光陰《5》
「漸く……兄上が降りて来られたか。麗蘭の命の危機を感じて……」
阿宋山の深くで瑠璃を待っていた黒龍は、自分の足元に跪いた彼女を見て呟く。
「力が弱まり天の玉座を離れられないといえど、麗蘭の命は余程大切と見える」
瑠璃を立たせ、傷を治してやる。傷口に触れるか触れないかの位置に手を翳すと、ぱっくりと割れていた傷が一瞬にして消え去った。
「……元より今回は、麗蘭の命を取ることでなく、天帝を連れ出すことが目的だったのでしょう?」
薄々は感じていたが、主の言動からそう確信する。
瑠璃は麗蘭を殺せなかった。流石に、今の瑠璃では聖龍に太刀打ち出来るとは思えないからだ。それでも、黒龍は瑠璃をこうして労いとともに迎えた。
「……兄上と会うことで麗蘭は一層自分の使命を自覚しただろう……彼女には早く開光してもらわねば」
ほんの少しだけ満足そうに言うと、黒龍は瑠璃に背を向け森の奥へと消えて行く。瑠璃は主の後姿を見送りながら、小さく溜息をつく。
――あの方の真意が解らない……
主である黒龍に、瑠璃は幼い頃から従って来た。しかしこうして彼の近くにいる瑠璃にさえ、彼の考えていることが何なのか完全には分からない。
今もまた、敵である麗蘭を開光させようという彼の真の意図が分からない。
いずれにせよ、瑠璃が果たすべきことは、此の主に従うことだ。
……其れが、彼女の全てだった。