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2週間前 (2)

 彼女の家は、お洒落な住宅街にある一軒家だった。『お洒落な』と表現したが、外壁の色がカラシ色だったり、屋根の色が目に悪そうな水色だったりと、とにかく派手な家が多かった。お洒落なというよりも、派手で落ち着かない住宅街と表現した方がいいかもしれない。

 そんな住宅街にある彼女の家は、白い外壁に黒の屋根という落ち着いた造りだった。……普通の住宅街なら問題なかっただろうが、この派手な地域では、かえって浮いてしまっている。


 彼女が門扉をあけている間、俺はこっそりと表札を確認した。そこでようやく、彼女の苗字は『進藤』と書くのだと知った。



「あがって。二階。私の部屋」


 彼女に促され、俺は遠慮がちに「おじゃまします」と声を出す。玄関のすぐそばにあるリビングのドアは半開きになっていて、中の様子がよく見えた。中年の女性がこたつに入り、テレビを見ている。テレビに夢中になっているのか、こちらを振り返りもしない。


「あれ、私のお母さん」


 俺がリビングを凝視しているのに気づいた彼女が、階段に足をかけながら言った。


「……あの人、見ないよ、こっちは。安心して」


 一段ずつゆっくりと登っていた彼女が、俺の方を振り返る。俺はまだ、テレビ画面から目を放そうとしない彼女の母親の後ろ姿を見ていた。娘が帰宅したことには気付いているはずなのに、おかえりとすら言ってこない。

 進藤さんのため息が、頭上からふってきた。


「――だから言ったの。両親は、私に触ろうとしないんだって」


 彼女は諦めたように吐き捨てると、二階の突き当たりにある部屋に入った。




 彼女の部屋を見た感想は、『思った以上にファンシー』だった。もっと、殺伐とした部屋を想像していたから。――彼女の部屋は、良い意味で散らかっていた。


 水色を基調としたドット柄のベッドの上には、単行本が放置されていた。純文学ではなく、ライトノベル。いかにも中学生が好んで読みそうな、かわいらしいイラストがついていた。勉強机の上には、少し古い型のノートパソコン。その横には携帯型ゲームとそのソフトが、これまた無造作に置かれていた。

 出窓には、ぬいぐるみが並べられている。それらは包帯を巻いているわけでも松葉づえをついているわけでもなく、ごくごく普通の犬や猫のぬいぐるみだった。


「……散らかってる、って思った?」


 俺が部屋を見回していたからだろう。彼女は足元に転がっていたイルカのぬいぐるみをベッドの上に乗せながら、ぶっきらぼうに言った。


「いや。思ってたよりも、かわいい部屋だと思った」


 正直な感想を言うと、彼女は「なにそれ」と笑いながら、ベッドの上に腰掛けた。俺は壁に貼られている絵が気になり、近づいてみる。それは画用紙に描かれたもので、絵の下に『金賞』のシールが貼られていた。


「それ、私が描いたの。小学六年の時」


「へえ……」


 俺は金賞のシールから、画用紙へと視線を戻す。学校のグラウンドを描いている絵、……らしかった。はっきりとそう断言できないのは、その絵の線があまりにもぼやけていたからだ。水彩画だからといえばそれまでかもしれないが、それにしても……。


「これ、もしかして抽象画?」


 絵に詳しくない俺は、精一杯の知識を絞り出しながら彼女の方を振り返った。

 彼女は小さく首を振る。


「水彩画。絵の具で描いた。学校のグラウンド」


「……全体的にすごく滲んでるけど、これが君の絵の特徴?」


「ううん」


 彼女は目を細めて、首をかしげた。


「その絵のタイトルね。――なみだを通して見たセカイ、なの」


「……ああ、なるほど」


 俺はもう一度、画用紙に目をやった。……涙を通してみた世界。そう言われると、しっくりくる。線はぼやけて、色は滲んで。――全体的にどこか寂しい色合いなのも、そのせいなのだろうか。


「今は描いてないの?」


 振り返ると、彼女はこちらを向いたままベッドに横たわっていた。さきほどベッドに置いたばかりのイルカのぬいぐるみを、胸に抱えて。

 ……彼女がこれだけ無防備になっているのは、『相手が俺だから』だろう。

 彼女はイルカのぬいぐるみを抱きしめたまま、笑った。


「たまに描いてるよ。描くのは好き。下手だけど」


「――そんなことない。俺はあんまり絵に詳しくないけど、この絵は好きだ。うまいよ」


 俺が言うと、彼女はふっと息を吐いた。イルカを抱えたままごろりと寝返りを打って、俺に背中を向ける。その肩は、微かに震えていた。


「――山寺さん、私。褒められるのは、慣れてない」


「うん」


「慣れてないの。――……泣くこと、も」


「――うん」


 声を押し殺して泣き始めた彼女の後ろ姿を、俺はただ眺める。彼女の小さな肩を支えてやることも、涙をぬぐってやることも、俺にはもう出来ない。


「……ね、山寺さん」


 がたがたに震えた声で、彼女は俺に問いかける。

 俺に問いかけたところで、どうにもならない。

 それは、彼女自身が一番知っているはずだった。


「山寺、さん」


 それでも彼女は、声を出す。言葉にする。その事実を。



「――……どうして、死んじゃったの?」



 その言葉を聞いて、俺はゆっくりと目を伏せた。




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