『川の主のイワナと赤プレスマンの浮きと赤飯の握り飯』
どこのお話でしたか、仕事を終えた木こりたちが釣りをしていたときのことです。その日は見事な坊主で、赤プレスマンの浮きは、ぴくりともせず、誰も一匹も釣れませんでしたが、その日は、木こりの村のちょっとしたお祝いで、赤飯の握り飯を、三つずつ持っていましたので、魚は釣れなくてもよかったのでした。
と、そこへ、子供を抱いた女があらわれ、食べ物を分けてほしいと泣きながら頼むのです。木こりたちは、握り飯を一つずつ、女に分けてやりました。たき火に照らされた女が、何やら色っぽく思えたのです。男は、色っぽい女に弱いのです。
それはさておき、女の前には、赤飯の握り飯が山のように積まれました。とても食べきれない量に見えたのですが、女はひょいぱくひょいぱくと、握り飯を飲み込んでいきます。木こりたちは、子を持つ母のたくましさに感心しつつ、もっと滋養のあるものをと思って、魚を釣ってやろうとしましたが、とんでもないというふうで、女は赤飯の握り飯を食べ終え、何度も何度もおじぎをして、どこかへ去っていったのでした。
次の日、木こりたちは、また仕事を終えた後、釣りをしましたが、見事なくらい坊主でした。もう諦めて帰ろうとしたとき、一人の木こりに当たりがありました。手ごたえからすると、とても大きいようです。木こりたち全員で手伝って、ようやく釣り上げたところ、大きな鮭よりもっと大きなイワナでした。木こりたちは、たき火を大きくし、この大きなイワナを焼いて食べようと、腹を割いて内臓を取り出そうとして驚きました。腹の中にたくさんの赤飯が詰まっているのです。木こりたちは、事態を察しました。このイワナは、きのうの女で、きのうの女は、このイワナが人間に姿を変えたものだったのです。
木こりたちは、複雑な気持ちになりながらも、もう魚を生き返らせることはできませんので、イワナの腹に赤飯を詰め直して、遠赤外線でじっくりあぶって、おいしくいただきました。
教訓:命をいただいたら、おいしく食べる。それも供養。




