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邂逅《1》

 かくして第一公主麗蘭を託された風友は、将軍を辞し帝都を離れ、帝国の南方に位置する阿宋山(あそうざん)で小さな『孤校(ここう)』を開いた。

 孤校とは、身寄りのない子供たちを集め住まわせ、学問を教える場所である。

 麗蘭はいずれ帝都に戻り、皇位を次いで女帝となる身。彼女を預かり育てるには、他の臣下に示しをつけるため風友が将軍で居続ける訳にはいかなかったのだ。


 あの、嵐の日から七年。麗蘭は風友と共に、十数人の孤児達と暮らしていた。

 自分が皇女であるを知らず

 神巫女「光龍」であるを知らず――



「お早うございます、風友さま」

「お早う」

 風友は長い髪を後ろで束ねて背に流し、静かに畳の上に正座している。麗蘭も師に向かい合って、正面に腰を下ろした。

 聖安禁軍に其の人ありと言われ、甬帝や聖妃の厚い信頼を得ていた風友は、現役を退いて久しい。しかし未だ三〇代半ばと歳若く、孤校で子供たちを育てながらもかつての同胞たちと連絡を取り、激しさを増していく茗との戦いで少しでも故国の力になるべく動いていた。

 少女の頃から軍人として活躍してきただけあり、ぴんと伸びた背筋や所作から厳しく引き締まった美しさが垣間見える。落ち着いた雰囲気や表情、身のこなしが彼女を実年齢よりもやや上に見せていた。

「昨日、琿加(ぐんか)将軍にお会いしたよ。またお前の弓を褒めていた」

「左様ですか、嬉しゅうございます」

 麗蘭はほんの少し、頬を赤く染めながらもはきはきと応える。喜びを押し隠しているのか、きりりとした面持ちを崩さない。

 珍しい太陽色の髪を高く結い、長い睫毛に縁取られた瞳の色は深い紫。形の良い鼻に柔らかそうな唇、薔薇色の頬。正しく神に愛される巫女と呼ばれるに相応しい、素晴らしい美貌が眩しい。

 年のわりに大人びてしっかりした顔付きに、真っ直ぐ背を伸ばした凛とした姿。幼くして、他の子供たちとは違う高貴な品格を兼ね備えていた。

 子供たちは毎朝主室で揃って朝餉を取る。風友に学問を教わるのも主に此処だ。皆が楽しそうにお喋りをしている中で、麗蘭はたった一人いつも輪に入らずにいた。

「また麗蘭が風友さまに褒められている」

 此処にいる子供たちは、殆どが麗蘭よりも年上の子ばかり。学問も武芸も、他のどの者よりも抜きん出て優れている麗蘭は、そんな彼らに妬まれ敬遠されていた。

 無論、風友が麗蘭を贔屓目に見ていたわけではない。彼女の才は紛れもなく本物であるということと、子供たちが麗蘭に偏見を持ち、それを疑わなかった所為である。

 風友は何かと麗蘭が孤立しているのに気付いていた。しかし、敢えて何も言おうとはせず見守っているだけだった。

「麗蘭、食事が終わったら外に薪を取りに行ってくれないか?」

「かしこまりました」

 静かに朝食を食べ終えると、麗蘭は席を立った。



 麗蘭は、風友の言い付け通り薪を抱えて蔵を出た。

 近頃森にはよく魔物が出るようになった。子供たちは「自分たちだけで孤校の外を歩き回るな」と風友に言い聞かせられている。

 しかし、麗蘭は違った。既に彼女は、己の身を自分で守る術を身に付けている。

 物心付いた頃から、麗蘭は自分が他の子供とは違うことに気付いていた。皆が感じ取れないものを感じ取ることができ、誰よりも弓、剣で優れ、誰よりも学問が良くできた。

……そして何より、彼女は知っていたのだ。自分には何か、やらなければならないことがあると。

 誰に教えられたわけでもない。ただただ知っていた。自分は何か、特別な「宿」を持って生まれて来たのだと。

 子供たちは皆麗蘭を遠ざける。麗蘭も、自分は彼らと相容れないと思っている。

――皆と自分が違うのならば、自分は何のためにいるのだろう? 何をすればいいのだろう?

 彼女はいつもそのことばかり考えていた。そしてそれを、育ての親である風友にすら話せずにいる。

「雲行きが怪しい……早く帰ろう」

 麗蘭は薪を抱えたまま山道を駆け上がる。

――森の様子がいつもと違う。

 足を速めるが、突然ぴたりと立ち止まって振り返る。何か、暗く気味の悪いものを感じたのだ。

 其れは、優れた神人(かみひと)でなければ感じ取れない邪悪の気。

 神人とは神力を備えた人間のことで、稀に生まれる貴重な存在である。風友や麗蘭、聖妃も此れにあたる。

 麗蘭は薪を道の横に置き、背負っていた弓と矢を手にした。

 がさがさと、物音がする……近付いて来る。

 そしてその邪気は、一つから二つ、三つ、四つに分かれていく。

 やがて、邪気はその正体を現した。

 黒い鬣、大きな狼のような異形が真赤な目をかっと見開いている。

 それは、廰蠱(ちょうこ)という妖。

 彼女自身、未だかつてその魔物を直接目にしたことはなかったが、風友から学んだ妖怪の知識、そして此れまで感じた事のない程の邪気から、此れがそうだと判断した。

――何故、こんな所に廰蠱が?

 妖の中でも強い妖気を持つ此の異形が四頭も。此の状況は稀というより異常だった。

 彼女の記憶によると、廰蠱は魔界の妖怪で人界に出ることはないはずだ。

 麗蘭は後退(あとずさ)りする。一人で、弓矢だけという装備で、相手に出来るとはとても思えない。

 そうしている間にも、化け物はじりじりと麗蘭を追い詰める。しかし、彼女は悲鳴一つ上げない。彼女は知っていたのだ、此処で動じれば、その瞬間自分は化け物に喰われると。

 麗蘭は意を決し弓を構える。そして、大きく息を吐いた。

「……来い!」

 凛然とした彼女の声に応えるかのように、四つの黒い塊が彼女に襲い掛かる。

 鋭い爪を剥き出しにして、一足飛びで向かって来る。あの爪にやられては一溜まりもないだろう。

 麗蘭は狙いを定めて弓を引く。その矢は見事に命中し、一頭の片目を射抜く。射抜かれた一頭は、堪らず森の奥へ消えて行く。

 麗蘭の矢尻には、妖怪が嫌う「(しゅ)」をかけてある。ゆえに、急所に当てれば一本でも効果を発揮するのだ。

 残りの背後からの二頭、正面からの一頭の爪を避け、今度は化け物の後方から引く。

 一頭の頭に命中したが、射られた廰蠱は倒れる寸前、麗蘭の背中を指爪で大きく引き裂いた。

「くっ……!」

 背中に熱が集中して行くのが分かる。感覚が麻痺しそうになる程の、じんじんとした激痛が走る。

 反射的に右手を翳し、攻撃の呪を唱える。すると眩い光が放たれ、神力で残りの廰蠱が吹き飛ばされた。

 しかしそれは時間稼ぎに過ぎない。此の一撃でかなりの体力を消耗してしまった。

 小さな身体に大きな傷、流れていく血。立っているのがやっとで、痛みに耐えるのがやっと。体勢を立て直し再び向かって来る化け物に、弓を構えるのが遅れる。麗蘭は瞬間、諦めかけた。

「麗蘭!」

 聞き覚えのある声が森中に、響く。

……風友の声だ。

 走って駆け付けた風友は抜剣して二度大きく振り、二頭の化け物をばっさりと斬る。

 赤い血を上げ、断末の呻き声を上げながら倒れた怪物は直に動かなくなっていた。

「風友……さま……」

 安心した途端、麗蘭の身体を支えていた緊張が一気に解ける。

 化け物の姿、風友の姿がだんだん揺らいで、見えなくなってゆく。

――血が流れすぎた。死ぬのか? 此処で……こんな所で……!!

「麗蘭、しっかりしなさい! 麗蘭!!」

 風友の声が小さくなっていく。

 彼女の姿、周囲の景色……何もかもが、視界から消えていった。


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