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2か月半前 (2)

 望との待ち合わせ場所は、駅前のファミレスだった。社会人として、もっとお洒落な場所……せめてカフェで待ち合わせしろよと思ったが、『ファミレスがいい』と言ってきたのは望本人だった。


 昔と変わってない。そう思った。



 テーマパークや映画館を好んでいた同級生に対し、望がデートの時にいつも行きたがったのは近所の公園だった。小規模の割に、遊具だけは豊富にある公園。望はその中でも、大きなスプリングの上に馬の模型をくっつけたような遊具ものを特に好んでいた。


「わざわざメリーゴーランドになんて乗らなくても、これで十分だよ」


 公園の近くにあるコンビニでコロッケを買い食いして、たわいもない話をして。

 そんな時が何よりも幸せなのだと、いつも言っていた。



 ――彼女にとって大切なのは、コーヒーが『ドリンクバー』なのか、『豆から挽いたもの』なのかではなく、……俺と共有する時間そのものなのだろう。





「ごめん、待たせちゃったね」


 彼女が店に入ってきたのは、約束の時間ちょうどだった。俺は首を振る。


「俺が先に着いただけだよ。それより、なにか食べる?」


「うーん。とりあえず、飲み物だけでいいや。山寺君は?」


「俺も飲み物だけでいい。腹が減ったら、なんか注文するよ」


 彼女は向かいの席に座ると、ドリンクバーを二つ注文した。俺はさりげなく、彼女の姿を確認する。俺が休職する前、ショートボブだったはずの彼女の髪の毛は、いつの間にかすっかり伸びている。長さは、肩と腰の中間くらいだろうか。少しだけ染めているらしく、若干赤みがかっている。――それ以外は、何も変わっていなかった。

 ナチュラルメイクを通り越し、薄化粧とすら言えないくらいの化粧。顔は、猫で例えるならアメリカンショートヘア。可愛くて、けれど賢そうに見える。残念なのは、近視用の眼鏡が酷く似合っていないことだけだった。


「――……山寺君、変わってない」


「そうか?」


「そうだよ。高校の時と一緒。老けてないよ」


 この前シンドウさんに同じことを言われたのを思い出し、笑ってしまった。望が首をかしげたので、なんでもないよと手を振る。しかし、ツボに入ってしまったらしく、笑いが止まらない。彼女はしばらく俺の笑う様子を見守り続け、


「――……よかった。笑えるようになったんだ」


 やがて、ぽそりとそう言った。そこでようやく、俺は笑うのを辞める。


「本当に迷惑掛けたな。ごめん」


「心配かけたな、にしてくれる? 迷惑っていうと、君の存在が邪魔みたい。それは嫌」


 望はそう言うと、ほほ笑んだ。

 シンドウさんのそれとは違う、柔らかな笑みだった。




 俺はカフェオレを、彼女はミルクティーを飲む。なんとなく気まずい沈黙。彼女は机に張り付けられた期間限定メニューを見ていたが、しばらくすると意を決したように顔をあげた。


「あのね、山寺君」


「……うん?」


「今、好きな人っている?」


 単刀直入。俺は口に運ぼうとしていたカフェオレのカップを、机の上に置いた。

 ――好きな人と言われて、シンドウさんの姿が浮かんだ。それが俺の答えで、でも言えなかった。

 十二歳差、相手は中学生。そのことがどうしても、俺の中で引っ掛かっていた。


「……好きな人、いない?」


 少しだけ上目遣いで、両手を膝の上に置いて、気まずそうに彼女が訊いてくる。俺はテーブルの端に立てかけてあるメニュー票を横目で見ながら、



「――付き合ってる人はいない」



 半分隠した答えを返した。勘のいい望なら、恐らくその意味が分かっただろう。けれど彼女は続けた。


「……高校生の時、すごく後悔した。どうして君の手を放しちゃったんだろうって」


 彼女の言葉も姿勢もまっすぐで、俺はそれに反比例するように猫背になった。後ろめたい。その言葉が一番しっくりくる気がした。


「今回のこともそう。会社を休む前に。もっと早く気付いてあげられなかったのかって、思った」


「――それは」


「私ね。まだ好きなんだ」


 軽くめまいを感じる。どうしてこいつは、いつだって真っ直ぐなんだろう。付き合っていたあの頃、よくそう思った。そして、今日も。


「山寺君の、――高志のこと、まだ好きなんだ。馬鹿みたいだよね。中学生みたいだって笑ってくれていいよ。でも、まだ好きなの。……ねえ、」


 彼女はまっすぐにこちらを見る。俺は、笑えない。



「私たち、もう一度やり直せないかな」



 笑えなかった。





 一人で歩く商店街は、酷く寒かった。

 結局二人とも、何も食べずに外に出た。「呼びだしたのは私だから」と、俺の分のドリンクバー代まで望が払ってくれた。正直、自分が情けなかった。

 

 すぐに答えを出せなかった。

 彼女を受け入れることも、断ることもできずに、曖昧な返事でごまかした。


「待ってるから」


 そう言ったのは彼女の方だった。


「返事、待ってる。急いでないから。友達としてでも、いいから。――ただの同僚、よりは格上げしてくれると嬉しいかな!」


 最後の一言だけを明るい口調で言うと、望は駅に向かって歩き出した。俺は用事があるからと嘘をついて、ファミレス前で彼女と別れた。



 駅前の商店街を、目的もなく歩く。

 楽しそうな笑い声も、手を繋いで歩いている幸せそうなカップルの姿も、妙にわざとらしく見える。俺は両手をポケットに突っ込んで、猫背のまま無表情で歩き続けた。


 包帯を巻いている熊のぬいぐるみが目について、ゲームセンターの前で立ち止まる。シンドウさんが鞄につけていた、例のマスコットだ。いろんな種類のそれが、UFOキャッチャーの中におさめられていた。



『包帯しても眼帯しても絆創膏貼ってもギプスしても、痛いのは変わらないのにね』



 彼女の声を思い出しながら、俺は財布の中から百円玉を取り出した。




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