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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「元犬」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2026/01/22


落語声劇「元犬(もといぬ)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:最低3名~4名

      (0:0:3)

      (0:3:0)

      (1:2:0)

      (2:1:0)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (0:0:4)

      (0:4:0)

      (1:3:0)

      (2:2:0)

      (3:1:0)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】


       

※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


白犬(しろいぬ)【シロ】:混じりっ気(け)なし、差し毛(げ)の一本もない、綺麗(きれい)な白い毛並み

       の犬。人間になりたいと八幡(はちまん)様に二十一日にわたって願(がん)を

       掛け、ついに願いは聞き届けられて人間の姿を得る。


上総屋(かずさや):口入(くちい)れ屋、今でいう職業斡旋所(しょくぎょうあっせんじょ)を商売にしている人物。

    人情のある人のようで、人間の常識を知らないシロに呆(あき)れながら

    もいちいち丁寧(ていねい)に教えたり、自分の着物を分け与えたり

    奉公先(ほうこうさき)に行くまでのつなぎとはいえ、アジの干物(ひもの)を食べさせてや

    ったりする。


番頭(ばんとう):上総屋(かずさや)さんの番頭(ばんとう)。


ご隠居(いんきょ):上総屋(かずさや)さんいわく、変わった人間。変わった人物らしく、雇(やと)う

    奉公人(ほうこうにん)も変わった人間が欲しいという。


参拝客1:浅草の八幡(はちまん)様へ参詣(さんけい)に来た人その一。


参拝客2:↑その二。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例

【3名】

白犬:

上総屋・参拝客1:

ご隠居・番頭・参拝客2・語り:


【4名】

白犬:

上総屋:

ご隠居・参拝客2:

番頭・参拝客1・語り:



※枕は誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。




枕:全身真っ白な犬というのは、なかなかいないんだそうです。

  ことに日本犬(にほんけん)で真っ白というのは珍しい。

  たまにパッと見で白いなと思っても、ひょいと脇を見ると差(さ)し毛(げ)が

  入ってたりする。

  むかしから全身真っ白な犬と言うのは人間に近い、次の世(よ)では人間に

  生まれ変わってくる事が決まっているという言い伝えがあったんだと

  か。

  その時分(じぶん)の噺(はなし)でございます。


語り:浅草(あさくさ)の蔵前八幡(くらまえはちまん)様の境内(けいだい)に、一匹の白い犬が紛(まぎ)れ込んできた。

   これが文字通り差(さ)し毛(げ)の一本もない、真っ白な毛並みだったもんで

   すから、参拝(さんぱい)に来る人間たちがシロ公(こう)なんて呼んで大変に可愛(かわい)がっ

   た。


参拝客1:おい見なよ。

     話には聞いてたけど、こんなに綺麗(きれい)だとは思わなかったね。

     おいシロ公(こう)!こっち来なよこっち!

     おぉ来た来た!


参拝客2:ほんとだよ、綺麗(きれい)なもんだねえ。

     なんたって人間に近いってんだからね。

     それにまた人懐(ひとなつ)っこくて可愛(かわい)いもんだ。

     おぅよしよし。


白犬:嬉(うれ)しいなァ、みんなして綺麗(きれい)だ綺麗(きれい)だって可愛(かわい)がってくれてさ。

   お前は人間に近いんだ、次の世(よ)では人間に生まれ変わって来いよと

   か言ってくれるよ。ありがたいなあ。


   …だけど、次の世じゃつまらないなぁ。

   今すぐ人間になってみたいもんだね。

   なんとかならないもんかな…?


   …そうだ、ひとつ八幡(はちまん)様にお願いしてみようかな。


語り:なんてんでその日から三七二十一日(さんしちにじゅういちにち)の間、シロ公は八幡(はちまん)様に

   裸足参(はだしまい)りをいたしました。…もっとも犬なので履(は)き物(もの)なんて履(は)いち

   ゃいませんが。

   そして満願日(まんがんび)の二十一日目の朝。


白犬:八幡(はちまん)様、八幡(はちまん)様、どうか今すぐ人間にして下さいませ…。


   …!?おやっ、風がさーーっと吹いて来たぞ……ッ!?

   へっ、へっくしょい!!

   うぅ寒い…なんだろ、今朝はやけに体がすーっとして寒いな…?



   えっ!?あらっ!!?体じゅうの毛が抜けてる…!?

   なんか悪い病(やまい)にでもかかったのかな…!?

   !あっ、そうじゃない!人間になった、人間になれたんだ!

   八幡(はちまん)様、ありがとうございます!

   ありがたいなぁ人間になれたよ。

   そうだ、立てるかな?どっこいしょっと!

   お~やっぱり見える高さが違うね。

   歩けるかな?

   おぉ~っほほ、犬の時より歩幅(ほはば)が全然違うよ。

   嬉(うれ)しいねえ。

   …けど、人間ってな裸(はだか)じゃいけねえんだよな。着物を着なきゃいけ

   ないけど、着物なんか持ってないや。

   弱っちゃったな…あ、そうだ!みんな八幡(はちまん)様に手ぬぐいを納(おさ)めて

   いってたっけ。

   八幡(はちまん)様、この手ぬぐいをお借りします!

   よしよし、これでなんとか格好(かっこう)がついたけど…人間てのは働かなく

   ちゃ食べていけないって言うよ。

   でも、人間に知り合いなんていないし働き口(ぐち)もない…誰かいないか

   な……。

   あ、むこうから来るのは口入(くちい)れ屋さんだ。

   犬の時分(じぶん)にはよく可愛(かわい)がってもらったっけ。

   あの人に頼んでみよう。


   どうも、おはようございます!


上総屋:おぉ、おは…っ!?

    な、なんだいお前さん、この寒いのに裸(はだか)になって…。

    いったいどうしたんだ?


白犬:あ、あ~…その…


上総屋:ははあ、なんか悪い奴にでもひっかかったんだね?

    かわいそうに…。

    それで、あたしに何か用かい?


白犬:えっええ!実はどっかで働きたいんです。


上総屋:なに、奉公先(ほうこうさき)を探しているのかい?

    へえぇそりゃちょうど良かった。

    いや、あたしはこの先でね、上総屋(かずさや)という口入(くちい)れ屋をしてるんだ

    。

    あたしがひとつ、世話(せわ)をしようじゃないか。


白犬:ありがとうございます!じゃあさっそく行きましょうーー


上総屋:【↑の語尾に喰い気味に】

    ぁあちょいとお待ち。

    その格好(かっこう)で一緒に歩かれては人目(ひとめ)について困るね。

    なんだいその腰に巻いてるのは?


白犬:あ、そこの八幡(はちまん)様からちょいとお借りしたんで…。


上総屋:え、納(おさ)め手ぬぐいなのかい?

    それはいけませんよ、バチがあたる。

    うーん、しょうがないね…それじゃあたしのこの羽織(はおり)を着なさい

    。しばらく貸してあげよう。


白犬:えっあっ、あ、ありがとうございます…。

   …え、えぇっと……。


上総屋:おぉいおい、なに羽織(はおり)を頭からかぶってぐるぐる回ってんだい。


白犬:あ、あの、あっしはその、羽織(はおり)を着た事が無いんで…。


上総屋:なに、着た事が無い?へえぇそうかい、それはいいや。

    まぁまぁ、羽織(はおり)なんぞ来てぞろっとしたなりで遊んで歩いてた人

    に、奉公(ほうこう)なんてのは大変だからね。

    あぁそれじゃ働き者なんだね、けっこうな事だ。

    とりあえず羽織(はお)って前を合わせときなさい。紐(ひも)なんてどうだって

    いいから。

    …あ、見えてきたね。あの上総屋(かずさや)ってのがあたしの家(うち)だよ。

    あたしは表(おもて)から入るから、お前さんは裏から入りなさい。


白犬:あ、はい!裏の勝手口(かってぐち)ならよく知ってますんで!


上総屋:なんだ、そうなのかい?


白犬:ええ、ちょくちょくうかがってるんです。

   こないだもうかがったんですけど、女中(じょちゅう)さんに水をぶっかけられち

   ゃったんで。


上総屋:え、うちのお清(きよ)がそんなことをしたのかい?

    そりゃすまなかったね。

    あたしからよく言っておくから。

    まあとにかく裏へ回っておくれ。


    はい、ただいま帰りました。

    番頭(ばんとう)さんはいるかい?


番頭:おかえりなさいまし。

   ?旦那(だんな)様、ずいぶんお早いですね。


上総屋:ああいや、まだ向こうまで行ってないんだ。

    実は浅草八幡(あさくさはちまん)様の境内(けいだい)で若い衆(しゅ)さんに会ってね。

    なんか悪い奴にでも引っ掛かったんだろうね、裸(はだか)で腰に手ぬぐい

    を巻き付けたっきりでいるんだ。

    それで奉公口(ほうこうぐち)を探しているって言うんだ。ちょうどその口(くち)があっ

    たから、連れて帰って来たんだよ。


番頭:え…八幡(はちまん)様のところで裸(はだか)ですか…?

   旦那(だんな)様、大丈夫ですかね…?


上総屋:ああ心配ないよ。なかなか正直そうな男でね。


白犬:あ、あの…。


上総屋:あぁお前さん、こっちだ!

    そこからお入りぁあっとっと!そのまま上がってきちゃいけませ

    んよ。裸足(はだし)で歩いて来たんだからね。

    そこに手桶(ておけ)と雑巾(ぞうきん)があるから、足をよく洗っておくれ。


白犬:へ、へい!


   それじゃ…


上総屋:洗ったかい?じゃぁあっと!そのまま上がっちゃいけませんよ。

    その雑巾(ぞうきん)でちゃんと足を拭(ふ)きなさい。


白犬:へ、へい。


   こ、これでいいですか?


上総屋:ぉおいおいお前さん、いちいちそう言われるようじゃいけません

    よ。後始末(あとしまつ)をちゃんとしなくちゃいけないよ。

    使いっぱなしてのが一番いけない。

    雑巾(ぞうきん)はちゃんと綺麗(きれい)にゆすぐんだよ。雑巾(ぞうきん)をゆすいでゆすいだ水

    をなぜ飲むんだい!?


白犬:ぅえっ、えっ?あっ、ダメなんで?


上総屋:汚い事をしちゃいけませんよ。

    ほんとにしょうがないねぇっておぉいおい!

    お前さんね、その濡(ぬ)れた顔を細(こま)かにブルブル振るんじゃないよ!

    水がはねちゃったじゃないか。

    とりあえず雑巾(ぞうきん)をきゅっと絞(しぼ)ってこう広げて拭(ふ)きなさい。

    こう這(は)うように、這(は)うように…って上手(うま)いねおい。

    這(は)ってる形なんてなかなかいいじゃないか。

    じゃ、あとをかたしてこっちへ来なさい。


    お前さん、お腹すいてるだろ。裸(はだか)でいたぐらいだからね。

    おまんま食べるかい?


    ?食べるかい?


    …なぜ返事をしないでお尻を振るんだい?


白犬:え、あの、嬉(うれ)しい時にはお尻を振るんで。


上総屋:?変わった人だね。


    おぉい、なんか食べさしてやっとくれ!


番頭:今朝の残り物でよろしいですか?


上総屋:あぁなんでもいいんだよ。繋(つな)ぎだから。

    何があるんだい?


番頭:たくあんのおこうこがあります。


上総屋:ああそれでいいよ。

    お前さん、たくあんのおこうこでいいかい?


白犬:え?オコウコ…?

   …あの、実は食べた事が無いんで…。


上総屋:えっ、おこうこ食べたこと無いのかい?へぇ…。

    他に何があるんだい?


番頭:アジの干物(ひもの)があります。


上総屋:ほぉお、そりゃ豪儀(ごうぎ)なもんだな。

    それでいいから食べさしてやんなさい。


    干物(ひもの)ならどうだい?


白犬:へ、へい、大好物でございます…!

   なんでしたら頭からいただいちゃうくらいで…。


上総屋:へえ、たいそう歯が丈夫(じょうぶ)なんだね。


白犬:へい、噛(か)みあったって負けたことが無いんで。


上総屋:いや、噛(か)みあったりしちゃいけませんよ。

    恐ろしいね。


    食べたかい?


白犬:へい、いただきました。


上総屋:そうかい。

    あ、そうだ番頭(ばんとう)さん、着物を出してやっておくれ。


番頭:え、旦那(だんな)様のですか?


上総屋:あぁそうだ。背格好(せかっこう)が同じだからちょうどいいだろ。

    下帯(したおび)から一式、そっくりやっておくれ。


番頭:承知しました。


上総屋:あぁお前さん、この着物をお前さんにやるから、とりあえず

    着なさい。

    まず下帯(したおび)、ふんどしからしめるんだよ。


白犬:へ、へい。

   …えぇと……


上総屋:そこにあるだろ、長いのが。それを締(し)めるんだよ……って

    何をしてるんだい、ふんどしを首に巻いて。


白犬:えっ、どこかへ連れてって下さるん、ですよね…?


上総屋:何を言ってるんだい。ふんどしを締(し)めるんだよ。


白犬:え、いえ、あの…ふんどしを締(し)めた事が無いんで…。


上総屋:ふんどしを締(し)めた事が無い!?無いの!?

    しょうがない人だね。

    あたしが締(し)めてやるから、こっちへ来なさい。

    …よし、次は襦袢(じゅばん)だ。


白犬:へい。

   …。

   これでいいです?


上総屋:そうそう、次は着物を着て。前を合わせるんだ。

    左を上にして…そう、袖(そで)を通して…


白犬:へ、へい…っこ、こうで…?


上総屋:そうだよ。あのね、いちいちそうあたしに何か言わせないで、

    着物くらいスッスッと着なさいよ。

    ほら、帯(おび)を締(し)めて。


白犬:お、帯(おび)…。

   っ、こうっ、ですかっ…?


上総屋:なんで帯(おび)をくわえて振り回すんだい!


白犬:あ、つい癖(くせ)で…遊んでました。


上総屋:遊んでちゃいけないじゃないか。早く帯(おび)を締(し)めなさいよ。


白犬:あっあの…実は締(し)めた事がないんで…。


上総屋:帯(おび)を締(し)めた事がない!?

    今までどんな格好(かっこう)していたんだい…。こっちへ来なさい。

    締(し)めてあげるから。


    …よし、これでいい。なかなかよく似合(にあ)うじゃないか。


白犬:あ、ありがとうございます。


上総屋:えぇとそれで、お前さんの奉公口(ほうこうぐち)なんだけどね、

    あたしの知り合いのご隠居(いんきょ)さんがいるんだ。

    これが大変に変わった人でね、ただの奉公人(ほうこうにん)じゃ嫌だ、

    変わった奉公人(ほうこうにん)が欲しいって言うんだ。

    そこへお前さんを連れていくよ。


    番頭(ばんとう)さん、先にご隠居(いんきょ)のとこへ行ってきちゃうから。


番頭:はい、いってらっしゃいませ。


上総屋:よし、それじゃ…ってそうだった。

    お前さん裸足(はだし)だったね。

    じゃあそこの古い下駄(げた)を履(は)いて。


白犬:へい。

   ーーぁぐっ。


上総屋:おぉいおい、くわえてどこへ持っていくんだい!

    ちゃんと足に履(は)くんだよ!


白犬:あっ、つ、つい…。


上総屋:うん、それでいい。

    じゃあ行きますよ。


    いいかい、向こうではご隠居(いんきょ)がおモトさんという女中(じょちゅう)と二人で

    暮らしているんだ。仲良くやるんだよ。

    で、こっちーーってそっちじゃないよ!

    どこへ行くんだい!こっちだよこっち!

    っ電信柱(でんしんばした)に片足上げて用を足すんじゃないよ!


白犬:へっ!?あっ、す、すいません…。

   ふんふん、ふん…。


上総屋:においを嗅(か)ぐんじゃないよ!

    ほんとにしょうがないね、こっちへ来なさい!


白犬:へ、へい…。

   犬の時の癖(くせ)がなかなか抜けないや…。


上総屋:まったく、恥ずかしい事をしちゃいけないよ。

    あぁ、この家(うち)だ。

    ちょっとここで待っていなさい。


    えぇ、ごめんください!


ご隠居:はいはい!

    おぉ、これァ上総屋(かずさや)さんか。

    さぁさぁ、こっちへお上がんなさい。


上総屋:えぇ、長い事お待たせいたしました。

    奉公人(ほうこうにん)の件ですが、見つかりました。


ご隠居:おぉそうかい!楽しみに待っていましたよ。

    それで、変わってるのかい?


上総屋:ええ、変わっております。

    ただ今こちらに。


    おぉい!―――っ!?


    ご覧なさいご隠居(いんきょ)。

    敷居(しきい)の上にあご乗っけて寝てるでしょう。

    あれがそうなんです。


ご隠居:はあぁなるほど、これァ変わってるね。


上総屋:おぉい!そんなとこで寝てないで、こっちへ上がんな!


白犬:!っへ、へい!


上総屋:えぇ、もうほんとに変わってぇってっ!

    飛び上がって来るんじゃないよ…!

    たいそう遠くから飛び上がってきたね。

    ほら、ちゃんとご挨拶(あいさつ)するんだ。


白犬:へっへい。

   …こんにちわ。


ご隠居:はいこんにちわ。

    ほぉ、なかなか色の白い、綺麗(きれい)な若い衆(しゅ)さんだね。

    ?どっか体の具合(ぐあい)でも悪いのかい?


白犬:?い、いえ…?


ご隠居:悪くなかったら初めてきた家(うち)だ。ちゃんとお座りよ。

    遠くから飛び込んで来て、畳(たたみ)のにおいを嗅(か)いで。

    ぐるぐる回って横っ倒(たお)しになって舌を出してはァはァしてたら

    具合(ぐあい)が悪いと思うだろ。


白犬:あっ、へ、へい…。


ご隠居:まぁまぁいいよ。

    それじゃあ上総屋(かずさや)さん、しばらくうちで働いてもらって、なんか

    悪い所があったらすぐに知らせますからぁっておぉいおい!

    一緒に付いていってどうするんだい!

    うちで働いてくれなくちゃいけないんだから。


白犬:あ、ど、どうも相(あい)すいません。

   馴(な)れるとすぐ後を付いていってしまいたくなるもので…。



ご隠居:そういうのは困るよ。

    ところで名前は?なんてんだい?


白犬:あ、あの、シロと言います。


ご隠居:シロ…?白吉(しろきち)?白蔵(しろぞう)?白太(しろた)?

    なんてんだい?


白犬:いえ、ですからシロってんです。


ご隠居:いや、だからなんか付くんだろ?

    何とか四郎(しろう)だとか、四郎(しろう)なんとかって。


白犬:いえあの、ただシロなんで。


ご隠居:多田四郎(ただしろう)?

    いい名前だなあ。

    それで、生まれはどこだい?


白犬:あ、あの、蔵前(くらまえ)の八幡(はちまん)様で。


ご隠居:蔵前(くらまえ)の八幡(はちまん)様?

    なんだ近いね。それで、どのへんだい?


白犬:え、えぇと、脇(わき)の八百屋(やおや)と乾物屋(かんぶつや)の間へ入っていった、

   裏の長屋(ながや)で。


ご隠居:ほぉ、世の中せまいね。

    あすこはあたしのだよ。

    どこの家(うち)で生まれたんだい?


白犬:あ、あの、突きあたりで。


ご隠居:突きあたりってと、掃(は)き溜(だ)めじゃないか。


白犬:え、えぇその、掃(は)き溜(だ)めで生まれたんで。


ご隠居:ははは…自分の生まれたところを卑下(ひげ)して言うとは、

    これァ恐れ入ったね。

    うちはね、あたしとおモトという女中(じょちゅう)の二人暮らしでね。

    まあ犬も朋輩(ほうばい)、鷹(たか)も朋輩(ほうばい)だ。

    仲良くやっておくれ。


白犬:へっ?鷹(たか)がいるんですか?

   どこにいるんです?

   ウウゥゥ…!


ご隠居:唸(うな)ってるよ。

    鷹(たか)なんぞいやしないよ。

    あーそれで、おとっつぁんとおっかさんはどうしたんだい?


白犬:おとっつぁん…?

   あ!オスですか?


ご隠居:な、なんだいオスって。

    おとっつぁんはどうしたってんだい?


白犬:おとっつぁんは…どれがおとっつぁんだかよく分からない…。

   噂(うわさ)によると酒屋(さかや)のブチじゃないかって…


ご隠居:何を言ってるんだい…。

    じゃあおっかさんは?


白犬:おっかさんは二、三年前、毛並みのいいのが来たら後(あと)を付いてっち

   ゃったんです。


ご隠居:変な家(うち)だねどうも。

    じゃあ今はお前さん一人かい?木から落ちた猿だな。

    あぁおモトが帰ってくるまでな、ひとつお茶でも入れて待ってよ

    う。

    ちょうど鉄瓶(てつびん)の湯が沸(わ)いてるから、ちょいと下ろしとくれ。

    蓋(ふた)をきってな…って何してんだい、ぼんやりしてちゃダメだろ。


白犬:え…え…?


ご隠居:ほら、鉄瓶(てつびん)の湯がチンチン言ってるだろ。


白犬:チンチンは…あんまりよくできないんで。


ご隠居:な、何を言ってるんだい…ってほら、鉄瓶(てつびん)がチンチン言ってるだ

    ろ!


白犬:あ、そ、そうですか…それじゃ、上手(うま)くないけど…こんな

   ところで。


ご隠居:何をやってるんだい!

    あぁもういいよ、あたしがそれをやるから!

    あのな、茶を焙(ほう)じるんだ。うしろの茶箪笥(ちゃだんす)から焙炉(ほいろ)を出してくれ

    焙炉(ほいろ)!


白犬:ウウゥゥ~~…!


ご隠居:な、なんだい唸(うな)って。そうじゃないよ、茶を焙(ほう)じるんだ。

    焙炉(ほいろ)だよ焙炉(ほいろ)!


白犬:ウウゥゥ~~ワンワンッ!ワンッ!


ご隠居:なんだいどうしたんだ!?気持ち悪いな!

    おぉい!誰かいないかい!?

    おモトや!おモトはまだか!?

    モトはいぬか!?


白犬:へい、今朝ほど人間になりました。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)



※用語解説


・差(さ)し毛(げ)

動物の毛並で異なる色の毛がまじること。またその毛。



・蔵前八幡(くらまえはちまん)

一般的には『蔵前八幡』『東石清水宮』と呼ばれており、江戸城鬼門除け

の守護神、徳川将軍家祈願所の一社として篤く尊崇されていた。



・納め手ぬぐい

神社や寺に奉納した手拭い。願主の名前や紋などを入れて、御手洗のとこ

ろなどにつるしておく。



・口入(くちい)れ屋

奉公人を探す雇い主と、働き口を探す人を仲介する職業斡旋業者。

店先に「口入所」などの看板を掲げ、奉公人を求める商家や武家から依頼

を受ける一方で、仕事を探す丁稚候補や女中志望者、日雇い希望の人々の

情報も集めていた。


・若い衆(しゅ)

この噺では年が若い男。


・おこうこ

漬物。


・襦袢(じゅばん)

着物の下に着る和装用の下着のことで、着物を汗や汚れから守り、

着心地を良くする役割がある。


・焙炉(ほいろ)

焙炉という道具(木の枠に和紙を張り、炭火で加熱する作業台)を使い、

蒸した茶葉を手揉みしながら遠赤外線で乾燥・焙煎する伝統的な製法。

独特の香ばしさと甘み、渋みの少ない濃厚なうま味が生まれる八女茶など

の高級茶の製法を指す。焙烙(ほうろく)とも。

…某封神なんとかにでてくる、処刑道具の事ではない。

村上水軍が使った火薬玉の事でもない。


・犬も朋輩、鷹も朋輩

身分や役割が違っても、同じ主君に仕える者同士は平等な仲間である、

という意味のことわざ。







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