表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

希望《5》

 玉乃を追い駆けて、着いた先は暗い森の奥深く。昼間だというのに光が余り差し込まず、不気味に薄暗い。

――確かに、此処に来たはずだが……

 妖気をたよりに追っては来たものの、何時の間にか玉乃と優花の姿を見失ってしまったようだ。

 森の中は不思議な程静まり返り風一つ無い。

「麗蘭」

 急に、背後から聞き知らない男の声がする。

 麗蘭は振り返り、直ぐに抜刀して構える。直ぐそこに見知らぬ男が立っており、その後ろに隠れるようにして、妖狐玉乃がいた。

「……まだ子供。お前はこんな子供に手古摺てこずったのか、玉乃」

「申し訳ありません、邪龍さま……」

 狐姿のままの玉乃は、邪龍の足元にすり寄るようにして麗蘭の方を睨んでいる。

「……おまえが邪龍か」

 妖に特徴的な長い耳に、深い翠の髪と瞳。背が高く、目は鋭い切れ長で整い過ぎた顔立ち。その身に纏うは、玉乃等とは比べものにならぬ程の妖の気。

 麗蘭の姿を見て、邪龍は口元に美しく不敵な笑みを浮かべた。

「その通り。新しい光龍が生まれたというので、一度会っておこうと思ってな」

 彼は傍らの玉乃の額を撫でる。すると、麗蘭に割られた玉がすっと治っていた。

「戻れ」

「かしこまりました」

 玉乃は闇に消える。その後ろから、麗蘭の方に優花が走って来た。

「麗蘭!」

「優花……!」

「……ごめん、麗蘭。私の所為で……」

 麗蘭は優花の手を握り、首を横に振って小さく微笑んだ。

「私の方こそ、済まない。奴は私を誘き寄せるためにお前を……」

「その半妖の子供は帰してやる」

 邪龍の言葉に、麗蘭は優花から手を放して振り返る。怯むことなく、彼の目を射抜くように見詰める。

「……私に何の用だ?」

「おまえの力を試したい」

 邪龍は腰に差した剣に手を伸ばす。麗蘭も優花に自分から離れるように言い、再び構えた。

「麗蘭……」

「……私に何かあったら、私を置いて逃げろ」

「そんな……」

 邪龍は、麗蘭の力を見たがっている。この状況では其れに応え戦うしか道はない。

「……行くぞ」

 優花が麗蘭から離れると同時に、邪龍の姿が消える。麗蘭は直ぐさま退魔の呪を刀にかけ、邪龍の剣を受け止めた。

「くっ……」

 力強く重い剣。受け止めるだけで精一杯だ。

「……俺は一五〇〇年前、天宮の戮で黒龍に組した。そして今も、天帝とは敵対している……勿論知っているな?」

 剣を合わせ、麗蘭を抑え込んだまま邪龍が問う。

「……」

「光龍の使命は天帝に仇なす非天を葬り去ること。当然、俺を斃すこともその一つだ」

「……解っている」

 二人の剣は離れると、再び打ち合う。次々に繰り出される邪龍の攻撃を、麗蘭が受け止めていくという具合だ。

「今度の闇龍……瑠璃といったか。既に開闇していたな。お前は一歩出遅れたということか」

 一旦間合いの外に離れると、邪龍は嘲笑する。

「私は私だ」

 麗蘭はきっぱりと言い放つ。

「……そういう考えも嫌いじゃない。だが……」

 再度間合いを詰め、邪龍は麗蘭の刀を弾き飛ばした。

「っ……!」

「麗蘭!」

 あれ程強い麗蘭が、圧倒されている。ただ見ていることしか出来ない優花は悲痛の声を上げる。

「お前は光龍。戦いの宿に身を置く者として、そして他の人間には無い力を与えられた者として、常に責任が付き纏うのを自覚しているか?」

「責任……?」

 邪龍は頷く。

「お前はその宿ゆえに、人々を守る。守られる者は、お前に全てを託す……守る者のお前が弱ければ、守られる者は確実に傷付き……死ぬことになる」

 そう言うと、邪龍は離れて見ていた優花の方を見る。

「……友は、とくに典型。自分の弱さゆえに、大事な者を守れなかった者を、俺は何度も見てきた」

「邪龍……!」

 隙を見て、麗蘭は弾かれた刀を取りに行く。そして直ぐ攻めに転じ、その攻撃を邪龍が受け止める。

「……私はお前を斃し、優花と共に帰る!」

「……威勢が良いな。しかし、お前に俺が斃せるかな?」

 連続する麗蘭の攻撃を、いとも簡単に避けていく邪龍……力の差が大きすぎる。

 隙を狙い邪龍が呪を唱えると、麗蘭は後方へと吹き飛ばされてしまう。

「……っ」

「神巫女といえど、人間。妖とも魔族とも、ましてや神とも違う。結局は情に支配される生き物だ」

 邪龍はそう言いながらゆっくりと近付き身を屈め、倒れている麗蘭を覗き込む。

「……果たして、お前に瑠璃を斃し、俺を斃し黒龍を斃すことが出来るかな? 躊躇うこと無く……その手で」

 麗蘭が跳び起きるように身を起こし、邪龍に向って呪を唱えた。邪龍は造作もなく、防御の呪で其れを防ぐ。

 すると始めから呪は囮だったというように、麗蘭が刀で邪龍目掛けて突きを繰り出す。

「……おっと」

 邪龍は剣で弾き返す。そして、直ぐに麗蘭の二撃目が入る。

 横薙ぎの斬撃。邪龍の首を狙ったその一撃は、邪龍の素手で受け止められた。

「何……?」

 彼女は一瞬我が目を疑った。麗蘭の剣を、邪龍が左手の指だけで押えている。押し切ろうとしてもびくともしない。

「此れが今のお前の実力だ」

 邪龍は自分の剣の柄の先で、麗蘭の腹部を突いた。

「ぐっ……!」

 麗蘭は思わずよろめき、刀と膝を地に付ける。そして、邪龍は麗蘭の首筋に刃を当てた。

「此れで終い。さあ、どうする?」

「……まだだッ!」

 次の瞬間、麗蘭は左手で邪龍の剣を掴む。

「……!」

 掌に刃が食い込み血が噴き出す。邪龍が動じた僅かな隙を見て、麗蘭は邪龍の間合いから離れ体勢を立て直した。手からはどくどくと血が流れている。

「ふぅん……今の、良い瞳だな」

 満足そうに笑うと、切っ先を麗蘭に向け呪を唱える。麗蘭も呪で防ごうとするが、間に合わない。眩しい閃光が麗蘭を襲う。

「うわああああ!」

 鋭い光は麗蘭の右肩を貫き、彼女の身体は強い衝撃で後方へ突き飛ばされた。

「麗蘭!!」

 後ろで見ていた優花が思わず、麗蘭のもとへ駆け寄る。

 地面に投げ出された麗蘭の右肩からは、夥しい程の血が流れている。麗蘭は目を閉じたまま動かなくなっていた。

「やだっ! 麗蘭!!」

 優花が麗蘭を抱き起こす。

「……死にはしない。呪の衝撃と、出血で気を失っているだけだ」

 剣を納めた邪龍は、二人のもとに近付いて行く。

「……っ!」

 麗蘭の傍に落ちていた刀を広い、優花は邪龍に向かう。

「……無理はよせ。お前は半妖、俺に刀を向けることは、お前の身を滅ぼすこと」

 刀を持つ優花の全身は震えている。恐怖のため、ということもあった。しかし大部分の理由は、半妖である優花が妖の始祖であり、王である邪龍に刀を向けようとすると、身体が拒否反応を示すことに依っていた。

「此れ程天を憎む俺を助けてくれるのは、天の定めた理……か。皮肉なものだ」

 邪龍は自嘲気味な笑みを浮かべると、踵を返す。此れ以上の戦意はないようだ。

「早く運んでやれ、でないと本当に出血多量で死ぬ。血を塞ぐこと位、出来るだろう?」

――こいつ、私たちを此のまま帰すつもりなのね? 

 優花は邪龍の背中を睨み付けている。しかし内心ではほっとしていた。

「麗蘭に伝えろ、また会おう、とな」

 邪龍は言い残して、森の奥に消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ