表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「元犬」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2026/01/22


落語声劇「元犬もといぬ


台本化:霧夜きりやシオン@吟囁亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約20分


必要演者数:最低3名~4名

      (0:0:3)

      (0:3:0)

      (1:2:0)

      (2:1:0)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (0:0:4)

      (0:4:0)

      (1:3:0)

      (2:2:0)

      (3:1:0)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】


       

※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


白犬しろいぬ【シロ】:混じりっなし、差しの一本もない、綺麗きれいな白い毛並み

       の犬。人間になりたいと八幡はちまん様に二十一日にわたってがん

       掛け、ついに願いは聞き届けられて人間の姿を得る。


上総屋かずさや口入くちいれ屋、今でいう職業斡旋所しょくぎょうあっせんじょを商売にしている人物。

    人情のある人のようで、人間の常識を知らないシロにあきれながら

    もいちいち丁寧ていねいに教えたり、自分の着物を分け与えたり

    奉公先ほうこうさきに行くまでのつなぎとはいえ、アジの干物ひものを食べさせてや

    ったりする。


番頭ばんとう上総屋かずさやさんの番頭ばんとう


隠居いんきょ上総屋かずさやさんいわく、変わった人間。変わった人物らしく、やと

    奉公人ほうこうにんも変わった人間が欲しいという。


参拝客1:浅草の八幡はちまん様へ参詣さんけいに来た人その一。


参拝客2:↑その二。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


【3名】

白犬:

上総屋・参拝客1:

ご隠居・番頭・参拝客2・語り:


【4名】

白犬:

上総屋:

ご隠居・参拝客2:

番頭・参拝客1・語り:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。




枕:全身真っ白な犬というのは、なかなかいないんだそうです。

  ことに日本犬にほんけんで真っ白というのは珍しい。

  たまにパッと見で白いなと思っても、ひょいと脇を見ると

  入ってたりする。

  むかしから全身真っ白な犬と言うのは人間に近い、次のでは人間に

  生まれ変わってくる事が決まっているという言い伝えがあったんだと

  か。

  その時分じぶんはなしでございます。


語り:浅草あさくさ蔵前八幡くらまえはちまん様の境内けいだいに、一匹の白い犬がまぎれ込んできた。

   これが文字通りの一本もない、真っ白な毛並みだったもんで

   すから、参拝さんぱいに来る人間たちがシロこうなんて呼んで大変に可愛かわいがっ

   た。


参拝客1:おい見なよ。

     話には聞いてたけど、こんなに綺麗きれいだとは思わなかったね。

     おいシロこう!こっち来なよこっち!

     おぉ来た来た!


参拝客2:ほんとだよ、綺麗きれいなもんだねえ。

     なんたって人間に近いってんだからね。

     それにまた人懐ひとなつっこくて可愛かわいいもんだ。

     おぅよしよし。


白犬:うれしいなァ、みんなして綺麗きれい綺麗きれいだって可愛かわいがってくれてさ。

   お前は人間に近いんだ、次のでは人間に生まれ変わって来いよと

   か言ってくれるよ。ありがたいなあ。


   …だけど、次の世じゃつまらないなぁ。

   今すぐ人間になってみたいもんだね。

   なんとかならないもんかな…?


   …そうだ、ひとつ八幡はちまん様にお願いしてみようかな。


語り:なんてんでその日から三七二十一日さんしちにじゅういちにちの間、シロ公は八幡はちまん様に

   裸足参はだしまいりをいたしました。…もっとも犬なのでものなんていち

   ゃいませんが。

   そして満願日まんがんびの二十一日目の朝。


白犬:八幡はちまん様、八幡はちまん様、どうか今すぐ人間にして下さいませ…。


   …!?おやっ、風がさーーっと吹いて来たぞ……ッ!?

   へっ、へっくしょい!!

   うぅ寒い…なんだろ、今朝はやけに体がすーっとして寒いな…?



   えっ!?あらっ!!?体じゅうの毛が抜けてる…!?

   なんか悪いやまいにでもかかったのかな…!?

   !あっ、そうじゃない!人間になった、人間になれたんだ!

   八幡はちまん様、ありがとうございます!

   ありがたいなぁ人間になれたよ。

   そうだ、立てるかな?どっこいしょっと!

   お~やっぱり見える高さが違うね。

   歩けるかな?

   おぉ~っほほ、犬の時より歩幅ほはばが全然違うよ。

   うれしいねえ。

   …けど、人間ってなはだかじゃいけねえんだよな。着物を着なきゃいけ

   ないけど、着物なんか持ってないや。

   弱っちゃったな…あ、そうだ!みんな八幡はちまん様に手ぬぐいをおさめて

   いってたっけ。

   八幡はちまん様、この手ぬぐいをお借りします!

   よしよし、これでなんとか格好かっこうがついたけど…人間てのは働かなく

   ちゃ食べていけないって言うよ。

   でも、人間に知り合いなんていないし働きぐちもない…誰かいないか

   な……。

   あ、むこうから来るのは口入くちいれ屋さんだ。

   犬の時分じぶんにはよく可愛かわいがってもらったっけ。

   あの人に頼んでみよう。


   どうも、おはようございます!


上総屋:おぉ、おは…っ!?

    な、なんだいお前さん、この寒いのにはだかになって…。

    いったいどうしたんだ?


白犬:あ、あ~…その…


上総屋:ははあ、なんか悪い奴にでもひっかかったんだね?

    かわいそうに…。

    それで、あたしに何か用かい?


白犬:えっええ!実はどっかで働きたいんです。


上総屋:なに、奉公先ほうこうさきを探しているのかい?

    へえぇそりゃちょうど良かった。

    いや、あたしはこの先でね、上総屋かずさやという口入くちいれ屋をしてるんだ

    。

    あたしがひとつ、世話せわをしようじゃないか。


白犬:ありがとうございます!じゃあさっそく行きましょうーー


上総屋:【↑の語尾に喰い気味に】

    ぁあちょいとお待ち。

    その格好かっこうで一緒に歩かれては人目ひとめについて困るね。

    なんだいその腰に巻いてるのは?


白犬:あ、そこの八幡はちまん様からちょいとお借りしたんで…。


上総屋:え、おさめ手ぬぐいなのかい?

    それはいけませんよ、バチがあたる。

    うーん、しょうがないね…それじゃあたしのこの羽織はおりを着なさい

    。しばらく貸してあげよう。


白犬:えっあっ、あ、ありがとうございます…。

   …え、えぇっと……。


上総屋:おぉいおい、なに羽織はおりを頭からかぶってぐるぐる回ってんだい。


白犬:あ、あの、あっしはその、羽織はおりを着た事が無いんで…。


上総屋:なに、着た事が無い?へえぇそうかい、それはいいや。

    まぁまぁ、羽織はおりなんぞ来てぞろっとしたなりで遊んで歩いてた人

    に、奉公ほうこうなんてのは大変だからね。

    あぁそれじゃ働き者なんだね、けっこうな事だ。

    とりあえず羽織はおって前を合わせときなさい。ひもなんてどうだって

    いいから。

    …あ、見えてきたね。あの上総屋かずさやってのがあたしのうちだよ。

    あたしはおもてから入るから、お前さんは裏から入りなさい。


白犬:あ、はい!裏の勝手口かってぐちならよく知ってますんで!


上総屋:なんだ、そうなのかい?


白犬:ええ、ちょくちょくうかがってるんです。

   こないだもうかがったんですけど、女中じょちゅうさんに水をぶっかけられち

   ゃったんで。


上総屋:え、うちのおきよがそんなことをしたのかい?

    そりゃすまなかったね。

    あたしからよく言っておくから。

    まあとにかく裏へ回っておくれ。


    はい、ただいま帰りました。

    番頭ばんとうさんはいるかい?


番頭:おかえりなさいまし。

   ?旦那だんな様、ずいぶんお早いですね。


上総屋:ああいや、まだ向こうまで行ってないんだ。

    実は浅草八幡あさくさはちまん様の境内けいだいで若いしゅさんに会ってね。

    なんか悪い奴にでも引っ掛かったんだろうね、はだかで腰に手ぬぐい

    を巻き付けたっきりでいるんだ。

    それで奉公口ほうこうぐちを探しているって言うんだ。ちょうどそのくちがあっ

    たから、連れて帰って来たんだよ。


番頭:え…八幡はちまん様のところではだかですか…?

   旦那だんな様、大丈夫ですかね…?


上総屋:ああ心配ないよ。なかなか正直そうな男でね。


白犬:あ、あの…。


上総屋:あぁお前さん、こっちだ!

    そこからお入りぁあっとっと!そのまま上がってきちゃいけませ

    んよ。裸足はだしで歩いて来たんだからね。

    そこに手桶ておけ雑巾ぞうきんがあるから、足をよく洗っておくれ。


白犬:へ、へい!


   それじゃ…


上総屋:洗ったかい?じゃぁあっと!そのまま上がっちゃいけませんよ。

    その雑巾ぞうきんでちゃんと足をきなさい。


白犬:へ、へい。


   こ、これでいいですか?


上総屋:ぉおいおいお前さん、いちいちそう言われるようじゃいけません

    よ。後始末あとしまつをちゃんとしなくちゃいけないよ。

    使いっぱなしてのが一番いけない。

    雑巾ぞうきんはちゃんと綺麗きれいにゆすぐんだよ。雑巾ぞうきんをゆすいでゆすいだ水

    をなぜ飲むんだい!?


白犬:ぅえっ、えっ?あっ、ダメなんで?


上総屋:汚い事をしちゃいけませんよ。

    ほんとにしょうがないねぇっておぉいおい!

    お前さんね、そのれた顔をこまかにブルブル振るんじゃないよ!

    水がはねちゃったじゃないか。

    とりあえず雑巾ぞうきんをきゅっとしぼってこう広げてきなさい。

    こううように、うように…って上手うまいねおい。

    ってる形なんてなかなかいいじゃないか。

    じゃ、あとをかたしてこっちへ来なさい。


    お前さん、お腹すいてるだろ。はだかでいたぐらいだからね。

    おまんま食べるかい?


    ?食べるかい?


    …なぜ返事をしないでお尻を振るんだい?


白犬:え、あの、うれしい時にはお尻を振るんで。


上総屋:?変わった人だね。


    おぉい、なんか食べさしてやっとくれ!


番頭:今朝の残り物でよろしいですか?


上総屋:あぁなんでもいいんだよ。つなぎだから。

    何があるんだい?


番頭:たくあんのおこうこがあります。


上総屋:ああそれでいいよ。

    お前さん、たくあんのおこうこでいいかい?


白犬:え?オコウコ…?

   …あの、実は食べた事が無いんで…。


上総屋:えっ、おこうこ食べたこと無いのかい?へぇ…。

    他に何があるんだい?


番頭:アジの干物ひものがあります。


上総屋:ほぉお、そりゃ豪儀ごうぎなもんだな。

    それでいいから食べさしてやんなさい。


    干物ひものならどうだい?


白犬:へ、へい、大好物でございます…!

   なんでしたら頭からいただいちゃうくらいで…。


上総屋:へえ、たいそう歯が丈夫じょうぶなんだね。


白犬:へい、みあったって負けたことが無いんで。


上総屋:いや、みあったりしちゃいけませんよ。

    恐ろしいね。


    食べたかい?


白犬:へい、いただきました。


上総屋:そうかい。

    あ、そうだ番頭ばんとうさん、着物を出してやっておくれ。


番頭:え、旦那だんな様のですか?


上総屋:あぁそうだ。背格好せかっこうが同じだからちょうどいいだろ。

    下帯したおびから一式、そっくりやっておくれ。


番頭:承知しました。


上総屋:あぁお前さん、この着物をお前さんにやるから、とりあえず

    着なさい。

    まず下帯したおび、ふんどしからしめるんだよ。


白犬:へ、へい。

   …えぇと……


上総屋:そこにあるだろ、長いのが。それをめるんだよ……って

    何をしてるんだい、ふんどしを首に巻いて。


白犬:えっ、どこかへ連れてって下さるん、ですよね…?


上総屋:何を言ってるんだい。ふんどしをめるんだよ。


白犬:え、いえ、あの…ふんどしをめた事が無いんで…。


上総屋:ふんどしをめた事が無い!?無いの!?

    しょうがない人だね。

    あたしがめてやるから、こっちへ来なさい。

    …よし、次は襦袢じゅばんだ。


白犬:へい。

   …。

   これでいいです?


上総屋:そうそう、次は着物を着て。前を合わせるんだ。

    左を上にして…そう、そでを通して…


白犬:へ、へい…っこ、こうで…?


上総屋:そうだよ。あのね、いちいちそうあたしに何か言わせないで、

    着物くらいスッスッと着なさいよ。

    ほら、おびめて。


白犬:お、おび…。

   っ、こうっ、ですかっ…?


上総屋:なんでおびをくわえて振り回すんだい!


白犬:あ、ついくせで…遊んでました。


上総屋:遊んでちゃいけないじゃないか。早くおびめなさいよ。


白犬:あっあの…実はめた事がないんで…。


上総屋:おびめた事がない!?

    今までどんな格好かっこうしていたんだい…。こっちへ来なさい。

    めてあげるから。


    …よし、これでいい。なかなかよく似合にあうじゃないか。


白犬:あ、ありがとうございます。


上総屋:えぇとそれで、お前さんの奉公口ほうこうぐちなんだけどね、

    あたしの知り合いのご隠居いんきょさんがいるんだ。

    これが大変に変わった人でね、ただの奉公人ほうこうにんじゃ嫌だ、

    変わった奉公人ほうこうにんが欲しいって言うんだ。

    そこへお前さんを連れていくよ。


    番頭ばんとうさん、先にご隠居いんきょのとこへ行ってきちゃうから。


番頭:はい、いってらっしゃいませ。


上総屋:よし、それじゃ…ってそうだった。

    お前さん裸足はだしだったね。

    じゃあそこの古い下駄げたいて。


白犬:へい。

   ーーぁぐっ。


上総屋:おぉいおい、くわえてどこへ持っていくんだい!

    ちゃんと足にくんだよ!


白犬:あっ、つ、つい…。


上総屋:うん、それでいい。

    じゃあ行きますよ。


    いいかい、向こうではご隠居いんきょがおモトさんという女中じょちゅうと二人で

    暮らしているんだ。仲良くやるんだよ。

    で、こっちーーってそっちじゃないよ!

    どこへ行くんだい!こっちだよこっち!

    っ電信柱でんしんばしたに片足上げて用を足すんじゃないよ!


白犬:へっ!?あっ、す、すいません…。

   ふんふん、ふん…。


上総屋:においをぐんじゃないよ!

    ほんとにしょうがないね、こっちへ来なさい!


白犬:へ、へい…。

   犬の時のくせがなかなか抜けないや…。


上総屋:まったく、恥ずかしい事をしちゃいけないよ。

    あぁ、このうちだ。

    ちょっとここで待っていなさい。


    えぇ、ごめんください!


ご隠居:はいはい!

    おぉ、これァ上総屋かずさやさんか。

    さぁさぁ、こっちへお上がんなさい。


上総屋:えぇ、長い事お待たせいたしました。

    奉公人ほうこうにんの件ですが、見つかりました。


ご隠居:おぉそうかい!楽しみに待っていましたよ。

    それで、変わってるのかい?


上総屋:ええ、変わっております。

    ただ今こちらに。


    おぉい!―――っ!?


    ご覧なさいご隠居いんきょ

    敷居しきいの上にあご乗っけて寝てるでしょう。

    あれがそうなんです。


ご隠居:はあぁなるほど、これァ変わってるね。


上総屋:おぉい!そんなとこで寝てないで、こっちへ上がんな!


白犬:!っへ、へい!


上総屋:えぇ、もうほんとに変わってぇってっ!

    飛び上がって来るんじゃないよ…!

    たいそう遠くから飛び上がってきたね。

    ほら、ちゃんとご挨拶あいさつするんだ。


白犬:へっへい。

   …こんにちわ。


ご隠居:はいこんにちわ。

    ほぉ、なかなか色の白い、綺麗きれいな若いしゅさんだね。

    ?どっか体の具合ぐあいでも悪いのかい?


白犬:?い、いえ…?


ご隠居:悪くなかったら初めてきたうちだ。ちゃんとお座りよ。

    遠くから飛び込んで来て、たたみのにおいをいで。

    ぐるぐる回って横ったおしになって舌を出してはァはァしてたら

    具合ぐあいが悪いと思うだろ。


白犬:あっ、へ、へい…。


ご隠居:まぁまぁいいよ。

    それじゃあ上総屋かずさやさん、しばらくうちで働いてもらって、なんか

    悪い所があったらすぐに知らせますからぁっておぉいおい!

    一緒に付いていってどうするんだい!

    うちで働いてくれなくちゃいけないんだから。


白犬:あ、ど、どうもあいすいません。

   れるとすぐ後を付いていってしまいたくなるもので…。



ご隠居:そういうのは困るよ。

    ところで名前は?なんてんだい?


白犬:あ、あの、シロと言います。


ご隠居:シロ…?白吉しろきち白蔵しろぞう白太しろた

    なんてんだい?


白犬:いえ、ですからシロってんです。


ご隠居:いや、だからなんか付くんだろ?

    何とか四郎しろうだとか、四郎しろうなんとかって。


白犬:いえあの、ただシロなんで。


ご隠居:多田四郎ただしろう

    いい名前だなあ。

    それで、生まれはどこだい?


白犬:あ、あの、蔵前くらまえ八幡はちまん様で。


ご隠居:蔵前くらまえ八幡はちまん様?

    なんだ近いね。それで、どのへんだい?


白犬:え、えぇと、わき八百屋やおや乾物屋かんぶつやの間へ入っていった、

   裏の長屋ながやで。


ご隠居:ほぉ、世の中せまいね。

    あすこはあたしのだよ。

    どこのうちで生まれたんだい?


白犬:あ、あの、突きあたりで。


ご隠居:突きあたりってと、めじゃないか。


白犬:え、えぇその、めで生まれたんで。


ご隠居:ははは…自分の生まれたところを卑下ひげして言うとは、

    これァ恐れ入ったね。

    うちはね、あたしとおモトという女中じょちゅうの二人暮らしでね。

    まあ犬も朋輩ほうばいたか朋輩ほうばいだ。

    仲良くやっておくれ。


白犬:へっ?たかがいるんですか?

   どこにいるんです?

   ウウゥゥ…!


ご隠居:うなってるよ。

    たかなんぞいやしないよ。

    あーそれで、おとっつぁんとおっかさんはどうしたんだい?


白犬:おとっつぁん…?

   あ!オスですか?


ご隠居:な、なんだいオスって。

    おとっつぁんはどうしたってんだい?


白犬:おとっつぁんは…どれがおとっつぁんだかよく分からない…。

   うわさによると酒屋さかやのブチじゃないかって…


ご隠居:何を言ってるんだい…。

    じゃあおっかさんは?


白犬:おっかさんは二、三年前、毛並みのいいのが来たらあとを付いてっち

   ゃったんです。


ご隠居:変なうちだねどうも。

    じゃあ今はお前さん一人かい?木から落ちた猿だな。

    あぁおモトが帰ってくるまでな、ひとつお茶でも入れて待ってよ

    う。

    ちょうど鉄瓶てつびんの湯がいてるから、ちょいと下ろしとくれ。

    ふたをきってな…って何してんだい、ぼんやりしてちゃダメだろ。


白犬:え…え…?


ご隠居:ほら、鉄瓶てつびんの湯がチンチン言ってるだろ。


白犬:チンチンは…あんまりよくできないんで。


ご隠居:な、何を言ってるんだい…ってほら、鉄瓶てつびんがチンチン言ってるだ

    ろ!


白犬:あ、そ、そうですか…それじゃ、上手うまくないけど…こんな

   ところで。


ご隠居:何をやってるんだい!

    あぁもういいよ、あたしがそれをやるから!

    あのな、茶をほうじるんだ。うしろの茶箪笥ちゃだんすから焙炉ほいろを出してくれ

    焙炉ほいろ


白犬:ウウゥゥ~~…!


ご隠居:な、なんだいうなって。そうじゃないよ、茶をほうじるんだ。

    焙炉ほいろだよ焙炉ほいろ


白犬:ウウゥゥ~~ワンワンッ!ワンッ!


ご隠居:なんだいどうしたんだ!?気持ち悪いな!

    おぉい!誰かいないかい!?

    おモトや!おモトはまだか!?

    モトはいぬか!?


白犬:へい、今朝ほど人間になりました。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)



※用語解説


動物の毛並で異なる色の毛がまじること。またその毛。



蔵前八幡くらまえはちまん

一般的には『蔵前八幡』『東石清水宮』と呼ばれており、江戸城鬼門除け

の守護神、徳川将軍家祈願所の一社として篤く尊崇されていた。



・納め手ぬぐい

神社や寺に奉納した手拭い。願主の名前や紋などを入れて、御手洗のとこ

ろなどにつるしておく。



口入くちいれ屋

奉公人を探す雇い主と、働き口を探す人を仲介する職業斡旋業者。

店先に「口入所」などの看板を掲げ、奉公人を求める商家や武家から依頼

を受ける一方で、仕事を探す丁稚候補や女中志望者、日雇い希望の人々の

情報も集めていた。


・若いしゅ

この噺では年が若い男。


・おこうこ

漬物。


襦袢じゅばん

着物の下に着る和装用の下着のことで、着物を汗や汚れから守り、

着心地を良くする役割がある。


焙炉ほいろ

焙炉という道具(木の枠に和紙を張り、炭火で加熱する作業台)を使い、

蒸した茶葉を手揉みしながら遠赤外線で乾燥・焙煎する伝統的な製法。

独特の香ばしさと甘み、渋みの少ない濃厚なうま味が生まれる八女茶など

の高級茶の製法を指す。焙烙ほうろくとも。

…某封神なんとかにでてくる、処刑道具の事ではない。

村上水軍が使った火薬玉の事でもない。


・犬も朋輩、鷹も朋輩

身分や役割が違っても、同じ主君に仕える者同士は平等な仲間である、

という意味のことわざ。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ