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第三話






「最近ずっと落ち込んどるねぇ。クロードさんになんか言われたんか?」


 厨房で主に屋敷内全員の食事を任されているセドリックが、庭園の掃除をしているアンヌに声を掛けた。


「い、いえ、そんなんじゃないんです」


 慌てて言ったアンヌに「そうか?」と言いながらセドリックは傍まで歩み寄ると、アンヌへ人懐っこい笑みを浮かべた。


 

 セドリック・ブラン。

肩程までの鮮やかな赤毛は後ろで一つに纏められ、目にかかる長さの前髪は額の少し上でピンで止められている。


 人懐っこく細められる金色の瞳は、いつも優しげだ。


 身長はクロードと同じぐらいで、横に立ったアンヌは見上げなければならない。


 歳は二十三で、この近辺の出身ではないのか、少し言葉に訛りがある。



「セドリックさんが庭園に来るなんて珍しいですね?」


「おお、そうじゃった!ほれ、これ厨房の奴らから差し入れじゃ」



 セドリックは思い出したように、小さな紙袋をアンヌへ手渡した。


 取り敢えず受け取ったものの首を傾げるアンヌに、にこにことわらって「開けてみ」と促した。



 アンヌが言われるがままに紙袋を開けると、中にはアンヌの好きな焼き菓子が入っていた。

それも焼きたてなのか、まだ温かい。


 思わずアンヌが顔を綻ばせると、その頭を大きな手ががしがしと撫でた。



「何を悩んどるんか知らんけど、一人で抱え込まんともっと周りを頼り」


「セドリックさん…」



 優しげに目を細めたセドリックに、アンヌはこの屋敷に来て初めて涙を溢した。



「お前が笑っとらんかったら、俺らも元気が出んのじゃ。だから、泣いた後はいつもみたいに笑ってくれんか?」


「……私の笑顔…見てて苛々しませんか……?」



 眉を垂らしてべそをかきながら言ったアンヌの言葉に対して、セドリックはきょとんとした。



「なんじゃそれ」


「公爵令嬢達も、クロード様も、苛々するって仰りました……」



 言って一層目に涙を浮き上がらせたアンヌに、セドリックは困ったように頭を掻く。



「令嬢…?なんや分からんが、クロードさんがそんな事言うたんか?まったく、あの人も鈍感な人じゃねぇ…」


「鈍感……?」



 首を傾げたアンヌへ視線を落とすと、セドリックは再びにこりと笑ってアンヌの目元を指で拭った。



「アンヌの笑顔は魅力的じゃよ?」


「そう、なんですか…?」


「おう。しいていえば、アンヌの笑顔は俺らの元気の源じゃ」



 セドリックのその言葉を聞いて、アンヌは漸く顔いっぱいに笑みを浮かべた。











―――何だ、あれは。



 執事頭室の窓から丁度見える庭園に、あの侍女見習いの娘と厨房のセドリックがいるのが見えた。


 何やらセドリックから手渡された紙袋を覗くなり近頃ずっと強張っていた表情が綻んだかと思えば、頭を撫でられながら情けない顔をして泣き出した娘。


 挙げ句の果てに涙まで拭われて、あろうことかまたあの笑顔を見せた。



 屋敷内―――クロードの前では決して見せなかった、あの笑顔を。



 あの二人はいつの間にあんなにも仲良くなっていたのか。


 自分の知らない所で娘とセドリックとの距離が急速に縮まっていた事に対して、クロードは眉を寄せる。



―――気に入らない。



 そもそもあの娘は何故ああも無防備に、男に弱味をさらけ出すのだ。


 それも、あんな人気のない所で。


 ただでさえ、笑顔の大安売りをしているような娘が気に食わないのに。



 初日以降、一度だって自分には向けたことのない笑みを。

何故ああも他の男共には振り撒くのだ。


 最近ではあまり感じなくなってきていた苛々が、再びクロードの心を支配し始める。



 不意にセドリックが、アンヌを抱き寄せた。

それと同時に、パリン、とガラスの割れる音が耳に入った。


 次いで右の手の平に走った痛みに視線を落とすと、固く握られた拳の中で、愛用していたはずの眼鏡が無惨にも握り潰されている事に気が付いた。


 その痛みでも治まらないぐらい、クロードの胸中に狂おしい程の感情が渦巻いていく。


 アンヌを抱いたまま一向に離そうとしないセドリックを苦々しく見つめ、眼鏡ごと握ったままの拳を壁に叩き付けた。



―――何なんだ、一体。

これじゃあまるで……




"嫉妬"




 その二文字が、クロードの脳裏を掠めた。



 この私が、十も離れた小娘の事で?



「は、…そんな馬鹿なことが……」



 渇いた笑い声と共に否定を口に出してみるが、未だ鎮まることのない感情がそれが無駄な事なのだとクロードに痛感させた。






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