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第二話



「私は執事頭のクロード・オードランです」



 業務で名乗ったまで。

とでも言うような、無機質な声でそう言った。


 自分にはまるで興味がないような、冷ややかな目と態度が印象的だった。



 今日からこのお屋敷で侍女見習いとして働くことになったアンヌを出迎えたのが、彼だった。


 黒い髪を耳にかけるように撫で付け、銀色の縁の眼鏡をかけて黒い燕尾服を着こなしている。


 冷たい瞳と表情のあまり出ない顔は、それでもはっきりいって整っていた。

そんな執事頭様に見とれていると、なにやら怪訝そうな目で見られてしまった。



 お屋敷内を案内して貰ってる間、こっそりと執事頭様を盗み見る。

アンヌの頭がちょうど彼の肩に届くぐらいで、すらりと背が高い。


 思わず歳を聞いたら、まだ二十九だという。

お若くて執事頭様だなんてすごいなあ、と感心。


 率直に口に出してついでに自分の年齢も言ってみると、「はぁ、そうですか」と気のない返事が返ってきた。



 無言で廊下を歩くのもどこか居心地が悪くて、ついまた「ご結婚は?」などと初対面の相手には少し不躾な質問を投げ掛けてみると、あっさりとかわされた。


 そして執事頭様という呼び方が不満だったらしいので、クロード様と呼ぶことにした。



 そんなこんなでアンヌの初仕事が始まったのだけど。

執事頭であるクロードがあまりにも冷ややかな態度だった為に、この先のことが少し不安になってきた。


 しかし意外にも他の従者達は優しくアンヌを迎え入れてくれた。



 元々快活で人当たりの良い性格が手伝ってか、アンヌはすぐに周囲の人間に馴染んでいった。


 失敗する度に励ましてもらったり、仕事の合間にお菓子をもらったりと、仕事仲間達は何かとアンヌを気に掛けていた。


 そのお陰で、失敗してクロードに叱られつつもなんとか一週間がすぎていったのだ。




 


 アンヌの本名は、アリアンヌ・ロランスという。

ロランス伯爵家の令嬢であるアンヌは、本来なら侍女見習いなどする身分では無い。


 しかし、家に籠ってぼんやりと過ごす日々に飽きを感じたアンヌは、思いきって公爵家へ侍女見習いとして入ることに決めたのだ。


 だが愛娘であるアンヌを目に入れたい程可愛がっていたロランス伯爵は猛反対し、その結果アンヌの説得で"嫁ぎ先が決まる間だけ"ということになった。



 ここにくるためだけに父親にすがり、懇願し続けた日を振り返りながら、アンヌは満足げに仕事に取り組んだ。



 そんなある日、アンヌはご主人様のお食事をお持ちするのに一分の遅れを取ってしまった。


 当然のごとくクロードに叱られながら、情けなく眉を垂らして縮こまる。



 そんな中不意に、アンヌが最も嫌う言葉がクロードの口から漏れた。




 "君が屋敷内で呑気に笑っているのを見ると無性に苛立つ"




 今までどんなにきつく叱られた時よりも、その言葉はアンヌの心に深く突き刺さった。



 アンヌが初めて社交界に立った時の事が脳裏に蘇ってきた。


 あの日は王宮主催の舞踏会へ招待を受けて、参加していた。

見目は愛らしく華奢で、それでいて人当たりの良いアンヌはすぐに評判となった。


 お陰で男性から頻繁に話し掛けられるようになったアンヌは、運悪く公爵令嬢の想い人とダンスの相手をしてしまったのだ。



 そこからは、その公爵令嬢の嫉妬の嵐だった。



 さんざん陰口を叩かれ、ドレスを踏むなどの嫌がらせをされた挙げ句、"その見ているだけで苛立つ笑顔を今すぐに辞めて頂戴!"という捨て台詞と共に赤いワインを浴びせられたのだ。


 舞踏会用にと新しく仕立てて貰ったドレスに見るも無惨に染みがつき、髪も化粧もワインによって台無しにされてしまったアンヌは、周囲の哀れむような目に晒されながら泣く泣くその場を後にした。



 それからというものの、アンヌが社交の場へ繰り出すことは一度も無かった。




 クロードに叱られた翌日から、アンヌの表情からは笑顔が消えた。


 周囲の人の気遣いに笑顔を返そうにも、どこかうまく笑えない。




 自分の笑顔が人様を不快にさせているのかと思うと、どうしても心から笑うことなどできなかったのだ。





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