プロローグ
俺はあの時、どんな顔をしていただろう。もしかしたら、笑っていたかもしれない。
高校二年の冬、両親が死んだ。殺人事件だった。
見ず知らずの人間に襲われた母、それをかばった父。――二人とも、ナイフで刺されて死んだ。犯人の動機はいたって簡単。『誰かを殺したかったから』だ。それ以上でも以下でもなかった。
通り魔による殺人事件として、しばらくの間テレビで報道された。
路頭に迷う、という表現は間違えているかもしれない。頼れる親戚なんていなかったけれど、頼れる大人が周りにいたことは確かだ。大人は、独りになった俺を支えてくれた。けれど、両親を失ったショックは大きかった。どうして俺の親が死んだんだろうと、いつも考えていた。
俺の前を歩いている女性の後ろ姿を、ぼんやりと眺める。歩きにくそうなヒールを履き、のんびりと歩くその姿を。……どうしてそんなに、無防備に歩けるんだろう。この前、通り魔のことが報道されていたはずなのに。
俺は猫背で歩き、常に後ろに怯えながら過ごすようになった。
あれはいつだったろう。今思えば、両親が死んでから二週間も経っていなかったかもしれない。――彼女が、そう言っていたから。
あの日は、とても寒かった。
公園のベンチがやけに冷たかったことだけ、何故か鮮明に覚えている。
気づけば俺の側に、小さな女の子が立っていた。三、四歳だろうか。彼女は俺の後ろを見上げて、無表情に近い笑顔で言い放った。
「おとーさんとおかーさん、うしろ。ないてる。ごめんって」
それだけ言うと、少女はどこかへ行ってしまった。
どうして、このことを忘れていたんだろう。
ずっと忘れていたんだ。
俺も、彼女も。