希望《3》
優花は少年に連れられて、村の奥のお堂までやって来た。歩いているうちに、何だか変だと気付き始めながら。
「ねえ、本当にこんなところにいるの?」
「……」
「ねえってば!」
応えない少年に優花は声を荒げる。すると突然、少年は大声で叫んだ。
「連れて来たぞ!」
「え……?」
少年の呼びかけで、お堂の中から六、七人の若い男が出て来る。いかにも不良、といった感じの輩たちだ。
「おじょうちゃん、知らない子には付いて行っちゃいけないって、お母ちゃんに教わらなかったか?」
「……何、あんたたち……」
「なかなか可愛いねえ、売り飛ばせば金になりそうだ」
「売り飛ばす?」
話には聞いていたが、本当にいるとは知らなかった。人買いは、身寄りのない子供や攫ってきた子供を他所の国の行商人に売り飛ばしてしまうそうだ。
――あー、面倒くさいなぁ、もう。どうしようかな……逃げるのは簡単だけど……
「さあ、付いて来てもらおうか」
「ちょっと何すんの! 私は人を探して……」
優花が男の手を振り払おうとしたその時だった。
「手を放せ」
背後から聞こえたその声に、其の場の全員が振り返る。
「貴女は……?」
立っていたのは、太陽色の長い髪に深紫の瞳の少女。腰に刀を、背に弓矢を背負っている。
「……こりゃあ……」
男たちは、少女に釘付けになった。男だけでなく、優花も。
「別嬪なおじょうちゃんだな……」
別嬪、という言葉で片付けられるものではない。言葉で言い表せぬ程、少女は美しかった。年頃の娘にしては地味な色の着物と袴を身に付け、まるで少年のような格好をしている。
「おまえも一緒に来てもらおう……今日は何てついてる日だ」
そう言って、二人の男が彼女に迫る。しかし、少女は造作もなく男たちの腕をすり抜け、鞘に入れたままの刀で叩き出した。
「……ふん、弱いからこんな所で固まって、待ち伏せなどしていたんだな」
突然の彼女の言葉に、男たちは呆気にとられながらも怒り出す。
「……やっちまえ!」
残りの男たちが、一斉に飛び掛かる。
「……怒っているのは、本当のことを言われたからか?」
麗蘭は呆れて言い放った。
男たちを全て気絶させて捕まえた麗蘭は、村に来ている役人に引き渡した。
「怪我は無いか?」
少女は優花に問い掛ける。
「うん大丈夫。あいつらやっつけてくれてありがとね」
そう言って、再び麗蘭の姿を見て考え込む。
「……ねぇ、貴女が麗蘭?」
太陽色の長い髪に、深紫の瞳。話に聞いていた通りの特徴だし、何より……本当に強い。
「ああ、私は清麗蘭。なぜ私の名を?」
「やっぱりそうか……」
予想していた麗蘭とは違うが、漸く本人に会えたらしい。ほっとして、思わず笑みが零れていた。
「私、伯優花。つい此の間から孤校でお世話になってるの。風友さまのお使いで、貴女を迎えに来たのよ」
「ああ、私を探していたとはそういうことか。それはわざわざ済まぬな」
麗蘭は、優花の顔を良く見て急にあることに気付く。
「おまえ……ひょっとして半妖か?」
やはり麗蘭は只者ではない、優花はそう思った。普段は妖力と妖気を封じ込める札を持っているので、見破る者はほとんどいないというのに。
「そう。父は人、母は妖の生まれなの……やっぱ、嫌かな? 半妖なんて……」
半妖の社会的な地位は低い。妖からは蔑まれ、人間からは疎まれる。優花はその生まれから、此れまで様々な苦労をしてきた過去を持っていた。
「……いや、何故嫌がる必要がある?」
「え?」
優花に気を遣っているのではなく本当に、麗蘭には優花の問いの意味が分からないようだった。
「半妖だからといって、優花は優花だろう。それ以外の何者でもない。しかし、それならさっき私が助けなくとも優花は自分で何とかなったのだな。半妖は妖力を備えているというし……」
余りにも当たり前のように言ってのける麗蘭の言葉に、優花は拍子抜けしてしまった。
「さあ早いところ帰ろう。風友さまが心配なさるといけない」
微笑む麗蘭に、優花は何だか嬉しい気分になる。麗蘭も、久し振りに友達ができたと心の底で喜んでいた。
「お帰り、二人共ご苦労だったね。麗蘭、峨邑はどうだった?」
「ええ、妖が出ていた所為か余り活気がありませんでした。大きい街なのですが……こんなご時世だからというのもありましょう」
麗蘭、優花、風友の三人は主室で寛いでいた。
「麗蘭はいつから妖怪の討伐に加わっているの?」
「半年程前かな……此処のところ国の討伐軍は手が回らないらしい。茗との開戦準備に忙しいのかもしれぬが……代わりに有志を募り、討伐しているのだ」
平時なら、国の軍隊が妖討伐を担っている。しかし人間同士の戦いに備え人手が足りない昨今、麗蘭のように強いと有名な神人や元軍人が国中から各地へ集められていた。
「遠い街からお声がかかるなんて、麗蘭は本当に強いのね」
「……まぁ、武術位しか取り柄がないからな」
「でも、学問も良く出来るって聞いたよ?」
「買被り過ぎだ」
麗蘭は困ったように笑む。
「優花は何処から来たんだ?」
「私は紫瑤から」
「紫瑤? 都育ちだったのか」
「ううん、住んでたのは外れの方だから。両親が死んで……それから、風友さまに引き取ってもらったの」
優花は風友を見る。本当に、風友には感謝していた。孤児として半妖の優花を引き取ってくれる孤校がなかなか見つからなかったのだ。
麗蘭と優花のやり取りを微笑ましく見ていた風友はすっと立ち上がる。
「優花、食べたら麗蘭の部屋に移りなさい。すっかり仲良くなったようだから」
「……はい!」
優花も、麗蘭も、嬉しそうに頷いた。