第26話:謎の遺跡(後)
第三層は、これまでとは雰囲気が違っていた。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たく、乾いた空気。埃っぽさはあるが、第二層のような湿気はない。松明の灯りが壁を照らすと、金色の輝きが返ってきた。
壁一面に古代文字が刻まれ、天井には複雑な紋様が描かれている。文字そのものに何かが塗り込められているらしく、光を受けて微かに輝いている。
「保存状態がいいな」
俺は息を呑んだ。
第二層までは崩れかけた遺構という印象だった。だが、ここは違う。まるで昨日まで誰かが管理していたかのように、整然としている。
「ここは……図書館みたいだな」
俺は周囲を見渡しながら言った。
「壁の文字、何か意味があるんじゃないか」
「古代語じゃな。わしにも少し読めるが……」
ジェフリーが壁に近づき、文字を読み始めた。指で文字をなぞりながら、ゆっくりと声に出す。
「『封印されし……力……いずれ……解放……』断片的にしか読めん」
「封印か。何かが封印されてるってことだな」
俺はAIに情報を伝えた。
「古代遺跡に封印された力についての記述がある。これについて何か推測できるか?」
『封印という概念は、危険なものを隔離するために用いられることが多いです。古代遺跡に封印されているとすれば、以下の可能性が考えられます。
一、強力な魔物やモンスター
二、危険な魔法や兵器
三、禁断の知識や技術
四、呪われたアイテムや遺物
どのケースでも、封印を解くことは危険を伴う可能性があります。慎重な調査をお勧めします』
「封印を解くつもりはないさ。でも、何が封印されてるかは知っておきたいな」
◇ ◇ ◇
さらに奥へ進むと、広い空間に出た。
天井が高い。松明の灯りが届かないほどだ。闇の中に、何かが潜んでいるような気配がする。
中央には祭壇のようなものがあり、その上に古びた石板が置かれている。
祭壇は黒い石で作られていた。表面は滑らかに磨かれ、四隅には燭台の跡がある。かつて、ここで何かの儀式が行われていたのだろう。ろうの跡が、長い年月を物語っている。
「あれは……」
俺は祭壇に近づいた。足音が空間に反響する。静寂が重い。
石板には文字と図が刻まれている。古代語で書かれた文章と、何かの生き物の絵。
だが、絵の部分は風化が激しく、輪郭がぼやけている。大きな生き物であることは分かるが、詳細は読み取れない。
「何の絵だ、これ」
アランが首をかしげた。
「分からん。だが、大きい。人間の何倍もある」
「ジェフリー、文字の方は読めるか?」
「少し待ってくれ……」
ジェフリーが石板に顔を近づけ、慎重に文字を追い始めた。眉間にしわが寄っている。長い沈黙の後、重い声で読み上げた。
「『世界を滅ぼす力を持つ魔物……我らはこれを封じた……しかし、封印は永遠ではない……いずれ解かれる日が来る……その時、勇者よ、立ち向かえ……』」
沈黙が落ちた。
俺たちは顔を見合わせた。誰も、すぐには言葉が出なかった。
「世界を滅ぼす魔物……封印がいずれ解かれる……」
エイダの声が小さく震えていた。
「おい、これ、やばくないか?」
アランが不安そうに言った。声が少し上ずっている。
「古代の伝説か何かじゃないのか? 大げさに書いてあるだけで」
「そうであってほしいがな」
ジェフリーが重い声で言った。
「だが、これだけの遺跡を残した文明が、冗談で石板を彫るとは思えん」
「どうだろうな。でも、調査隊には報告すべきだ」
◇ ◇ ◇
石板を記録し、さらに探索を続けた。
第三層の奥には、もう一つの扉があった。第四層への入り口だろう。
この扉も、第三層への扉と同じ造りだった。三つの紋様が刻まれている。だが、配置が違う。
「同じ方法で開くかしら」
エイダが手をかざしたが、反応がなかった。
「ダメね。紋様は似てるけど、仕掛けが違うみたい」
俺たちは扉を調べた。押してみる。引いてみる。紋様を色々な順番で触ってみる。
何も起こらない。
「時間的な条件があるのかもしれんな」
ジェフリーが言った。
「特定の日、特定の時間にしか開かない扉。古代遺跡にはよくあるタイプじゃ」
「満月の夜とか、そういうやつか」
アランが腕を組んだ。
「じゃあ、今日はここまでか」
「無理に開けようとして罠を発動させるよりはいい。第三層の情報だけでも、十分な成果だ」
俺たちは調査を切り上げ、ベースキャンプに戻ることにした。
◇ ◇ ◇
ベースキャンプに戻り、ロゼンに報告した。
「第三層を調査しました。封印についての記述が見つかりました」
「封印?」
俺は石板の内容を伝えた。ロゼンの顔色が変わった。
「世界を滅ぼす魔物……これは、報告書に記載しなければなりませんな」
「何か心当たりがあるんですか?」
「いえ、確信はありません。ただ、各地で不穏な報告が増えているとは聞いています」
不穏な報告。
俺は少し気になったが、今は深追いしないことにした。
まずは目の前の依頼を完遂することが先だ。
「第四層への扉は、何か条件がありそうです。もう少し調査が必要ですね」
「分かりました。第四層については、我々も引き続き調査します」
ロゼンは報酬の金貨二十枚を手渡しながら続けた。
「皆さんには、発見した情報を王都に持ち帰っていただきたい。封印に関する記述は、学術院だけでなくギルドにも共有すべきです」
「分かりました。俺たちは一度王都に戻ります」
◇ ◇ ◇
数日間の調査を経て、俺たちは遺跡を後にした。
森を抜け、街道に出る。振り返ると、木々の向こうに遺跡の石柱がかすかに見えた。
あの石板に刻まれた言葉が、頭から離れない。
世界を滅ぼす魔物。封印は永遠ではない。いずれ解かれる日が来る。
古代人が、後世への警告として残した言葉。それが今、俺たちの手元にある。
「勇者よ、立ち向かえ」か。
俺は勇者なんかじゃない。ただの情報屋だ。
でも——情報を集め、分析し、伝えることはできる。
それが、今の俺にできることだ。
第26話「謎の遺跡(後)」 完
次回:第27話「遺跡の帰路」




