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光陰《4》

 かつて『光龍』を創造し人界に遣わしたのは、黒龍神の双子の兄であり、此の世の全てを統べる神々の王、天帝聖龍神。

 千五百年前、黒龍神を人界に封印し此の世界を救い、今は天界の頂点に君臨する彼こそが、光龍麗蘭が仕えるべき主。

「……貴方は、天帝陛下……なのですか?」

 返事を待つまでもない。会うのはこれが初めてだが、何故だか彼女にはそうだと分かる。彼こそが自分の魂の創造主であり、導きを乞う相手なのだと。

 麗蘭はすっと立ち上がると低頭する。其れは、彼女には至極自然なことに感じられた。

「面を……上げよ」

 何時の間にか、聖龍は麗蘭の直ぐ傍まで来ている。先程瑠璃に付けられた頬の傷に、細い指先で優しく触れる。すると、痛々しい麗蘭の傷はあっという間に消えてしまった。

――何て……澄んだ瞳……黒龍とはまた、何処かが違う。

「五年前……黒龍がそなたの許に現れた時、そなたは宿を選ぶと言った」

「……はい」

 未だ幼かったあの日。麗蘭は少しも迷うことなく「宿」を選んだ。あの日のことは、未だにはっきりと思い出される。

「そして先程も瑠璃と対峙して、闘うと誓った……そうだな?」

「はい、その通りです」

 聖龍は深く頷く。

「光龍としてのそなたの使命は、黒龍神が復活した今、奴を斃すこと。そして、闇龍である瑠璃を斃すこと」

「……はい」

 抑揚のない淡々とした話し方で、彼は続ける。

「私と黒龍の命には、『理』が存在する。私を殺せるのは、黒龍と闇龍だけ。一方で黒龍を殺せるのは、此の世にそなたと私しかいないのだ」

「私と、陛下だけ……?」

 理という言葉は、麗蘭も聞き覚えがあった。宿よりもさらに強い、決して抗うことの出来ない自然の摂理のようなものだという。

「私は一五〇〇年前、黒龍を殺そうとしたが……出来なかった。私と奴にある『絆』が、私の力を弱めたのだ」

「絆?」

――聖龍と黒龍は双神。其のことが関係しているのだろうか?

「同様に、あの時奴も私を殺すことが出来なかった。しかし封印から解き放たれ、奴の邪悪な力が増し絆が消えかかった今なら、奴は私を殺せるかもしれぬ」

 聖龍は麗蘭から目を逸らし、視線を落とす。

「我々は奴を斃さねばならない。奴は此の世を滅ぼす宿を受け入れた神。復活した以上、それを為そうとするだろう」

 人間だけでなく神々も、宿を持っているというのだろうか。

「私の力は、日に日に衰えている……此れも、神にさえ抗うことの出来ない理の一。もっと早くそなたに会いに来たかったが、玉座を離れることも叶わぬ程……もはや、奴に闘いを挑むことすら出来ぬ。天を守る者として、神力を此れ以上弱らせるわけにはいかぬのだ。反対に、奴の力は高まりつつある」

「……ならば、黒神を斃せるのは……私だけということになるのですか?」

 麗蘭の問いに、聖龍が首肯した。

「理によれば、そなたにも黒龍を斃すことが可能なはず……『開光』すれば、必ず勝機が見える」

「開光?」

 聞き慣れぬ言葉だった。

「そなたは光龍。しかし、まだ真の光龍ではない。そなたにはまだ、目覚めていない力が眠っているのだ。闇龍の場合、それを開闇という。先程そなたが瑠璃に気圧されていたのは、瑠璃が既に開闇していたからだ」

「開光すれば、瑠璃と互角の神力を得られるのですね?」

「そうだ」

「どうすれば、開光出来るのですか?」

 力を手に入れるために、開光というものが必要なら……しかも瑠璃の方は既に為しているというのなら、自分も急がねばならない。

「方法は、そなたが試練を乗り越えることだ。其れはいつ訪れるか分からない。どんなものかもそなた次第で変わる。瑠璃は、それが早かったのだ」

 瑠璃は、麗蘭を圧倒する神力を身に付けていた。恐らく今のままでは負けてしまう。其れは次に会う時までに、開光を成し遂げなければならないということを意味していた。

「……私は、強く為りたい。宿を果たすためにも、自分自身のためにも」

「では……」

 聖龍は、一歩ずつ後ろに退いて行く。

「そなたの為すべきことを為せ。そなたには、其れが出来る」

「……はい!」

 為すべきこと。

――其れは屹度、今の自分には此処で修行に励み、剣や弓の腕を上げること。そして其れだけでなく、心も強く為ること。

 麗蘭の強い瞳を見て、聖龍神は初めて微笑んだ。

「いずれまた、会おう」

 そう言い残して、天帝は光に消えてゆく。

 麗蘭は、改めて決意した。宿のため、そして自分のために闘い続けてゆくことを。

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