希望《1》
麗蘭の瑠璃との出会いと決別から、二年後。甬帝崩御の後、代わって帝位についた聖妃は、今は「恵帝」と呼ばれている。来るべき開戦に備え、休む間もなく動きながらも、手元から離れた二人の娘を想う。そんな日々を送っていた。
「お久し振りです、風友」
十四年振りに皇宮燈凰宮を訪ねて来た風友に、恵帝が懐かしそうに微笑む。
「お久振りでございます……遅ればせながら、甬帝陛下ご崩御、お悔やみ申し上げます。そして、女帝と為られた貴女様に、心からの祝福を」
十四年間、帝都から離れていた風友だったが、恵帝や昔馴染みとの文のやり取りなどで常に国情を掴んでいた。古くからの皇室の忠臣として、離れていても主の身を常に案じていたのだ。
「ありがとうございます……それで……あの子はどうしていますか? 文では健やかであると聞いていますが……」
文で触れることもあったが、麗蘭の存在は重大な秘密。他に漏れ出ることを警戒し、余り詳しく書くわけにはいかなかった。
「貴女様に似て強く、輝かしいばかりに美しくおなりです」
学問と武芸の才については昔からだが、此処数年で、精神の面でも大きく成長している。
黒龍や聖龍、そして闇龍であった瑠璃との決別など、麗蘭から伝え聞いたこともまじえて、風友は恵帝に話して聞かせた。
「そうですか……」
自分の娘が手の届かぬところで、命の危険に曝されるようなことも何度か経験している。其れでも彼女の顔は何処か安心したような、満足したようなものだった。
「それで……いつ頃皇女として、此方に戻されるおつもりですか?」
麗蘭が風友のもとで暮らすのは、彼女が珠帝から自分の身を守り、神巫女としての使命を果たすのにふさわしい力をつけるまでとの約束である。
「……蘭麗を人質に取られ、再び開戦を迎えようとしている今、麗蘭は我が国の希望……あと二年。あと二年で、麗蘭には戻って欲しい」
残りたった二年で、麗蘭を立派な皇女にする準備をしなければならないとすると、其れ程時間が残っているとは言えない。風友は改めて、身が引き締まる感じを覚える。
「あの子の一六歳の誕生日、真実を告げようと思います。其れまでもう暫らく、あの子をお願いします」
「……かしこまりました」
風友は深く、頭を下げた。
恵帝との謁見を終えて、風友は皇宮を後にする。町並みを見れば、戦乱のただ中にあった一四年前よりは本来の活気を取り戻している。
しかし人々の顔は、開戦の噂で言い知れぬ不安を抱えているように見受けられた。
此の先、此の国は一体どのような運命を辿ることになるのだろうか?