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どこかの話

お題:どこかの話

 どこかの話。

 どこかに住んでる一人の少年は、とても幸福でした。穏やかな父と優しい母。家族三人で牛と羊を育て、毎日を和やかに暮らしていました。近所に住む人達も皆少年をかわいがってくれていました。

 そんな少年は一つ、誰にも言えない悩みを抱えていました。それは、自分が父母の本当の息子ではない、ということでした。父母と長老様が話しているのを、偶然少年は聞いてしまったのでした。

 父母は自分をとてもとてもかわいがってくれています。少年も、少し退屈な時があるくらいで、今の暮らしに不満はありません。

 ただ、自分の本当の両親というものが、気にかかって仕方ないのです。

 もちろんそれが父母にとって失礼なことだということを、少年は知っていました。だからこそ、自分の中の好奇心をなんとか殺して、毎日を和やかに過ごしています。

 そんな、どこかの話。


 どこかの話。

 少女が一人いました。彼女は絵に描いたような薄幸少女でした。幼い頃に母に捨てられ、汚い路地裏で這いつくばって育ちました。少女を拾ったのは一人の汚い老婆で、老婆は自分が若いころそうであったように、少女に花を売らせました。小さな白い花を籠いっぱいにいれて、裕福そうな壮年の男性に、花を一本二コインで買わせるのです。男性が花を買ったら、その男性を連れて、老婆の住む家に戻りました。花が売れなければ老婆に叩かれました。少女はそんな毎日を送っていました。

 少女は大きくなるにつれ、自分を捨てた母を恨むようになりました。自分がこうなってしまったのもすべて、幼い頃自分を捨てた母のせいなのだと。少女は老婆に従順なふりをして情報を集めました。そしてある時、町の司祭様から、自分を捨てた女の情報を得ることが出来たのです。今は、少しだけ遠くの町に住んでいるとのことでした。

 その夜、少女は老婆の住む家から消えました。老婆の住む家は、いつまでたっても静かなままでした。

 そんな、どこかの話。


 どこかの話。

 この湖のほとりには一人の女性が住んでいました。女性は重い病を患っていました。それは人に感染すると信じられていて、なので女性はいつもひとりきりで病と戦っていました。

 けれど月日が経つにつれ、女性は次第に戦う気力が無くなって行きました。もうこれ以上生きていても仕方がないのではないか。そんなことを思うようになりました。そういう時に思い出すのはいつだって、分かたれてしまった自分の子どもたちでした。

 女性には二人の子ども、男の子と女の子の双子がいました。当時、その場所では男女の双子は不吉なものとされていました。女性の両親や夫すら、そんな子どもは捨てなさいと言いました。しかし女性は周りの反対を押し切り、この子たちを育てる決意をしました。そのために住み慣れた町を捨て、この場所までやってきたのでした。そんな折に、自分が病に罹っていることを知りました。

 女性は長く悩みました。けれどやはり、子どもたちをこんな病気にさせるわけにはいかないと、二人を断腸の思いで手放すことにしたのです。ただ男女の双子ということが分かっては、誰もかわりの親にはなってくれないかもしれません。女性は、男の子と女の子を別々の人へ預けました。男の子は、たまたま立ち寄った村の長老様へ。女の子は、また別の村の司祭様へ。二人がただ幸せになることだけを祈って。

 そんなある日、女性の家に一人の訪問者が現れました。それは随分と久しぶりのことで、女性はかすれた声で、誰だい、と尋ねたのでした。

 そんな、どこかの話。


 どこかの話。

 それは湖のほとりでした。砂利の中、少しだけ大きな石が置いてありました。それは、埋めた本人しか分からない、お墓でした。

 埋めた本人しか分からないお墓ですので、少年がそれを蹴ってしまったことは、決して責められることではないのです。少年は当然それがお墓だと気づかず、呼ばれるまま、穏やかな父と優しい母のもとへ駆けて行きました。

 そんな、どこかの話です。

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