第6話 貯金箱の座標と、最初の獲物
深夜。
寮の安ベッドの上。
蛍光灯はとっくに消してある。
暗いワンルームに、俺の息づかいだけが、やけに大きく響いていた。
工具箱に転送された「異世界の鉄杭」の、冷たい金属臭が、狭い部屋にじわじわと満ちていく。
(……ここからだ)
俺はポケットから、使い古した安物スマホを取り出した。
無料ガチャで手に入れた「斥候蜘蛛」。
そのスペックは頭に叩き込んである。
──視覚と聴覚をスマホへ共有投影可能。
画面に表示された蜘蛛リストから、まずは【2匹目】に意識を合わせる。
小杉のデスクのモニター裏に仕掛けたやつだ。
ブツン、と。
一瞬ノイズが走り、画面が暗い事務所の映像に切り替わる。
深夜の物流管理課。
誰もいない。
蛍光灯は落ちているが、サーバーラックのLEDが点々と青く光っていた。
小杉のデスクには、安物の栄養ドリンクの空き瓶が転がっている。
……異常なし。
音量を最小にし、マイクが拾った環境音だけを確認する。
サーバーの低い唸りと、ガラス越しに聞こえる車の走行音。
人の気配は、ゼロ。
(よし。こっちは問題なし)
次に――本命だ。
「第3廃棄区画」の天井隅に設置した【1匹目】に切り替える。
画面が再び暗転し、薄暗い倉庫の映像へ。
正規の廃棄コンテナが整然と並んでいる。
その奥。
監視カメラの死角になっている棚の裏側。
……あった。
ラベルの貼られていない、無地のダンボールの山。
ざっと見て、三十箱。
間違いない。
あれが、小杉の「貯金箱」。
(俺が寄生する、闇在庫だ)
口元が、暗闇の中で自然と吊り上がる。
根拠なんて、もともと無かった。
あいつに初めて会った瞬間から、俺の計算はずっとアラームを鳴らしていた。
脂ぎった顔。
偽物のネクタイピン。
格下だけを安全なサンドバッグにする態度。
証拠はゼロ。
でも、確信だけはあった。
(こいつは絶対、この組織で横領してる)
その直感が――今、画面の中で実証された。
(あそこに、俺がダンジョンで狩った素材を【WD】で紛れ込ませる)
(あれが、ロンダリング・ルート)
俺は小杉の「貯金箱」の座標を、脳に焼き付けるように反芻し、接続を切った。
闇ルートの確認は完了。
次は――俺自身の「狩場」だ。
スマホの表示を、今日設置した【3匹目】――
Cランクダンジョンの「通路の入口」に置いた蜘蛛へ切り替える。
画面が、腐った土の匂いがしてきそうな、淀んだダンジョンの映像に変わる。
…………異常なし。
スマホのマイクが、奥のほうから響く、獣じみた低い唸り声を拾っていた。
(ここから先が、モンスターの日常か)
次に、【4匹目】――「曲がり角」に設置した蜘蛛へ切り替える。
切り替えた瞬間。
ブワッ!!
画面いっぱいに、緑色の醜悪な顔。
『ゴブリン・スカウト』だ。
だが――微動だにしていない。
壁に背を預けるように、ただ止まっている。
(……止まってる……)
昨晩のテストを思い出す。
止まった壁には転送できた。
動く対象は座標がズレて無理だった。
こいつは今――壁だ。
(……いける。理屈の上では)
工具箱の鉄杭を1本取り出す。
スマホの画面の中央、ゴブリンの額の真ん中に座標を合わせる。
「【WD】――【配送】!」
ズクン、強烈な疲労。
だが、今は気にしていられない。
……が。
画面の中で、ゴブリンはピクリともしない。
いや、違う。
違う場所に、鉄杭が転送されていた。
画面左下の岩壁に、杭が転がっている。
(……外した……!?)
額のど真ん中を狙ったのに、わずかに座標指定がズレた。
やはり、慣れが必要なようだ。
(……クソ。やっぱり生きてる対象は、壁とは全然違う)
汗が背中を伝う。
(これ……戦闘に使うの、マジで無理だろ)
(外したら、即アウト。
実戦でやるにはリスクがデカすぎる)
だが――
今のゴブリンはまだ気づいていない。
“静止してる個体”に限れば、まだチャンスはある。
俺はもう1本の鉄杭を工具箱から取り出す。
(今度は……額じゃなくて、眉間の凹みだ)
さっきより狭いが、形状として座標が固定されやすい場所。
そこに、呼吸の“谷間”を狙って――全神経を集中させる。
「【W・D】――【配送】!」
ズクウウウウウン!!!
脳が焼ける。
画面の中で。
静止していたゴブリンの眉間に、黒い穴が開いた。
そのまま膝から崩れ落ちる。
成功した。
だが。
(…………無理だ)
勝利より先に、その結論が出た。
(こんなの偶然の成功だ。実戦で連発? 絶対に不可能)
(相手が止まっている。座標が固定されている。呼吸が浅いタイミング。距離も、位置も、遮蔽物も最適……)
(全部揃って……やっと1回、当たるレベル)
身体が震えているのは疲労のせいじゃない。
理解だ。
(これは戦闘スキルじゃない)
(戦闘で使うのは無茶。……でも。)
ゴブリンの死体を見下ろす。
(裏稼業や罠運用なら、最強になれる)
(真正面の戦いじゃない。距離外からの一点狙い。それが俺のスタイルだ)
ゆっくり息を吐いた。
(……これが、俺のリモートバトル。
そして、1000億への……最初の勝利)
暗いワンルームで、俺は誰に知られることなく最初の獲物を仕留めた。




