血は水よりも濃いと言うけれど
今回は笑いゼロのシリアスです。
でもハッピーエンドです。
ちょっと長めですが、よろしくお願いいたします。
「セリーナお義姉様! 私の新しいドレス、見て! すっごく素敵でしょう?」
リボンやフリルをふんだんに使ったドレスを見せびらかすように、義妹のミリアムは私の前で回ってみせた。
リボンは最近大量生産されている比較的安いものを使っているようだからまだいいけれど……。明るいピンク色で染め抜かれた、流行りの柄の生地を縁取っているのは金糸の刺繍。
一体このドレスに幾らかかったのかと溜息が出そうになる。それをぐっとこらえて、私はいつもの言葉を選んだの。
「……ええ、素敵ね。可愛らしくてミリアムにとても似合ってるわ」
「でしょう? 今日はライアン様がいらっしゃるから、特別良い服にしようと思って!……あら?」
義妹は眉と語尾を大げさに上げる。
「お義姉様はそのドレスなの?」
「ええ、いつものよ」
「今日は特別な日なのに! そんな地味で古臭いのじゃなくて、もっと良い新しいドレスになさったら?」
ああ、また良くない癖が出たわね。自分だけ新調したドレスを自慢するのはまだいいわ。けれど私を嘲るのは、許されるラインを超えているというのに。
「……ミリアム」
私は静かに、けれども腹に力を込めて義妹を窘めた。彼女はビクッとし、すぐさま反省をしたみたい。
「……ごめんなさい。調子に乗って言い過ぎたわ。でも……」
「いいのよ。それに私はこれを気に入っているもの」
先代のシーレ子爵夫人、つまり私の祖母のものだったドレスの胴部分に手を当てる。滑らかな天鵞絨の手触りが私の指先を楽しませた。
確かに古臭いかもしれないけれど、私が着るためにサイズや細部のデザインは仕立て直しているし、天鵞絨や手製のレースの質の良さは流行に左右されない。それにしっとりとした深緑色は、私の茶色い髪や瞳とよく合う。
華やかな金茶の髪に明るいブルーの瞳を持つミリアムが着ている、流行りのピンクのドレスなんて地味な私が着たらきっと滑稽だもの。
古臭くて、由緒あるものは私に。
新しくて、華やかなものは義妹に。
私たちはそうやって長年バランスを取ってきた。
「あら、そんなところで二人ともなにをやっているの?」
「お義母様」
そこへやってきたのは私の義母。
「お母様! あのね、お姉様のドレスが……」
「あら、それ新しく注文したドレスね。ミリアムにとても似合ってて可愛いわ」
「!……えへへ。こうすると、ここの裾がふわってなるのよ!」
ミリアムはまたくるりと回って見せる。それをにこやかに見ていた義母は、義妹の隙をついて視線だけを私のほうにちらりと向けた。その瞬間、目の色がガラリと違うものに変わる。指先でゼスチュアまでして……。
「お母様? どうかした?」
「いいえ、何でもないわ。そのドレス本当に良いわね……」
義母はミリアムに問われた途端、また優しい目つきで我が子を見て私の方には手しか向けなかった。
その手を「早く部屋に戻りなさい」とでも言うようにぱっぱと振っている。
「……お義母様、失礼します」
私は挨拶をして自室に戻った。鏡台の前に座り、鏡に映る地味な自分を見つめて小さく溜息を吐く。あぁ、いつまでこんなやり取りが続くのかしら……。
いつまで。本当はわかっているわ。ミリアムが納得する嫁ぎ先を見つけるまでよ――――
◇
私とミリアムは義理の姉妹だけれども、本当は血が繋がっている従姉妹の関係。
私の母は私が九歳の時に流行り病で急逝してしまった。その後、父であるシーレ子爵の後添いとして再婚したのが母の妹、つまり私から見ると叔母にあたる、今の義母。
義母も再婚で、以前嫁いでいた侯爵家ではかなりの努力と苦労をしていたと聞いているわ。その経験を生かして子爵家の女主人としては完璧に立ち回っている。
父とも仲は悪くないし、私の母よりも美人なので社交の場でも見栄えがしているの。
けれど、私たち家族の関係はちょっとだけ歪んでいると思う。
義母は前の夫との間に生まれた娘を連れてこの家に来たの。それが私よりふたつ下のミリアムだった。
父はミリアムに同情し、シーレ家の養女として正式に迎え入れたのよ。
「まあ、こんなに可愛い子が私の妹になるのね!」
最初は、私も能天気に喜んでいたわ。ミリアムが天使のように可愛らしい見た目だったのもあるわね。
それに母が生きている間に何度か会った叔母はいつも優しかったから、彼女が「おかあさま」になってくれるなら嬉しいと思っていたの。
でもそんな夢はすぐに壊れた。
「おねえさま、このお人形ちょうだい!」
「えっ……それはダメよ。これはお祖母様からもらったものだから」
「なんで! なんでだめなの! わたしだってシーレの家の子じゃない!! おねえさまだけずるい!!」
本やペン、リボンにドレス、果ては大事にしていた人形まで……ミリアムはやたらと私のものをすぐに欲しがる。断ると泣いて駄々をこねた。綺麗な顔を醜く歪め、歯軋りをして、何度見ても引いてしまうほどの。
そうすると使用人は義母を呼びに跳んで行って、そして義母と一緒に跳んで帰ってくる。時には父も一緒だったわ。
「おとうさまぁ、おかあさまぁ、おねえさまがいじわるするの……」
先ほどまでの醜態から一転、天使のような見た目に戻ったミリアムは義母と父に泣いて訴える。一方の私は本当のことをちゃんと言ったの。
「意地悪なんかしてないわ! ミリアムが私の人形をとろうとするから」
「セリーナ、お前は姉なんだから妹に譲ってあげなさい」
「お父様!?」
「わぁ、おとうさま、だいすき!」
父に抱きつくミリアムを見て、私の中で何かが爆発したわ。
(……ひどい。私のお父様なのに!!)
目頭が熱くなる。でも泣いたらいけない気がして……いいえ、泣いたら何もかもがダメになるような気がして。私はギュッと目をつぶった。真っ暗な世界の中で、私の背中にそっと手を当てる人がいる。
「セリーナ、ごめんなさい。あなたには新しいお人形を買ってあげるから……」
それは義母の優しい声だった。私は目を開けて彼女が本当に優しい顔をしているのか確かめたかったけれど、そうしたら涙がこぼれてしまうから、やっぱりギュッと目を閉じたまま頷いたのだったわ。
そうまでして義妹に譲ったのに。
結局、新しく買ってもらった人形もミリアムに奪われたの。
代わりに祖母から貰った人形は返してもらえた。私はぐしゃぐしゃになった人形の髪の毛を丁寧にブラシで整えながら、以前義母と話したことを何度も何度も思い出して、自分の肚に収めていったわ。
こんなことを幾度も繰り返すうちに、やがて良い落としどころが見つかったのよ。
ミリアムが私のものを欲しがると、代わりに新しいものを両親が彼女に買い与えるようになった。
私のものが奪われずに済んだのは良いけれど、義妹はいつも、新しく買ってもらったものを私に見せびらかすようになったの。
「おねえさま、これすてきでしょう? うらやましい?」
「……ええ、素敵ね。ミリアムが可愛いからとっても似合うわ」
私には、新しいものはあまり買い与えられなかった。子爵家の財政は余裕があったけれど、我が家は先代から堅実をモットーに領地経営をするように言われていて、服飾や娯楽に必要以上のお金をかけすぎるのはよろしくないという考えだったから。
現に義母のドレスや宝飾品はほぼ全て母のお下がりで、義母自身のために新しいドレスを仕立てるのは数えるくらいだったほど。
本来は私のために割かれるはずの新しいドレスの予算は、大部分がミリアムに注ぎ込まれている。
そのうちに、優しかった義母も私に冷たい態度をとることが増えていった――――
◇
(でもこれで良かったのよ。そうよね?)
鏡の中の地味な女に語りかける。口元は微笑んでいても茶色い目は自信がなさそうだった。
これは強がりではないわ。これで良かったはずよ。
気づけば義母と義妹がこの家に来て十年の時が経っていた。我儘で、傍若無人で、私のものを奪ってばかりだったミリアムは、両親の愛情をたっぷりと受けて育ち、だいぶ変わった……と思う。
私に新しいものを見せびらかすところだけはなかなか治らないのが玉に瑕だけれど。
私はミリアムとは違う。シーレ家の正統後継者として将来は婿を取り、この家を堅実に守っていく運命を背負って生まれた。
だから祖母から受け継いだ、古いドレスや宝飾品を身に着けることに誇りさえ持っている。
「お嬢様、レイフィールド様がお越しになりました」
メイドの言葉にハッ、と我に返った私は、慌てて鏡に映る自分の姿を再確認した。
「ねえ、今日の私、大丈夫かしら。みすぼらしくない?」
そう質問すると、メイドはクスッと楽しげに笑う。
「あらまあ。お嬢様はいつも頭の先から爪先まできっちりとしていてお綺麗ですよ」
私の心配を、久しぶりに会う婚約者を出迎える令嬢らしい仕草だと思ったのかもしれないわね。
でも、そんな簡単な話じゃないわ。
華やかな美男美女が大恋愛をした末に生まれたミリアムは、華やかで美しい。
堅実だけれど地味で政略結婚の両親から生まれた私は、どうしたって地味。
血は水よりも濃い、という言葉を義母が昔、口にしたのを思い出す。
私とミリアムが並んでいたらパッと見て目を引くのは義妹のほうだもの。あのひとだって、きっとそう思うんじゃないかしら……。
「やあ、セリーナ嬢。今日は良い陽気ですね」
「ライアン様、お久しぶりです。遠いところをようこそお越しくださいました。本当に過ごしやすい陽気で良かったですわ」
王都からやってきたのは私の婚約者である、ライアン・レイフィールド様。
レイフィールド伯爵家とは先代のシーレ子爵(私のお祖父様)の時代から友好関係が続いていたのもあり、伯爵家の三男であるライアン様が婿養子となって子爵家に入る約束を随分と前から交わしている。
彼は文武両道を地で行く人で、剣の腕と勤勉さを見出され、今はヒューバート第三王子殿下の護衛兼ご学友としてお側に侍っているの。均整のとれた身体つきに涼やかな目元を持つ彼が婚約者だなんて羨ましい、と何度周りの令嬢に言われたか。
……正直なところ、私との婚約がなければライアン様は引く手数多だろうに、と引け目を感じてしまう事もあるの……。
「ライアン様! ようこそ!」
玄関ホールで話しているとミリアムも嬉しそうにやってきた。ライアン様はにこやかに義妹とも挨拶を交わす。
「やあミリアム嬢、良い陽気ですね」
「まあ! 年頃の令嬢にお天気の話しかしないなんて、ちょっと真面目すぎません? 少しは女性を褒めることも覚えて欲しいわ」
「ちょっとミリアム……!?」
ミリアムの天真爛漫だけれど失礼な物言いに冷や汗をかく。でもライアン様は全く気にしていないように微笑んだ。
「これは失礼いたしました。ミリアム嬢、そのお召し物は素敵ですね」
「うふふ、そうでしょう! ね、まさかお義姉様にもお天気の話しかしていないんじゃないの?」
「ミリアムったら!」
私はたまらずミリアムを叱責しようとしたけれど、ライアン様がこちらを向いたのでそれ以上何も言えなくなったの。涼やかなグリーンの目が細められていて、ドキッとする。
「セリーナ嬢、貴女は今日も素敵ですね」
「あ、ありがとうございます……」
あ、頬が熱い。ただの社交辞令……それもミリアムのついでなのに、こんな事で狼狽えてはいけないわ。私はできるだけ平静を装う。
「では、こちらへどうぞ」
何故か不満げな顔をしているミリアムの横を通り、私は両親の待つ談話室へライアン様を案内する。
ライアン様は王都で殿下の側近を務めていらっしゃるから、冬の社交の時期に私が王都へ出ればお会いできるけれども、それ以外の季節は滅多にお顔を見ることが出来ない。
でも今回はわざわざ王都からシーレ子爵領まで来てくださったの。第三王子殿下からの遣いとして。
「こちらです。ヒューバート殿下からの招待状を預かって参りました」
「お、おお……拝見いたします」
父は事前に説明を受けていたにも関わらず、まだ信じられない様子で封を切る。
中身を読み、ゴクリと唾を呑み込んで義母に招待状を手渡してからライアン様に返事をした。
「ご招待、謹んでお受けいたします」
「それは良かった。殿下もお喜びになることでしょう」
「しかし、私は狩りがあまり得意ではなくてだな……」
「御心配は無用です。私で良ければ子爵の代行として狩りに出ますので」
「おお、それは助かる。そうだな。ライアン殿は未来のシーレ子爵だからな!」
ライアン様が父に微笑みかけるのをぼうっと見ていると、義母から招待状が回ってきた。次に開かれる王家主催の狩猟祭へシーレ子爵夫妻ならびに二人のご令嬢を招待するとの一文が綺麗な字で綴られ、その下に殴り書きのような(……と言ったら不敬にあたるかしら)、第三王子殿下のサインが書き込まれていた。
「わあ、すごい。お義姉様、うんとおめかししなくちゃね?」
横からミリアムが招待状を覗き込み、無邪気に言った。
「え、ええ。そうね」
私は彼女に微笑んで、そしてまた考え込む。
狩猟祭だから多分、デイドレスの上にショールを羽織るのよね。ミリアムは今のドレスを着るかしら。私はそれに合わせてできるだけ地味なドレスにしないと……義妹の引き立て役になるために。
◆
いざ狩猟祭の会場に招かれてみると、ちょっと驚いたわ。
狩りの場なのだから今回の主役は男性陣だと思うのだけれど、右を見ても左を見ても念入りに着飾った若い女性たちで溢れていたから。
その女性たちもミリアムを見るとざわめいた。明らかにライバル心剥き出しでこちらを睨む人までいる。無理もないわ。義妹は誰もが美しいと認める目立つ容姿だもの。
「うふふ。今日こそ素敵な男性に出会えるかしら!」
義妹は無邪気に笑って言った。私は複雑な気持ちで「そうね」と笑顔で返す。
昨年の冬に社交界デビューしたミリアムの美しい姿はかなり注目され、幾つもの縁談が我が家に持ち込まれたの。でも義妹は一応それらを吟味はしたものの、全て断ってしまった。
私は、彼女がこの家から出るつもりがないのかもと少し不安だったのだけれど、そうではないのでしょう。ただ、本当に吟味しているだけなのだわ。
「あら、シーレ子爵令嬢じゃありませんこと?」
棘のある声が耳に響き、嫌な予感がした。振り向くと私たちの従姉が立っている。母と義母の兄であるコラプス伯爵の娘。
「ごきげんようコラプス伯爵令嬢。お久しぶりです」
ミリアムは美しい姿勢と愛想笑いとできっちりと礼儀を守って挨拶をしたのに、従姉は無礼をはたらいたのよ。挨拶を返しもせず、いきなり嘲りの言葉をぶつけたのだから。
「なんで子爵家なんかの人間がここにいるの? 場違いではなくて?」
「父がヒューバート殿下にお招きいただいたものですから」
ミリアムが答えた途端、周りの空気がザワッと揺れた。
「なっ……!? 嘘おっしゃい!! 殿下があなたなんて!!」
コラプス伯爵令嬢の声は大きく、更に女性たちの耳目を集めていく。「なぁに? 殿下のお話?」「あちらのご令嬢が招待されたとか……」と、ヒソヒソ声で話が放射状に広がっていくのがわかった。何となくこれはまずい気がして、私は従姉と義妹の間に入る。
「実は私の婚約者が殿下のお側に仕えておりまして。そのご縁でご招待いただきましたの」
「……なぁんだ、驚かせないでよ」
従姉は再び余裕を取り戻した。ミリアムに向かってにまっと笑顔になるけれど、あまり品があるとは言えない。
「そうよねぇ。スヴェンソン侯爵家を追い出された娘なんて殿下が相手にされるわけ無いわ。そのドレスだって、安物でしょう? よく見たら刺繍の腕が良くないもの」
「!」
私は焦った。ミリアムがもしもあのことに気づいていたら、今の挑発で激昂するに違いないと思ったから。
「ミリアム……」
でも、私の心配など杞憂だった。
彼女はなお一層美しく微笑む。従姉の取り繕った余裕など仮初に過ぎないとわからせるかのように、悠然と。
「まあ、流石お従姉様。一目でそれがわかるなんて、審美眼を鍛えていらっしゃるんですのね」
「え? ええ、そうよ」
「お従姉様のドレスもお金がかかっていらっしゃるご様子ですし、コラプス伯爵家はだいぶ余裕がおありなのね。これならシーレ子爵家がそちらに貸し付けている金貨五百枚、そろそろ返していただけそうですね」
私の背中に冷たいものが走るのと、コラプス伯爵令嬢が「なぁっ!?」とうわずった声をあげたのと、周りのざわめきがより大きくなったのは同時だった。
「こ……このような場でお金の話をするなんてマナー違反よっ!!」
「あら、先に『安物』と金額の話をしたのはそちらでしょう? この件、お父様に伝えておきますわ」
ミリアムは笑顔を崩さない。従姉はワナワナと震え「わ、私だって父に言うから!」と捨て台詞を残して去っていった。
「さっ、行きましょ、お義姉様! 素敵な人を探さなくちゃ!」
「……ええ、そうね」
今の出来事を全く意に介せず、また無邪気に笑うミリアムを見て、やっぱり私は複雑な気持ちになった。
義妹が嫌がらせをされても心が折れなくなったのは嬉しい。
けれど、「素敵な男性」を探していながら、そこそこの身分の男性からの縁談を断り続けているのは、裕福で権力のある高位貴族に嫁ぎたいと考えているからじゃないかしら。……自分の両親の家である、スヴェンソン侯爵家とコラプス伯爵家を見返すために。
そんなことより、ミリアム自身が幸せになれる相手と結婚をしてほしいのに。
◆
従姉との対決で結構肝を冷やされたというのに、ミリアムはその日、もっととんでもないことをしでかし、私だけではなく父と義母の寿命をも縮めた。
王族のために複数用意された天幕のひとつに、ライアン様の案内で私たち一家は通されたの。
いくら財政に余裕があり伯爵家とも縁があるといっても、私たちは下位貴族。ヒューバート第三王子殿下に直接お目通りするなど、直前まで信じられなかったわ。
今までは式典などで遠くから第三王子殿下を眺める機会しか与えられていなかったので、天幕の奥に腰掛けている殿下を間近で拝見した時は息を呑んだ。噂通りの……いえ、それ以上の美しさ。
銀の髪に血のような赤い瞳は夜空に輝く月と星を連想せ、同時に私たちとは天と地ほどの境があると思わされたの。
父が挨拶の長い口上を述べようとしたのを、殿下は片手で制した。
「ああ、いい。今日は狩猟祭だからな。身分の上下なく獲物を追う祭りだ。この場は無礼講としている」
「は。恐れ入ります」
「ライアン。お前の婚約者というのはどっちだ?」
「セリーナ嬢です」
ライアン様に紹介され、私が殿下に挨拶をしようとした矢先。
「はあ? 随分と地味だな。どこにでもいる普通の女じゃないか。どこが良いんだこんなの」
お相手が王族でなければ暴言間違いなしの言葉が美しい顔から発せられて、私は彫像のように固まってしまった。……横から小鳥のような可愛らしい声が聞こえてくるまで。
「恐れながら殿下、発言をお赦しいただけますでしょうか」
「だからそういう堅苦しいのはよせ、今日は無礼講だと……」
「ええ、無礼講ですね。では申し上げます。殿下は噂通りの『見た目だけの阿呆な第三王子』でいらっしゃるのですか?」
「ミリアム!!」
私も両親も、一気に血の気が引いた。けれども義妹の暴挙は止まらない。
「外見だけで判断される辛さと愚かしさは殿下もよくよくご存知でしょう? 私の大事な義姉に対する今のお言葉、いくら無礼講と言えども許せませんわ」
「ミリアム、やめて!」
私は義妹を止めようとしたけれど、彼女は殿下から目をそらそうとせず、真っ直ぐ挑戦的に見据えている。青い瞳がギラギラと燃えているかのよう。
彼女がこんなに怒りの感情を剥き出しにするのは、いつぶりだったかしら。
対する殿下はというと。大きな赤い瞳がさらに大きく丸く見開かれ、虚を突かれた表情だった。そして。
「……これは一本取られたな。いや、俺が悪かった。ライアンが全てを投げ出してもいいというから、よほどの器を持つ女なのかと思って試したのだ。許せ」
殿下はそう言ってくださったのに。
「ですから、許せません」
「ミリアム!!!」
もう少しで義母が卒倒するところだったのよ。
◆
この日の狩猟祭の主役はヒューバート第三王子殿下となった。一等美しい牝鹿を仕留めたのだから。
「まあ、そうなるわよねえ」
「『見た目だけ王子』に、今日くらいは花を持たせてやらないと」
そんな意地の悪いささやき声が聞こえてきて、何も事情を知らない私は首を傾げた。
後にライアン様から教えてもらったのだけれど、実はこの狩猟祭は、ヒューバート殿下の新しい婚約者候補を内々に見繕う会であったそうなの。
道理で若い女性たちがやたらと着飾ったりそわそわしていたのね。
そして、その候補になんとミリアムが選ばれた。
今度こそ両親は卒倒したわ。
子爵家の娘が王族と婚姻などありえない。けれど、この話は周りを巻き込みつつも好意的に受け入れられた。
理由の一つは、公爵家が喜んで了承したこと。
実は殿下の婚約者は公爵家の一人娘に前々から決まっていて、ヒューバート殿下が婿入りをする予定だった。
けれど(これは秘密ですよ、とライアン様が教えてくださった)、公爵令嬢はプライドが高く、自分が王家に入るならともかく、見た目だけしか能のない口が悪くて我儘な王子を婿取りするなんて嫌! と言い続けていたらしいの。
だから婚約の解消を正式に発表する前に殿下に新しい恋人ができてしまえば、公爵家側は被害者を装える、ということだったのだそう(内々に次の婚約者候補を探す話が漏れている時点で、高位貴族にはその建前は知られていたみたいだけれど)。
そういう意味でも、公爵令嬢から王子を奪ったのが下位貴族のミリアムというのは都合が良かったのですって。
もう一つの都合の良い理由として。
ミリアムが実はスヴェンソン侯爵家の娘だったということ。
訳あって今は子爵家にいたけれど、侯爵家に籍を戻し、そこへ殿下を婿として迎え入れれば全てが丸く収まる。まるで物語のように良くできているわ。
……まあ、その訳は、とても表沙汰にはできないのだけれどね。
今のスヴェンソン侯爵は、昔の侯爵令息時代は数多の女性たちの憧れの的となる美男だったそう。
その数多の女性から選ばれたのが、やはり大変美しかった当時のコラプス伯爵家の次女……つまり義母。
いくつかの反対もあったけれど二人は大恋愛の末、結婚した。
けれど結婚生活はうまくいかなかったの。
義母にとっての姑、つまりスヴェンソン侯爵夫人は息子を溺愛する一方で、嫁には辛く当たった。
ミリアムが生まれると、両親の美しさを受け継いだことには目を向けず「男児を産まなければ意味がない」とか「髪色が完全な黄金ではないから浮気をしたんじゃないか」とか延々と嫌味を言い続けたそうよ。
それでも義母はなんとかしようと努力はした。夫にも相談した。話し合おうとした。けれども、話にならなかったの。
「家のことはお前の仕事じゃないか!! なんで! 俺に! 言う!!」
美しい顔を歪ませ、歯軋りをして地団駄を踏み、子供のように叫ぶ夫は、かつて優しく愛を語らった男とは別人のよう。けれど、そちらが侯爵令息の本性だったの。
しかも、嫁姑の間の空気が良くないのを嫌ってか、夫はたびたび屋敷の外に出るようになり……数年後には、愛人を連れて帰ってきた。
屋敷に引き入れたのは、その愛人が男児を産んでいたから。
義母は最初は離婚するつもりはなかったそうよ。
「私も意地になっていたのよ。もう愛情なんてこれっぽっちも残っていなかったのにね。でも、侯爵夫人や夫が私を軽んじるだけではなく、男の子を可愛がる様子を見せつけるようになったの……小さいミリアムの前で……」
初めてその話を義母から聞いた時は、私もまだ子供だった。だからこそ辛くて辛くて、私も義母と一緒にわんわん泣いたわ。
私は祖母や父や母にとても愛され、愛していた。母を病気で喪った上にミリアムを甘やかす父を見るだけで泣きそうになったのに、祖母や父をある日突然現れた男の子に奪われ、冷たくされたら……と考えたら涙が止まらなかったの。
しかもミリアムの不幸はそれだけでは終わらなかった。
義母が夫との離婚に同意して、ミリアムを連れてスヴェンソン侯爵家を出た時に、一応世間体を考えて侯爵家は纏まったお金を支払った。
……義母の生家であるコラプス伯爵家に。
それなのに、コラプス伯爵家は領地が苦しいという言い訳でそのお金を伯爵家のために使い、義母とミリアムにはほとんど還元しなかったの。
「どう? この新しいドレス、素敵でしょう? 羨ましい?」
ミリアムの美しさを妬んだ従姉は、殊更に嫌がらせをした。自分だけ新しいリボンやドレスを買ってもらっては見せびらかす。ミリアムが侯爵家から与えられた数少ない物も全て奪われ、ボロボロになった従姉のお古しか与えられなかった。
そんな酷い生活でも義母とミリアムには他に行き場が無かったから、耐えるしか無かったそうなの。
私の母が亡くなって、婚姻の繋がりが無くなれば「借金を返せ」と言われるかもと焦ったコラプス伯爵が、義母を父の後添いにしようと考えつくまでは。
義母とミリアムの状況を知った父はとても同情して、ミリアムを正式な養女にしたのよ。
「今日からここがお前の家だ。なんでも好きなことをしていいからね」
そう父に言われたミリアムは我儘放題になったわ。
父にべったりと甘え、私のものが欲しいと言い、断れば酷い駄々をこねる。
その駄々のこね方が、醜さが。彼女の実の父親とそっくりだったのだそう。
今までスヴェンソン侯爵家でもコラプス伯爵家でもずっと耐えてきたミリアムが、凄まじい癇癪を起こすところを初めて見た時。義母はショックで倒れてしまった。
「あの子には父親の醜態を見せたことがなかったのに……血は水よりも濃いと言うけれど、まさかあんなところが同じだなんて」
ベッドで寝込み、青い顔で涙ぐむ義母を見て、私は思ったのよ。
こんな事が続いちゃいけないって。
私は両親と使用人たちも巻き込んで、義妹のいないところで何度も何度も話し合ったの。ミリアムにこう言ってみよう、ああしてみようと試行錯誤しながら。でも口で言っただけでは、彼女の癇癪は治るどころか酷くなる一方で、私が意地悪するとまで父や義母に言う始末。
「ミリアムお嬢様は、ご自身が父親や大事なものを奪われた経験から、いつも不安に苛まれているのかもしれません。ですからセリーナお嬢様のものを奪って安心したいのではないでしょうか」
ある日、乳母の経験豊富だった家庭教師からこんな意見が出て、皆が納得したわ。
私はまた思ったの。もう誰にも何もミリアムからは奪わせない。あの子を甘やかしまくって、世界でいちばん可愛い義妹にしようと。
ミリアムが何かを欲しがれば、義妹に新しいものを買うように話がまとまった。
義母が私に優しくすれば、唯一の母親でさえ私に奪われてしまうとミリアムは不安がる。だから私たちはお互いを思いやりながらも徐々に距離を取った。
あの子が私に新しいものを見せびらかせば、いつも笑顔で「似合ってるわ、素敵ね。可愛いわ」と応えるようにした。
けれど、私が古いものを身につけているのを嘲るような真似をした時だけは、きちんと叱ったの。
でもなかなか簡単には治らなくて。ある日「それは従姉のやっていたことと同じよ」と言ったら、ビックリして、大きな青い瞳がみるみるうちに潤んで。ミリアムは声を上げて大泣きしたわ。
「おっ、お義姉様、ごめんなさい〜!」
「いいのよ、わかってくれれば」
「もうっ、もうこんなこと言わないわー!!」
……でもまあ、口癖なんてなかなか治らないわよね。それが心の奥底に染みついている嫌な思い出と強く結びついているのなら、なおさらよ。
それからも、ミリアムはたまに良くない言葉を言いかけては、慌てて口を噤んだりしていたの。
◆
ミリアムはシーレ子爵家との養子縁組を正式に解消して、侯爵家に戻ることになったわ。
スヴェンソン侯爵家の爵位は婿入りするヒューバート殿下が受け継ぐことになる。今までその地位になるはずだったミリアムの半弟は、最初は殿下の補佐に就く予定だったのだけれど。
「ものの五分で化けの皮がはがれましたよ」
ライアン様は、少し意地悪な笑みを見せて話してくれた。
ヒューバート殿下が「見た目だけ王子」と呼ばれていたのは、実は王宮内での無用な争いを避けるためだったそうなの。わざと上の王子二人を立てて、自分の手柄を譲ったりもしていたのだとか。
けれども、その噂を鵜呑みにして、内心では殿下を馬鹿にする人も大勢いた。……元婚約者の公爵令嬢とか、スヴェンソン侯爵家の人たちとかね。
でも殿下がスヴェンソン侯爵令息と五分間話をしただけで、雌雄が決してしまったのだそう。
領地についての知識や領地改革への意欲。更にはそれらの具体的な計画と予算編成。それらをサラリと説き、侯爵令息の意見はどうか、と訊ねたら口をパクパクさせることしかできなかったのですって。
「あれではとても俺の補佐など無理だ。ライアン、お前がやってくれないか」
そう言われたけれど、ライアン様はお断りしたのだそう。
「殿下なら補佐などいなくとも造作もないでしょう。奥様と力を合わせて領地経営に励んでください」
「あれには無理だ」
「何故です。見た目に左右されず頭の回転も悪くないと殿下が一番ご存じでしょう?」
「あれは、俺を甘やかす仕事で手一杯だからな」
そう、惚気られたそうよ。
ライアン様がお断りをしたのには、もう一つ訳があって。
シーレ子爵家に育てられたミリアムがスヴェンソン侯爵家に戻るにあたり、莫大な支度金(といっても、今までかかったドレス代を含め、十年間のミリアムの養育費と差し引くと少し色がついた程度なのだけれど)を侯爵家が支払う代わりに、父は契約書にサインさせられたの。
今後、スヴェンソン侯爵家の動向にシーレ子爵家は(ついでにコラプス伯爵家も)一切意見しないという内容で。
まあ、ミリアムは父にべったりだし、ライアン様は未来のシーレ子爵だものね。侯爵家としては乗っ取りを恐れたというところなのでしょう。
でもそれではミリアムが今後我が家に関われなくなる。それは可哀想じゃないかしらと心配していたら、義妹はニッコリと天使のように微笑んだ。
「大丈夫。要は侯爵家の動向に口出ししなければ良いんでしょう。殿下が実権を握ったら、誰も口出しなんかさせないって言ってるもの。そうしたらお父様もお母様もお義姉様も、私の権限でお茶や晩餐に招待するから!」
「まあ、それは頼もしいわね」
ふふっと笑っていたら、ミリアムは急に真面目な顔になったの。
「セリーナお義姉様、ありがとう」
「? どういたしまして」
「私ね、今とっても幸せよ。全部ぜーんぶ、お義姉様のお陰なの」
「まあ、全部は大袈裟でしょう。ヒューバート殿下のお陰も多分にあるでしょうに」
「違うわよ! 私は殿下を助けてあげてるもの! それもお義姉様のお陰だから、お義姉は殿下も救ったってことになるわね!」
不敬ギリギリのことを言うものだから、びっくりして「どうして?」って訊いたら、何故かミリアムは自慢げになったの。
「だってお父様やお義姉様が私を愛してくれたからよ!」
「それは大したことじゃないわ」
「いいえ。今ならわかるの。小さい頃の私は、世の中を恨んでいたわ。自分の目に入るもの全てが気に食わなかった。でもお義姉はずっと我慢して、私を愛し続けてくれた。それは凄いことなのよ」
彼女の青い瞳が涙ぐむ。そう言えば、義妹の涙を見たのはいつぶりかしら。
「私は愛されてるって気がついたら、世界が一気にキラキラして見えたのよ。そしたら誰よりも強くなれた気がしたの! 今までの嫌な人たちとも戦えるくらい。だから私も……」
ミリアムは瞬きをする。睫毛の先から真珠のような涙がこぼれたのに、その笑顔は今まで見た中で、最も美しかった。
「……殿下を目いっぱい愛してあげようって決めたの。あの方も私ほどではないけれど、ちょっと辛い目に遭ってきたみたいだから!」
◆
遂にスヴェンソン侯爵家から迎えの馬車が来た。
ミリアムと両親はそれに乗るけれど、私まで同行したら契約を守る気が無いと取られかねない。だから私だけは屋敷に残る事にした。
「ミリアム、元気でね」
「お義姉様、手紙を書くわ。あと、もう私が居ないんだからお母様と仲の悪いフリは止めてね!」
「……え?」
「もう、二人とも私を馬鹿にしすぎよ! この前のドレスなんて、費用を抑えるためにお母様がこっそり金糸の刺繍をしたんでしょう? 私の目を盗んで手話で会話してるから呆れたわ!」
「ごめんなさい……」
あのことに義妹が気づいていて、しかも従姉に「刺繍の腕が悪い」と言われた時も怒らずに対応していたなんて。ミリアムはいつの間にかずっと大人になっていたのね。
大事なものが私の手から離れていくような気がして胸がきゅっとなる。遠ざかる馬車をずっと見つめていたら、隣に大きな気配を感じた。
「セリーナ嬢」
「ライアン様!? どうしてここに!」
「殿下から『ミリアム嬢がいなくて義姉上は寂しがるだろうから、そばについててやれ』と言われましてね」
「あら、まあ……そんな」
「いや、本当は殿下に言われるまでもない。俺がずっと君のそばにいたいんだ」
「えっ……」
今、なんて言ったの? 信じられない。
……信じられなくて、私は卑屈にも、ついずっと思っていたことを口にしてしまった。
「でも、いいのですか? 私はミリアムとは違って地味だし……」
「俺はそうは思わないけれど」
ライアン様はにこりと微笑んだ。
「ま、でも『地味』の対極が君の義妹だというなら、俺はあんなのはまっぴらごめんだね」
「まっ……?」
私は続く声を失った。だって、ライアン様はミリアムに対して嫌そうな顔をしていなかったのに!
「おや、忍耐強い君の表情を崩すことが出来て嬉しいな。『義妹のことは満更でもなかったのでは?』って顔に書いてあるよ」
遂にライアン様は微笑からクスクス笑いになった。その笑顔は今まで私やミリアムに見せていた愛想笑いとは全く違う。
それに言葉遣いも。「私」ではなくて「俺」で「貴女」ではなくて「君」だし、語尾もいつもの丁寧さが抜けてくだけた雰囲気になっている。
なんだか彼の心の内に触れたような気がして、私の胸がトクンと弾んだ。
「俺は君が義妹を大事にしていると思っていたから、それに倣っただけさ。俺があの子に『養女のくせに出しゃばるな』と言うのは簡単だけど、そうしたら今まで君が頑張ってきた努力が無駄になってしまうからね」
「そう、だったのですね……」
どうしよう声が震えてしまう。胸の動悸が止まらないわ。だってライアン様が私のことを慮って行動してくださっていたなんて。
「それに君の義妹のほうも、君が心配するほど馬鹿じゃないさ」
「え?」
「ああ、最初の頃はひどいものだったが。最近はだいぶ成長したのだと思う。この間、俺が殿下の招待状を持ってきた時のことを覚えているかい?」
「ええ……」
「俺が社交辞令で『素敵なお召し物だ』と彼女を褒めた時も本心ではないと理解していたし、それどころか君のことをちゃんと褒めろとまで焚き付けられたからね」
「あっ」
あの時、ミリアムは私に「ライアン様が来るのだからもっと良いドレスにしないの?」と言っていた。そしてライアン様には「お義姉様にまでお天気の話しかしていないの?」とも。
それって。嘲るつもりじゃなくて、私たちをもっと親密にさせるためだったの?
「だからこそ、俺は殿下に君と君の家族を自慢したんだ。『私は殿下の側近であることよりもシーレ子爵家に入るほうが幸福です』とね」
「えっ!?」
それって不敬では!? と一瞬怯えたけれど、すぐ気がついたの。
「じゃあ招待状をいただけたのは、ライアン様のお陰で?」
「殿下が『お前がそこまで言うならその婚約者とやらを確かめてやろう』と仰ってね。まあ、もしかしたら殿下は君の義妹を気に入るかも、とは考えたが……」
彼が片目をつぶってみせた。そんな態度も初めてで、先ほど弾んだ私の胸の内がもっともっと激しくなってしまう。
「まさかこんなに上手くいくとは思わなかったよ。君が義妹に愛を注ぎ続けたからだ」
「そんな、私なんて」
「セリーナ嬢。君は素晴らしい女性だが、ひとつだけ目立つ欠点があるね」
「……え」
彼のグリーンの視線が私を射抜いた。指先ひとつ動かせなくなるほど。
「そうやって自分を過小評価するところだ。義妹にとって、そして俺にとっても君が最も尊ぶべき女性なんだがな」
固まった私の手を取って、彼は優しく口づけた。
「これでもまだわからない? 俺はずっと義妹に愛を与える君だけを横で見てきたんだけどな。君にふさわしい男だと周りに認めさせる為に、殿下の側近にもなったんだよ」
「え……あ、あの、あの」
どうしよう。胸のドキドキが爆発しそう。口づけられた手の甲も、頬も、耳も、熱くてたまらない。
でも、嫌じゃない。私を見つめて微笑むライアン様が眩しくてキラキラして見える。
ふと、ミリアムの言葉を思い出した。
『私は愛されてるって気がついたら、世界が一気にキラキラして見えたのよ。そしたら誰よりも強くなれた気がしたの』
ああ、きっとこういうことなのね。ドキドキが、大胆な言葉を口に出す勇気に変わる。
「……嬉しいです。わ、私も、ライアン様をお慕いしていますっ」
ライアン様は少しだけびっくりした顔をなさって、そして。
「……やった!」
やっぱり初めて見る、満面の笑顔になった。
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