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2週間前 (4)

 押し殺していたはずの声が漏れ始めて、本格的な嗚咽に変わる。

 ベッドの上で身体を小さくして泣いている進藤さんの後ろ姿を、俺は見守ることしかできない。声をかけるのすら、躊躇われた。


 人間にとって『言葉』はとても大切で、なのに酷く薄っぺらい。

 その真偽を、疑ってしまうくらいに。



 彼女がこうやって無防備な、――本当の姿をさらしているのは、相手が幽霊おれだからだ。

 あと、二週間で消えてしまう、俺の前だから。


 彼女が自分の部屋に誘ったのも。

 俺が「おじゃまします」と挨拶をしても、彼女の母親が振り向きもしなかったのも。

 それは俺が『こうなった』からだ。



「――……言いたいこと、あるんでしょう。消えちゃう、前に」


 彼女は鼻をグズグズいわせながら、必死に声を絞り出した。ように、見えた。こちらに顔は向けず、抱きかかえているぬいぐるみに向かって話しかけるような体勢で、彼女は言葉を紡ぐ。


「その言いたいことは、私に? それとも、他の人に?」


「――君にも、他の人にも。どちらにも」


「そう。……他の人って、前に言ってた、大切な人?」


「――うん」


 彼女は大きく息を吐き出すと、勢いよく目をこすり、ベッドから飛び起きた。『目をこすったらまぶたが腫れるよ』と、忠告する間もなかった。


「ティッシュ」


 彼女はぽそりと呟いてから、勉強机の上に置いていたティッシュを取り出す。それから、俺に構わず思いっきり鼻をかんだ。そんな彼女を見て思わず笑うと、彼女も笑った。真っ赤になった目と鼻が、酷く目立っていた。


「私、こういうの、慣れてないから。かっこ悪くてごめんね」


「――慣れてなくて、……慣れなくていいよ」


 俺の言葉を聞いて、彼女の口元が歪む。それを隠すように、彼女は笑った。


「山寺さんの会いたい人、誰? 会いに行くよ、私。――ううん、伝えに行く。山寺さんの言葉。……死んだ人の言葉を伝えるの、たまにやるの。そういうのは慣れてるから、大丈夫」


 死者の言葉を伝える、か。


「……変な目で、見られたりしない?」


「それも慣れてる」


 彼女はティッシュを取り出すと、もう一度鼻をかんだ。俺は彼女から視線を逸らし、壁に貼り付けられている水彩画を見る。『なみだを通してみたセカイ』。

 ――いま、俺の顔も滲んでいるのだろうか。


「山寺さんの大切な人は、どこにいるの? いつ会えそう?」


 進藤さんに訊かれて、俺は考える。会える確率が高いのはきっと、


「俺の葬式、かな」


 俺が勤めていた、そして望の勤めている会社に行くという手だてもある。けれど、進藤さんと望を『自然に』会わせることを考えるのなら、会社に押しかけるよりも葬儀に参列するふりをした方がいい気がした。

 身寄りのない俺が死んだ場合、市役所か何かが簡単な葬儀をしてくれると言っていた。……いや、火葬だけだったかな。どちらにしろ望なら、それに来てくれるんじゃないか。


「――分かった。私、制服姿でいいのかな」


 首をかしげる進藤さんに、


「黒い服なら何でもいい、……と、思う」


 俺もまた、首をかしげて答えた。両親の葬儀を思い出そうとしたものの、遺影ばかりが目に焼き付いていて、段取りなんかはちっとも思い出せなかった。

 

 彼女はもう一度ベッドに座りなおすと、俺の方を見あげた。


「それで。なに?」


「え?」


「私に言いたいこと」


「――……ああ。えっと」


 俺は頭を掻いた。いざとなると、何といえばいいのか分からない。

 それに俺は、もう。


「……またあとで話すよ。今じゃなくてもいいことだから」


「そう」


 興味のなさそうな彼女の返事と同時に、扉をコツコツと叩く音が響いて、俺は内心でとび跳ねた。ノックしたのは進藤さんの母親だったらしい。明るいとは言い難い、低く聞き取りづらい声で向こう側から話しかけてきた。


「御飯できたけど。食べるでしょ?」


 進藤さんは扉の方に顔を向け、俺と話していた時よりも大きな声で、


「すぐに行く。先に食べてて」


 しどろもどろになるわけでもなく、さらりと自然な返事をした。ドアから離れていく足音を聞いて、俺は安堵する。その様子を見ていた進藤さんが、笑った。


「大丈夫。お母さん、霊感とかないから。もしも扉をあけられたとしても、ばれない」


「――そっか」



『ただの幻覚。両親の意見も、同じだった』



 そういえばいつか、彼女がそんなことを言っていた。


 進藤さんは立ち上がり、扉を開けようとしてから、こちらを振りかえった。


「山寺さん。私に話すこと、二週間以内に言ってね」


「――ああ。……えーっと、俺、今日は」


「どっちでもいいよ」


 俺が言おうとしていたことを察した彼女が、ほほ笑む。


「山寺さんの好きなところに行ってくれていい。山寺さんの家でも、思い出の場所でも、……あるいは、この部屋にいてくれても構わない」


「いいのか?」


「うん。山寺さん、私のこと襲ったりしないでしょ?」


「……そりゃそうだけど。なんせ俺はもう、幽霊ですから」


 俺が苦笑すると、彼女は笑いながら廊下に出た。

 俺は一人、彼女の部屋に残る。


「――慣れてる、か」


 彼女の口ぐせを、俺は声に出す。


 疑われることに。

 迫害されることに。

 おかしな目で見られることに。

 おかしな世界で生きることに。


 傷つく、ことに。



「慣れてる、か」



 なみだを通してみたセカイ。

 彼女が慣れているのは、滲んでぼやけた視界なのかもしれない。




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