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私の隣は彼の場所

 教室の窓から見える夕焼けは、なんだかとてもきれいで、だから余計にむかついた。

「男なんて、みんな、いなくなればいいのに…」

 机に顔を付けたまま、ぶつぶつと呟く私の頭を彩菜が微苦笑を浮かべながら撫でる。

「…彩菜、茜どうしちゃったわけ?」

「えっと…昨日佐々木君に告白してこっぴどく振られたみたい」

 小声でそう言っているが、十分、聞こえてます。まあ、里香になら言っても問題ないけど。

 グラウンドにいる男どもの顔が、昨日の佐々木悠の顔に見えて、殴り飛ばしたくなる。昨日まで好きだった私の気持ちを返してほしい。

何が、「君みたいな特別可愛くもない子が、よく僕に告白できたね」だ。

 重いものを持ってくれたり、甘いマスクで微笑んでくれたり、いつも紳士キャラで通してるくせに、告白した相手をこっぴどく振るとか意味不明なんですけど。

あいつの本性をばらしてやろうかとも思うけど、私がばらしたところで、振られた腹いせに意地悪している嫌な女にしか見えない。そういう所まで計算しているところが余計に腹立つ。

「見返してやりたい…」

「見返してやれば?」

 ぽつりと漏らした私に里香は簡単にそう言った。

「簡単に言わないでよ。どうやって見返せばいいの?」

「…端正な顔立ち。成績もいいし、運動神経もいい。評判だって悪くないし。…佐々木君見返すのは難しいかも?」

「ほら、超可愛くなって、告白してきたところを振ってやるとか」

「里香、ドラマの見過ぎ。私のどこをどう頑張ったら超可愛くなれるわけ?『特別可愛くもない私』が!」

「もしかして、茜ちゃん、昨日それ言われた?」

「あたり」

「…それは見返したくなるね」

 彩菜の言葉に、里香も頷いた。

「でも、…身長低いし、目も小さいし。成績だってあんまりよくないし」

「運動神経と明るさだけが取り柄だもんね」

「里香ひどい」

 一応文句は言ってみる。けれど、自分でも取り柄はそのくらいしか思いつかない。

「茜ちゃんは可愛いよ?」

「…彩菜の言う可愛いと今求めてる可愛いって違うもん」

 拗ねたような声色になってしまった。「そんなことないのに」と再び彩菜が頭を撫でてくれる。心地よさに目を閉じた。

「っていうか、そもそも、なんでそんな奴好きになったわけ?」

「…初めて女の子扱いしてくれたから」

「…?」

「私ってがさつで、言いたいことなんでも口に出しちゃうでしょう?『女の子』扱いってされたことないんだよね。…だから、初めてだったの。重いものを持ってくれたことが。『大丈夫?僕が持つよ』って笑顔で言ってくれて。それが嬉しかったの」

「そっか」

 里香も私の頭に手を伸ばしてきた。ポンポンとリズムよく叩かれる。

「頑張ったんだね」

「…」

「男を見る目はないけど」

「厳しいな~」

「次は、もう少し相手を知ってから声をかけた方がいいね。せめて一言私たちに相談するとか。茜ちゃんの即行動するところはいいところでもあるけど」

「わかってます」

「…でもやっぱり見返してやりたいね」

「え?」

「だって、私たちの大切な友だちの純情をもてあそんだんだよ?ね、里香ちゃん」

「もちろん」

「いや、別にもてあそばれてはないけどさ」

「ここは一発殴っておく?」

「…それくらいのことはしたいな」

「あ、そうだ!いいこと思いついた」

 きらきらした目をしながら、ポンと彩菜が手を叩く。

私はやっと机から顔を離した。次の言葉を期待し、彩菜を見る。

「佐々木君より格好よくて完璧な彼氏を作ればいいんだよ」

 満面の笑みで言われた名案は、なかなかの難題だった。

「……里香、ツッコミ頼む」

「いや、でも、あの佐々木見返すならそのくらいしなきゃ無理なんじゃない?」

「そうだよ、茜ちゃん」

 ツッコミ不足が激しい。私は思わずため息をついた。

「…自分で言うのも嫌なんだけど、私、特に可愛くはないんですよ。髪だって、ただの地毛のショートだし?それに、頭がいいわけでもなければ、おとなしいお嬢様キャラでもない」

「うん」

 2人がそろって首を縦に振る。ちょっとは否定しろよ、と思うのは間違いだろうか。

再びため息をつきながら、話を進める。

「だから、ですね。そんな私が、この学校でトップ10に入ると言われている佐々木君以上の彼氏を見つけるなんて、無理なの!」

 自分で言ってて悲しくなる。外も次第に暗くなってきているし、そろそろ帰ってもいい時間だ。このあたりで、この話を切り上げよう。そう思い、鞄を手に立ち上がった。

「ほら、わかったら、帰ろう!」

 なぜ、慰めてもらいたい自分が、先頭に立って歩かなければならないのか。そう思うが、2人と話したことにより、昨日のショックはだいぶ薄れていた。

 確かに佐々木君の言うことは正しい。私と佐々木君では釣り合うはずなどないのだ。だけど、「好き」だという気持ちを否定しないでほしかった。

「ねぇ、茜ちゃん。佐々木君がトップ10に入るっていうけど、ナンバー1は誰なの?」

「え?そうだな…。1年サッカー部レギュラーの岩崎君か、3年の後藤先輩。…あとは、やっぱ、うちのクラスの林じゃない?」

「林って、林祐介?」

「そう」

「金髪で、ピアスあけてるあの林でしょう?校則違反だらけで、喧嘩ばっかりしてるからいつも傷だらけの。誰も怖がって近づかないじゃん。なんで、あれが候補者なの?」

「いや、高校生ってちょっと悪に憧れるお年頃だし?」

「そうか?」

「わかんないけど、人気だよ?よく、格好いいって噂してる声聞くし。よく見ると顔、めちゃくちゃ綺麗だよ?いつも釣り目だけど、よく見れば目は大きいし、顔も小さい。たぶん女装されたら私、瞬殺」

「…茜、よく見てるね」

「だって、なんでか知らないけど、よく目が合うんだもん」

「ふ~ん」

「それにね、身長高いし、スタイルいいし、ほとんど授業出てないくせに、成績いいしね。しかも、実は理事長の息子」

「マジ?」

「マジなんだよね、これが。先生たち話してるところ聞いちゃったもん。だからこそ、先生も困ってるって感じみたい」

「家柄までいいときたか。あとは、不良じゃなければ完璧なわけね」

「そういうこと」

「ねぇ、茜ちゃん」

「ん?」

「私、前から思ってたんだけど、林君、茜ちゃんのこと好きだと思う」

「……は?」

「だから、林君、茜ちゃんのこと好きだと思う」

「いや、ごめん。聞こえなかったんじゃなくて、言ってる意味がわかんなかったんだって。…なんで私が、好かれてるの?」

「さっき茜ちゃんも言ったでしょう?よく目が合うって。それって、林君が茜ちゃんのこと見てるってことじゃない?」

「確かに」

 彩菜の言葉に頷く里香。2人に「おいおい、待てよ」と手を伸ばしてみるが、少しだけ、自分でも引っかかりを感じた。

 朝、彼の前を通ると、小さい声であるが「おはよ」と声をかけられる。他のクラスメイトにそんなことをしている姿は見たことがなかった。

 不良仲間同士で廊下を塞いでいる時、私が通ると林が声をかけて、道を開けてくれた。

もしかしたら、他の人にも同じことをしているのかもしれないが、それでも、思い返せば優しくされている気がする。その証拠に、みんなが「怖い」という林のことを私は「怖い」と思ったことがない。私の目に映る彼は、なんとなく、どこかおどおどしていて、いつも耳を赤くしている気がした。

「…そ、そうなのかな?」

 自分で思って赤くなる。ただの都合のいい妄想かもしれない。けれど、一度そう思ってしまうと、一つ一つの行動がそうとしか思えなくなる。

「告白してみれば?」

 彩菜が可愛い顔をして、とんでもないことを告げた。

「…え?」

「だから、告白してみれば?茜ちゃんのこと好きなら、OKしてくれるよ、きっと」

「いや、でも…私別に、好きじゃないし」

「佐々木を見返したくないの?」

 里香の言葉に心が動く。見返したい。見返してやりたい。あの嘲笑うかのような笑みを崩してやりたい。

 あの、林だ。不良で、顔立ちがよくて、家柄もいい。そんな彼が遊んでいないわけがない。少しくらいもてあそんでもいいだろ。そもそも、本当に私を好きかもわからない。一か八かの賭け。

「私、告白する!」

 思わずそう宣言していた。

 

 善は急げとばかりに足を運んだのは、校舎の裏。壁から身体を少し出せば、林たち不良のたまり場とご対面できる位置にいる。私と仲がいい子たちは、校則を遵守しているし、喧嘩もしたことのない人ばかりだ。だから正直、びびっている。あんな風にちゃらちゃらした人たちと話した経験はないに等しいのだ。その中に入って、告白までするつもりなのだから、びびらない方がおかしい。

私は静かに深呼吸をした。

 とりあえず、彩菜と里香は先に帰しておいた。何かに巻き込んでも困るし、何か起こった時、自分1人の方が逃げやすいと思ったからだ。これでも、運動神経はなかなかいいのです。

 高らかな笑いが響いていた。数名で集まっているようだ。その中に林がいるのかわからないが、たぶん、ボス?的存在のようだったのでいるだろう。

 何かあった時の逃げ道をあらかじめ確認し、息を大きく吸った。

 壁から身体を出し、前を出る。突然の訪問者に、不良たちが一気にこちらを見た。

ギラリとした目に思わず一歩後ろに下がる。

「なんだよ、てめぇ」

 低く、威嚇するような声。いっそ振り向いて、逃げてしまいたかった。ここまでする必要があるのか、と自分の行動に疑問すら感じてしまう。

けれど、ここまで来て引くに引けない。

「…は、林に用がありまして」

「林って、祐介のことか?」

「あ、…は、はい」

「てめぇ、何、呼び捨てにしてるんだよ!」

 怒鳴るような声に、思わず肩が上がる。怖い。超絶、怖い。

「おびえちゃってるの?可愛いね。…顔は普通だけど」

 私の反応を見て、けらけら笑う男たち。っていうか、お前まで、顔のことを言うな!と思ったが、ここでそう啖呵をきれるほど、私は強くない。

「…なんであんたがいるの?」

 後ろから声をかけられた。思わず、振り返る。

そこにいたのは、林だった。

 不良のボスだろうが、なんだろうが、見知った顔がいてくれるのは嬉しかった。思わず、安堵の息が漏れる。

「祐介に話があるんだってよ。そこのおチビさん」

「…俺に?」

 伺うような林の言葉に、勢いよく首を縦に振る。

「もしかして、祐介に告白?最近増えてるよな~。なんか、丸くなった、とかで」

「…いいかげんなこと言ってんなよ、てめぇ」

 隣から聞こえるどす黒い声に、思わず身体が震える。それに気づいたのか、林は小さく「ごめん」と言った。

「…俺に用って何?」

「あ、…あの、できれば…えっと…」

「ああ。…お前ら、帰れ」

「は?」

「帰れって言うのが、聞こえねぇの?」

「…わかったよ」

 しぶしぶという形で、全員が腰を上げた。通るたびに、こちらを見られて、自然と体が丸まった。

 1分もかからず、その場にいた全員が立ち去った。その事実に、本当にボスなんだと思う。

たった一言で、あんな怖そうな人たちに言うことを聞かせることができる。それが、とても怖いと思った。

「で、話って何?」

 それなのに、私に向ける言葉は、さっきと同じ人物とは思えないほど優しい。これでは勘違いしてもしょうがないのではないか。

「…あ、あのね」

「うん」

「……えっと…」

 おかしいと思った。昨日は佐々木君を前にあんなに簡単に「好き」という言葉が出てきたのに言葉が出ない。

やっぱり、本当に好きな人ではないからだろうか。その割には、心臓の音は壊れるかと思うくらい早く動いている。

 焦れてキレ出すのではないかとびくびくした。けれど、こちらを見ている林の顔はどこか穏やかだった。何時間でも待ってくれそうなほど。

 拳を握り、勢いにまかせ、言った。

「付き合ってほしいんだけど!」

「え?」

「付き合ってください」

「…本当に?」

 そう問い返す林の顔は、はっきりとわかるくらい真っ赤になっていた。勘違いでもなんでもない。理由はわからないけれど、この人は私のことが好きなんだ。

それは、驚くほどの優越感だった。怖いと思う気持ちは、一気になくなった。

「うん、本当に」

「…怖くないの?」

「え?」

「だって、俺、不良だし。喧嘩するし」

「うん。怖いよ。でも、…そんな真っ赤な顔の林は怖くない」

「…」

 小さく笑うと林は顔を隠すように、横を向いた。その反応が可愛いと思ってしまう。

「あの、…俺も好き。だから、付き合おう」

「……うん」

 『も』という単語に罪悪感を抱いてしまう。頷けば、嬉しそうに林は笑った。その笑顔も苦しくなって思わず顔を逸らす。

「どうした?」

「…ううん。なんでもない」

「なぁ」

「何?」

「茜って呼んでもいい?」

「うん」

「俺のことも、祐介って呼んでくれる?」

「え?あ…うん。えっと…祐介」

「何?」

 名前を呼んだら祐介は幸せそうに笑った。

思わず頬が赤くなる。

「…可愛い」

「え?」

「耳まで赤いよ?」

「――――っ!」

 優しい手つきで耳を触られる。突然のことで、肩が上がった。

「そんな反応しないでよ。やばいって」

「え?」

「ねぇ、キスしてもいい?」

「…えぇ?」

「ごめん。早いよな。…帰ろう」

 そう言って背を向けて歩いて行ってしまう祐介を小走りで追いかけた。

すっと手に触れる。

「手くらいなら…いいよ」

 そう言えば、差し出した手をぎゅっと握られた。顔には満面の笑み。

 なんて現金なんだろうと自分で思う。復讐のための告白だったはずなのに、一瞬でこんなにも好きになっていた。

不良とか美形とか理事長の息子とか、そんなの関係なくて、笑う顔や手のぬくもりがたまらなく幸せだと思った。



「とりあえず、おめでとうでいいんだよね?」

 教室で脱力している私に、里香が言った。力なく頷く。

その様子を見て、彩菜が苦笑を浮かべている。

 まだ、朝のHR前だというのに、もう余力はほとんど残っていない。

朝から驚きの連続だった。

 祐介が朝から家まで迎えに来たのだ。金髪彼氏の登場に家族全員驚いていたが、それを上回る美形のおかげか、お母さんはすっかり祐介の虜だった。私の着替えが終わるまで、家の中に入れ待たせ、朝を抜いてきたという祐介のために、朝ごはんまで与えていた。さすがに父親は複雑そうな顔をしていたが。

 急いで支度をし、家を出てからはずっと手を繋いでいた。

 祐介は、美形の面でも不良の面でも有名人だ。だから、私と付き合っているということは光の速さで広がっていった。

 しかも、桃太郎みたいに、歩いていくたびに子分?みたいな人たちがついてくるし。2人きりだったはずの登校は、最終的には10人ほどのちょっとした集団登校になっていた。

学校に着くころには、噂はもう広がっており、疲れはピークに達していた。やっとの思いで席に着いたと思えば、今度はクラスメイトからの質問攻め。

 それを乗り越え、ようやく訪れた休息の時間だった。

 ちなみに、祐介は朝のHRはサボるということなので、おそらく、昨日のたまり場にいると思われる。けれど、一限からはちゃんと授業を受けるはずだ。

「授業を受けた方がいいんじゃない?」という私の一言に、「わかった」と返したから。

 なんだが、猛獣を手なずけているような変な感覚。

「お疲れ様。ジュースおごってあげる」

「ありがとう~。このイチゴオレ大好きなんだよね。さすが、彩菜」

「ごめんね。私の思い付きで、こんな大事になっちゃって」

「ううん。大丈夫」

「でも、これであいつにぎゃふんって言わせられるんじゃない?」

「…あ、そのことなんだけどさ」

「お前ら、席につけ~!」

 ガラガラと教室の扉をあけながら、担任が入ってくる。「じゃあ」と手を上げ、2人が自分の席に戻った。私も小さく手を振る。

「じゃあ、学級委員、号令」

 その言葉から朝のHRは始まった。適当に聞き流しながら窓の外を見る。日差しが強かった。いくら木陰があるとはいえ、あの場所は暑いのではないのか。

早く教室に戻ってくればいいのにと思う。まだほんの少ししか離れていないのに、もうすでに、あの金髪が恋しかった。


 ガラガラと扉を開ける音が耳に入った。無表情のまま祐介が教室の中に入ってくる。教室内が少しだけざわめいた。めったに授業を受けることない祐介が一限から受けようとしているのだから当たり前の反応かもしれない。しかも、祐介の席は、教壇の真ん前。どうしても、皆の視線にあの金髪が入ってしまう。

周りの視線が面倒くさいのか、祐介が軽く舌打ちをした。一瞬で教室の空気が凍る。

その反応に苦笑いを浮かべていると祐介がちらりとこちらを見てきた。周りが私たちのやり取りに注目しているのはわかっていたけれど、軽く手を振る。

ほんのり頬を赤くし、すぐに視線を前に向ける姿が可愛かった。不良を束ねている人物とは到底思えない。

始業を知らせるチャイムと同時に数学の教師が教室に入ってきた。教壇に立ち、そしてぎょっとした表情を浮かべる。おそらく、祐介が睨むように見ているのだろう。後で注意をした方がいいだろうか。そう考えて、自分の顔が緩んでいることに気づく。

皆には申し訳ないと思うけれど、楽しかった。黒板を見るだけで視界に入ってくる金色が愛おしい。本当にまったく現金なものだ。けれど、きっと、人を好きになるのなんて現金なものなんだろうなんて少しだけ哲学っぽいことを思った。


 太陽が真上に昇り正午を知らせてくれる。授業の終わりを告げる学級委員の号令と同時に私は席を立った。

「祐介、お昼一緒に食べない?」

 お弁当を軽く持ち上げ、そう尋ねる。

「…いいの?」

「え?」

「いつも村井と鈴木と一緒に食べてるだろう?」

 村井は彩菜の苗字で、鈴木は里香の苗字だ。

「そうだけどさ。…ダメ?」

「いや、ダメなわけないよ。一緒に食べてくれるなら嬉しい」

 微笑む祐介につられて私まで頬が緩んでしまう。

「彩菜と里香が一緒に食べてくれば?って」

「そうなんだ。いい友達だな」

「…」

「どうした?」

「なんか祐介が他人褒めるって新鮮な感じがして。彩菜たちの苗字も憶えてるし」

「そりゃ、茜の友だちだからフルネームくらい憶えてるよ」

「そんなこと言って。彩菜と里香は可愛いから憶えてるだけじゃないの?」

 彩菜と里香は可愛くて、私の自慢の友だちだ。男友達から「紹介してほしい」と何度言われたことか。だから彩菜と里香に目がいくのは仕方がない。けれど、面白くないのも事実だった。

「あれ?」

「何?」

「…もしかしてやきもち?」

「え?」

「やばい。めちゃくちゃ嬉しい」

 本当に嬉しそうに笑う祐介。顔が赤くなるのがわかる。それを見られたくて、顔を逸らした。

「そ、そんなんじゃないよ!」

「ふ~ん」

 意地悪な表情を浮かながら私の顔を覗き込んできた。

完全に嘘を見抜いている様子だ。確かに、わかりやすかったかもしれないが。

「そ、それより、どこで食べる?」

 恥ずかしさを隠すように早口で言う。祐介は少しだけ間を作ったが、それでも「どこにしようか」と話題を変えてくれた。

ほっと息をつき、周りを見渡す。今までこちらを向いていたクラスメイトの視線が一気に離れた。さすがに、ここまで注目されている中で食べることは一般人の私にはできない。

「俺たちのたまり場に行く?日陰だし、風もあるから涼しいと思うけど」

「……でも、他の人たちもいるでしょう?」

 さすがに怖かった。不良たちに囲まれて食べる昼食などおそらく食べた気はしないだろう。「邪魔ならどかすよ」と笑顔で言う祐介を全力で止める。そんなことされたら後が怖くてしょうがない。

「ほかにいいとこないかな?」

「…そうだ。あるよ」

「どこ?」

「行こうか?」

「え?」

 戸惑う私に説明しないまま祐介は席を立ち、歩き始めた。一拍遅れて私もついていく。

「頑張れ~」なんて呑気な彩菜と里香の声だけが教室に響いていた。

「…生徒会室?」

 着いた先は、生徒会室。

祐介は頷き、ポケットから鍵を一つ取り出した。鍵の開く音が聞こえる。

 祐介は扉を開け、慣れた手つきでエアコンをつけた。

「入らないの?」

「…入っていいの?」

 生徒会室は施錠されているのが基本だ。鍵は生徒会長と副生徒会長が持ってものと職員室にあるマスターキーだけのはずである。

 3年の生徒会長と2年の副生徒会長はとても真面目そうな人だ。祐介と仲がいいとは考えにくい。だから、2人から借りたという線はないだろう。

「大丈夫。ちょっと拝借して、マスターキーの予備を作っただけだから」

「…そう」

たぶんそれ大丈夫じゃない。けれど、あまりに笑顔で言うものだから思わず頷いてしまった。

「怒られない?」

「怒られないよ。大丈夫」

 絶対大丈夫ではないだろう。私は苦笑を浮かべた。まあ、祐介といる限り怒られる心配はないだろうが。

けれど、暑さに耐えきれなくなって、私は一歩中に踏み込んだ。まだ完全に涼しくはなっていないが、急速に冷却を始めている室内はやはり心地よい。

生徒にはもったいないであろうふかふかのソファー。そこにどかっと座りくつろいでいる祐介を見ると、もうどうでもいいかと思えてくる。

 扉を閉め、祐介の隣に座った。

「なんか、不良って感じ」

「そうか?普通だろう?」

「普通じゃないから、絶対」

「…いや?」

「行き過ぎは困るけど、…このくらいならいいよね?」

 そう言って笑った。

「…」

「祐介?」

 急に黙って俯いた祐介に声をかける。何か、変なことを言ってしまったのだろうか。

けれど、すぐに杞憂だとわかる。耳が真っ赤だ。

「…かわいすぎ」

 ぼそっと呟かれるその言葉に、こっちまで赤くなってしまう。

「お、お昼、食べようよ!」

 話題を変えるように明るく言った。

祐介は頷き、ビニール袋からパンを一つ出した。

「もしかして、それだけ?」

「そうだけど?」

「高校生男子がそれだけで足りる?」

「腹が減ったらコンビニ行くから大丈夫」

「…当たり前のように言ってるけど、それダメだから。私のお弁当、少し分けてあげるよ」

「え?」

「お弁当が大きいみたいで、いつも、少し多いんだ。腹八分目って言うし、ちょっともらってよ。パンばっかじゃ、身体によくないよ」

「いいの?」

「うん。ちなみに、私の手作り」

「え?」

「料理は得意なんだ」

 少しだけ胸を張って見せる。そう言えば、運動神経と明るさの他に料理という長所があった。実はなかなかの女子力ではないだろうか。

恋人とか振る舞う人がいなければ、披露するところはほとんどないけれど。

「……マジで?」

「私が料理できるってそんなに意外?」

「いや、そうじゃなくて…」

 言葉を濁す祐介に首を傾げる。頬が赤くなっていた。

「祐介?」

「…茜の手料理食べられるなんて、夢みたいだって思ってさ。…その卵焼き食べていい?」

「あ、うん。どうぞ」

「うまっ!しかも、甘いタイプ。俺んちと一緒だ」

 本当にうれしそうに噛みしめる祐介にこっちまで嬉しくなってしまう。少し、というかかなり大げさな気もするが。

 私も一緒に食べ始める。祐介はパンを口に運びながら、私のお弁当のおかずをつまんだ。

「あ~、おいしかった。ごちそうさまでした!」

 笑顔で手を合わせる祐介を横目で見ながらふと思った。

理由が知りたい、と。私は祐介みたいに外見がいいわけではない。派手なタイプではないので目立っているわけでもない。そんな私がどうして祐介に好きになってもらえたのだろうか。

きっと、祐介は聞けば答えてくれるだろう。けれど、私が理由を聞けば、祐介も理由を尋ねるはずだ。その時に言える答えを私は持っていない。

復讐のために告白しました、などとこんなにも私を思ってくれている祐介に言えるはずはなかった。

もう言えなくなってしまった。嫌われるのが怖くなってしまったから。

「祐介」

「何?」

「明日から作ってきたら、食べてくれる?」

「え?」

「お弁当って1つ作るのも2つ作るのも大差ないからさ、祐介の分も作ってくるよ。パンばっかじゃ、祐介の身体にもよくないし。だから、食べてくれる?」

「も、もちろん!」

 食い気味にそう言ったせいか、祐介の顔が思ったよりも近くにあった。

やっぱり、綺麗な顔をしているなと思う。目は大きいし、髪はさらさらしてるし。肌だって、つやつやだ。

 観察をしていると、すっと、祐介の手が私に伸びてきた。頬に触れる。自分の顔が赤くなっていくのがわかる。

「ゆ、祐介?」

「ん?」

 少しだけ首を傾げる。そんな動作も様になっていた。

「って、そうじゃなくて。何、この手?」

「可愛いなって」

 目の前で本当に愛おしそうに笑うので、再び体温が上がった。心臓がバクバク言っている。

「わ、私なんかより、祐介の方が可愛いから!…って、え、ええ?」

 もう一つの手も頬に添えられ、上を向かせられる。近づいてくる綺麗な顔。思わず目を閉じた。祐介が小さく笑う音が耳に入る。けれど、「笑うな」と文句を言えるほど私はこんな状況に慣れていない。

「会長?もう、来てるんですか?」

 扉が開く音とともに、そんな声が耳に入った。思わず、目の前の祐介を両手で押す。背中を打ったようだ。ソファーの上だからそんなに痛くないだろうけど。

 声のした方に目を向ける。副生徒会長がこちらを見て、目を丸くしていた。

それは、驚くだろう。生徒会室に無関係の生徒が2人入っているのだから。しかも一人は林祐介。

「…てめぇ。ざけんなよ」

「ひっ!」

 横から聞こえる低い声。その声に、副生徒会長は肩を震わせ、光の速さで入ってきたばかりの扉から出ていった。

 申し訳ないです。心の中で謝り、横を見る。

「なんだよ、あいつ。邪魔しやがって!」

 ソファーをバンと叩いた。

「あと、ちょっとだったのに…」

 呟くように小言を続けている。それを聞いていて、私は思わず噴き出した。

「ぷっ」

「え?」

「あはは!!」

 声が出てしまった。しかも爆笑。そんな私を祐介がきょとんとした顔で見ている。

けれど、笑いが止まらなかった。

 だって、必死過ぎる。不良で、顔立ちがよくて、理事長の息子というオプション付き。そんな彼がたかが私とのキスに全力だ。それがおかしい。

「え?何?」

「だ、だって、…必死なんだ…もん」

 笑いの合間に応える。笑いすぎてお腹が痛かった。

「そりゃ、必死になるよ。好きなんだから」

 祐介の言葉に、笑いが止まった。

必死の理由は自分だと思うと、再び熱が上がった。

「…ごめんね、笑って」

「いいよ、別に」

 少しだけ拗ねたような表情。やっぱり可愛いと思った。

低い声も、イライラした感じも怖くてしょうがないが、それでも、この人は可愛い。

予鈴がなった。本鈴まであと5分。

バツが悪そうにこちらを見る祐介に、「教室に戻ろうか」と声をかける。

「え?…あ、…そうだよな」

 肩を落とし、ソファーから立ちあがる祐介。ちょっとだけ不憫に思えた。

「祐介」

「何?」

 振り返る祐介の肩に手を乗せ、つま先立ちをする。頬に軽く唇を触れさせた。

 祐介は、驚いたように、ばっと頬を押さえる。

「きょ、教室戻ろう」

 恥ずかしすぎて、声が上擦った。けれど、視界の先に見えた祐介が、あまりに幸せそうに頬を緩めているものだから、いいかなと思う。

「おう!」

 頬を押さえながら、嬉しそうにそう応え、祐介は手を伸ばしてきた。

手を添えるとぎゅっと握られる。あたたかさが心地よかった。



 月日が経つのは早いものだと痛感する。祐介と付き合うようになって、早くも2週間が過ぎようとしていた。

「おはよう彩菜、里香」

「おはよう」

「おは。…あれ?林は一緒じゃないの?」

 教室内を見渡しながら里香が尋ねた。慣れとは怖いものだと思う。あれほど怖がっていたのに、彩菜も里香も今では普通に祐介と話すようになっていた。

「いつものところ」

「あのたまり場?」

 彩菜の言葉に苦笑を浮かべ頷いた。時間があれば、飽きずにいつもの場所に集まっているのだ、あの不良たちは。

 祐介と付き合うようになって私や彩菜と里香も、少しずつ祐介の友だちとも話すようになっていた。正直、まだまだ怖い。私も彩菜や里香も、馴染めてはないし、やっぱり、3人でいた方が落ち着く。だって、まず、話す内容が物騒だ。どこで喧嘩したとか、今度はどこの高校の人とやりあうとか。

それから目つきが鋭い。祐介ほどではないが、美形がそろっているため、余計に怖いのだ。

 けれど、彼らは思っていたよりずっと、「普通」だった。ただ、口よりも先に手が出てしまうだけで、ただ、好奇心を押さえる力が弱いだけで、それ以外は私たちと一緒。同じテレビ番組を見ているし、感動の映画では同じ場面で涙する。そう思うと安心したし、祐介により近づけた気になった。

「でもさ、たった2週間で、結構変わったよね」

「ごめんね、茜ちゃん。なんか…すごいことになっちゃって」

 私は彩菜に首を振ってみせた。

「すごいことにはなったけど、楽しいよ」

「でも、…茜ちゃん、不安でしょう?」

「…」

「茜が林を好きだってことは、茜の話聞いてたらわかるし、林だってわかってると思う。けど、バレたらって思うと不安なんだよね?」

 里香の言葉に思わず肩が上がった。さすが友だちだなと思う。何も言っていないのに理解してくれるのだ。

私は、少しだけ間をあけ、けれど、ゆっくりと頷いた。ずっと不安だった。

祐介に告白した本当の理由を知られてしまうのが怖かった。本当のことを知れば祐介は少なからず傷つくだろう。幻滅するかもしれない。

それでも祐介は変わらずいてくれるだろう。けれど、もうそれでは怖かった。

「きっと」や「だろう」では動けない。手放すのがたまらなく怖いのだ。

向けられる笑顔が嬉しい。いつも一緒にいてくれるやさしさが心地よい。

授業中はいらいらして、教師を怖がらせているけれど、しょっちゅう学校を抜け出しているけれど、たまに喧嘩して傷を作ってくるけれど、それでも、彼は私の隣にいてくれる。隣にいて、好きだと伝えてくれる。それが、嬉しくて、けれど、どうしても罪悪感を抱いてしまうのだ。

祐介が好きだ。すごく好きだ。それでいいと思う。けれど、祐介を騙したことに変わりはない。

「私が吹っかけたりしなかったら、そんな不安なく、付き合ってられたのに」

「私も、何も考えてなかった。ごめんね、茜」

そういう2人に首を振って見せる。

だって、2人の言葉がなければ、私は祐介に声をかけることすらしなかった。あの時、声をかけなければ、きっと、祐介を好きになることも、優しい笑みを向けてもらえることもなかった。

「違うよ、彩菜、里香。…あの時、祐介に告白できたから、私は今、すっごく幸せなの。だから、ありがとう」

 2人に笑みを見せる。複雑そうな表情を浮かべながらも、同じように笑ってくれた。

「あ~あ、このリア充め!」

「羨ましいでしょう?」

「うん。幸せそうで、すごく羨ましいよ」

「彩菜~。そこ、羨ましがるとこじゃなくて、…ま、いいか」

「お~い。茜~!」

 低い声で名前が呼ばれた。祐介の声。

窓の外を覗けば、たまり場から手を振る祐介が見える。

彩菜と里香がにやにや笑っていることに気づかないふりをして、窓を開けた。手を振り返す。

「何?祐介」

 届くように少し大きな声を出す。周りにも聞こえるだろうが、悲しいかな、注目されることに免疫がついてしまったので、このくらいは平気になっていた。

「後ろ姿が目に入ったから、呼んだだけ」

「何それ?…ねぇ、祐介」

「何?」

「今日も一緒に帰ろうね」

「急にどうした?いつも一緒に帰ってるだろう?」

「そうだけどさ、なんとなく」

「変な、茜。もちろん、一緒に帰るよ」

「ありがとう」

 もう一度手を振る。今度は祐介が振り返した。そんな当たり前のやり取りがたまらなく嬉しかった。



 オレンジ色の夕陽が差し込む教室で、私は人を待っていた。

祐介ではない。彩菜や里香でもなかった。

佐々木悠。私を振った男。私は一人教室に残り彼を待っているのだ。

昼休み、ふとすれ違った廊下で彼は私に言った。

「話があるから、放課後教室で待っていて」と。

 彼の笑みはどこか黒くて、逃げ出したかった。正直、無視をしようと考えた。けれど、できなかった。

だって、私は、彼が怖い。

彼は知っているから。私が彼に告白をしたこと、その翌日から祐介と付き合い始めたことを。聡い彼のことだ、裏があると思っても不思議はない。

だから、私はこうして待っている。祐介と一緒に帰るという約束を反故にしてまで。

先に帰ってほしいという私に祐介は怪訝な顔をしたが、何も聞かずに頷いてくれた。

 そんな優しさが好きで、けれど、苦しかった。

教室の扉を開ける音が耳に入る。視線を向ければ、佐々木君がいた。どこか笑みを浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。

窓に寄りかかるように立っていた私に、彼はゆっくりと近づいてきた。少し離れた場所で止まる。

「は、話って何?」

 自分でもわかるほど、声が震えた。佐々木君がくすりと笑う。

「そんなに怖がらなくてもいいのに」

「…」

「けど、怖いよね。僕に本当のこと言われたら困るもんね、君」

「な、何のこと?」

「あれ?じゃあ、言ってもいいのかな、彼に。『君と付き合う一日前に、君の彼女は僕に告白したんだよ』って」

 彼の言葉に、肩が上がった。私の反応を気にせず、彼は続ける。

「彼は、なんて思うかな?僕を忘れるために、付き合ってるって思うのかな?それとも、僕に対抗しようとして付き合ってるって思うのかな?どっちにしても、裏切られたって思うのは必至だよね。君の気持ちも信じられなくなるね」

「……何が目的なの?」

 嘲笑うかのような佐々木君を睨むように見つめた。

けれど、彼の表情は崩れない。

「僕と付き合ってくれないかい?」

「…意図がわからないんだけど」

 自分から出る声が低くなったのがわかる。だって、意味がわからない。私を振ったのは目の前にいる彼本人だ。そんな彼が脅すような真似をしてまで私に『付き合ってくれ』なんて、おかしいにもほどがある。

「君を好きになったんだ」

「そんなわけないでしょう!」

 思わず声を上げてしまう。

私の気持ちを認めることすらしてくれなかったくせにそんな嘘を言う彼に腹が立った。けれど、佐々木君は、「怖いな~」と余裕のある態度を崩さない。

「ま、そんなわけないんだけどね。君レベルの子を僕が好きになるはずないし」

「本当に、何が目的なの?」

「嫌がらせかな」

「え?」

「僕、彼が嫌いなんだ」

 笑顔でそういう佐々木君が怖かった。後ろに下がるとするが、窓に寄りかかっているため、それ以上は下がれない。

「授業に出ていないくせに、いつだって成績は僕より上で、何したって怒られなくて。それでいて、僕よりモテるんだよ、彼は。…僕が好きになる人はみんな、彼を見ていた。こんなに頑張っているのに、何もしていない彼が僕より上にいるなんておかしいじゃないか。だから、彼から一つくらいもらってもいいと思ってね」

 佐々木君がゆっくりとこちらに近づいた。怖い。逃げたいけれど、怖くて足が動かなかった。

「正直、君なんていらないんだけどさ、どうしてかわからないけど、彼は君がすごく大切みたいだからね」

「…」

「いいよね。君は僕が好きなんだから」

 すっと手が伸びてくる。思わず目を瞑った。それとほぼ同時に机が倒れるような音が聞こえた。

 思わず目を開ける。目の前には、倒れた佐々木君と息を荒げた祐介がいた。

「祐介」

 名前を呼ぶと祐介は振り返り、包むように私を抱きしめた。

私を隠すように抱きしめたまま祐介は佐々木君を怖いくらいの形相で睨んだ。腕の拘束が強くなる。

「てめぇ、ざけんなよ!」

「痛いな~。口の中が切れちゃったじゃないか。これだから暴力的な輩は嫌いなんだ」

 怒鳴り声を上げる祐介をよそに、佐々木君は静かに立ち上がり、血を拭いながらそう言った。

「てめぇ!」

「なんだい?」

「俺が気に食わないなら、俺に言えよ!茜を巻き込むんじゃねぇ!」

「全くわからないな」

「あ?」

「大事そうに抱きしめているけどさ、そんな子のどこがいいの?特に優れてるところがあるわけじゃないし、美人でもない」

「…」

「それに、彼女は君を好きで君と付き合ってるんじゃないんだよ?」

「……話は、全部聞いてた」

 祐介の言葉に、身体が固まった。祐介の次の言葉を聞くのが怖い。

「なら、わかっただろう?そんなに大切に扱ってるのに、彼女は君のことを利用してたんだ。そもそも、そんなレベルの子に、それほどマジになる理由がわからないよ」

「お前、バカなんだな」

 バカにしているわけでもなく、ただ事実を述べるように祐介は一言そう言った。

「何を言ってるのかな?」

 佐々木君が少しだけ早口になった。

表情からもわずかにイラついていることがわかる。

「茜の良さがわからないなんてもったいない。ま、そのおかげで俺が今、一緒にいられるんだけど」

「良さ?どこにそんなものがあるんだい?」

「茜だけだ」

「は?」

「俺をまっすぐ見てくれたのは茜だけだ。…不良とか理事長の息子とか、そんな風にしか見られてこなかった俺を、茜は林祐介として見てくれた。…茜にはそんなつもりはなかったかもしれないけど、でも、…ちゃんと目を合わせてくれたのは、茜だけだった」

 抱きしめる腕に力が入った。その腕に、そっと触れる。

少しだけ切なくなった。

だって、目を合わせるなんて、至極当たり前のことだ。それが、嬉しいなんておかしい。そしてそのおかしい状態がずっと続いてきたのだ、祐介には。

不良ということでレッテルを張られ、理事長の息子ということで遠巻きに見られる。本当の祐介を知る前に、勝手に開かれる距離にずっと傷ついていたのだろう。

目を合わせるなんて当たり前のことが祐介には大きな出来事だったのだ。人を好きになるほど。

 だからこそ私は、一番してはいけないことをしたのだと思った。

外見だけで、イメージだけで祐介に告白するなど、祐介を傷つけてきた人たちと同じだ。祐介には絶対してはいけないことだった。今は祐介を好きだとしても、事実が祐介を傷つけたことは変わりないだろう。

 腕を曲げ、私を包む祐介の腕に触れた。身勝手だってわかっている。けれど、離したくなかった。

「でも、彼女が好きなのは、僕だよ」

「ち、ちが…」

「バカだろ、お前」

 否定しかけた私の言葉を遮るように祐介が言った。祐介の言葉に、佐々木君の表情が少し壊れる。

「…祐介?」

「茜が俺を好きか嫌いか?そんなの見てればわかるだろう?こんなに好きって目で見られて、それが嘘でしたなんてありえねぇよ」

「…」

「…祐介」

「それにもし仮に、茜が俺を好きじゃないとしても、今から俺を好きにさせればいいだけの話だろ?」

「君の気持ちは利用されたのに、それでもそこまで言うんだ?」

「お前って、人を本気で好きになったことないだろう?」

「は?」

「言うさ。俺は、茜が好きだから。たとえ、茜が俺に声をかけた理由がなんであれ、茜の隣にいられるなら、俺はかまわない」

 祐介の言葉に、胸がなった。

好きだと思った。こんなにまっすぐな気持ちを向けられて好きにならないはずがない。

佐々木君は表情を変えず、祐介を見ていた。

「レベルなんて言っているうちは誰も本気で好きになれないし、お前も好きになってもらえない」

「偉そうに僕に説教でもするつもりかい?」

「ちげぇよ。ただ、事実を言ってるだけだ。俺は、見込のないやつを育てるつもりなんてねぇ」

「言うね」

「なぁ、お前が望むなら、今度のテスト白紙で出してやるよ。整形してやったっていい。けど、茜だけは譲れない」

「そんなに彼女が大事かい?」

「ああ、大事だね。だから…もう一度殴られる前に、さっさと消えろよ。二度と茜に変なことすんな。…今度は一回殴るだけじゃすまないぜ?」

どす黒い声でそう告げる祐介に、佐々木君は片頬を上げて見せた。

「ま、今日はこのくらいにしておくよ」

「今日は、じゃねぇよ!もう二度と茜の前に現れるんじゃねぇ!」

「それは無理じゃないかな。同じ学校の生徒だし」

「…」

「ま、今日は君の弱点がわかっただけでもよしとするよ。それじゃあ、また」

「だから、『また』はねぇ!」

 祐介の怒鳴り声など聞こえないかのように、佐々木君は後ろ手に手を振りながら、教室を出ていった。追いかけようとする祐介の服を思わず掴んだ。一人にしないでほしい。

その間に、佐々木君は悠々と教室から出ていった。

扉が閉まる音が耳に入る。私は思わず脱力した。

祐介は息を吐くと振り返り私を抱きしめた。

 静かな教室に、私と祐介の二人きり。沈黙が痛かった。

「…ごめん」

 沈黙を崩したのは私だ。

「祐介に告白する前に、佐々木君に告白して振られたの。『君みたいな特別可愛くもない子が、よく僕に告白できたね』だって。…だから、佐々木君を見返したくて、祐介に告白したの。…初めは好きじゃなかった」

「…うん。…なんとなくわかってた」

「え?」

「見てたから。…俺を好きじゃないことくらいわかったよ。でも、それでもいいと思ったんだ。無理にでも、茜の傍にいたかった」

「…ごめんね」

「謝らなくていい」

「でも、でもね、祐介と手を繋いで帰って…優しい笑顔とか祐介のあたたかさとか、それが嬉しくて、好きになったの。…今は、大好きなの」

「知ってるから。…だから、泣くなよ」

 祐介は私の肩に手を置き、顔を覗き込んだ。

少し屈み、頬を伝う涙をワイシャツで拭く。

「さっきも言ったけど、いつも見てるんだからそのくらいわかるよ。…茜もわかるだろ?俺が茜を好きだって」

 祐介の言葉に、私は頷いた。

「でも、やっぱり言葉でもらうと嬉しいな」

「ごめんね。…怖かったの。知られるのが怖かった。本当のことを知ったからって祐介が離れてしまうはずないってわかってたのに。それでも、もしもを考えると怖かった」

「だから、謝らなくていいって。…こっちの方こそ不安にさせてごめん」

「なんで祐介が謝るの?」

「もしもを考えさせた俺が悪いよ。もしもなんて考えさせないくらいちゃんと好きだって伝えきれてなかったってことだから」

 祐介の言葉に私は首を横に振った。祐介は何も悪くない。

悪いのは、私だ。祐介の気持ちを利用した。こんなにも想ってくれている祐介の気持ちを。そして自分が蒔いた種におびえて、佐々木君に弱みを見せてしまっただけ。

「…そんなに優しくしないで。そんなに優しくされても、私は祐介に何も返せない」

「バカだな、茜は」

 先ほど佐々木君に言った言葉と同じなのに、響きがまったく違った。

優しく頭を撫でられる。

「優しくするよ、好きなんだから」

「祐介…」

「それに、俺はちゃんと返してもらってるよ」

「え?」

「茜が俺を見る目は、優しくて、好きだって伝わってくる。その目を見てたら、幸せになれるんだ」

「…」

「俺さ、本当にずっと好きだったんだ。1年の時、茜と初めて話した時からずっと」

 懐かしむように話す祐介の言葉に、私は黙って耳を傾けた。

「テストが終わると順位表が張り出されるだろう?…1年の時の、中間だったよ。茜が順位表を見て、俺に言ったんだ。『今回もテスト1位だったね』って。まっすぐ俺の目を見て、そう笑ってくれたんだ。『すごいね。努力家なんだ』って言ってくれた。それが、本当にうれしかった。喧嘩をして友達ができることはあったけど、何もないただの俺をまっすぐ見てくれたのは、茜だけだった」

 祐介の言葉でかすかだが、その時の情景を思い出した。

1年の時から、祐介は金髪でピアスを開けていた。喧嘩が原因だと思われる傷と時々つくっていた。そんな祐介は怖がられ、周りは祐介を遠巻きで見ていた。

そんな祐介が中間テストで学年一位の成績をとったのだ。高校に入りまもなく行われた実力テストに引き続きの一位。純粋にすごいなと思った。そして、努力しているのだなと思ったのだ。だから言いたくなったのだ。「すごいね」と。

 たぶん、ただの自己満足だったのだと思う。私は思ったことをすぐに口にする。祐介に言ったのもその癖の性だろう。それでも祐介はそれが嬉しかったと言う。

「俺は十分、返してもらってるよ。笑って隣にいてくれるだけで嬉しいんだ。だから、ありがとう、俺を好きになってくれて。ちゃんと俺を見てくれて」

 祐介の言葉に、再び涙が出そうになる。けれど、私は笑った。

そしてまっすぐに目を見て、告げる。

「祐介、大好きだよ」

「俺も、大好き」

 祐介の首に腕を回した。祐介は微笑み、私の背に同じように腕を回す。

ぎゅっと抱きしめられた。どちらともなく目を閉じる。

 

 祐介は返しもらってると言ってくれたけど、私は祐介からもらったものの半分も返せていないと思う。けれど、それを嘆くのはやめよう。これから返していけばいいだけだから。きっととても簡単だと思う。

だって、きっとこれからも、私の隣には彼がいるだろうから。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

正直、文章は稚拙な部分もあったと思いますが、自分にはこれが

精一杯でした<m(__)m>

感想、評価等いただけたら泣いて喜びます!

本当に読んでいただき、ありがとうございました。


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[一言] こういうカップルに憧れます〜 私もこんな風になりたいです。 素敵なお話をありがとうございました!
[良い点] 面白かったです とても読みやすかったです 素敵な作品をありがとうございました
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