川への供物
お題:暴かれた川
あるところに川がおりました。
川は元々小さな蛇でした。小さな蛇は長く川に暮らし、大きな蛇となり、やがて川の神となり、そして今では川そのものになっていたのでした。
川の側には村がありました。こじんまりとした小さな村でした。
村と川の関係は良好でした。春には田畑を潤すだけの水を流し、梅雨には氾濫しないように水の量を調節し、晴れの続いた時でも最低限の流れがあるようにしていました。村人は川への感謝の心を決して忘れませんでした。新緑の春にはこれからの農作業をよろしくという祭があり、夏の盛りには氾濫せずにいてくれてありがとうという祭があり、実りの秋にはお陰で沢山の農作物がとれたことを感謝する祭がありました。川も村も、互いに感謝しあうとても素晴らしい関係でした。
ある年の夏のことでした。その年は長く日照りが続き、近隣の沼や池はほとんど干上がってしまったのでした。それは川も例外ではありません。なんとか最低限の水は流そうとしていましたが力敵わず、やがて水量はどんどんと減っていきました。困り果てた村人は、一つの案を講じます。
こうなれば、人柱しかない。
人柱には、村長の娘が自ら名乗りをあげました。村人に好かれるとても器量の良い娘でしたので、村長を初め皆が悲しみましたが、娘の強い意思に負け、彼女が人柱となりました。
娘が人柱になったおかげで、川には力が戻り、日照りの中この村だけは水源を確保することが出来たのでした。
以来、何度か川には人柱が立てられるようになりました。例えば雨の続いた梅雨、氾濫しそうになった時など。今までは氾濫も干上がることもなかったので、村人たちは皆、長く続いた川だから、そろそろ力がなくなってきているのかもしれない、と考えました。けれど人柱を立てれば力は戻りましたので、川のためならば、と人柱を立てることは厭いませんでした。
川は村人たちを騙していました。一番初めの人柱、あの時は嘘ではありません。川は本当に力がなくなりかけだったのです。けれど、それ以降は嘘でした。ああ、本当に恐ろしいことなのですが、初めて人柱がたてられたとき、川はその素晴らしい力にとても驚き、感嘆し、魅せられ――虜になってしまいました。
力がなくなったわけではありません。ただ、氾濫しそうになれば、干上がりそうになれば、人柱がやってくる。川はそれを理解していました。その人柱の、表し難い素晴らしさに、川はすっかり虜になってしまっていたのです。
ある年の夏でした。いつかと同じように、長く日照りが続いた夏でした。その年も川は干上がりそうなふりをして、川のもとには人柱がたてられました。人柱になったのは、村唯一の巫女でした。巫女は穏やかに微笑み、川へ語りかけました。
「例えあなたが我らを欺いていようとも、我らのあなたへの感謝は変わりません」
それを聞いた時、すべてばれていたのだ、と川は気づきました。人柱が欲しいがために力がないふりをしていたことは、すべて村人にばれていたのだと。
途端、川は川の神になり、大きな蛇になり、そして小さな蛇になりました。あんな辱めを受けて、それ以上川でいつづけられるはずがなかったのでした。小さな蛇はそのまま死んでしまいました。巫女はその蛇を元々川があった場所へ埋めて、ねんごろに弔いました。村には別の場所へ、新たに川が引かれたということです。