風鈴
今でも風鈴の音を聞くと、あの冬を思い出す。
当時17のあかりには、許嫁がいた。
「海斗さんは年末のパーティー出ます?」
「俺はいいかな あかりは?」
「海斗さんが出ないなら私もいいかな」
今年の夏、一緒に作った不格好な風鈴は外すきっかけを失って冬だというのにまだ飾ってある。
それでいいと思っていた。今からでも少しづつ思い出を共有できるものを増やしていきたいなんてそう思っていた。
「みんな顔見たがってましたよ。」
弱弱しく握り返す彼の手をしっかりと感じながらあかりは涙をこらえるのに必死だった。
彼の前では泣かないようにしようってそう決めたばかりなのに。
「ねぇあかり、来年は一緒に海に行きたいね」
「海ですか?」
「そこに飾ってある絵があるだろ、あれは母さんが妊娠中に描いたものらしいんだ。僕も行ったことあるらしいんだけど覚えてなくて」
「行きましょう 来年じゃなくても一緒に」
あかりは力強く頷いた。
「僕が死んだら、あの絵をもらってくれないか?」
唐突な提案にあかりはどう答えていいのか分からなかった。
何よりも、あかりはそれにあまり乗り気ではなかった
彼との思い出が段々と失われていくのを感じるのが嫌だった。
思い出が、自分の中でいつか記号のように変わってしまうんじゃないか、そんな風に思えて。
「ごめん、嫌だったかな。君の気持も考えずに。」
答えあぐねていると彼がそう告げる。
「違っ、そういうわけじゃ」
「いや僕もわかるんだ。あの絵を見るたびに母を思い出すから。でも、」
しばらくの間をおいて海斗は続ける。慎重に、ためらいながらも。
「僕のことは忘れて、なんて言えたら良いんだけどね、怖いんだ、君に忘れられるのが
どうしようもなく」
あかりは久しぶりに彼の本音を聞いたような気がした。
「きっと私はあなたを忘れちゃう。顔も声もこの手の温度だって。」
涙はもうとっくに目から溢れていた。嗚咽で震える声を何とか必死に形作る。
「だから今、ここでキスして。」
海斗の部屋から風鈴の音が消えたのは次の春の事だった。
あかりの家には2つの不格好な風鈴が飾ってある。




