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希望《4》

 翌日、孤校の授業が休みだったため、麗蘭は優花と修練場に向かう。

 昨夜は二人で遅くまで色々なことを語り合い、お互い打ち解けていた。

「矢はこうして……そう、もっと腕を引き締める。そうそう」

 麗蘭は優花の傍らに付き、弓の引き方を教えている。

「ふう……麗蘭、あんたいつからこんなことやってたの?」

 慣れないことをやった所為か、優花は早くもへとへとになっていた。

「初めて風友さまに弓の引き方を習ったのは……確か五つの時。剣を持ったのは七つの時かな」

 場所を交代して優花から弓矢を受け取ると、麗蘭が矢を放つ。幾度か射ったが、全て的の真ん中に命中している。

「へぇ、やっぱあんたって只者じゃないよね?」

「そうか? ……まぁ、他の子供からしたら少し変みたいだが」

 確かに此れだけ腕が立てば、他の子供に僻まれても仕方がないかもしれない。

「……うーん。麗蘭のご両親は実は超凄腕の討伐士だったとか!」

「はは、私の死んだ両親は農民だったそうだよ」

「うーんと、あんたは実は、正体を隠した凄腕の忍とか!」

「……うーん……さっきより在り得ないんじゃないか?」

 暫らくして、二人は孤校に戻ることにする。それぞれ弓矢を持ち歩き出す。

「風友さまは元将軍さまだったというけど……何処の軍の?」

「確か……禁軍だったそうだ」

「禁軍!? 禁軍の将軍っていうと、七将軍のお一人!?」

 禁軍は、皇帝の御身をお守りする直属の軍。その将軍は七人で、聖安の軍人の頂点に立つ七人である。

「今の女帝であられる、恵帝陛下とも親しいらしい。軍を退かれた後も、厚いご信頼を得られているとか」

「へぇ、やっぱり凄い人だったのね……」

「何を思われたのか、将軍職をお辞めになり、此の地で孤校を開かれた。そのことについては余り話して下さらない」

「……まぁ、色々お有りなんだろうね」

「……実は、私もいずれは此処を出て軍に入り、討伐隊か陸軍の軍人に為りたいんだ」

「え、そうなの!?」

 聖安軍に、女性は珍しくない。神人なら尚更だ。

「ああ……少しでも此の国の役に立ちたい。私が出来ることを……したいんだ」

 麗蘭が、自分の夢を人に話すのは本当に珍しかった。昨日初めて会ったばかりの優花に、こんなことを話していることが不思議でならなかった。

 話しながら歩いていると何時の間にか、麗蘭が立ち止っていた。

「どうかした?」

「……優花、感じないか? ……妖気を」

 言われて、気付く。確かに妖気を感じる。

「私の後ろへ」

「……うん!」

 優花は半妖で、札の封印を解けば妖力を扱うことも出来る。しかし妖を相手に出来る程のものではない。

 麗蘭は抜刀し、優花はその後ろに下がる。そして、妖気の主が現れた。

 狐だ。白い大きな女狐が、沢山の狐を従えている。

「妖狐……大きな女狐が親玉か」

「……大丈夫なの?」

「恐らく」

 心配そうに尋ねる優花に、麗蘭が頷く。

「……狐等と、呼ぶでない。妾は玉乃」

 大妖は、時として知能を持ち、人語を解することが出来る。

「お前が清麗蘭であろう?」

「……私の名は妖にまで知られているのか。嬉しいことだ」

 玉乃は額の玉を光らせ、人型に変化へんげする。白い髪に赤い眼、大人の女の姿だ。そして、麗蘭に白い手を差し出す。

「麗蘭よ。邪龍じゃりゅうさまが、お前を招きたいと仰っておる。妾に付いて来い」

「……」

「邪龍……って、『妖王』の……?」

――邪龍

 その名は、聖龍神・黒龍神と同じく、此の世界の人々には良く知られていた。

 最初の天帝にして、聖龍神と黒龍神の父でもある神王。神王は、その妻である天妃神女の他にもう一人の神との間にも子を為した。

 その女神の名は新羅女しんらにょ。天界の美神である此の神との間に生まれたのが『邪龍』という格を与えられた御子。

 しかしその存在が神女の逆鱗に触れ、異形の姿とされ、地に落とされた。更に神女によって、新羅女は殺された。此れが、『妖』と呼ばれる者たちの始まりであると言われている。

 邪龍は一五〇〇年前の天宮の戮の時、腹違いの兄である黒龍神に味方をし、復讐のため神女を手に掛けたと言われている。

 つまり、邪龍も光龍麗蘭が斃すべき敵、ということになる。

「……妖王が、一体私に何用だ? 私は一介の神人に過ぎないというのに」

「光龍は、一介の神人ではないだろう?」

「……光……龍?」

 思いも寄らぬ事実を知り、優花は驚いて言葉を失う。

「……成程な。玉乃とやら、帰って妖王に伝えるが良い。私はお前に用はない。会うつもりもない、と」

 麗蘭は、そう易々と危険に飛び込むつもりはない。その答を聞いて玉乃は眼を細める。

「……そうか、しかしそういうわけにはいかぬ。力ずくでも付いて来てもらう」

 玉乃が従わせていた妖狐たちに合図すると、一斉に麗蘭に向って襲い掛かった。

「麗蘭っ!」

「案ずるな、下がっていろ!」

 言われた通り、優花は少し離れた木の後ろに隠れる。

 麗蘭は向かって来る妖狐たちを次々に斬り倒していく。返り血を浴びる間もなく、素早く移動する。余りの早さに、優花は麗蘭の姿を眼で追うことが出来ない程だ。

「……おのれ」

 手下が倒されるのを見て、玉乃は再び妖狐の姿に変化した。それを見た麗蘭は向きを変えて跳躍する。一気に玉乃を叩くためだ。

 幾ら血を浴びないように気を付けても、妖狐を斬った時に流れる血から瘴気が発せられ、麗蘭はそこからも穢れを受けてしまう。時間を掛けず、決着をつけなければならなかった。

 玉乃の正面に着地すると、麗蘭は刀を振り下ろす。その一撃が玉乃の額の玉にひびを入れた。

「き、貴様ァ……!!」

 呻き声をあげ、額を抑える。最後の力を出し切って、玉乃は傍にあった木の上に跳び上がって麗蘭から離れた。

「もう終いか?」

 麗蘭は、余裕を見せているが笑ってはいない。鋭い眼光に、玉乃は言い知れぬ恐れを感じた。

「おのれ、小娘っ……しかし流石は光龍と言うべきか……なんと強い……」

 大人と呼ぶには程遠い少女の身で、此れ程の剣の腕と神力。成長すれば、妖にとってどれ程の脅威と為ることか。

 玉乃は麗蘭を力ずくで主のもとへ連れていくことを諦める。残る手段は一つしか無い。

 突然、玉乃の額の玉が光り、眩しい光に包まれた。

「……っ?」

 光が消えると、先程まで木の上にいたはずの玉乃がいなくなっている。

「……しまった!」

 麗蘭は、優花がいる木の方へ目をやる。やはり、優花がいない。

「此処だ!」

 その声のする方を見ると、木の上に優花を背に乗せた玉乃がいた。

「……ちょっと! 下ろしてよ!!」

「優花っ……!」

 必死に叫びもがこうとしている優花は、長い尾で玉乃の背に固定され動けなくなっている。

「此の娘を返して欲しくば、妾に付いて来るが良い!」

 そう叫ぶと、玉乃は森の奥へと走り出す。

「くっ……卑怯な!」

 麗蘭も、玉乃の後を追って走り出す。相手は傷を負っているとはいえ、幾ら麗蘭でも玉乃の足の速さには付いて行くのが精一杯だった。

 恐らく、行く先には邪龍が待っている。戦うことになるかもしれない。

 其れでも、優花を傷付けたくはない。必ず優花を助け出す。その一心で、麗蘭は走っていた。

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