボロに壊れていてくれれば、薪として使えたかもしれねぇのによお。中途半端に仕事してるから悪いんだ」
使用人の男の言葉を完全に思い出して、ヒルダはもうひとつ自問自答します。もしかしてもしかして、この壁って、私とまったく同じなのではないかしら?
そうよまったくおんなじよ! 打てば響くように答えが返ってきました。
そうです、この壁はヒルダとまったく同じなのでした。中途半端に仕事をしているから悪い。なまじ人として生きているから、捨てることもできない。使用人の言葉を思い出せば思い出すほど、ヒルダは自身と壁の境遇の一致に胸が躍るのでした。こんなところに、同志がいたのだわ!
そう思えば、途端に目の前の壁が愛しくなってきます。中途半端に仕事をしている、ぼろぼろで穴だらけの壁。その穴の一つ一つさえ、ヒルダには愛らしく見えてくるのでした。思わず縁を指でなでるほどです。
そうしていると、ふと一つのことに気がついたのでした。下の方の穴を見ていた時です。それをじっと見つめながら、ヒルダは自問自答します。
ねえ、もしかしてこの穴、私とピッタリ同じサイズなのではないかしら?
――入ってみれば、分かるのではない?
ヒルダは何かに突き動かされるように、穴の前へしゃがみ込みました。その穴は壁の中でも一際大きな穴でした。この穴のせいで壁は仕事を果たせていないのだと言っても過言ではありません。
ゆっくりと穴へ這いながら、ヒルダは鼓動を高鳴らせていました。もしかしてもしかして、中途半端な私達、一緒になったら、完璧な仕事が出来るのではなくて?
――そうよそうよ、そのとおりだわ!
素晴らしい発見でした。穴に収まるように身を丸くしたヒルダ。穴は本当に彼女とぴったり同じサイズでした。ヒルダが入ったことによって、穴は完全にふさがりました。
穴にぴったりはまって、ヒルダはなんとも言えない満足感を得ていました。仕事をこなすってこんなかんじなのだわ、とヒルダはとても幸せな気持ちで思っていました。私はこれから、壁としてここで生きていくのだ、そう思うと心が満ち足りるようです。きっと壁も喜んでいます。なにせもう穴は、ヒルダが抜け出すことが出来ないほどに、端からぎゅうっと押さえつけていたのですから。
ヒルダは目を閉じて、壁の感覚を味わいます。それからお得意の自問自答として、一言語りかけました。ねえ、私達、これからうまくやっていきましょうね。
ええ、もちろん!
それは、今まであったどの自答よりも早い返答でした。ヒルダの声ではありません。その答えに、ヒルダは本当の本当に幸福を感じたのでした。